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16 仇討ちするは我にあり

 あれからディルのゴルへのお説教タイムが始まり、いつの間にかゴルのオッパイ談義でディルが酔い潰されて酒宴(ばかさわぎ)は幕を閉じた。


(友人関係っていいもんだなぁ。)


 2人ともあんなにゴルに怒っていたのに気まずくなってない。こんな友人関係を羨ましいと俺は思った。


 酔ってフラフラになりながら3人が2階の部屋に上がったので、俺も今晩はここで宿を取ることにした。

「今日も泊まらせてもらうよ。」

 居酒屋の親父に俺はそう告げる。

「兄ちゃんは酔っ払ってないんだな。それなら都合がいい。お前さんら、金が支払いでなくなるってそこで話してたろ?悪いが、金がなくなる前にさっきの酒代と宿賃をここで払ってくれよ。」


 気持ちいい程度の軽い酔いが親父の言葉で吹っ飛ぶ。


 俺は親父との交渉の末、あの3人共の宿泊代は俺には無関係だと力説して、それ以外を払う俺。計小銀貨6枚。

 チクショー、酒の場では素面な奴が常に損をする。

 ゴルにはすでに2日分奢ってるし、果たして今日肩代わりした分を返してもらえるんだろうか。


『友人同士で金の貸し借りはするな。』

 そういう知恵が前世の記憶には残っている。金銭トラブルは友情を壊すという。高度な文明でも人間関係における悩みは一緒ということだろう。


 ベッドに寝転んであれこれ考えていたら酒精のせいで視界が冴えてきて寝られなくなってしまった。

 暗い部屋の中で天井を見上げながら、ここ数日を思い出してみた。


 ゴルの一件を思い出し、違約金詐欺の存在が憶測ではなく確信に満ちてくる。

 それはギルド登録で説明を受けた時に真っ先に疑ったものだった。報酬の割に違約金が高すぎるのだ。当然、違約金狙いで依頼を出してくる連中もいるだろう。

 高額報酬の依頼ほど違約金が高くなる傾向がある。

 冒険者側は借金が増えればより高額な依頼に手を出す。さらに失敗すれば借金が膨らむ。女なら身を売らせるが、冒険者なら危険な仕事や犯罪行為をやらせるんだろう。それとも鉱山奴隷か何かだろうか。

 この世界のギルドはライトノベルの世界のギルドと違って、討伐依頼はほとんどない。ほとんどが護衛、荷運び、採集だ。荷運びの仕事では積み荷の価値よりも報酬が低い。だから荷が壊されたり奪われたりした場合の違約金という賠償金は報酬と比べれば当然破格ということになる。このように報酬と違約金の差が生じることは何もおかしなことではない。

 しかも荷運びは専門性が必要ないから手を付けやすい。

 ここに違約金詐欺をギルドの通常依頼に忍び込ませる隙が生じている。


 俺は小心者だし、前世の青年の知識もあって詐欺商法の手口のいくつかは知識として持っている。しかし、ゴルならあっさり詐欺に引っかかってもおかしくないか。すでにオッパイ詐欺(やばいおんな)に引っかかっているくらいだから。


 そんなに風に考えていたら、どうせ3人には一杯は奢るつもりだったことも思い出した。今夜の酒代は奢りにしておこう。想定より出費が多いけど、俺にはギフトの力があるから食費抑えて生きていけるのだから。

 そう割り切ったら急に気持ちが軽くなってきて、不意に近づいてきた睡魔に俺の意識は無抵抗に刈り取られた。



 翌朝。宿屋の従業員にたたき起こされて3人と一緒に昼前の朝食をとる俺。

 昨晩の酒代は俺持ちだと伝えると感謝されるどころか、「もっと高い酒を飲めばよかった。」とオッパイの洗脳が解けてなさそうな男が後悔の念を口にした。

 ゴルは借金の申し出が通ったので安心したのか、今の彼は昨晩の反省どこに行ったのかと思えるくらい普段のゴルに戻っていた。

 こいつは良い奴だけど、こんな性格だから詐欺に引っかかっていくんだろう。

(次は手を差し伸べてやんねーぞ。)



 俺たちは朝食を食べながら今後の方針について確認した。

 3人は同じ依頼を当面受けること。

 護衛や討伐といった4人で受けられる依頼なら俺に声を掛けること。

 違約金の高い依頼、特に荷運びの依頼は受けないこと。

 借金完済まで、ゴルに酒代は持たせないこと。


 俺も注文をいくつか付けた。特にゴルに酒代を持たせないと言う部分は譲れなかった。

 その時のゴルの絶望した顔を見れば溜飲も下がると言うモノさ。

 これらをモーナとディルに約束させて、俺はバツの悪そうなゴルの目の前でモーナに違約金の支払いに充てるための小金貨5枚を渡した。


 朝食を食べ終わり、3人が宿の支払いを終えて俺と一緒に冒険者ギルドに向かった。

 思いっきり緊張していたゴルは受付で違約金を支払い終えて書類にサインをして一息吐いた。

 俺はそんなゴルの様子を横目で見つつ、依頼の概要を書いた木札を確認していく。すると、ゴルが一人で受けたのと同じような依頼を見つける。


『鏡の輸送 成功報酬10ギル』


 これだ!

 違約金詐欺をやる組織が何組ものさばっているとは思えない。だから俺がこの依頼を受けて襲われるのなら、襲ってきた連中はゴルを襲って依頼を失敗させた奴と繋がっているってことだ。


 俺は3人の仕事選びが終わるのを待って、この依頼を受けることにした。


「ラネ、オレたちはウサギ狩りに行くがどうする?割のいい仕事もないし、繋ぎの仕事としては悪くないと思うんだ。」

「面白そうだが、オレは今回はやめておくよ。ソロで挑戦してみたい依頼があるんだ。」 

モーナが誘ってくれたが、俺は断った。

「そうか、じゃあまた今度な。」

「ゴル、しっかり稼げよ。」

「お、おう。」

 3人は畑を荒らすウサギの討伐任務だ。前世の記憶とは違って、この世界では野生の鳥獣による畑の作物への食害が多い。

 特に畑が近い草原や森林ではウサギやネズミのような小さな獣、鹿やイノシシのような大きな獣、ムクドリのような鳥が狩っても狩っても出てくる。だから畑がある限り狩人の需要はある。


 ちょうど春に種を撒いた小麦がそろそろ穂を揺らし始めた頃合いだ。今のうちに周囲の獣を狩っておくのは農村ではこの時期の恒例行事みたいなもの。

 討伐依頼と言うより、実態は冒険者向けの狩猟解禁シーズンの到来といった感じである。依頼先の農家たちがウサギなどの害獣を毛皮や肉として買い取ってくれるのだ。買い取った毛皮や肉は農家がカルタポルトまで売りに来る。一方で冒険者や狩人は狩りに専念する。

 この依頼はそういう分業制みたいなもので、普通の魔物や害獣の討伐依頼とは少々趣が異なる。依頼として受けた冒険者は、畑を荒らさない限り狩人の縄張りにこの時期だけ出入り自由というわけだ。


 軽い足取りで狩場へ向けて発つ3人を見送ってから、俺は先ほど目を付けた木札を壁から外して受付に持っていった。


 受付のオッサンが言うには、依頼内容はこうである。

 鏡12枚を王都の手前の町モンタニの領主の館まで運ぶこと。領主の館は町の郊外の高台にある。期限は依頼を受けてから3日間。報酬は10ギル。報酬の受け取りはカルタポルトのギルド。

 遅延した場合は依頼失敗と見なし報酬は無し。遅延した1日毎に1ギルの遅延金を課し、鏡1枚の破損や紛失につき10ギルの違約金を課す。

 つまり、遅延した場合は届けても無報酬で、届けなかったら120枚の小金貨を請求するってことだ。


 俺はワクワクしてきた。


 報酬の12倍の違約金発生する仕事。領主なら自前の運び屋に伝手もあるであろうに、この依頼。これが詐欺ではなくて何なのかと。


 悪の喉元に迫れる感じがする。


 目の前にある依頼の木札は詐欺組織の尻尾だ。俺はこの尻尾を捕まえて力いっぱい引っぱって隠れていた巨悪を白日の下に晒す。

 冒険者を食い物にする犯罪組織め、ゴルの仇討ちだ、覚悟しろ。


「お前さん、この仕事は違約金が高いけど分かってるな?」

「120ギルだろ。」


 受付のオッサンの確認に対して、自然と口から吐いて出てきた言葉を、飲み込んで俺は咀嚼する。


 合計120ギルの違約金、18ギルだったゴルの依頼の約7倍の違約金だ。

 これだけの大仕事にまた3人だけで襲ってくると限らないじゃないか。

 もしも、ゴルの妨害に当てられた3人ではなく、その7倍近い戦力が妨害者として投入されてくるとしたら。

 

 これ、受けたらヤバくないだろうか。


 霊薬の素を飲んでいて身体能力を強化しておいて、襲ってくる妨害者共を半殺しにして黒幕を吐かせようと思ったが、20人のゴロツキ相手となると話は別。そんな数相手に荷を守り切るのはまず無理だ。いくら強くなっていても自身の命を守りながら逃げるのが精一杯だろう。

 ゴルの依頼のように18ギルならなんとか違約金を払えるだろう。依頼失敗でも人生が詰むことはない。


 しかし、これは120ギル。


 俺はゾクゾクしてきた。


 とてもじゃないが生き残っても120ギルの違約金なんて払えない。だって、俺はギフトを使って安全に金を儲ける方法をまだ確立してないんだ。


「あ、えと、やめます。」

「そうか、そうだな。鏡は割れやすいからな。」


 俺の中の冷静さはヒロイックな興奮に冷や水を浴びせるのに数秒も必要としなかった。

 


 鏡の輸送依頼は諦めたが、まだまだ少年(ガキ)な俺は諦め悪くヒロイズムを燻らせていた。

 120ギルは厳しいが、手頃な違約金の詐欺依頼をなら失敗覚悟で挑戦できる。そんな依頼を探そうと貼り出してある依頼に再び目を通し始めた。


「ちょっといいかい?単独(ソロ)での仕事を探してんのか?」

と後ろから男の声がした。

 

 振り返るとそこに居たのは商人風の見知らぬ男だった。ギルドの職員でこんな奴はいなかったと思う。


「お前さん、ちょうどこちらで依頼を出そうと思ってた運び屋の仕事があるんだがやってみるかい?割が良いぜ。」


 男が提示してきた依頼、それはゴルの時と同じような壺運びだった。


 モンタニまでの壺運び。報酬10ギルで、期限は3日間。遅延の場合は無報酬となり、一日遅れるごとに1ギルの遅延金を違約金として払わないといけない。破損や紛失の際の違約金20ギル。報酬の受け取りはカルタポルトのギルド。


 ゴルの受けた依頼とそっくりじゃないかこれ。俺は真っ先にそう思った。


 これもさっきと同じモンタニか。モンタニは馬車や歩いた場合は2日の距離だ。霊薬の素を使って走り続ければ、おそらくは1日で簡単に辿り着ける距離だ。


 壺と言えば、扱いに注意が必要な割れ物である。

 持ち運んでいる壺は戦闘をすればおそらく簡単に割れる。きっとそこがこの詐欺の要なのだ。

 だから、腕がいい冒険者でも難しいわけだ。違約金を分捕るためには依頼を受けた冒険者を殺してはいけないが、仮に殺しても報酬を払わなくていいし、損失は壺代だけだ。

 馬車で緩衝材を詰めた箱に入れてガチガチに守らない限り、背負った状態で襲われて戦闘になればほぼ確実に壺は割れる。

 この世界にはおそらくバリアの魔法や衝撃を通さない容器や壺を割れなくする魔法なんてないからな。


 そこで俺は一計を案じる。

 そもそも違約金が20ギルであれば破損して満額取られても破産まではしない。

 だが考えた計画では、壺無しで相手の罠に飛び込んで全員ぶっ倒して、一人は生け捕って背後関係を吐かせる。その後にカルタポルトまで壺を取りに戻ろう。そして依頼通りに運ぶのだ。

 霊薬の素を飲んでいる状態で走れば十分に相手と戦った後にこの町に戻ってから期限までに目的地まで壺を運ぶころができる。


 霊薬の素があればこその裏技だ。誰も思いつかないし実現もできない。

 ギフトの力で得たチートで詐欺集団をやり込めてやる。

 

 この男には見せられないが口元がニヤけてきそうだ。


「受けるよ。」

 俺は初心な冒険者っぽい表情を作って、男の提案に乗る。

 男は受付で依頼の登録をして、俺はその依頼を受けた。


 男に案内されて、陶器を販売する店に壺の入った箱を受け取りに行くことになった。

 墨か何かで黒く塗った箱に壺は入っていた。隣には背負子が置かれている。


 中身を確認してから箱の中の緩衝材を確認する。一応、割れない工夫はされているようだ。背負子も怪しいところはない。いきなり革のベルトが壊れて箱が落ちるという事も無さそうだ。

 ちゃんと確認してくれと言われたので、十分に確認させてもらった。

 これはつまり依頼主には落ち度がないという事にしたいわけだ。


 俺は箱と背負子を受け取って、その店で男と別れた。

 別れた後は口角が上がるのが抑えられなかった。




 裏ミッション(ゴルのあだうち)スタートだ。

 俺はまず“不死の霊薬の素”少量を手から出して口に入れ、水を飲んで流し込む。これでスタミナも運動能力もかなり向上するし、なかなか怪我しなり、怪我してもすぐ治る。

 効果は何日も続くから今から飲んでいても問題ない。


 成功のカギは算術を教えたあの行商人の家族の協力にある。


 俺は壺を背負ったまま行商人の家に押し掛けて、箱から出して預かってもらうことにした。万が一割れても責任は追及しないと一筆書かされたが、3日後までに取りに来るまで無事なら小金貨1枚を渡すという契約で保管してもらった。

 娘たちが俺の近況を聞きたがったが、時間がないので改めて寄らせてもらうと言い残し、空の黒い箱を背負って俺はモンタニに向けて走り出した。


 ちなみに行商人の妻に壺が幾らくらいの価値か売値として見立ててもらった。1ギル、高くて2ギルだとさ。

 俺は安くても3ギルくらいだと思ったんだが。詐欺集団め、2ギル程度の品で20ギルの違約金を請求しようなんていい根性してやがる。



 町を背にしてひたすらマイペースに走る俺。

 カルタポルトからモンタニまで街道に沿って進むだけらしい。小麦畑の横を走り続けた後、景色は見通しの良い草原に変わり延々と続く。遠くに豆粒みたいな羊たちの群れと羊飼いが見える。

 ここら一帯は平野。視界が開けすぎていて盗賊が待ち伏せできるような場所でもない。馬で追われたら逃げ場もないが、馬の影も見えない。盗賊稼業の連中が馬を養えるとは思えないが、犯罪集団の黒幕はおそらくモンタニ領主か、それと繋がった権力者だから、馬を出してくることだってあり得るだろう。気は抜けない。


 遠くに見える見晴らしの良さそうな丘の手前で草原が切れ、森林に変わる。その森の中に街道は続いている。平野の街道はそこからやや細い林道となっているが、馬車が十分に入る道幅である。

 そこに入るまではおそらく安全だと思われる。

 なぜなら森に入ってしまえば広めの林道であっても木々が視界を遮るため、襲い放題だから。それなら見晴らしが良いところでわざわざ奇襲をかけてくることも無いというわけだ。

 

 俺は遠くの丘の方を見る。襲う側からしたらあの丘からならカルタポルトからやってくる人が見える。見張らせるならあそこかなと考えて、霊薬の素で視力が格段に良くなった状態で目を凝らしているのだが、丘に人影は見えない。

 あそこで見張っているわけではないのだろうか。



 おそらくカルタポルトからモンタニに入る場合は、誰であれここらで一泊するだろう。雨が降りそうなら森に少し入り、木々の間に防水の布を張って雨風を凌いで野営し、雨が降りそうにないなら森に入る手前で野営する。

 おそらく野営できる森の入口付近から、モンタニ側に抜けるまでの林内が一番狙われやすいところだと思われる。

 そこを抜けてしまえば、あの丘の先がモンタニだと聞いている。だから、奴らが襲ってくるとしたら、あそこしかない。



 森に近づくと、石で作った竈の跡が見える。やはりここで野営している人々が多いんだろう。


 ここで泊まるわけではないので、周囲を警戒しながら森に入る。カルタポルトからここまで走ったが息が上がってはいない。ホットココアで一服しようとも思ったが、森の中で道を間違えることだってあるかもしれない。時間は節約した方が良さそうだ。


 しかし、ここからはゆっくり移動しようと思う。


 だって、俺はさっさと詐欺の手先共に襲われなくてはいけないのだから。


 

 林道を歩いているとちょっと気持ちが高ぶり過ぎたようで尿意を催してきた。俺は周囲を警戒しつつ横の木の陰に入り、背負った荷物を降ろす。ぶるっとした武者震いと共に、立ったまま尿を出す。

 尿が出す湯気と共に己の緊張がほぐれるのがわかる。


「ふぅ。」

(襲われる前に出すもの出して正解だな。)


 尿を切り、緊張が解けたところで後ろからヒュッという音がして、振り返ろうしたら足に激痛が走る。


(やられた!)


一秒ほど後に矢がもう2本飛んできたが、運良く逸れてくれた。


(詐欺集団の一味か知らんが、森の入り口で襲ってきやがった。)

俺は足を引きずりながら、矢が飛んできた方向から隠れられるように大きな木の裏に回り込む。

 木に背中から倒れ掛かり、ゆっくりと座る。そしてふくらはぎに刺さった矢を一気に抜く。


「痛ってぇ。」

 激痛が走る。しかし、これで霊薬の素の効果ですぐに傷が治るはずだ。

 再び緊張してきた俺の耳には自分の鼓動と遠くで木を踏みつける音が聞こえてくる。

 あれはこっちに走ってくる音だ。


 おそらく相手の飛び道具では脳天に矢が刺さらない限り俺は死なない。接近戦なら首を切り飛ばされるか、脳天を割られない限り死なないだろう。

 しかし、3人は矢を使う奴がいる。俺は兜を被っていない。矢を何回か放たれたら運悪く脳天にぶっ刺さるかもしれない。


 さっき、いきなり足を射抜かれた。

 詐欺集団なら荷物を奪うか破壊して違約金を俺からせしめるために俺を殺そうとしてこないはずと甘く考え過ぎた。なぜ殺されないと思ったんだろう。詐欺集団ではない盗賊だっているだろ。


(落ち着け、落ち着け、ラネ。)


 “不死の霊薬の素”だけでは生き残れないかもしれない。


「おい、出て来いよ。隠れてんのはわかってんだよ。」

「へへへ、あの木の裏だ。間違いねぇ。」


(くそっ、なんて悪役っぽい台詞してやがんだ。)

 近距離に持ち込んで2人を何とか斬って捨てる。そうすれば残り1人はどうとでもなる。

 そうさ、数を減らせば形勢は変わる。これは単純な話なんだ。

 だけど、今の俺には猿の時と同じ作戦しか思いつかない。倒れたふりしてもただの盗賊なら矢を放ってくる。そうなったら無抵抗なままやられてしまう。

 何で詐欺集団以外に襲われるという当たり前のことを思い付かないんだ。我ながら間抜け過ぎないか。


(想定通りじゃなかったが、落ち着け、落ち着くんだ。)



「みっけた。」

 無精ヒゲが生えっぱなしで半年くらい体を洗ってない風体の男が俺の視界に入ってきた。


「あ、あ、あの、命だけは勘弁してください。」

 良い案が思い浮かばずに追い詰められパニックになった俺は、自分でも気付かずに情けない言葉を口にしていた。


「おっ、荷物あるじゃないか。」

 汚い風体のその男は、矢を素早く箱に向けて放った。


 !?

 矢が刺さった直後に男の顔色が変わった。


「兄ちゃん、その箱の中身は何だ?」


「え?」


「おい!こいつの箱、空だぞ。」

「あーっ?箱は間違いねーんだろ?」

と低い声。

「ああ、間違いねー。」


 大木の裏にいる男との会話で理解できた。

 やはり詐欺集団だった。間違いない。

 しかも、わざわざ黒く塗った箱、これで標的かどうかを見分けている。背負った箱が詐欺依頼のものなら痛めつけて荷物だけ壊す。そして、荷が指定された箱ではないならただの盗賊として、おそらく殺しに来る。

 きっとそういうことなんだろう。

 何でこんな分析だけ冴えているんだよ。打開策はこれっぽっちも浮かんでこないのに。


「中を確認しろ。」

 低い声が響く。


「しゃーねーな。動くなよ。」

 その男は矢を素早くつがえて躊躇なく俺の腿を射抜く。そして、俺の傍にある箱に近づいて蹴り飛ばす。


「やっぱり空だわ。」

 陶器の割れる音がしないからあっさり中身が空だとバレてしまった。


「そうか、なら殺せ。」

「りょうかーい。」


 俺はその男たちのやり取りの間に腿に刺さった矢を抜く。

(痛ぇ。痛すぎる。霊薬飲んでても矢傷の痛さで逃げることも反撃することもできねーよ。)


 抜いたばかりなのに次は矢が左腕に刺さる。

(死んじゃう、死んじゃう、死にたくない。刺さらない薬ねーのかよ。助けてくれ。)


 出せる!それは突然だった。

 ギフトの力が俺の懇願に応えて、出せる粉への確信と理解を与えてくれる。


 “金剛丹の素”。霊薬の一種である金剛丹はそれを一粒飲めば、天下無双の怪力と鋼よりも固い身体を得、二粒飲めば、矢より早く走り拳で鋼鉄の壁を砕き、三粒飲めば、素手で大地を割りその蹴りで海を引き裂く。

 こんなデタラメと思えるような情報を脳内に流し込んでくるギフト。ギフトさんは空気を読まない。

 まあパニックになっている俺でも、理解するのに一秒も要らなかった。

(これで助かる!)

 嫌でもそれだけはわかった。


(急げ、生き残れる。急げ。)

 俺は震える血塗れの右手に粉を出して口に入れて唾で無理矢理飲み込んだ。


「へへへ、どうしちゃったのかな。さあ、兄ちゃん、さっきみたいに命乞いしてくれよ。」


 男が何か喋っていたが、もう俺の心は怯えない。

 俺は“金剛丹の素”によって全身に力を漲ってくるのを感じ始めていたのだ。


「ふぅ。」

 まだ助かったわけじゃないのに、安堵の息が漏れる。

 崖っぷちの心境から解放された俺はゆっくりと立ち上がって、左腕の矢を抜き去った。


 男に向かって俺は言い放つ。

「おい三下、よく聞け。さっきの命乞い、あれは嘘だ。」


 シュッ。

 俺の決め台詞を聞きもしないで目の前の男は矢を放って来やがった。


「痛ってぇぇええ。」

 矢は身体に刺さらなかったがかなり痛かった。母ちゃんのビンタの2倍は痛かった。

 痛みには無敵ではないらしい。

 そう、俺はヘタレだから痛いのなんて堪えられない。

「痛み無しの無敵化にしてくれよ。」

 理解や確信をくれるギフトは上にいるわけではないんだが、上に向かって叫んでしまった。


 目の前の男は痛がるだけの俺を見て、何が起きているのか理解できていないようだ。

 俺は矢での追加攻撃を避けるため、腰の剣を抜いてそのまま振り上げ一瞬で間合いを詰める。そして相手に防ぐ暇を与えず、次の瞬間に右から左へ剣を振り下ろし袈裟斬りにした。

 斬り捨てた際、何か言おうとしていたようだが、この男は声を出せずそのまま崩れた。


「あああああああ。」

 後ろから突然叫び声がして、痛みが走る。

 矢を射かけられたようだ。どうやら反対側にも回り込まれていたらしい。


「お前にももう一度言うぞ。さっきの命乞い、あれはな、お前らを油断させるための嘘だ。」

「うあああああああああああ。」

「おい、聞けって。」


 こいつもまた人の話を聞きやしない。教養がない奴はいつでもこうだ。話を聞かないから教養も身に付かない。そして悪事に走る。

 俺は間合いを詰めて、次の矢を持つ手を切り飛ばす。


 手だけを切り飛ばすつもりだったが、下半身と上半身を分離させてしまっていた。

「あ、あ、あ、、、あ。」

 叫び声が吐息に近くなって途切れ途切れになり、すぐに黙った。


(化け物すぎないか、この“金剛丹の素”。)

 そう思いつつも死地を完全に脱したことを確信した俺。

「さて、あと一人か。殺さないように手加減して洗いざらい吐かさないとな。」

 心に余裕ができた俺は独り言つ。



「おい、どうした?何があった。」

「気を付けろ。二人とも倒れてる。」


 少し離れた位置から男たちの焦ったような会話が聞こえる。

(あれ?残りは一人じゃないのかよ。)


「不用意に近づくな。」

 どうやら低い声の男はリーダーのようだ。どちらを活かしておいた方が吐かせやすいのだろう。

(あ、そうか。自白剤が出せれば良いんじゃね?)

 窮地を脱すればアイデアだってこの通りに出てくる。俺はそこまで頭悪くないさ。


 俺は自白剤出せるはずとギフトに問う。出せるらしいが、今は出ないとわかってしまう。

 魔力切れのようだ。

 “不死の霊薬の素”と“金剛丹の素”を出したのだから当たり前か。


 さっきあそこでホットココアとか飲んで魔力を無駄に消費しなくてよかった。そうしたら“金剛丹の素”を出せなかっただろう。

 まだあと2人も敵がいるのに俺は悠長にそんなことを考えていた。


 今日は考え違いばかりだからどちらを生かすべきかの判断が怪しいから、とにかく一人だけ生かしておけばいいことにする。どっちが当たりかなんて素人の俺にわかるはずもない。

 俺は声の相手二人を把握するために木の上に飛び上がり、地面に視線を向けて周囲を見回す。

 大柄の男と、子供のような小男だ。

 大柄の男は兜を上にズラしながらこっちを見上げている。

「上だ。奴は弓を持っている。気を付けろ。」


 小男の顔からは恐怖の色がありありと見える。

「お前だ。小さいヤツ、お前を生かして吐かせてやる。」

(あれだけビビってるんだ。自白剤を使わずにゲロってしまうこと間違いなし。)


 生かす方は吐かせやすそうという理由で決めた。そして同時に残る一人の運命もまた決した。


「デカいの、お前にはここで死んでもらう。命乞いは認めない。」

 俺は弓を構える大男目掛けて跳躍する。空中で軌道を変えられないので痛い矢を一発受けるが、着地してすぐに詰め寄ってそのまま兜ごと叩き切る。


 下まで剣を振り下ろす途中で、キンという高い金属音と共に、手元が軽くなる。

 俺はその軽さで自分の剣が折れたことがわかった。


(小金貨2枚はこんなもんか。使い捨てにしかならないじゃないか。)


「うわぁあああああ、助けてくれぇぇ。」

 こちらが小金貨2枚の安物とは言え、剣が折れてしまったことに動揺している隙に、叫び声を上げて逃げ出す小男。


「おいこら、待て。他人様に頼みごとをする時は目を見て言いやがれ。」

 俺は折れた剣を手放し、小男を捕まえるために走る。

 瞬く間に小男の腕を捕まえて、逃げないように引っ張った。

 しかし、それが拙かった。


 俺の腕力で小男の腕が肩から引き千切られてしまった。

 血が周囲に吹き上げ、息苦しさを訴えるような動きしてから小男の意識はすぐに無くなった。その後痙攣が数十秒続いただろうか。やがて小男は動かなくなった。


(そんなつもりはなかったのに。)


 さすがに意図しない結果には理解が追いつかない。

 捕まえようとしただけで相手を殺してしまったのだ。

 昆虫を捕まえようとして足や羽を引っこ抜いてしまうあの瞬間のようなものだ。


 調子に乗っていたけど、そんなつもりはなかったのだ。


 今回は初めての“金剛丹の素”の服用。怪力が出せることはわかっていたが力の加減が全くできていない。

 ただ、不本意にも小男の肉体を破損させたことで少しでも乱暴にしたら人間の体くらいは軽く壊れてしまうことだけはわかってしまった。


 小男の死体を見る。

 こいつを壊す失敗がなかったら、誰かを守るために身体を掴んだ時に加減を間違えてきっと大怪我させてしまっただろう。


 危険性を悪党の一人の命で試せた。だからこれで良かったのだろうか。


 気持ちは(たかぶ)ったままで、落ち着かない。

 つい先ほどまで命を奪い合っていたのだ。当たり前である。


 どれくらい時が経ったか定かではないが、鼓動と呼吸が緩くなってきたのを自覚すると、殺伐とした気配が周囲から完全に消えていることがわかった。

 耳を澄ませても人の気配はしない気がする。確証はないが、もうあいつらの仲間は居ないのだろう。


 一先ず、人生初の殺し合いは決着し、危機は去った。

 気付けば矢傷も全て綺麗に治っている。



 周囲に転がった死体を視界に収めた後に俺は大きく深呼吸をして、これからどうすべきか、今さっき何をやってしまったのか頭の中で整理しようと試みた。


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