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11 さらばエラン村

 ラネ16歳。春先、まだ少し肌寒い日が続いていたそんな頃。

 突如として俺がアビーの将来の結婚相手だという噂が村を駆け巡った。

 アビーが俺に付き纏うからこういう噂にもなったのだろうか。

 碌な娯楽も無いこの村の大人たちはこの手の噂話を好むのは無理からぬことだった。


 前世の記憶では『人の噂は七十五日』と言うらしいけど、75日は長い。


(こういう時にアビーと遭いたくねーなぁ。)


 川辺でそんなことを考えながらホットココアを作る。

 今日は気分転換にアレンジする。シナモンとジンジャーの粉末を少し入れて、ミルクは少なめだ。


 香りが今までのとは全然違う。高級感が2段階上がったような深みだ。

 これは温まりそうだ。これが美味しかったら次も作ろう。


 期待しながら、ゆっくりとかき混ぜて出来上がった頃になぜかアビーがやってきた。


「あ、ラネ。ねえ聞いた?」

 アビーは対面にちょこんと座って、自前の匙を鍋に突っ込む。

「ああ、あの俺とアビーがどうのこうのというやつ?」

 俺も負けじと匙を鍋に突っ込む。何せ一人分しか作ってないからね。

(あ、美味しい。)

「それそれ。」

 アビーは匙をまた突っ込む。

「あ、今までと違うんだ。美味しい。」

 アビーは楽しげに笑う。

「ちょっと材料を増やしてみたんだ。いい香りでしょ?」

「ラネ、すごい。」

 匙を交互に鍋へと入れる。


「そのね、父母も噂を知っちゃって聞かれて困っちゃった。」

 アビーは相変わらず楽しそうだ。

 今回のホットココアは最上だ。また作ってもいいなと思いながら話を合わせる。

「ふぅ。嫌だな。そんなことないのにね。」

 俺は大きなため息をついて同意する。

「ラネは、あの噂どう思う?」

 チラっとこちらを見た気がした。

「結婚って言うけど、アビーも俺も子供だよ?」

「うん。」

 アビーの気色が変わったのに気付いたが、この話題を続ける気はなかったから別の話題を振って、もう考えることをやめた。



・・・・・


 陽気がいい日が続き、獣も魔物も活発に動き始めるようになった。当然のようにあの4人組は再び獲物を担いで村に帰還した。

 もう見慣れたコナンの狩り自慢と女性たちのおしゃべり。


 畑のモグラ探しを終えて休憩していた俺は、話を聞きつけて暇なのでいつも通りに我が家のお肉を貰いに籠を抱えてすっ飛んで行く。

 我が家は二人も労働力を差し出しているからね、俺は悪びれずに貰う。

 だが、急いで解体の現場に向かうには他に理由があった。


 俺は小動物と鳥は捌けるようになったけど、大物を解体する機会が無いので4人組の解体を見て学んでいる最中なのだ。剣道の見取り稽古みたいなものだ。

 嫌な連中だが学ぶところは多い。


 俺が駆け付けるとアビーが俺より先に鹿の解体に群がっていた。今のコナンの笑顔はいつも以上に眩しい。

(笑顔の練習でもするか。)

 ぼんやりと眺めていたら、アビーが俺を見つけ、嬉しそうに群れを離れてこっちに来た。

(こら、こっちに来るとあいつが不機嫌になる。)

 案の定、コナンはこっちを睨んできた。

「あっちで肉貰わないの?」

 アビーはどこ吹く風で「あれを最近飲んでないけど、飲みたいね」と言う。

「俺も飲んでないわ。」

 ホットココアの催促なのはわかっているが、俺はすっ呆ける。


 睨まれて居心地が悪い。見たい骨抜きの工程が終わったので、肉を貰ってさっさと帰ろうと俺は思っていた。

 そんな矢先、

「お前の兄貴は凄かったけど、お前は狩りがいまだに下手だってな。」

 コナンが周囲に聞こえるように煽ってくる。

 ほら、言わんこっちゃない。アビーさんのせいですよ。


 そういう批判はまず長兄より狩りができない愚兄たちに言うべきと思うんだ。

 正直、煽られても何とも思わない。俺はさ、スキルはショボいけど圧倒的な力を授かった本物のギフテッド。余裕よ、余裕でスルーできる。


 なのにアビーが喧嘩を買いやがった。

「ラネは凄いんだから。」

 まあ、算術はこの村では凄いね、小学校の算数程度で大変前世の世界の人々には申し訳ないけども。

「美味しい物、いっぱいくれるんだから。」

 あれ~?算術の教師の腕前の話じゃないのかな?

「おもしれぇ。」

「こらこら、アビーさん、やめなさい。」

「だって。」


 コナンには慌てる俺と鼻息が荒いアビーがイチャコラしているように見えたらしい。


「そこまで言うなら見せてみろよ!狩りの腕前を。」

「狩りじゃない。ラネ、もっとすごいもん。」

「アビー、いいから黙って。」


 こうしてアビーは勝手に喧嘩を買って、コナン相手にこれまた勝手に挑戦状を叩きつけやがった。

 美味しい物ってさ、ホットミルクココアだよね?こいつにそんなものを出せるわけないだろ。どの材料で作るのかって問い詰められちまうわ。


「負けないんだから。ね、ラネ?」

 自信満々に受けておいて、こっちに仕事を放らないで欲しい。



 かくして、他人の言い争いに巻き込まれて狩りに出る破目になった。

 

「狩りに行きたい。大物を狩らないといけないんだ。」

 俺は父に手伝ってもらおうと情熱的に訴えた。だって、いつも一緒に森に入るんだもの、当てにするさ。

 密かに「よし、父ちゃんが手伝ってやる」という返事を期待していた。


 しかし、木苺の煮詰め(ジャム)を母が楽しみにしており、父は木苺摘みでしばらく忙しい。そんな理由で却下された。


「一人で行ってきな。」


 父にとって末っ子の優先順位は母より遥かに低いのだ。



 誰も頼れない。狩りを手伝ってくれそうな男の友人はいないし一人でやるしかない。

 まあよくよく考えると、村を出て一人で生きていくからこれもいい機会だと思い直し、遠出の準備をして森に入った。




 音が聞こえなくなるほど標的に集中する。

 立派な角をした若い牡の鹿がぴくっと耳を動かす。

 しかしもう遅い。

 俺の指から離れた矢は鹿の後ろ足に当たる。


 それでもこの程度で鹿は倒れない。すぐさま走って逃げ出す。

 矢が刺さったままのぎこちない走り。


 手負いの鹿の動きを目で追いながら、こいつを仕留めて帰ろうと心に決める。

 耳を澄まし、草木の揺れを感じながら、慎重に迅速に鹿の後を追う。


 執拗に追い続け、水辺の近くでようやくそいつを見つけた。

 随分と弱っている。

 しかし、気づかれたらまた引き離されるだろう。

 俺はじっと息を殺し、弓の弦を引き絞る。


 真っ直ぐ飛んだ矢が首に刺さり、ようやく動けなくなった鹿。

 俺は近づきながら矢をもう一本打ち込む。暴れないことを確認して、首を切り裂いて仕留めた。少しの間、鹿は痙攣していた。


 彼是、数時間の狩り。仕留めた後に、どっと汗が噴き出す。

 気付けば、周囲は日が陰りつつあった。


 

 どこまで奥に入ったのかわからない。エラン村までは遠そうだ。

 水辺が近いのでそこまで鹿の体を引きずって、腹を裂いて、内臓を取り出した。

 獲物は鮮度が命だ。村に着くまでに時間がかかりそうなので勿体ないけど内臓は今日食べない分は全部捨てていくしかない。


 周囲の景色に見覚えは無い。

 俺は簡単な処理を済ませた後、帰り方を考える。


 水辺は小川に繋がっていて、その小川はおそらくエラン村の下流に繋がっている。エラン村は谷間にあり、森や山の中にある水の流れはあの谷に向かうのだ。

 だから、水の流れを辿れば帰れるという確信はあった。



 仕留めた鹿は村の大人の体重と同程度。一人で背負って帰れないこともなさそうだった。

鹿の角は運ぶ時に邪魔になりそうなので、切り取ろうかと考えて試しに思い切り力を入れて捻じってみたら簡単に捥げた。ちょうど角の生え変わりの時期だったようだ。

 鹿の足を縛り、手頃な木の棒に括り付けて、天秤棒を担ぐ要領で運べるようにした。

 鍛錬していて良かった。この重さなら森の中でも運べる。


 鹿を担ぎ、日が暮れるまで小川に沿って歩いたが、村は遠そうだった。

 俺は野宿することに決めた。運がいいことに雨は降りそうにない。火をいつも通りに焚き、食事の準備をすることにした。

 


 翌日、痛みと共に目が覚めた。慌てて痛む足を確認すると20cmほどのヤマビルが吸い付いていた。慌てて払いのける。


 ヤマビルは見た目も生態も気持ち悪い。ここを速やかに離れようと鹿のところに駆け寄ると、数えきれない数のヤマビルが鹿を覆っていた。

 一瞬言葉を失った。

 優に千匹は超える大小様々なヤマビルを見て、俺は鹿肉を救出することは諦めて荷物をまとめて逃げ出した。ヤマビルを全て剥がしてもあの鹿の肉を食べる気にはならない。


 折角一日がかりで牡鹿を仕留めたのに、手元に残る成果は角だけになってしまった。



 少し歩くと一息つける岩場を見つけてそこでポタージュスープを作って飲み、英気を養ってからまた歩き出した。

 その休憩した岩場からほどなくして森が終わり開けた草原に出た。そこはエラン村の隣村、“川下の村”の牧草地だった。野宿した場所からはこの村は案外近かったのだ。

 以前、ここを父と通ったことがあった。その時は採集の縄張りで揉めるといけないので立ち寄らなかったが見覚えがあった。


 もう少し歩けば森を抜け、獲物をヤマビルに奪われることはなかったと思うと悔しくて堪らなかった。



 気持ちを切り替えて遠くに見える家々を目指して歩き始めた。“川下の村”は初の訪問である。


 近づいて全景を見渡した。聞いていた通り、そこはエラン村よりも小さな村だった。

 手前の見える民家の傍らで、恰幅のいい中年の婦人が水路の水を木の桶で汲んでいたが、こちらを見て動きを止めた。


「こんにちは、初めて会うがオレは狩りをして迷った者だ。」

 警戒させないように声を大きくして明るく挨拶する。

「こんにちは。あっちの森から出てきたようだけど、あんた“川上の村”からかね?」

 その婦人はこちらの身なりと顔を一瞥してから、警戒心を解いた様子だった。

「そうだよ。ラネというもんだ。」


 自分は川上のエラン村の者で、狩りで獲物を追っかけているうちに迷ってここに着いたと説明した。成長した牡鹿を仕留めたが、夜にヤマビルに集られて仕方なく捨ててきたと。


「そりゃあ、難儀やったなぁ。ヒルがようけおるで、あの森では立ち止まったらいかんよ。」

「痛感したよ。たまげて逃げてきた。」

「あっこのヒルはしつこいからそれしかないねぇ。」

 辛抱強く手負いの鹿を追いかけたのに角しか持ち帰れなかったと、手持ちの角を見せて笑うと、婦人は目尻と口元にシワを刻むようにして笑った。


 腹が減ったので銅貨で食べ物を分けてもらえないかと銅貨2枚を見せて打診したところ、喜んで応じてくれた。そして、民家に入れてもらって羊肉の腸詰めをパンと乳を食べさせてもらった。ここは彼女一人らしい。


 食事中に聞いた話では、この村の狩場を余所者が荒らしたことになるかと聞いたが、そのことについて何も問題はないらしい。たまにエラン村の狩人の連中がここに訪れるからいつものことだとか。

 それに川下の村は羊飼いが多く、獣肉調達の仕事はさほど人気はないとのことだ。

この村の狩人たちはヤマビルが多い森に入るよりはさらに下流にある池周辺で獲れる鳥や小動物を狙うらしい。

 道理で川下の狩人がエラン村に来ないわけだ。ちゃんと棲み分けができているようだ。

 

 食べ終えて腹がこなれるまで少し休んでから、エラン村にこのまま帰ることを伝えると婦人は途中で食べるようにとパンを二切れ持たせてくれた。

 俺は婦人にお礼を言ってエラン村に向けて出発した。



 

 重い荷物がないので歩き通し、日が暮れるまでにエラン村に帰ってこれた。


 我が家に着くと、母に思いっきり頬を叩かれた。

 狩りに出てくると言っておいたが、母には随分と心配をかけていたようだ。

 黙って遠くに狩りに行ったことをきつく叱られた。相当怒っていた。


(あれ、おかしいな。)


(大物狙いで狩りに出かけることを言っておいたはずだ。)


 母の後ろで、父親がこちらを向いて無言だが口の形を動かしている。「スマン、ワスレトッタ」と。


 母のお叱りが終わり、父にその辺の事情を聞いた。父は母があまりに心配するので言いそびれてしまったと答えた。

 木苺の煮詰めを作るのに夢中で母の話を途中まで聞いていなかったらしい。

 母が何を言っているか気付いた時はすでに危険域に達するほど怒っていた、そんな母に伝え忘れたことと言い出したら矛先は父に向かう。

 どうやらそれを避けるためにダンマリを決め込んだらしい。


 父曰く「母ちゃん、怖いんだもの。わかるよな?」

 尤もである。母は起源によっては決して触れてはいけない時があるのだ。

 そう、母が我が家では一番強いのである。


 気持ちはわかるが俺は父を責めた。父の落ち度もあるのだから、母の怒りの半分は負って欲しいのだ。

しかし、父は大物を狙うから日を跨ぐかもしれないとは聞いてなかったと主張した。


 確かに日を跨ぐとは言ってないけども。一人で出かけて帰ってこないのは初めてだけども。

 父に有耶無耶にされた。いや、言い負けた。



 父とのやり取りを盗み聞ぎしていた兄たちが物言いたげな半笑いの視線を投げてくる中、モヤモヤした気分で寝床に入る。



 今の気分をはっきりさせたいから目を瞑り思索する俺。


 長兄は16歳の時すでに数日家を空けることはあった。その時の母はそこまで心配はしていなかった。

 おそらく母をはじめとして村人のスキル信奉は強すぎるのだ。逆に言えば、スキルが無ければ一人前じゃないと見なされやすいわけだ。


 確かに村内だけでなくこの世界の常識はそうなのかもしれない。

 しかし、前世の世界の記憶がある俺にはどうもこれが奇妙に映る。

 天啓として授けられるスキルは一つだ。

 しかし、いろんなことが得意な器用な村人はたくさんいる。

 おそらく授けられるスキルは本人にとって最高にフィットする適性だけど、別の適性だって人には備わっているはずだ。

 その根拠に父だって次男坊だって農業はそれなりにできるんだもの。


 つまり、俺は凄腕のベビーシッターかもしれないが、鹿を仕留めたように狩人だって十分にやれるかもしれないのだ。スキルが授けられていないから適性がないということではない。


 俺はこう考える。

 俺の潜在能力はA級ベビーシッターかつB級狩人でB級農夫でB級料理人でB級革細工師かもしれず、次兄なんかはC級革細工師かつD級農夫やD級狩人でE級ゴロツキ、三男に至ってはC級農夫かつE級狩人でE級ゴロツキかもしれない。


 たとえ話に悪意が込められている?

 気のせいだ。こうやって考えを整理すると、何の抵抗もなく俺の頭に入ってくるだけ。


 スキルは内なる才能を自覚し将来の生き方を示す道標になるだけのもの。あの天啓の時に気付かされるだけで、わざわざ新たに授かっているのではないと考えるべきだと考えを整理する。


 俺のこのモヤモヤはスキルで決めつけるのではなく俺をもっと信じてくれという不満なのだろう。

 四の五の言っても無駄なので今回は素直に怒られておくしかないが。



 俺はこの後に大きな獲物は狙わなくなったが、鳥や小動物は以前より落ち着いて狩ることができるようになり、狩人として成長した。


 もちろんコナンには鹿を仕留めた話など信じてもらえない。どこかから角だけ貰ってきたのかと馬鹿にされはしたが。


 今更、あいつにどう思われようがどうでもいいと思う。狩りの腕は自分が分かればいい。

 自慢できそうな大物を求めて森の奥に入るつもりはもうない。鹿を追い詰めて仕留めたことに達成感は自信になったし、何よりも奥地でヤマビルには遭いたくないんだ。




・・・・・


 初夏が来た。いつも通りに秋に播いた小麦の収穫を手伝う。これも家族で同じ仕事をする最後の機会になるだろう。

 俺は両親に、行商人たちが来たら、長兄と同じように村を出て行くと告げた。


 母は驚いていた。村に留まってアビーと結婚するんだと思っていたらしい。母の話を聞いてみるとちゃんと根拠はあった。

 俺はアビーと仲が良い。あちらさんの親も気に入っている様子。そして今でも俺は簡単な算術ができるし、数字を扱う難しい仕事を俺は手伝えるから婿入りするのではないかと。

 確かに、俺の意志を無視すればそういう成り行きもありかもしれない。


 長兄のように戦うのに適したスキル持ちではない俺が冒険者になると言ったら、反対されるだろう。だから俺はいつものように嘘を吐く。


 町に出て算術を教えられるか見てくる、そしていい仕事があればそのまま働くと親を説得した。

 結局、町で働くことに父も母も反対しなかった。

 金稼げるようになったら仕送りしろ、帰郷する時は土産を買って来いと言われた。

 ちょっとは健康の心配とか、都会の悪い人間に騙される心配とかしてくれないのかな。



 お世話になった村の人たちには直前に伝えるつもりだった。そう行商人が来てから、小麦をロバで運ぶ村の男衆に加えてもらえるのならそこで本決まりなのでその時で良いと。


 旅の準備は楽しい。ギフトの力で粉をいろいろ出して使うので、木の筒を複数、目が細かい布の袋、革袋を大小で2つ用意した。

 布の袋は町に出て売る金粉を入れる想定である。手持ちの貨幣が銀貨1枚にも満たないので金粉で初めの資金を得るつもり。



 旅の準備に心を奪われている中、アビーが珍しく我が家にやってきた。

 どうやら村を出て行くことを父母が言い触らしたらしい。

 まあ口止めをしたわけじゃないし、黙っているようなことでもないんだろう。


 アビーは開口一番怒っていた。

「ラネが出て行くって、私は聞いてない。」

 うん。そりゃ、言ってないもの。


 とにかく怒る理由もよくわからんので、ゆっくり外で話すことにした。

 一旦、俺は家に入り、空き袋にココアのブレンドを入れ、鍋と匙も携えてアビーと川まで歩くことにした。

 一緒に川の上流まで歩いていく道中、アビーは大人しかった。まるで言いたいことを整理しているようだった。


 人気のない水が奇麗ないつもの場所に着き、ホットミルクココアを作ってご機嫌を取ろうとした。

「町に出てスキルの算術で食べていくよ。この村は居心地悪いし。」

「嘘。」

 確かに前半は嘘だけど、後半は本当だ。そこまで否定しなくても。


「ラネ、町で絶対困るから。村を出たら絶対に困るから。私知ってるんだもん。」


 何を困ると言うのだろう。ちょっと怖い予言めいたことを言うアビー。まさか、未来視のギフト持ちとか?まさかね、出て行くことを知らなかったくらいだからそんなことないよね。

 アビーは俺が困ると言うけども、ここにいる方が嫌がらせとか、ギフトの力がバレそうとかで散々に困っているのだが。

 まあ俺が村を去ることに反対ということだろう。何だかんだ言ってもアビーと一番仲が良い男子は俺だしね。


「俺は大丈夫だよ。出て行くって前から決めていたし、危険な仕事ではないよ。」

 準備はしてきた、安心して欲しいという意味だった。

「もういい。帰る。ホットココアありがと。」

 アビーは口元を歪めて、最後までイライラしていた。




・・・・・


 ついに初夏恒例の行商人と護衛たちがやってきた。あの見習いの少年はもう大人顔負けに仕事をする青年になっていた。

 人との接し方も幾分上手くなったと思う。客商売だし行商人のオッサンに直されたかもしれない。

 護衛の中にはアビーに目を付けた奴もいたみたいだ。アビーは上級村民の娘なので町に嫁ぐことないだろうけど、さすがに村では美少女だからモテるようだ。

 

 行商の一行を迎えて騒がしい日々が過ぎ、ついに出発の日取りが決まった。


 アビーはそれまでずっと怒っていたが、コナンは喜んでいた、と思う。

 コナンは俺の旅立ちの前日に家に訪れて、餞別として干し肉を分けてくれた。

 内心、何しに来たんだこいつは?と考えていた俺に

「オレは絶対にアビーと結婚する。」

とか宣言してくれたよ。

 これは勝利宣言なのだろうか、それとも決意表明なのだろうか。

 ともかくあいつの中では俺が恋のライバルだったんだろう。わかっていたけど俺に構わずにアビーに真正面から行けよと思うね。甘いものでも貢げばきっと惚れられるぜ。


「何でアビー?」と何気なく聞いてみた。

 どうでもいいと思っていたが、こいつとは仲が良いわけでもないし間が持たないから。

 すると意外な言葉が俺を揺さぶった。


「アビーはオレに奇跡をくれた女性(ひと)だ。」


 ああ、それだけでわかってしまった。コナンはアビーが見舞いに持って行った霊薬の素を塗したべっ甲飴で奇跡的に治って、運命を感じてキュンキュンしちゃったのだ。

 しかし、アビーには仲良くしている俺がいた。だからとても邪魔だったのだ。


 気付かなかった。そう言えばそうか、あり得る話だ。

 こいつが5割増しで突っかかってきたのは、憐れんで霊薬の素を渡した俺のせいじゃねーか。なんというマッチポンプ。

 ほんと、人間関係は誤解で空回りしている。


 しかし、お前はハーレム路線を進もうとするライバルだったのでは?と引っかかった。


「お前のハーレム街道はローマに続いてはいない。」

 俺はそう言ってやった。だって、ハーレムに相応しいのはこいつよりチートなギフトに選ばれた俺だもの。

「アーレムカイドー?」

 意味が分かってなかった。意味を理解されても反応に困るけど、お前の野望は叶わないということを言っておきたかったのだ。


「いや、何でもないさ。いろいろと頑張れよ。」

「お前も元気でやれよ。」

 お互いにエールを交換した。もうこいつに煩わされることも無いと思うと嬉しかった。


 まあ、アビーは勘が良い女だ。浮気はバレるから気を付けろよ。

 結婚することになったら、その時は幸せになれよ。




 コナンが干し肉をくれた夕方、目を真っ赤にしていたアビーは羊の毛で編んだ首巻きをくれた。今から暑くなる夏なんだが。

 村を出て行くと噂になってからそんなに日にちは経ってない。あの顔だ。ひょっとしたら毎日夜なべをするくらい必死に編んでくれたのかもしれない。

「ありがとう、アビー。大事にする。」

 これが女の子から貰った初めての贈り物だった。

「じゃあね。」

 アビーはそう言って去っていった。後ろ姿から鼻水を啜る音がした気がした。



 出発当日、長兄の時と同じように家族は見送りに出ている。


 母は長兄の時と違って、困ったらいつでも帰って来いと言った。やはり16歳の俺が心配なようだ。安心させてあげたいけど、ギフトの事は言えません。

 だから、算術を活かせる仕事を早く探すからね、と嘘を吐いて安心させる。


 父は嫁さんを探せ、お前は若いからゆっくり慎重に見極めろ。器量良しより働き者を選べ。またそれか。

 父は俺の体を心配して、虫下しの薬草を袋に入れて持たせてくれた。


 次兄には、父母を頼むとだけ伝えた。出て行く前にここで蹴とばしたいとは本音は言えない。頑張れと言ってくれた。

 三男には、家と畑を頼むと伝えた。出て行く前にここで殴りたいと本音は言えない。長兄の時とは違い、羨ましいとは言わなかった。


 しかし感無量だ。涙が出そう。ようやくこいつらと離れられる。

 俺の目はさぞかし潤んでいるだろう。

 俺をいじめていた自覚のない兄たちも俺に呼応するかのように目を潤ませていた。


 これは、他人様が欠伸をするとこちらも欠伸がしたくなる、あの欠伸が伝染する現象と同じだな、きっと。



 そうこうするうちに小麦輸送の一行が動き出した。俺は家族の傍を離れ、慌てて駆けて彼らに追いつき、挨拶をして仲間に加わった。

 そして俺は家族の方に一度振り返り、手を振ってから村に背を向けて二度と振り返らないようにした。



「さあ、これから冒険を始めるぞ。さらばエラン村。」


 部や章で区切っていませんが、少年時代を描くエラン編がここで終わりました。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。


 次は冒険者編です。

 ギフトの力、中でも霊薬の素がチートなので戦闘に困ることはありません。能力を創意工夫で操って試練を乗り越える物語ではありません。

 主人公ラネに困難を引き起こすのは自分の性格と人間関係であり、社会そのものです。


 プロットに肉付けして文章化しているのですが、エラン編で9話の予定だったのにすでに2話もオーバーしています。

 しかもギャグパートは2つ省いてこれですので先が思いやられますが、この先も読んでいただけると幸いです。

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