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(五)竹取の翁

(五)竹取の翁

「あんたはいいよ。元々の齢になっただけだから」

 貴子は泣き崩れた。

 十日あまり、にわか老夫婦は何をする気力もなく、ただただ嘆き暮らした。

 半月が過ぎたころ、いつものように太郎に竜宮城話の依頼が来た。以前と変わらず、依頼が来た。

 変わり果てた浦島太郎の姿に、聴衆は驚きを隠せない。太郎は正直に玉手箱の話をした。ただし梅の事は伏せ、竜宮城から持ち帰った玉手箱を、「開けてはなりませぬ」という乙姫の言葉にそむいて開けてしまった、という話にした。

 貴族たちは目を見開いて、現実に老爺になってしまった太郎の話に聞き入った。少し飽きられて話題性に陰りが見え始めていた矢先だったが、太郎の風貌が大きく変わったことで再び爆発的な人気を得た。

「一日にして老爺になってしまった男」の話題で貴族社会はもちきりになった。こんな面白い話はない。太郎は若さを失ったが、かえって巨万の富を得ることが出来た。

 貴子の顔にも、日に日に笑顔が戻って来た。

 玉手箱に込められた梅の怨念は、太郎を不幸に突き落とす事ができなかった。


 太郎には先が読めていた。今でこそ貴族たちにもてはやされているが、そのうち飽きられる、そして誰も相手にしなくなるだろう。その時、土地もない、官職もない自分は、いったいどうやって生きていくか。それには地道に地に足つけて生きることである。太郎は手に職をつける決意をした。

 竹細工職人である貴子の父親に弟子入りして、技を身に付ける事であった。竹細工職人として自立したうえで、「有名人浦島太郎」としての稼ぎも得る。安定と名声を合わせ持てば老後も安泰であろう。

 太郎は器用で上達が早かった。もともと身近に義父の仕事ぶりを見ていたこともあり、太郎が職人として仕事をこなせるようになるのに、そう時間はかからなかった。

「あの浦島太郎が作った竹細工」

 ということで、太郎の名前だけで竹細工は飛ぶように売れた。この頃から太郎は、「竹取の翁」とも呼ばれるようになった。


 ある日のこと。太郎は商品の材料を採るためにいつものように竹林へ行った。竹林の中ほどに古ぼけた地蔵が三体鎮座している。その隣に不思議な竹があった。怪しい光を放っている。

 何やら悪寒が走った。心の奥底の声は、「近づくな。関わるな」と叫んでいるのが分かった。

 だが、心の声に反して、いや太郎みずからの意思に反して、足は勝手に光る竹へと向かっていく。なぜだか分からないが、光る竹に体を支配されているように思えた。

 光る竹の目の前に来てしまった。いや引き寄せられてしまったというべきか。

 太郎の手が意思を離れて勝手に動く。鎌を振り上げると竹を両断した。中から赤ん坊が現れた。可愛いと思った。無邪気な泣き声に心を鷲掴みにされた太郎は、抱きしめて、そのまま館へ帰った。


 赤ん坊は十日で歩き始め、ひと月で言葉を発し、一年で読み書きを覚えた。

「魔性の子ではないか」

 老夫婦は、「常ならぬ子」であると分かってはいたが、不思議と恐怖心はなかった。ただただ愛おしい娘の姿に、幸せを感じながら日々の生活に追われていった。

 人の十倍以上の早さで成長する娘を、玉手箱によって急速に老いた自らの境遇に重ね合わせながら、「これも何かの縁だろう」と神仏のご加護に感謝しながら、竜宮城話でのご祝儀と竹細工の売り上げでの生活を続けていた。


 数年が過ぎた。

 成長した娘の評判が洛中に広まった。有名人浦島太郎は突然老人になり、その娘は人間離れした驚くべき早さで成長して、そして美しい年頃の娘となったという。

 信じられないような話だが、実際にその人物が都に住んでいるのである。都の貴族たちの間で、竹取の翁こと浦島太郎の話題が酒の肴にされない日はなかった。

 娘はいつしか「かぐや姫」と呼ばれるようになった。そして、いったい誰がかぐや姫を手に入れるのかが、都の最大の関心事となっていった。それは純粋な愛欲というより貴族たちの名誉と威信の競い合いでもあった。

 だが、かぐや姫はどんな高貴な青年からの求愛も、無理難題を言って断り続けた。

 そして、かぐや姫に運命の夜が訪れることになる。なんと月から迎えの使者が来るというのだ。

 竹取の翁は月からの軍勢に備えて、あらゆる伝手を頼って援軍を請うた。太郎の貴族社会での幅広い交友関係は大いに役にたった。有力者に顔の利く太郎は、町人ながら畏れ多くも帝から軍勢を派遣してもらうことになった。むろん、後日かぐや姫が後宮に入ることを意味している。

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