彼の心
麗花はまじまじと奏栄を見つめる。彼は至って大真面目な様子だった。
「私が麗花様に望むものですよね? まずは麗花様の健康ですよ。理由は先に申し上げた通り、麗花様は痩せ過ぎです。食も細いゆえ、もっと食べないと病気がちになってしまいます。体の健康を手に入れたならば、次は生活の質の改善でしょうか。心休まる環境と信頼のおける臣下や相談相手を見つけることも重要ですね。あとは――」
「ま、待った! 何故わたくしの健康に関する話になるのです? わたくしが聞いているのはあなた自身がわたくしに望むことですよ?」
麗花は思わず身を乗り出す。その拍子に腹部が卓にぶつかり、奏栄が咄嗟に二人の茶杯を取り上げて転倒を防いだ。
「あぁ、私が麗花様の後ろ盾を得て宮中で出世したいのかとか、そんな『答え』をお望みなのですね?」
奏栄の物言いに、麗花は言葉に詰まった。
茶杯を卓上に戻すと、奏栄の表情が和らぐ。
「まぁ、公主様にお近づきになれると知れば、そのような不敬な考えを持つ輩もいるでしょう」
「まるで自分は違うとでも言いたげですね」
麗花の皮肉にも、奏栄は軽く笑って流す。
「妖魔と一度でも対峙したことのある者であれば、『視える世界』は違ってくるものですよ」
それは物言いこそ挑発的だが、奏栄の目は憂いで曇っていた。
麗花は仮面の覗き穴から、奏栄を真っ直ぐ見つめた。
奏栄が纏う空気は濁りがない。
だからこそ、麗花は彼にかけるべき言葉がわからなかった。
「麗花様は『仮面の公主』様であらせられます。『仮面の公主』様のお役目は主上のお側にて悪しき心を見抜き、正しき道を示すことにございます。己の意のままに政を行うようなことはあってはなりませんし、私もそのようなことは望んでおりません」
奏栄は麗花を見据えて背筋を伸ばした。まるで己の心の内を見て確認してみろと言わんばかりの態度である。そんな彼の言動にふさわしく、麗花の瞳にも曇りのない奏栄の目が映っていた。
ああ、この目だ。
思わず引き込まれそうな奏栄の青い双眸には、何者にも屈しない強い意思が見て取れた。そして彼が纏う雰囲気は夜明けの澄んだ空気に似ている。
一緒にいてまったく不快に感じない。
むしろ、安心する。
「わたくしは『わたくしの眼』に映るもの以外は信じません」
麗花は無意識に手を握りしめた。椅子から立ち上がり、奏栄が呼び掛けるのも構わず自室へと駆け込む。自分でも、まるで奏栄から逃げているかのようで情けなかった。
それでも、これ以上彼と長く、共に時間を過ごすことは危険だと理性が警鐘を鳴らす。
一刻も早く、奏栄を尊麟宮から追い出さねばならない。
自室に戻った麗花は、次にどう彼と向き合うべきか。
再び思案に暮れるのであった。
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