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仮面の公主  作者: 紅咲 いつか
一、閉ざす隠に揺らめく灯火
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贈られる「悪意」

 ふと、奏栄は麗花の手元に見慣れない小箱があることに気づいた。

「麗花様、そちらの小箱は一体何ですか?」

 奏栄が尋ねると、麗花が再びこちらに顔を向ける。

「……尋問ですか?」

「いや、公主様相手に尋問なんてしませんよ。ただ護衛として気になっただけです」

 不機嫌な声で唸る麗花に、奏栄はにこやかな笑みで応じる。

 まだまだ人慣れしていない猫のようだ。

 奏栄は根気強く、麗花の返答を待つ。奏栄の顔をじっと見つめた後、麗花は諦めた様子で小箱の蓋を開けた。中には懐紙に包まれた焼き菓子が収められていた。

(びん)ですか。もしや陛下からの贈り物でしょうか?」

 円盤状の形をしたそれは、蓮の焼き印を表面に押されている。

 蓮の実の餡を用いた焼き菓子のようだ。

「差出人はわかりません。門前に置かれていました。わたくし宛の贈り物でしょう」

 麗花の言葉に奏栄はすぐさま眉間にしわを寄せる。

「それは……いくらなんでも、無礼が過ぎます」

 皇族への贈り物を門前に放置するなど、麗花を軽んじる行為である。

 腹を立てる奏栄を、麗花はじっと見上げてくる。

「何故、あなたが腹を立てるのです?」

「当然でしょう! 自分の主が蔑ろにされたのですよ?」

 そこまで言って、奏栄はハッと息を呑んだ。

 少し前に、晃燕とまったく同じようなやり取りをしたばかりである。

 なるほど。確かに、尊敬する主をけなされることは我慢ならないものだ。

 奏栄は自分の気持ちを落ち着けるために大きく息を吐いた。

「麗花様。念のため、そちらの焼き菓子を調べさせていただいても?」

「不要です。確実に毒が入っていますから」

 平然と告げる麗花に、奏栄は頭を抱えた。

「大事を些事であるかのように言わんでください」

「まぁ、いつものことですし……」

 奏栄は呆れ顔から一転、目を輝かせて麗花を見つめる。

 何故か、麗花が奏栄から身を引いた。

「もしや麗花様は一目見ただけで毒も見分けることができるのですか?」

「そんなことができたら毒見役などとうにお役御免になっているはずでしょう」

 さしもの「千姫眼」も、毒物を見分けることはできないらしい。

「わたくしはあくまで、他者の『悪意』を見抜くことができるだけ。つまり、意思のない存在から悪意を読み取ることはできません。とはいえ、毒を盛られている時点でこちらへの悪意は明らかですけれど……」

「それもそうですね。では、そちらの焼き菓子は預かります」

 奏栄が麗花から小箱ごと焼き菓子を回収した。

 念のため、毒の出どころを晃燕に調べてもらおう。

「それであなたの気が済むなら好きになさるといいです。どうせ、毒の出どころは知れませんから」

 麗花の物言いはひどく確信めいていた。

「麗花様、もしや何か思い当たることでも?」

「……焼き菓子の中身が、必ずしも『新鮮』であるとは限らないというだけの話です」

 困惑顔の奏栄に、麗花は淡々と告げた。

 麗花は白い指先を仮面の口元に添える。

「それよりも、餅を見たらまたあなたの焼いた餅が食べたくなりました。また、作ってもらえますか?」

「はい、もちろんです! では、食後に合わせてお出ししますね」

 奏栄は小さく笑うと、しっかりと頷く。

「奏栄殿も一緒に食べるのですよ」

 麗花は妙に強い口調で念押ししてきた。

「ご用命、承りました」

 奏栄は麗花の命令に笑顔で応じる。そうして一度麗花の御前を辞し、毒入りの菓子が入った小箱を持って外へと出た。

 麗花のいた部屋からだいぶ離れたところで、奏栄の表情から笑顔が消える。静かな怒りを湛えた双眸が、小箱に詰められた餅に注がれていた。奏栄が餅の一つを掴み上げ、それを二つに割る。ぽろりと地面に何かが落ちた。体を丸め、息絶えた虫だった。死出虫の類だろう。

「ああ……反吐が出る」

 餅の中に詰まっていたのは、腐った野菜や肉だった。しかも、それらに群がっていた虫ごと生地に包んで焼いたのだろう。

 食べ物に毒を盛られることも腹立たしいが、腐った食物をこのような形で麗花に送りつけた奴を今すぐにでも締め上げてしまいたい衝動に駆られる。

 毒の出どころはわからないだろうという麗花の判断は正しい。

 毒草や毒虫の類は宮中でも厳重に監視体制が敷かれており、取り締まりの目が厳しい。ゆえに、反って出どころを割り出すことは容易なのだ。

 しかし、腐った食材は監視の目が手薄である。食材の廃棄場には常駐している見張りの兵がいない上、そもそも、そんなものを持ち去ったところでただの堆肥くらいにしかならないからだ。まだ破損した器物の方が利用価値はある。

 普段、宮中で風当りの強い奏栄でも、ここまでのことはされたことがなかった。

「晃燕、今ならお前の気持ちがよくわかる」

 奏栄の両手から炎が上がる。手の中の餅が、灰も残さず焼き消えた。

「腐った食材なら足がつかないと思ったのだろうが……それは調査する者が異能(ちから)を持たない場合の話だ」

 奏栄の双眸が青から鮮烈な紅に染まる。


「必ずや、無礼者をあぶり出す!」


 普段は穏やかな奏栄の怒りが、尊麟宮の片隅で激しく燃え上がった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2024

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