トモダチ
「面白いです、父親が好きで僕も影響されたんです」
「そうか、ジェネレーションギャップという奴だな。自分で言っておいてなんだがそんなに昔か……」
少年からのカウンター攻撃が見事に決まった、俺の精神に会心の一撃だ。
「あ、なんかすいません」
俺がうなだれ、薄い頭皮を少年に見せつけると少年は慌てたように言った。
「いやいいんだよ、勝手にダメージ受けてるだけだからな。どういうとこを好きなったんだい」
「キャラクターは可愛いけど三話からの急展開でシリアス路線になるのが衝撃的で」
「あれか、当時はネットの反応も凄かったな。俺もメインキャラが死ぬなんて想像も出来なかったよ」
「僕、好きだったキャラなんですけどね」
「おお、奇遇だな俺もだよ」
「胸が大きい所がですか?」
「うむ、その通り。君もかい」
「いやぁそういう訳では……」
少年は赤面した。
「自分の好きなものに正直であるというのはいいことだ、とくにアニメを見るだけなら誰にも迷惑をかけないからな」
「うん、ですよね」
「ハトごろしのおっさんが言ってもなぁ、ゲフッ」
ポテトは既にカラだった。この野郎、俺はまだ四本しか食べてないというのに。その後も懐かしアニメの会話は弾んだ、見知らぬ人とその場限りの友人関係になるというのは別に珍しくもない。仕事終わりの飲み屋ではしょっちゅうあった。泥酔したサラリーマンというのは子供とそう変わらない。なんにせよ世代を超え、仲良くなれる共通の趣味というのは良いモノだ。
「楽しそうにおしゃべりしてるねー、タカギくん」
「うわ」
巨乳キャラの活躍について語っていると、目つきの悪い坊主頭の少年が俺と今、会話中であったタカギと呼ばれた少年の肩に腕を回し言った。その後ろにはニヤニヤと笑みを浮かべる少年が二人居た、服装は同じなので全員同じ学校の生徒なのだろう。
「ちょっと外に来てくんない?」
「……すいません、これで失礼します」
タカギ少年は肩に腕を回され席から立ち上がったが、ガタガタと足元が震えている。
「そいつ、トモダチなのか?」
どうみても友達などではないが俺は一応タカギ少年に問いかけた。
「いや、その……」
「トモダチですよ、今からこいつと用事があるんでこれで。おら行くぞ」
「ふぅん」
四人が階段を降りていき、タカギ少年が小突かれながら向かいのビルの間に消えていくのを見送り、俺は腹の辺りをさする赤い悪魔の方を向く。
「あいつら、やっちゃうか」
「さっきの奴ら? 別に黒くなかったぞ」
「黒くないとなにかダメなのか?」
「特典の支払いができねーな」
「俺はやさしいおっさんだからな、ボランティア精神で溢れかえってるんだ」
「よっ、ヒーロー! かっこいいー」
「よせやい」
街中で白昼堂々といじめを行っても誰も気づきやしないのは、あいつらも魔法使いだからか? そうかもしれない、ならこれから行うのは魔法対戦だ。敵対勢力とのナワバリ争いだ、悲しい現実だが争いは永遠に終わらない。食い終わったゴミを片付け、新たなゴミも片付ける為に向かいの路地裏へと向かった。笑い声が聞こえる、タカギ少年が地面にうずくまっていて、背中や腹を激しく蹴られていた。暴力を振るっているのは先程の三人だ。なんと、こんなヤンキー漫画みたいな露骨ないじめが現代でも行われていたとは驚きだ。社会の監視カメラは機能不全を起こしているらしい。
「うーん、この辺から助けを呼ぶ声が聞こえたな~」
「なんだよ、まだなんか用かよ」
「悪魔のおっさんの耳は地獄耳なんだ」
「あぁ?」
坊主頭の少年が俺にガンをつける。
「お前ら魔法使いなのか?」
「はぁ?」
「誰にも見つからず、咎められずにヒトを苦しめる方法を知ってるなんてのは魔法使いぐらいしかありえないだろ」
「なんだこいつ」
「それともステルス迷彩着込んでるのか? 動物的な本能か?」
「頭おかしいのかおっさん。こいつみたいになりたくないなら消えろよ」
「ああ、俺は頭がおかしいんだ。その上魔法も使える」
レジブクロからネイルハンマーを取り出すと三人の顔色が変わった。脅しではないというのが分かったようだ、やはり魔法使いか。俺の方から一歩近づくのとほぼ同時に三人はダッシュで俺の隣を駆け抜けていく。いや野生動物か、形勢不利と分かると逃げ出すんだから。
「いっ」
先頭の少年が尻もちをつき、それにつられ残りの二人もすっころんだ。
「クソ、コケてんじゃねーよ」
坊主の少年が悪態をつく。
「いや、そんなんじゃ」
「なんだ、これ」
少年達はぺたぺたとパントマイムみたいな動きで路地裏の外へとつながる空間を触っている。
「出口はない、俺の魔法だ。アマエチャン、そいつらの両手両足粉砕してくれ」
「しゃーねぇなぁ」
横に長く伸びた悪魔は三人の手足に絡みつき、造作もなくそれぞれの骨をへし折ると三人分の叫び声が木霊した。
「細かい仕事は俺がしないとな」
俺は何が起きたのか分からなくなった坊主の少年の首を掴み、額を目掛けてネイルハンマーを振るう、すると陶器みたいに骨の割れる感触がした。簡単なもんだ、残りの仕事も手早く済ませた。
「三人で一人をリンチしても誰も気づかないのなら、そいつらを殺してもそれは同じって話だ」
「えっえっえっ」
タカギ少年はひたすら困惑している、かわいそうなことをしたかもしれない。
「んー、悪かったな」
「謝っても消えたイノチは戻ってこないんだぜ!」
「そーだな、じゃあ謝らん」
「それでよし!」
「誰と話して……」
「悪魔と話してるんだ」
「すごい」
「えっ」
「今の、本当に魔法なんですか」
「おう」
「僕も、僕も使いたい。悪魔も見える様になりますか?!」
薄暗い路地裏の土埃と地面に広がった三人分の血液で汚れたタカギ少年の目は爛々と輝いて見えた。袖から、裾から、赤い血が滴りびちょびちょと血だまりに跳ね返る。それらが逆流して、タカギ少年の全身を黒く染めていった。
「あっ、こいつ黒いニンゲンになったぞ」
赤い悪魔がビッとタカギ少年を指さした。
「あらら」
黒い、この黒は輝いて見える。薄汚れてなどいない。とても綺麗だ。これが人間のタマシイの色なのか。なるほどなぁ、俺は黒くなれない訳だ。救ったばかりのタカギ少年は殺すしかなくなった。
――――――――――――――――
「こんなにテンポよく行くとは思わなかったぜ。契約初日に異世界転生出来るなんて自分でも驚いてるよ、スーパーラッキーガールだぜアマエチャン」
「そーかい」
「で、どうだ。アニメの話で盛り上がった相手を殺した気持ちは?」
「かなしいな」
「泣いてんのか?」
「あぁ、もう男泣きだよ」
「砂漠みたいに乾燥してるぜあんたの眼」
「新しい門出で泣く奴はいねーよ、あいつは幸せを掴みに行ったんだ」
「向こうとこっちじゃ流れる時間が違うからよ、いまごろもう美少女の仲間揃えてねんごろになってるぜタカギくんは」
「そりゃ羨ましいね、俺も新しいチカラを手に入れたからもっと頑張らないとな。またマックに戻るか? 監視場所に最適だったな」
「んー、この近くにはしばらく現れないと思うぜ。場所変えた方が良さそうだ」
「そうか、なら家に帰る」
俺は誰からも咎められることなく自分のアパートに帰った。道中警官に出くわしたがスーツを着ていれば多少不自然な髪型をしていても職務質問はフリーパスだ、薄毛はナイーブな問題だから警官もそんな理由で俺を止めることは出来ない。
「お邪魔するぜぇ」
「好きにやってくれ」
入口のスイッチを押すと部屋中が眩しく照らされる、朝ぶりの我が家だ。朝には誰も殺していなかったのに、家に帰った俺は四人殺しの悪魔に変わっている。どう変わったか言われれば、正直なんともない。いままでと同じ変化なしだ。帰ってきて出迎える家族は誰も居ない、家族とはもうずっと会っていない。