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仮面の公主  作者: 紅咲 いつか
一、閉ざす隠に揺らめく灯火
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心の壁

「……仮面の公主様?」

「はい」

 仮面で素顔を隠した女性が凛とした声で応じる。

「……本物ですか?」

「この宮で、仮面を被っている女性はただ一人です」

 なおも懐疑的な奏栄の問いかけに、仮面の女性は淡々と答えた。

 どうやら侍女が仮面をかぶって成り代わっているわけでもないらしい。

 仮面の公主が厨で手ずから料理をしている。

 その状況を、奏栄は衝撃のあまりすぐに飲み込むことができなかった。

「そういうあなたは?」

 麗花の問いかけに対し、奏栄はようやく我に返った。

「ご無礼をどうぞお許しください、娘娘(にゃんにゃん)

 奏栄は右手を左手で覆う。腕を前に突き出す形で麗花へ頭を下げた。

「この度、陛下の命で公主(ひめ)様の護衛を勤めさせていただきます。仙騎隊隊長、蘭奏栄と申します。誠心誠意、公主様にお仕えいたします」

「陛下よりお話は伺っています。よろしく頼みます、奏栄殿」

 麗花は奏栄に向けて頷くと、すぐにふいっと視線を外して鍋の方へ集中してしまった。

「それで……一体、何を作っておいでなのですか?」

 まだ動揺を隠しきれない奏栄は、麗花がかき混ぜている鍋の中身を見る。

 薬草や山菜の類だとは推察できる。塩で茹でただけのようだ。

「もうまもなく日中(にっちゅう)ですので、昼餉の準備をしているのです」

 麗花の言葉に、奏栄は二度目の衝撃を受けた。

 山菜しか入っていない汁物が昼餉?

 奏栄は思わず少し離れた場所にある卓を振り向いた。他に出来上がった料理は見当たらない。公主様の昼餉として、汁物だけとはあまりに少なすぎる。

「であれば、侍女にやらせればよいことです! 公主様御自ら、そのようなこと……」

 皇族に、自炊させるなど言語道断。

 侍女が仕事を怠けているのなら、罰を与えねばならないような事態である。

「この宮に侍女は置いていないので」

 麗花は山菜の汁物(スープ)をかき混ぜながら淡々と告げた。

「……他人の作った物など、食べられたものではありませんからね」

 最後の囁きは、吐く息のようにか細いものだった。

 しかし、奏栄の耳にはしっかりと届いた。奏栄も表情を引き締める。彼女の呟きは、「護衛」として聞き捨てならないものだった。

「では、その作った『他人』も同じものを食せば、問題ありませんね」

「え?」

 今度は麗花が戸惑ったような、間の抜けた声を上げて固まった。

 その隙に、奏栄は袖をまくり上げる。厨内をざっと見回した。続き間には食材を保管しておく食糧庫が併設されている。幸い、調味料は充実しており、小麦粉や新鮮な卵まである。

 これなら包子(ぱおず)を作るのに問題はなさそうだ。具材は公主様が煮詰めた山菜を使わせてもらおう。

「よし、少し食材を拝借いたします」

 奏栄は麗花に一声かけると、小麦粉、卵、塩砂糖、蘇、今朝井戸から汲んできたばかりの水を用意する。

「何をするつもりなのですか?」

 てきぱきと卓上に食材と調理器具を用意する奏栄を、麗花は警戒した様子で見守っていた。

「麗花様の昼食が汁物だけというのはいただけません。とはいえ、今から内宮の内膳司に食事を用意してもらっても時間がかかります」

 奏栄は説明しながら深底の器に小麦粉、卵、塩、砂糖、蘇を入れてこねていく。粉が生地へと変わったら、水で濡らした布巾でこねた生地の入った器を覆い、少し寝かせる。

「僭越ながら、簡単な包子(ぱおず)でよろしければ(わたくし)めがすぐさまお作りいたします。公主様のお口に合えばよろしいのですが」

「奏栄殿は料理ができるのですか?」

 驚いたように息を呑む麗花に、奏栄は自信に満ちた表情で微笑む。

「もちろんです。仙騎隊は遠方へ出向くこともありますゆえ、新兵の頃は持ち回りで食事当番をしておりました」

 麗花に断りを入れ、煮込んだ山菜を少しだけ分けてもらう。芯までしっかりと茹でられた山菜はくたりとしており、刃を入れるとすぐに細かく刻んでいった。

 本当は新鮮な肉も欲しいところだが、麗花の好みがわからない以上、今回は見送ることにした。茹でた山菜を塩と醤油、少量の酒と味噌で和える。具材ができたところで、しばし寝かせた包子の生地を手のひらで細かくちぎり、めん棒で平たくした。そこへ先程の具材を包み込んで丸め、汁物を茹でる鍋の上に板を渡して並べる。しばらくして、包子の生地が蒸気に熱せられて膨らんでいく。

「まぁ……」

 奏栄の傍らで、麗花は膨らんでいく包子をじっと眺めていた。包子そのものが膨らむ様を見たのは初めてなのだろう。その様子が、どこか幼い少女のように思えて、奏栄も自然と口元に笑みを浮かべる。

 膨らんだ包子を大皿に移せば、山菜と味噌の包子の出来上がりだ。

 奏栄は湯気を上げている包子を一つ取る。半分に割り、そっと匂いをかいで一口頬張る。しっかり煮込まれてえぐみが消えた山菜と味噌の風味が実にうまい。

「うん、我ながら上出来です」

 奏栄は大皿の包子を麗花へ手で示す。

「麗花様もどうぞお一つ。味見をしていただけませんか? この通り、毒など入っておりません」

「……」

 麗花は大皿に盛られた包子を無言で見つめていた。

 奏栄はごくりと喉を鳴らし、緊張の面持ちでじっと麗花の挙動を見守る。

 麗花は大皿から包子を一つ取った。両手で押し抱くように取り上げた包子としばしにらめっこをしている。

 やがて、彼女は腕を上げて広袖で仮面ごと顔を覆った。奏栄も麗花から視線を外し、顔をそむける。しばらくして、麗花は腕を下ろした。彼女の手にあった包子は消えていた。

「……おいしい」

 消え入りそうな声が、奏栄の耳に届いた。奏栄の口端が自然と上がる。

「お部屋に運びますね。どちらで召し上がりますか?」

 大皿を手に持った奏栄は麗花に食事をするための部屋へ案内を乞う。

「それなら、庭園が見える部屋で。案内しましょう」

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2024

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