消沈
「待て」
「命乞いか?」
「違う、なんの為に殺す」
「お前に命を狙われたからだよ」
「その後はどうする? 悪魔に言われるままに意味のない殺しを続けるのか」
「イガリを探す」
誰も望みはしないだろうが俺の中だけで意味はある。意味のある行為をしなければならない。
「見つからないよ、絶対に」
「拷問して聞き出すとしよう、そこの死体でテストは終わったからな」
「あれが拷問? 首と足が折れてるだけじゃないか。それで何を聞き出せた?」
「いや、なにも……」
「ならなんの為にやったんだ」
「反骨精神からかなぁ」
「全員の関節を逆向きにするのをそう呼ぶのか?」
「もういい死ん……」
「待ってください!」
頭骨を叩き割ろうとしたがキリノに呼び止められる。
「なんなんだよ」
「神のお姿を拝見したくはありませんか?」
「知り合いなのか」
「いえ、残念ながらお目にかかった覚えはありません」
「くだらん霊感商法に付き合う気はないぞ」
「見えなくともいるんですよ、他でもないあなたがそれを証明している」
「どういう意味だ」
キリノの表情が大きくゆがんだ、普段から笑顔の人間が作る笑顔というのはひどく気持ち悪いものだ。
「悪魔がいるのならば、相対的に神も存在する」
「神をみた覚えがないって悪魔が言ってたけどな」
「悪魔は嘘をつくのです!」
「うーん、まぁそれはそうだな」
「神は既に現生に降臨なされているのでは?」
「そうなのか?」
「しらね」
「知らんとよ」
「嘘ですね」
「そうなのか?」
「ほんとーだよ」
「本当だってさ」
「悪魔は嘘をつくんですよ!」
「堂々巡りだな」
「神の姿を一目見たいが為に、わたくしも規律を破ってシノザキさんに協力したんですよ。あなたの悪魔が暴れれば神や、その使いが現れるのではないかと」
「お前ら頭がおかしいな」
悪魔の証明ならぬ、神の証明か? イガリの命を守る為、神を見る為、そんな理由で大量殺人に手を出すのは間違いなく気が触れている証拠だ、倫理観の欠如だ、何が神だクソッタレが。
「あっ」
「なんだよ」
赤い悪魔が素っ頓狂な声を急にあげた。と同時に締め上げていた二人の身体がやけに盛り上がったように感じ、向き直ると二人の表情が固まっていた。どうにも掴みどころがない、いや実際に体に触れられなくなっている、マックで黒いタマシイ探しをしていた時にもこんな状況があったのを思い出す。
「固定された」
「は?」
「おっさんこいつらを殺す気なくしたろ」
「どういう原理だ」
「あんたの意思は固いんだよ」
「自由意志って奴か? 別に死んじまってもいいけどな、こんなやつら」
「けど、って程度の意思表明じゃ駄目だ。明確な殺意がねーとな」
「そーなの?」
「とっとと殺しちまえばいいのに頑固なおっさんだぜ」
悪魔の腕に力を込めようとしても握りこめず、ハンマーで叩こうとしても寸前で勢いは弱まり肉体まで到達しない。ここには現実性がなかった。やる気がでない。正義の炎は何度も燃え上がったせいで、燃料を使い果たし今や燃えカスになって新たな火種と着火剤を必要としている。ホームセンターで売ってたりはしないだろうか。一般的な売り場の貧弱なラインナップではなく本格的なアウトドア専用の売り場にしか置いてないかもしれない。
「歳を取ると頭も固くなるんだ、んでどうすりゃいいんだこの状況」
「どうにもならねぇな、停止空間を解除するしかなし。それでもこいつらのおっさんに対する殺意はまんまんだぜ」
「おいそりゃひどいな」
時間の停止を解除すると、握るべき部分がなくなり二人は重力には逆らわず地面へと自由落下するが落ちた所を再び悪魔の身体で拘束させる。二人はうつ伏せの形になった。
「これならぶん殴れるよな」
「頭よし! ぶっころせ!」
ハンマーを叩きこもうと思ったがイガリの隠しカメラの存在を思い出し、どこかに持ってないかと全身を隈なく調べさせた、二人を拘束する伸びた赤い悪魔はイモムシのように表面をもぞもぞと這う。意識すると悪魔の腕の先の感覚が伝わってくる。だがあるのは布とボタンと肉の感触のみだ、シノザキの肉体は引き締まっていて良い筋肉をしている。キリノは痩せすぎで女らしいやわらかさも何もない、ただの鶏ガラだ。小型の機械の感触を探すがスマホの形状をしたものを見つけるので精いっぱいだった。俺の物探しスキルが低いのか、それとも悪魔の身体は本当に細かい作業に向いていないのか……。真実は不明瞭なままながら諦め、とりあえず隠しカメラを持っていないと判断した。
「スマホならあったけど、壊しとくか?」
「やりたくないことでもやらなくちゃならん時がある訳でな」
「社会人は大変だなぁ」
悪魔の肉と肉の間に挟まれたスマホがメキメキと音を立てて粉砕された。
「地獄での社会経験はあんのかお前」
「はたらきもんで有名だったよ」
「マジか?」
「でなきゃこんなとこまでこないさ」
「悪魔イチの頑張り屋さんだなぁ」
「まぁね」
「いや第一位は青い悪魔だったな、そんなんじゃ全然駄目だな負け犬だよ」
「ウサギとカメのおとぎ話を知らないのかよ。真の勝者は後から来た方さ」
「やっぱすげぇわ」
「だろぉ?」
「さっきから一人でなに喋ってるんだこのおっさん」
「悪魔との対話でしょうね、その時間は神との会話を試みる時間にあててほしいものです」
「見た通りのイカれ具合だな」
「わたくし達も負けてはいませんよ、いまやテロリスト扱いですからね。イガリさんからの保護も頼りに出来なくなってしまいました」
テレパシー能力を使うのを忘れていたせいで丸聞こえだったようだ。やはり痴呆が進んでいる、老化を止めることは出来ない。その虚しさから沸き上がった怒りでシノザキの顎を蹴り飛ばした、ネイルハンマー程ではないが磨きこまれた革靴の攻撃力はあなどれない。
「俺の髪型についてケチをつけるんじゃない」
「……だれも髪の毛の話なんかしてねえ」
シノザキの筋肉は飾りではなかったらしい、今の蹴りでも泣き言を吐かず、なんでもない風に言ってみせたのだから。すぐに壊れないタフガイは拷問のし甲斐がありそうだ、どう苦しめるべきかと俺の頭蓋に収められた脳も苦心を始める。
「そうだったか?」
「精神状態の話じゃね」
「そうか、悪かったな」
赤い悪魔の説得で改心した俺は謝罪したがシノザキは俺を睨みつけるだけだった。人類とは決して分かり合えない、悲しみの涙が再び空想の中でこぼれ落ちる。
「おじさま、何故悪魔と共にいるのです?」
「世界をぶっ壊そうかと思ってな」
「それよりわたくしと神を探しませんか」
「あぁ?」
「あなたとなら見つけられるという確信があります!」
「なんだこいつ……」
「そしていまからでも悔い改めて神の使途を目指すべきです!」
「そうなのかなぁ」
「そうですとも!」
「別にメリットねぇしな」
「わたくしの貧相な身体でよければ自由にして構いませんよ、ちなみに処女です」
「おいいいいい! おっさん! 色仕掛けに騙されるな!」
赤い悪魔が俺の側頭部に飛びつき、頭をシェイクした。その衝撃で髪の毛が数本空中をふわりと舞うのが見えた、ただでさえ少ない毛が抜けていく。残り少ない髪の毛に引導を渡すのは悪魔の仕業だったらしい。
「こうやって揺らすと新しい毛が生えてくるらしいぜ」
「ほんとか?」
「ああ、マジだよ」
「本当に処女です」
「会話が混線してきたな……」
本格的にテレパシーを意識し始めなければ、混じってしまう。集中したいがそれどころではない、殺すべきか否かで迷っていた。必要性を感じ取れないのだ。