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仮面の公主  作者: 紅咲 いつか
一、閉ざす隠に揺らめく灯火
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試練

「麗花様、食後の軽い運動に、散策いたしませんか?」

 奏栄は食器や茶器を片付けると、窓の外をぼんやりと眺めている麗花へ誘いかける。麗花は食後の余韻をのんびりと味わっていたようだ。もしかすると今まで、こうして腹が膨れるまで食事をしたことがないのかもしれない。

 奏栄は麗花の細すぎる腕を一瞥すると、眉根を寄せて険しい表情になった。

「そうね。ついでに、宮内を案内してしまいましょうか」

 ふり返った麗花の雰囲気は、先程よりもずっと柔らかくなったような気がする。

 差し出した奏栄の手を取り、麗花は立ち上がった。

 尊麟宮は門から入ったすぐ脇に厨があり、そこから真っ直ぐ進むと麗花が生活する正房のある殿舎が佇んでいる。朱塗りの柱や瑠璃瓦に施された麒麟の彫刻が美しく、歩廊に吊り下げられた灯篭には、蓮の金細工が施されていた。

 殿舎の造りから、正房は五室ほどの部屋がある。その殿舎の脇には人工的に作られた池があり、その周囲を標高が高いところに花咲く小ぶりな石楠花や躑躅が絨毯のように地面を覆っていた。

 その人工池の上には屋根付きの橋が架かっており、その先に離れが一房(ひとへや)ある。もとは使用人のための房だろう。

「奏栄殿はあちらの離れを使ってください。基本的に、宮内のどの部屋も自由に出入りしてくれて構いません」

 麗花は正房へと赴く。麗花の寝所に近い一部屋は、窓も扉も硬く閉ざされていた。

「ただ、こちらの一室には決して近づかないように」

 庭に面した一室の前で立ち止まると、麗花は奏栄に厳然とした口調で繰り返した。

「いくら護衛と言えど、四六時中傍にいてはお互いに務めの妨げとなります。わたくしは朝議の場や陛下の赴く行事以外では、基本的にこの宮から出ることはありません。ゆえに、顔を合わせるのは朝、昼、夕の三回くらいでいいでしょう」

 食事時の同席は許すが、それ以外は自由にしたい。

 麗花の意思を察した奏栄は、慇懃な一礼を返す。

「承知いたしました。麗花様のご意思に従います」

 同じ宮内にいればすぐに異変は掴める。まずは宮内の状況を細かく把握し、外部からの進入路を確認しておこう。

 奏栄はすぐさま、この後の予定を頭の中で組んだ。

「では、さっそく離れに私めの荷を移してもかまいませんか?」

 奏栄の言葉に、麗花が頷く。

「では、わたくしはしばし休みます。所用があれば呼ぶので、あなたも好きに過ごしていてください」

 麗花はそう言ってお腹を手でさすりながら、奏栄に背を向けて自室へと入っていった。麗花の後ろ姿を見送る奏栄は、彼女が扉を閉めた音を合図に顔を上げる。そのまま、必要な私物を持ってくるため、一度尊麟宮の門を出た。

「……随分と警戒しておられた」

 御路を下っていく道すがら、奏栄はぽつりと呟いた。

 もちろん、見ず知らずの人間が己の宮内にいればそれも当然の反応ではある。しかし、侍女を一人も傍に置かず、護衛の兵士も宮の周辺に置かないなどというのは異常だ。

「いくら他者(ひと)の悪意を見抜けるとはいえ……公主様のお側に付けねばならない人材はもっと他にいるだろう」

 奏栄の疑問はますます深まる。

 皇帝の勅書には、麗花の護衛を任じる上、仙騎隊の業務も今まで同様、並行して行うよう命じられていた。これでは麗花の安全を守る上で「穴」がありすぎる。それこそ「襲ってくれ」と言わんばかりだ。

「これは隊長の失脚を狙った陰謀です!」

 皇帝の勅書を前に、そう叫んだ己の副官の声が思い起こされる。当時の己は副官の主張を「何を馬鹿なことを……」と笑い飛ばしたものだが、案外真に迫っていたのかもしれない。

「これは対応を一つでも間違えると大変なことになるな」

 己の副官の主張を鵜呑みにするわけではないが、麗花は奏栄を歓迎している様子はない。

 これは前途多難かもしれない。

「何よりあのやせ細った体つき……陛下が公主様を蔑ろにしているなどという話は聞いたことがないが……」

 何にせよ、あの様子では私生活の支援も欠かせないだろう。

 奏栄は厨の食糧庫の様子を思い起こす。定期的に食材を出し入れしているのだろうが、食の細い麗花には有り余るほどの量だ。まして、それらの食材を調理する人間がいないのでは、麗花の健康を管理することもできない。また、女性だからこそ同性の側仕えが必要な時もある。

 何故、陛下は麗花の身の周りの世話を行う侍女すら彼女の傍に置いていないのか。

「過去に何かあったのか……?」

 当の本人が、誰かを傍に置くことを拒絶しているのだ。本人の意思を無視して無理やり側仕えをつけたところで、長くは続かないだろう。


「仮面の公主様は非常に警戒心が強く、頑固で変わり者だ」


 尊麟宮の侍女は三日と経たず飛び出して行ってしまう。その噂は奏栄ですら小耳に挟んだことがある。宮中の者たちが噂する麗花は、自己中心的で、周囲の者を寄せ付けない、困った公主(ひめ)様だと語る。

「やっぱり、噂はアテにならないな」

 短い間だったが、話していて不条理なことをするような方ではないとわかった。

 己が被る仮面の意匠からこちらを牽制するほど高い教養を持ち、こちらがその意図を逆手にとればすんなりと身を引く柔軟さもある。

「ただ警戒心が強くて変わり者である公主様などと、とんだ節穴もいいところだ」

 周囲がそのように心無い言葉を囁くから、麗花も心を閉ざしていったのではないか。

 皇帝が奏栄を麗花の護衛に任じたのは、逃げ出した麗花の側仕えの後任を考えあぐねた結果である。

 周囲の目にはそう映るだろう。

 しかし、皇帝の勅書は確かに「仙騎隊隊長 蘭奏栄」と記していた。

 陛下は奏栄(おれ)個人を名指ししたわけではない。仙騎隊の隊長として、奏栄に命令を下したのだ。ならば、皇帝が奏栄に何を求めているのかも自ずと見えてくる。

「ひとまず、公主様のお心をどう開くことができるか。『妖魔』と対峙する我々だからこその技法(ノウハウ)を期待しておられるのか」

 奏栄はフッと口元に笑みを浮かべる。

「試されているなら、受けて立つまでだ」

 奏栄は腰に両手を添えると快活に笑った。

 小鳥の鳴き声が頭上で飛び交う。

 顔を上げた奏栄は、挑むような、それでいてどこか晴れやかな表情で飛び去る鳥影を見送った。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2024

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