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1.大悪魔、顕現する

夕闇に飲まれた、町外れの小さな公園。

 時刻は午前0時をとうに回っており、人気の無い真っ暗闇の空間に、時折生暖かい風が吹いては、消える。

 そんな不気味な静寂の中、本来なら誰もいるはずの無いその敷地内で、一人の少年が不自然に立ち尽くしていた。

 年齢は十代中盤ほどだろうか。同年代と比べると明らかに小柄で、貧相な体格。決して器量よしとは言えない容姿を持つ少年は、上着にパーカーを羽織り、下はジャージ、靴は履き潰されたスニーカーという出で立ちで、手にはスマートフォンを握りしめ、なにやら熱心にその画面を凝視している。

 「んんっ! ……よし」

 と、少年が何かを呟いた。決意に満ちた眼差しで中空を見つめ、自分に言い聞かせるように、一度大きく頷く。

 「……奈落の底に住まいし悪しき者よ。我、汝の救いを受けんと欲す。汝、我の呼びかけに応えここに顕現せよ!」

 唐突に少年の口から発されたのは、そんな奇怪な文言だった。およそ真っ当な人間であれば、一時期を除いて一生口にすることは無いであろう台詞だ。

 しかし、少年は躊躇いも無く、むしろ堂々と、何かに言い聞かせるようにそう言い放った。

 真剣な眼差しで虚空を見つめ、僅かに唇を噛み占めて。

 とは言え、演劇系の部活動の自主練習、という名目であればこの状況に然るべき説明はつくだろうが、少年の表情には、どこかただの練習とは言えないような、ただならぬ気配が宿っている。

 「……」

 そして、静寂の中、5分が経過する。

 少年はその間、相変わらず立ち尽くしたままだった。動くこと無く、中空を睨み付けていた。

しかし、やがてその瞳に悔しそうな色を浮かべ、何かを諦めたかのように小さく舌打ちをすると、携帯をジャージのポケットに突っ込み、公園の出口へ体を向ける。

 と、その時。

 少年は背後に異様な気配を感じ、立ち止まった。同時に、大きな鳥の翼の羽ばたくような音が、はっきりと鼓膜に届いた事にも気付く。

 たいした風も吹いていないのに、周囲の木々がざわざわと揺れだし、先ほどまでの静寂を一瞬で壊していく。

 周辺で起った文字通り異様な状況に、少年は確信した。「背後に、何かがいる」と。 

 恐る恐る、しかし、決して逃げることはせず、ゆっくりと覗うように後ろを振り向く。

 そして、そこにあったモノを眼前に収めたとき、少年は絶句した。

 いや、そこにいた、と言った方が正しいのかも知れない。

 深夜の暗闇よりもさらに濃い黒で塗りつぶされたかのような漆黒の巨躯は人型を成し、頭部には月光を受け光沢を放つ、二本のねじ曲がった角。そして最も異様なのが、その背中から生える、体よりもさらに一回り大きな漆黒の翼。

 およそ世間では、異形、怪物、悪魔などと呼ばれ、人類による創作物の一部として語られている異界の存在が、そこに確かに佇んでいたのだ。

「おい」

と、その時、体の芯まで届くような重音が、鼓膜に響いた。

それが眼前の悪魔の発した『声』だということに気付くのに、少年は十数秒を要した。

 「俺を呼んだのは、貴様か?」

 悪魔は、なおも問いかけてくる。闇夜に響くはっきりとした口調で、少年も馴染みのある日本語で。

 「……はい」

 恐る恐る、短い返答を返す。

 すると、悪魔は口元をニヤリと歪ませ、僅かに背中を反らせた。

 「そうかそうか。ならば改めて。んんっ! 我こそは、魔界を統べる大悪魔が一柱、悪魔大伯爵ロノウェである! 此度は契約者の召喚に応じ顕現した! 貴様は何者であるか!」

 予想外に力強い口調だった。

 が、少年も怖じ気づきながらも、

 「ぼ、ぼ僕はっ! 長石高校二年三組、土井駆太です!」

 「ほう、してドイカケタよ。此度は何用で我を呼び出したのだ」

 「は、はいっ! この度は、私めの願いを叶えて頂きたいと思いまして、お、お忙しい中来ていただきました!」

 「うむ。その願いとは?」

悪魔の気迫が伝播したのか、恐怖を忘れ、威勢良く返答していた少年が、ここで一瞬言い淀んだ。

しかし。

 「復讐、して欲しいんです……」

 「ほう。復讐とな? 誰に、何を、どうして欲しいのだ?」

 また、少年の口が止まる。

拳をぎゅっと握りしめ、何事かをしばし逡巡する様子を見せたあと、思いを断ち切るように大きく息を吐く。

そして、決意の眼差しで悪魔を見据えると、

 「僕をいじめてたヤツらを、そして、そんなヤツらを見て見ぬ振りをしていたクラスを、滅茶苦茶にして欲しいんです!」

そんな物騒な事を口にした。

それを聞いた悪魔は驚く様子一つ見せず、むしろその顔に不気味な笑みを浮かべる。

「しかし、願望を叶えるには対価が必要だ。分かるな?」

 「……はい」

 「お前のその小さく脆い魂、我が糧として献上する覚悟はあろうな?」

 悪魔の言葉の持つ重さは、少年にも十二分に分かっていた。

しかし、意外にもあっさりと、少年は答えを出す。

 「……はい。もう十分です。僕は疲れました」

 「そうか。若人らしからぬ潔さには関心するぞ。されば貴様の魂は、我の中で永遠に生き続けるであろう」

 「……」

 より一層笑みを濃くする悪魔の言葉に、少年は何も返さなかった。

 ただ、うつろな目で空を見上げ、悟ったように無心であろうとするだけだ。

 「では、掌を出すが良い」

 悪魔の指示を呆然と聞く少年の心は、もはやここには無いかのようで、ただ事務的に、悪魔の言葉に従い、右掌を怪物の前に差し出す。

 「我、魔界の法典に従い、ここに契約を執行せん」

 悪魔がその上に自らの掌をかざし、短い文言を唱え終えると、一瞬、少年の掌に光る文字が浮かび上がり……、そしてすぐに消えた。

 「よろしく、お願い……します……」

 「うむ。任せておけ。このロノウェにな」

 体の芯に直接響くような重音をうっすらと聞きながら、抗えぬ力によって意識が奪われていくのを、少年は静かに受け入れた。


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