エマに足りないもの
エマは島を開拓しようにも知識や技術が足りない。前世の記憶があっても、前世では普通の生活を過ごしてきたので『開拓』について知らないのだ。テレビではよく無人島での生活が放送されていたが、大事な細かい部分はカットされているため、真似しようにも難しい。現にエマは釣竿を真似て作ったが一匹も釣ることが出来ていない。
例えるならば田んぼの管理や育苗管理についての知識はあるが荒地をどのようにしたら田んぼにすればよいのかの知識がない。
その為、樹の伐採をするヨザクのように専門的知識や専門的技術を持ったその道のエキスパートを導入しなければならなかった。
先ず最初に考えたのが、人材をこの島とアメリア国を行き来する場所を設ける事であった。ヨザクには島への永久滞在を覚悟の元で来て貰ったが、よくよく考えれば無人島への永久滞在ほど残酷なものはない。
そこでエマはホーミン先生に協力して貰いながら魔道具〔転移門〕を開発した。
この魔道具はエマの新しいスキル〔転移〕を魔道具化したものである。
が、この魔道具は魔法ギルドや商業ギルドには報告していない。そう言った各ギルドに報告していない魔道具はエマが将来の冤罪を回避するためにと幾つか保管している。
よって魔道具を開発するホーミン先生もエマの秘密を知っている協力者の一人であった。
尚、新しいスキル〔転移〕自体が、アメージア様の加護により隠蔽されているため、ギルドにも知られることがないスキルである。
この転移門の設置場所だが、エマ商会本部の執務室に設けることにした。また、そのまま置いておくと来客者が偶然に転移する可能性がある。誰もが通れる魔道具をそのまま置いておくのは危険に思えた。王家の者にバレてしまえば折角の計画が台無しになってしまう。その為、転移には1つの条件を設ける事にした。
何はともあれ転移門を通してヨザクは島とアメリアを行き来する事が出来るようになった。ただ、そのままヨザクを自由にアメリアと島を行き来させるのは危険である。別にヨザクを信用していない訳ではない。
だけど、何処で秘密が漏れるか分からない。悪しき事を考えるものがヨザクを無理矢理に酩酊など意識を混濁させて自白させたり、脅迫する事も出来る。
そこでエマは魔道具〔契約の指輪〕を開発した。これは以前に奴隷ギルドで犯罪者奴隷の逃亡防止のために魔道具の首輪を着けると言う話を思いだし、その魔道具を改良したものであった。魔道具の首輪は強制的に取り付ける事が可能だが、この契約の指輪は同意を必要とした。
この魔道具によって仲間を奴隷として扱いたくなかったからだ。
契約の指輪の条件として
①契約依頼人は〔契約内容〕〔指輪の説明〕をする。
②契約請負人は了承の返事を行い自身で指輪をはめる。
③指輪を外す行為は契約依頼人の前でしか出来ない。
エマはヨザクに説明するとヨザクは『はいよ!』と簡単に指輪をはめてくれた。あまりにも簡単に承諾してくれたからこれでいいのかと疑心暗鬼になってしまったが、その後も飄々と島の伐採を続けているヨザクの姿を見たら取り越し苦労だったようだと変に緊張していた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。
なお、この指輪が前に述べた転移門で転移するための条件である。
『契約の指輪を填めた者しか転移できない』
契約の指輪はエマしか持っていない。よって転移門が通れるのはエマが許可した者だけとなる。
これでヨザクの他に専門家を導入する事が出来る。
だが、ここでまた1つ問題が発生した。エマには専門家を集めるツテがない。ヨザクはたまたま知り合いであったが、その他の専門家は数名は思いあたるが島開拓には乏しすぎる。特に建築関係や海洋事業関係などエマ商会の管轄外であるため全く知らない。
その為、エマには優秀な人材を確保出来る交遊関係の広い協力者が必要であった。そしてエマにはその条件に当てはまる者が一人いた。
エマは優秀な人材を確保について了解して貰えるようエマ商会本部に来ていた。久しぶりにエマが来た事で本部で働く者達はエマを大歓迎で迎えた。まるでお祭り騒ぎでの歓迎にエマは恥ずかしがりながら執務室に向かった。
エマは執務室にいる人物にこそがエマが求める人物でる。
「と言う訳でエマ商会の管理で忙しいとは思うのだけど、窓口になってくれないかしらセバス?」
エマが思いあたったのはセバスであった。セバスはグレイス侯爵家に長く仕えていたため、グレイス領内の執務の補助を行っていた。先代の侯爵の頃から現地訪問にも付き添っていたためグレイス領内の事についてはお父様のゼニス侯爵よりも詳しい。
また隣国のカディア王国にもお供したと話していた事があった。
それにセバスには転移門の設置をこの執務室にした時にエマは秘密を話している。
セバスはエマの話を聞いて目を閉じながら考え込んでいる。その姿を見ながらエマは淑女のように紅茶を飲む。
が、エマは平常心を装っているだけであった。まさかセバスに断られるのではないのかと内心はドキドキしながら返事を待っていた。
「解りました。ですが条件がございます。私にもその『契約の指輪』を着けさせて頂きたいと思います」
セバスから条件を出されるとは思わなかった。エマはセバスに契約の指輪を填めるつもりはない。セバスはリナがグレイス家に来る前からエマの遊び相手であった。エマが悪いことをするとセバスが叱る。
そんなセバスを信用しているからこそ指輪を填めるつもりはないとセバスに告げるとセバスは優しい眼差しでエマを見つめた。
懐かしい眼差しであった。エマが悪いことをした時、エマを諭す時にする眼差しであった。
「エマお嬢様のお覚悟はその程度のものなのですか?これからエマお嬢様がお考えになっている計画に多くの者達が賛同する事になるでしょう。ですが、計画者のエマお嬢様が中途半端な覚悟でどうするのですか?お嬢様に協力した者達は失敗をすれば国家反逆罪に問われるかもしれないのですよ。エマお嬢様は責任者としてお覚悟が必要でございます。
それにエマお嬢様はヨザク殿の事も信用されているのでしょう?それを指輪を填める者と填めない者の差を着けてどうするのですか?
私の条件は『私にも契約の指輪を填めさせて頂きたい』です。この望みを叶えて頂けないのならば他の者に申し訳ないので今回の話しは断らせて頂きます」
エマの目から涙が滴れる。決してセバスに怒られたから泣いているのではない。懐かしくて泣いてしまったのだ。セバスに怒られるのは何年振りだろうか・・・
隣に付き添って立っているロイがそっとハンカチを手渡してきた。エマは「ありがとう」とロイから渡されたハンカチで涙を吸い取るように拭くとセバスに契約の指輪を填める事にした。
また、一緒にいたマック、ロイ、リナも『エマ様に甘えていました』と契約の指輪を填めさせて欲しいと願われ皆にも指輪を填めることにした。
マック、ロイ、リナが転移門を通る事はまずない。だが、セバスに諭されたエマはこれまで覚悟と責任感が足りなかった事を自覚した。エマに足りないものは人材ではなく覚悟であったのだ。
最早、エマの失敗は皆の命に関わる。その為、この3人とも指輪を填めることにした。
新たな覚悟を持ったエマはセバスに優秀な人材の勧誘を依頼した。やはりエマが思っていた通りセバスは優秀であった。セバスはエマから欲しい人材を聞いてから一週間も経たずに皆を集めることが出来た。
そして、この日、第一回代表者会議を開く事となった。




