(四)血まみれの玉手箱
(四)血まみれの玉手箱
昨夜の宴席では飲み過ぎた。太郎は二日酔いの顔を井戸で洗うと、柄杓で冷水を貪り飲んだ。少納言の屋敷に招かれて、いつもの竜宮城の話をした後、山海の珍味と美酒を与えられ、白拍子の舞を堪能した。町人ながら貴族と交友し、ご祝儀をもらって牛車で自邸まで送られた太郎の頬には緩んだ笑みが浮かんでいた。
気持ちのいい朝だ。風を通すために門を開けた。
「ん?」
何かが門前にぽつりと置かれている。箱のように見える。
「何じゃいな」
どす黒い汚れがびっしりと付着している。漆黒というより赤くも見える。血だ。目を凝らして見ると、赤黒い汚れは血痕だった。
太郎の顔から一瞬で笑顔が消えた。せっかくの気持ちの良かった朝を台無しにされた。汚い。とにかく気味が悪い。何処かに捨てに行きたいが、触りたくもない。
「おい」
怒声で家人を呼びつける。
夫の異常な様子を察して駆け付けた貴子もまた、血まみれの異様な物体を一目見て気分が悪くなり眉間にしわを寄せた。
「あれを今すぐ捨ててこい」
太郎は家人に鋭い声で命じた。
「朝から嫌な物を見た。飲み直しだ」
太郎は朝酒の準備を命じた。
翌朝。
いつもと変わらぬ朝を迎えた。いつもと同じように門を開けると、そこには昨日と同じ場所に同じように、捨てたはずの赤黒く汚れた小箱があった。
太郎はこれが何であるか、一瞬で理解できた。竜宮城でもらった玉手箱だ。梅の元に置き捨てた玉手箱だ。それが血まみれになって、自邸の門前に鎮座している。
「捨てろと申したではないか」
太郎は家人を怒鳴りつけた。怒鳴りつけながらも、家人の怠慢ではないことが分かっていた。分かってはいたが、それを認めることは怖くてできなかった。
家人は首をすくめて、すぐに血染めの玉手箱を処分した。
翌朝。
昨日と変わらぬ朝を迎えた。昨日と同じように門を開けると、そこには昨日と同じ場所に同じように、捨てたはずの玉手箱があった。
次の日も、そのまた次の日も、捨てても捨てても翌朝には門前の同じ場所に血染めの玉手箱は鎮座していた。
十日が過ぎた。この日の朝も、やはり血染めの玉手箱は門の前にあった。太郎は目を吊り上げて玉手箱の周囲に薪を積み上げた。
「火を起こせ」
心配して貴子も門前に走る。
太郎は自ら薪に火を付けた。薪が炎をあげて燃え始めた。
「これで終わりだ。消え失せろ、灰になれ」
太郎が吐き捨てるようにつぶやいた。やがて玉手箱の蓋が熱風に煽られて大きく開いた。次の瞬間、大量の白煙が湧き出した。屋敷一帯を多い、真っ白で何も見えなくなった。ほどなくして霧が晴れるように煙が引いた時、浦島太郎と妻貴子は、梅と同世代の老人の姿になっていた。