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黒いニンゲン


「体から黒いオーラが出ているニンゲンがそうだ」

「そうだと言われてもな……。相手は人間の姿をしてるのか?」

「ニンゲンなら誰でもいいって訳じゃあねぇからな」

「うん?」

「異世界転生させるのは、そーいう奴らだけだ」

「あぁん?」

「どうしたおっさん問題か?」

「異世界転生させる?」


「ああ、そうだよ」

「俺が?」

「おう」

「誰を?」

「話聞いてたのか? 体から黒いオーラが出てるニンゲンだよ」

「俺が異世界に行って活躍するんじゃなくて?」

「なんだよ、勘違いしてたのか。おっさんは権利無しだ、おっさんはニンゲンのタマシイを異世界に向かわせる役目だよ」

「マジかよ」

「マジだよ」


「それは……。おまえつまり、黒いオーラの出てるニンゲンの頭をこのトンカチで叩き割って殺せと言ってるのか?」

「おう!」

「お前悪魔か?」

「その通り、アマエチャンは悪魔だぜ!」

「チクショウ、話がおかしいと思ったんだ。異世界転生出来ると思ったから素直にこんなもんまで買ってきたってのに」


俺は凶器と釘入りの半透明のレジブクロを地面に投げ捨てた。


「こっちの用語では異世界転生はヒトゴロシなんだよ。それにな、おめーは見た所リアリストの常識人だから異世界生活はダメだ、向いてねーよ」

「魔物倒す為にホームセンターでトンカチ買う奴のどこが常識人だってんだ」

「そーいうとこだよ」

「わからん」

「まぁいいじゃん、とにかくさっくりとやりに行こうぜ」

「よくねーよ、そんなモロの犯罪者にはなりたくない」

「えーなんだよーやっちゃおうぜ」

「怪力自慢の悪魔なんだから自分でやればいい」

「残念なことに悪魔とニンゲンの取引ってのは複雑で、他者のチカラを借りないと本来のチカラは発揮できねーんだわ」

「あーキリストさんの話とかにもある古来からのアレな」

「そうなんだぜ」

「俺はよくわからん契約書にはサインしない主義なんだ、そのトンカチはお前にやるからどーぞすきにやってきてくれ、警察に通報したりもしないしエクソシストを呼んだりもしない」


俺は(きびす)を返し今度こそ家に帰る事にしたのだが、この赤い悪魔は諦めずに俺の後ろをぴったりとついてくる。


「なー考え直してくれよー」

「……」

「悪魔の姿が見える奴なんて滅多に出会えねーのよ、みーんな信じてもいねー神に祈りを捧げっからさぁ。そういう訳でおっさんとは運命の出会いって感じなのよ」

「うるさいぞ悪魔」

「アマエチャンがニンゲン叩き殺しても絞め殺してもなんの意味もねーのよ」

「しらねーよそんなのは」

「わかってるわかってる、対価をよこせってんだろ? じゃあ、こっからが悪魔との契約ってやつだ」

「契約?」

「黒いニンゲン一人ぶっ殺すたびに、おっさんに異世界の力をひとつ分けてやるよ」

「ほぉ」


俺は足を止め、悪魔のアマエチャンの話を聞くことにした。


「そーこなくっちゃ」

「貰えるのはどういうチカラなんだ」

「おっさんが想像するような異世界転生にありがちなチカラだ。渡せるチカラ自体はその時にならないとアマエチャンにもわからん、でもどれも役に立つと思うぜ。異世界生活はできねーけどこっちで向こうと同じようなチカラが使えりゃ文句ねーだろ」

「うーんなるほどねぇ」


俺は腕を組んで考え込んだ。出来れば若返って俺の事を誰も知らない中世ファンタジー空間で人生をやり直したかったのだが、出来ないと言うのならばしょうがない。何事にも妥協が必要だ、人生というのはそういうものだ。しかしそれでもヒトゴロシは問題しかない。


「お前、ヒトを殺せと簡単に言ってくれるけどな。そんなうまくいく訳ないだろ、今の世の中どこ行っても監視の目が光ってるんだ。警察は無能じゃないし、道端にカメラも設置されてるしドライブレコーダーだってみんな車に付けてる、どこかで誰かが見張ってるんだよ。ヒトの頭なんて叩き割ったらすぐにバレて捕まっちまう」


俺は正論を言ったつもりで赤い悪魔を見たが、当の赤い悪魔は自信満々そうに自分の腰に両手を当てながら答えた。


「心配ねぇ、あんたはかなり見込みがありそうだからサービス前払いで最初の能力をやるよ。限定的な空間を作り出す能力だ、そこでは誰もおっさんの姿を見ることはできないしどんな音も遮断(しゃだん)される。どんだけ叫んでも誰にも聞こえない、ヒトゴロシにはうってつけのチカラだ」


「いわゆる……。チート能力か」

「そうそう、そのとーり! こいつぁいいだろぉ。どーだい、やるか?」

「まずは試させてくれないと話にならん」

「いいとも! 誰を殺すんだ!」


アマエチャンはキョロキョロと辺りを見回した。俺もそれにならい辺りを見回すとベビーカーを押す母親、杖をつく老人、ランニングをする男がいた。こいつと喋る間俺は耳にスマホを当てて誰かと会話している振りをしていたので現段階では誰にも怪しまれてはいないだろう、多分。とりあえず来た道を戻り投げ捨てたレジブクロを回収した、こんなもんで人を殺す羽目になるとは。


「無関係な人間は殺したくない」

「律儀だねぇ、じゃあどうすんだい」


他にいる生物といえば……。首を縦に振りながらゆっくりと地面を歩く生物がいた、その姿は公園によく似合う。


「ハトだ、ハトを殺す」

「あいよー」


悪魔が相槌をうつと時間が止まった、そんな感覚がした。視界が灰色だ、それに周りの人間の動きが止まっている。停止した世界で動いているのは俺と悪魔とハトだけだった。


「止まったぜ、時間」

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


俺は人生で今まで出した事のないような叫び声をあげた。


「うっせぇ!」


アマエチャンが怒り出した。


「すまん」


辺りを見回すが公園にいる人々はなにも反応を返さない。目の前のハトが少し驚いただけだ。


「試す必要があったんだ、なるほど確かに誰も反応しないな」

「あったりめーよ」

「残りは、あいつか」


俺は軽やかにハトに近づき、胸ポケットに入っていたティッシュペーパーを小さくちぎりハトに向かって投げた。するとハトはそれを餌だと思いなんの警戒心もなく近づいてくる。ハトが足元まで来たところでレジブクロの中に手を突っ込み、ネイルハンマーを取り出してハトの頭部目掛けて思い切り振るった。命中、赤い血が公園の大地に飛び散った。ハトは地に伏し、くちばしと目から血液を垂れ流している。それからまた辺りを見回す、やはり誰も反応はしめさなかった。


「本物のチート能力だな」

「これでいくらでも異世界転生させられるだろ?」

「そうだな」

「ヒトゴロシやってくれるか?」

「その前にいいか?」

「なんだいおっさん」

「俺が殺した黒いニンゲンってのはマジに異世界って奴に行くのか?」

「ガチにマジだぜ」

「ヨーロッパ風ファンタジーワールドでレベル上げに勤しんだり、ダンジョンでお宝拾ってきたり、猫耳獣人の美少女ハーレム作ったり、マヨネーズ売ったり、知識無双したり、奴隷解放したりパーティーから追放処分されたりしてるのか?」

「おう! まさにそれ全部やってるぜ!」

「異世界から戻って来たがる奴は?」

「誰一人いねーな、選定されるのはそういう奴だし」


理想の世界からはそりゃあ誰も帰りたがらないか、俺だって行けたら帰らない。まだまだ聞きたい事はあるが俺の中で重要な問題がひとつだけある。これが聞けたらあとはもうなんでもいい。


「……神は居ないのか」

「ピンポン押してもでてこねーぜ、メーターも回ってねーしな」

「願い叶えてくれる女神も不在か?」

「悪魔が女神の恰好して、あなたの願いを叶えますって言えばみんなそれがメガミサマって信じるんだわ」

「つまり悪魔がヒトを異世界転生させてるんだな?」


委託業務(いたくぎょうむ)って奴だな、ざんねんだがこれは詳しくは言えねぇ。悪魔にも守秘義務(しゅひぎむ)ってもんがあるからな。まぁどっかの誰かが得をするって話だ。こっちだって好き好んでやってるわけじゃねーぜ」

「悪魔もヒトも変わりはしないな、俺も似たようなもんだ。やりたくもない仕事をずっと続けて来たんだからな。似たもん同士、これも運命って奴か」


俺の道は決まった。


「やるよ」

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