場違いな贈り物
「よかった。大棗がまだ余っていて……」
内膳司からの帰り道、奏栄は食材の入った壺や布包みを手に御路を登っていた。
「まさか麗花様の好物が棗だとは知らなかったな」
今度、尊麟宮へ食材を届けに来る者と話すことがあれば、大棗を加えてもらえるよう交渉してみよう。また一つ、麗花の好みを知ることができた奏栄は上機嫌だった。
「ん? あれは……」
尊麟宮の門が見えてきた辺りで、奏栄は眉根を寄せた。尊麟宮の門前で見慣れない男が何やらまごついていた。
纏った装束から、宦官のようだ。
奏栄の双眸が鋭さを帯びる。
「失礼。どこの宮からの使者ですか? 尊麟宮に何か御用で?」
奏栄が背後から声をかけると、宦官が驚いた表情でこちらをふり返ってきた。
それから何故か、ホッとしたような表情になる。
「尊麟宮の方ですか?」
「ああ」
宦官の確認に、奏栄は頷いた。
すると、宦官は手にした櫃を奏栄へ押し付ける。
「こちらは公主様への贈り物でございます!」
「お、おい⁉」
「確かに渡しましたぞ! では、私はこれにて!」
櫃を押し付けられた奏栄が困惑している間に、宦官がそそくさとその場を離れる。
奏栄の目が、青ざめた表情で立ち去る宦官の背をいつまでも見つめていた。
「……一応、中を改めておくか」
宦官の顔は覚えたから、あとで晃燕を呼んで見張りをつけてもらおう。
奏栄は尊麟宮の門をくぐると、櫃を足元に置いた。
贈り物は小さい櫃と大きい櫃の二つ。小さい方の櫃を縛る紐は金色で、大きい方は銀色のものを用いている。どちらも贈り手の身分が高いことを示していた。
「この金の紐はもしや……贈り主は陛下だろうか?」
さすがの奏栄も迷った。本来、皇帝や位の高い妃からの贈り物は下々の者が勝手に中身を改めてよいものではない。しかし、焼き菓子の件といい、あの宦官の態度といい、そのまま麗花に贈り物を手渡すことは憚られる。
「何かあってからではまずいからな……」
不敬ながらも、陛下の名を騙って麗花を害そうとする者がいるかもしれない。
「あくまで品を確認するだけだ」
奏栄は表情を引きしめ、覚悟を決めた。まずは小さい方の蓋を開ける。
「ん? これは……」
中を見た途端、奏栄は怪訝な表情になる。
櫃の中には、数冊の書物が入っていた。それは奏栄も見覚えのあるものだった。
「何故、尊麟宮に娯楽本?」
一冊手にとり、奏栄はしげしげと見下ろす。
間違いない。以前、故郷の妹から買ってほしいとおねだりされた恋愛物語だ。
女性たちの間で根強い人気のある本で、市井でも広く流通している。紙そのものはまだまだ高価なもののため、この冊子を手に入れるために女性たちは少ないお金を互いに出し合って買い求め、読み回していると晃燕から聞いたことがある。
何故そんなものが、宮中にあるのだろうか。
「ひぃっ……!」
奏栄が冊子を片手に首をひねっていると、背後から悲鳴が聞こえた。
驚いて振り返れば、そこには仮面の上から口元を両手で覆っている麗花の姿があった。
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