13 冒険者はシビアな世界の模様
俺は行商人の家から冒険者ギルドの前に来た。
ここから俺の冒険が始まると思うと緊張してくる。
休日は無くて町を十分に探索することはできていないが、俺はすでに30日この町に滞在していたので、冒険者ギルドの場所、安い酒場と宿のある通りなどは把握していた。
だから真っ先にここにやってきた。
ギルドの入り口は押せば開く両開きの扉、前世の記憶では西部劇に出てくるスイングドアそっくりであり、上や下から覗けば中に入らなくても様子が伺えるようになっていた。
中を覗くと、カウンターに厳ついオッサンが居て、ゴロツキのような男たち6人が壁の方に立っていて何やら見ている。厳ついオッサンはおそらく受付だ。
受付は女性じゃないのか。記憶の中のライトノベルでは大概女性だったと思いつつも俺は扉を押してギルドの建物に入った。
周囲の様子を見た時に、怖い見た目の男たちと目が合ったので、因縁を付けられる前に質問することにした。
「あの、すみません。皆は冒険者だよね?」
「ああ、見りゃわかるだろ?」
「皆は狩人や戦士のように見えるが、魔法使いは冒険者には珍しいの?」
「魔法使い?昔話に出てくる?」
「はい。火の玉を出したり、風を起こしたりするあれだよ。」
その場の空気が変化する。
「ぐぷぷ。」
「兄ちゃん、田舎から出てきたのなら知らんかもしれんが、魔法使いは王都でもいねー。」
「え?いないの?」
「「あーはははは。」」
男たちが一斉に噴き出す。
「田舎モンだ。」
「初めて見たわ、こんなお上りさん。」
思いっきり笑われてしまった。とても恥ずかしい。
恥をかく序でに冒険者の仕事全般について聞いてみた。魔法が存在しないなら冒険者たちはどういうパーティ構成なのか、どんな仕事を受けて暮らしているのか。
一人の男が率先して答えてくれた。
その男によると、冒険者とは“妖精の森”、“死霊の森”そして“火竜山の洞窟”、それら人にとって未知の領域や辺境を探索し、価値あるものを持ち帰ることで富と名声を得た者たちを指していた。
その冒険者たちを支援して、“妖精の森”や“死霊の森”に人が出入りしやすい拠点を造る目的で冒険者ギルドの前身となる組織が作られたという。
拠点造りは何度も試みられては失敗しては頓挫して、その試みは絶えて久しいのだとか。
現在の冒険者ギルドは支援の形を変えており、冒険者と呼ばれる荒くれ者に特殊な仕事や危険な仕事を斡旋するようになっている。
例えば、町の内外の調査や探索、出没した魔物の討伐、危険地域での採集、人や積み荷の護衛、荷運びといった仕事がその代表的な仕事だという。
この男の話を聞いた限りでは、ライトノベルの中に出てくる、切り込む戦士、盾役、斥候、魔法使い、神官や治癒師といった役割分担を考慮したパーティ構成はあり得ない。
役割分担と言えば、斥候役と精々荷運び役がいる程度で、基本的に全員が男戦士であるようだ。
魔法はないというが、デタラメなギフトを持っている俺にはどうも信じがたい。一万人に一人くらいギフトで魔法の力を授かった魔法使いがいるんじゃないかとも思う。俺のようにギフトの力を隠して生きているのかもしれない。
魔法使いが存在したとしても、冒険者になるかどうかは怪しいが。
ちなみに冒険者ギルドに登録している連中は、腕や体力を持て余している者、普段は狩人や木こりといった生業を持つ者、職にあぶれた者、旅の道中で一時的に腕っぷしで金を得たい者、農閑期に稼ぎたい者などだそうだ。
意外と地味である。
(うーん、だからここの連中は皆ゴロツキみたいな男なのか。冒険者業界に夢も華やかさもないな。)
女性冒険者は滅多にいないらしいし、ライトノベルは嘘吐き過ぎじゃね?
ひょっとしてハーレム街道は冒険者として歩いてもローマに辿り着かないのか?
「いろいろ教えてくれて助かった。ありがとう。」
俺はいろいろ話を聞かせてくれたゴロツキのような男たちにお礼を言って、一応ギルド登録だけ済ませようと考えた。
「オレは木こりをしているし、こいつは狩人。森に行く依頼なら声かけてくれていいぞ。」
見かけによらずいい奴らだった。てっきり追剥ぎが生業だと思っていました。すみません。
受付のオッサンに登録を頼むと登録料を請求された。
小銀貨3枚、つまり3シルだ。
意外と高いと思っていたら、俺の顔を見たオッサンがぶっきら棒な物言いで説明してくれた。
「羊皮紙の値段が1枚で1シル。インク代と手間賃で1シル、ギルド証で1シルだ。」
こりゃどうも。顔に出ていましたか。
素直に銀貨3枚を出してカウンターに置く。
出された羊皮紙に、自分の名前と年齢と出身地を書くように言われ、ペンとインクを出してくれた。
なるべく出身地を書きたくなかったが、偽るための他の地名も知らないのでエラン村と真っ正直に書いた。
そして、黒いインクで両手の親指の指紋を取られた。
オッサンは俺の顔を見て、また説明してくれた。
「大きな町ごとに冒険者ギルドはあるが、それらはお互いに独立している。だが、紹介状を発行してもらえば、ここでの実績は行き先で考慮してもらえる。紹介状の発行には自身の指紋が必要で、紹介状にも押印する。そして行った先でも指紋は登録する。」
指紋が本人証明ということらしい。前世の記憶だと、指紋を確認されると言うのは犯罪の容疑者なのだが、こっちではIDカード扱い。
ギルド登録が終わり、ギルド証と言われる、紐で首から下げる俺の名を刻んだ金属のアクセサリーを明日受け取ることになった。
いわゆるギルド登録者のドッグタグのようなものだ。 元々はギルド登録者の身分証のようなものではなく、危険な任務が多いため遺体が誰なのか確認するためのものらしい。
物騒な由来だ。
オッサンからは依頼を受けることができるのはギルド証を受け取ってからと言われた。
もし寝泊まりする場所が無いなら、二件隣にある斡旋所でクソ掃除の仕事を受けてやればいいらしい。斡旋所とは町中や港の仕事を紹介するところらしい。
クソ掃除を受ければいいとは、金を節約したいと思うなら是非受けてほしいということらしい。
この町は下水道が無いらしく、民家のトイレに貯まったクソは特定の場所に持っていかなければいけないとか。
貯まったクソを運ぶ仕事を請け負う賤民がいるのだが、自分でも運びたくないし賤民に金を払いたくない愚か者が路上にまき散らすために、それを清掃する賤民もいる。
しかし、この町に暮らしている賤民だけではとても手が足りず、その仕事を手伝うための仕事は年中募集しているとか。
報酬は少ないが寝泊まりと食事は確保されるので、仕事と仕事の繋ぎに最適だというが、本音は町を綺麗にして、臭いをマシにして欲しいってことらしい。
おすすめの仕事ではなく、単にオッサンの希望だったようだ。
人間生きていれば毎日出すものは出す。しかもこの町は2万人も暮らしている。1割の愚か者が居ただけでも2千人がクソを撒き散らす、というわけだ。
この町に入ってきた時に鼻をひん曲げるように感じた臭いはそういうことだったのだ。
便利な風魔法があるなら、まずこの臭気を消すよね。うん。
俺は明日にスムーズに仕事を始められるように、依頼の受け方も聞いておいた。
木札に依頼の概要と報酬額が書かれるので、木札を持って受付で依頼内容の詳細を聞き、仕事を受けるか決めるらしい。
仕事を受ける場合は、署名して契約する。
文字が読めない者は、頼めば忙しくない限りギルドの職員から木札で書かれている内容の説明を受けることができるらしいが、署名だけは代筆は駄目だと言われた。
文字が読めなくてもそのうち慣れてきて、木札に書かれている金額や仕事の概要が分かってくるので、十分に読み書きできない冒険者も職員に頼らなくなるんだとか。
依頼内容に公表される難易度は存在しない。
難しかったり、危険だったりが予想される場合は、報酬が高額になったり、危険な目に遭遇した場合の特別報酬が追加されるという。
依頼内容の危険性は依頼主が想定しておかねばならず、危険とわかっていてそれを隠して依頼した場合、依頼内容を基に争われる。
そのような場合、依頼主がギルド側と結託して依頼内容を後から誤魔化さないように、あらかじめ2シルと有料だがギルドの証明印付きで依頼内容を羊皮紙に写したものを貰うこともできる。
危険性や難易度が依頼内容に記載したから想像できないほど高い場合は、依頼を失敗しても失敗と扱われないし、相応の手当も受けることができるともいう。
高額の報酬が書かれている仕事には、手付金が必要なものや、依頼をしくじった場合に違約金が発生するものがあるという。
中には莫大な違約金を課される仕事もあるから注意が必要だとも教えてくれた。
冒険者の実力の目安とされる冒険者ランクやレベルというものはない。
ただし、登録したギルドで実績を登録されていて、依頼を受ける時にアドバイスは貰えるし、荒事に向かない実績の冒険者なら、荒事で危険ですと釘を刺されるという。
冒険者側にとって厳しい内容だなと考えていたらそうでもないらしい。
依頼失敗者が出た依頼は、支払い金額が増額されない場合は訳あり依頼という扱いになる。
違約金が発生する仕事で連続失敗が出た場合、同じ依頼を出すことは禁止される。
違約金を3回受け取った依頼主は、ブラックリスト入りして依頼を出すことが不可能になる。
違約金を冒険者に全て返却した場合には再び依頼を出すことができる。
このようなルールも設けられているという。
多くの冒険者は自身の信用として担保できるものがないため、受けた仕事の失敗には違約金が課される契約が多いという。
違約金が生じた場合、20日以内に全額を支払わないと犯罪者として扱われる。その際には逮捕され、犯罪奴隷となる。逃げた場合は指名手配されて、奴隷期間も長くなる。
免責事項として、依頼を受けた冒険者が死亡した場合、違約金は誰も払う必要はない。
死んだら本人には関係ないけどね。
免責事項があるのは、遺族からも取り立てる厄介な依頼主がいるかもしれないからかな。
仕事の内容によってはパーティでしか受けられない依頼もある。
パーティで受けた仕事が失敗した場合は、違約金がパーティのメンバーが責任をもって支払わないといけない。
これは連帯責任を負わせる仕組みのようだ。
ギルドで請け負う仕事の仕組みは、お金の扱いにおいてとても過酷なようだ。
情報が取りにくい世界なので不当な依頼もあるだろうし、冒険者個人の信用もわからないとなると、きっとこのくらいの厳しめの仕組みは必要なのだろう。
情報量の多さに、前世の記憶における『同意書を必ずお読みください』という文言を思い出す。
そうそう、何らかのサービスを利用するための契約をする際、きちんと全部読んでいる奴がいないであろうあれである。
頭がいっぱいになった俺は、ここを立ち去ろうと入口に目をやると依頼の概要とは違う白木に黒字で名前らしき文字列が書かれた木札の列を見つける。
「あれは何?」
「あれは、優秀な冒険者の名を飾ってあるんだ。あそこに掛けられるくらい頑張ってくれや。」
数を数えるとちょうど20名分の名札。ここカルタポルトの冒険者ランキングというところか。
おそらくあれは競争心を煽って、仕事を頑張らせるためなんだろうな。
前世ではお馴染みの手法だ。このような人にやる気を出させる方法に文明レベルの違いは関係なさそうだ。
さっと目を通したが、長兄の名は20名の中には無かった。長兄がここで依頼をこなしているのならここに名札が掛かってもおかしくないんじゃないかと思ったからだ。
長兄の名を出して受付のオッサンに彼がカルタポルトで仕事をしているか聞いてみた。
オッサンがすぐに調べてくれたところでは長兄はここで登録したようだが、商隊の護衛の仕事をしたままそれっきりのようだ。
長兄はもうここには居ないようだ。
護衛をした商人の名は教えられないと言われたが、行き先はわかった。王都ランドパリエスだ。いつしか王都に行ってみようと思う。
長兄が冒険者として仕事をしている限り会えるだろう。そう期待する。
序でに長兄が思い出話として言及していた黒い大きな魔獣を連れていた冒険者たちに心当たりがあるか聞いてみた。
当然のように知っていると答えてくれた。
魔獣を連れた男はどこかの貴族の息子でもう冒険者を引退しているらしい。名は青髭のバーゲスト。有名な凄腕冒険者だったようだ。その男は固定のパーティと仕事をしているわけではなかったようで、弓を扱うのが上手かったという。
俺は、先ほど説明された内容を全て理解できたわけではないが、聞きたいことは全部聞いたのでお礼を述べて立ち去ることにした。
ギルドの仕組みの細かさにヘロヘロになった俺は、安宿を探して部屋を確保し、夕食まで時間があるので町を散策することにした。
食べ物も情報もこなれるまで時間がかかるんだ。
翌日、朝食をかっ込んでギルドに向かったが、ギルドはまだ営業を開始していなかった。
覗いてみたが、建物の中は真っ暗。
いつ頃出勤してくるんだろう。
機械式の時計が無いというのは本当に困る。
誰か時計を発明してくれないだろうか。
時間と共に通りに人が増え、次第に活気を帯びていくのを眺めて待っていたら、職員がギルドの建物の窓の観音開きの蓋を開け始めた。日の光が差し込んでギルドの待合所が明るくなった。
俺は昨日から掛かっている依頼の木札を確認していく。
『妖精の腰掛けの採集 3ギル~』
これは霊芝に似た薬効があるキノコだ。以前に聞いた話では、このキノコは半年かけて成長し、数日間だけ傘を広げ、成長し終えると半日で枯れて消えてしまうので高値で取引される。傘を広げた状態を腰掛けと言うらしい。割とどこの森でもあるが、採集のタイミングが難しいらしい。
『真珠求む 報酬応相談』なんてのもある。
前世の知識を利用して養殖に成功したら儲かりそうだ。
残っている依頼は採集系が多いようだ。
ギルド側では採集場所は教えてくれないらしい。それを採ってくるのが冒険者なんだそうだ。
場所がわかるのなら危険地帯以外は依頼主が自分で採ってくるだろうし、当たり前か。
採集は得意だが、ここら辺に何が生えているのかわからないからどうしようもない。
採集以外は、違約金が発生するものばかりだ。
ギルドを仕事は超安い報酬以外は、大概違約金が発生するようだ。
しかも荷運びには違約金が報酬より遥かに額がデカい。荷を失った時や壊した時の違約金はかなり高額だ。これは賠償ということだろう。
期限に間に合わなかった時も報酬が半分以下になるものが多い。
結構厳しい業界だな。誰がやるんだよ、これ。
残った依頼を見ていると出来そうなものが無い。ちょっと無理じゃないかと考えていると昨日の受付のオッサンがやってきて、俺に気付いて手招きしてくれる。
どうやらギルド証が出来上がっているみたいだ。
真鍮製だと思われる綺麗な金色のギルド証には下手な文字で『ラネ』と刻んであった。
これで俺も冒険者だと思うと、なんか嬉しい。
紐付きなのですぐに首から掛けた。
また自分だけでできそうな割のいい仕事を探していると、『猿の駆除 1匹あたり10シル』と書かれた木札を見つけた。これは違約金が無い依頼である。
しかし、なぜ10シルと書かれていて、1ギルじゃないんだろう。
そんなことを疑問に感じながら少し考えてこの依頼の詳細を受付で聞こうと手を伸ばそうとした瞬間、横に居た3人組の青年の1人がその木札を素早く掴んで受付に持って行ってしまった。
早い者勝ちである。
迷っていたからチャンスを失ったのだ。致し方ない。
3人の青年が受付でのやり取りを終えた後、その木札は再び依頼の掲示板のところに掛けられた。不思議に思って、たった今木札を掛けたオッサンに話を聞くと依頼内容の詳細を教えてくれた。
これは果樹園を荒らしにくる猿の駆除の仕事で違約金は発生しないが、猿を見つけて殺し、現地の依頼主に死骸を渡し駆除した証明を貰ってこなければならない。
1匹の死骸で小銀貨10枚の報酬であり、猿1匹に支払う額は変わらないので何人でも受けられるから再掲示したのだとか。
依頼主は馬車でも歩きでも1日の距離の農村で、果樹園はその近く。現地で村の代表と会って説明を受けて仕事を開始、駆除したらその死骸を現地で引き取ってもらい、証明書を貰ってこのギルドで報酬を換金する。
腕や運が悪ければただ働きの仕事だから、良し悪しだと言う。
猿なら狼や他の魔物と違ってさほど危険なことは無いだろうし、駆除という扱いだから、討伐じゃないから危険度は少ないのだろう。
俺はエラン村で弓を練習し狩りの腕も少しは自信があるから、この依頼を受けることにした。




