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登山家

「回復魔法って便利だよなー、死んでも死なないんだから」


死体になったタカギはほんの数秒で生前の姿へと戻った、首の穴もすっかり塞がっている。彼女が復活したタカギの足首を掴み歩みを進める、タカギに意識はないようで黙ってただ引きずられるままで進んでくる方向は俺達の居る壁際の位置だった。


「こいつは一番初めから居たからな、そろそろ収穫時期だ」


赤い悪魔が大きく口を開き、上を向いた。自分の口を両手を使い粘土細工みたいにさらに広げていく、びっしりと牙の生えた口は広がり続け、夏に遊ぶ子供用のビニールプールくらいの大きさになった。その中にあるのは水ではなく、悪魔臭のする大量の唾液がたぷたぷと揺らめいている。口内がゆっくりと回転し始める、それはまるでメリーゴーランドみたいに見えた。ただ優雅なBGMに代わり、和太鼓をドンドンと叩く音が聞こえてくる。赤い悪魔の目の前までやってきた彼女がタカギの両腋を掴み、捧げものをするかのように高く掲げると赤い悪魔も腕を伸ばしうやうやしく受け取り、ぱっと落とした。


「神様、なんで」


それが目を覚ましたタカギの最後の台詞だった。蟻地獄に落とされたアリのようにもがきはせず一瞬だけ顔が捻じれてみえたが、すぐに赤い悪魔の腹の中へと消えて行った。目が覚め、館内に設置された時計を確認すると一時間ほど経過していた。すっかり冷え切ったと思ったがいまだに温かいままだ。それは結構なことだが薄く赤い悪魔シートが俺の全身を覆っているせいで身動きも出来ず、体のラインはぴっちりと浮かび上がっていて特殊性癖向けのアダルトビデオのワンシーンにしか見えなかった。


「おはよう、あったまったか?」

「アマエチャンは趣味が悪いなぁ」

「あん?」

「こういうのは需要ないぞ、いやあるのか?」

「なんだよ不満か? 寒そうだったから一肌脱いでやったのに」

「感謝しておくべきか悩むなぁ、でも言っとくか。ありがとよ」

「どういたしまして」

「それで、アレはどうなったんだ」

「アレ?」

「お前が丸ごと食ったタカギくんだよ」

「美味かったぞ」


そう言って腹を叩くとボンボンと太鼓みたいな音がした。


「やっぱり人食いじゃないか、この嘘つきめ」

「嘘じゃねーよ、あれは肉じゃなくてタマシイだし。悪魔の腹は地獄の奥に繋がってるからよ、ぱくっとして胃袋あたりで消化中さ」

「じゃあクリームソーダも地獄に堕ちたのか」

「そうなるな、甘くて美味いもんも罪深いんだ」

「なるほどねぇ」


さわやかな夜の風が流れていくが、汗をかいていた。悪夢を見たせいか悪魔スーツの体温のせいかは定かではない。


「異世界の主人公様を咀嚼して地獄パワーが増えるとどうなるんだ」

「おっさんがゲーセンをダンジョンに例えてたな、それからさらに例えよう」

「おう」

「地獄に降り立った有能な冒険者がダンジョンを進んでモンスターを殺して殺して殺しまくる。ひとしきり殺し終えて満足した冒険者はダンジョンから戻って財宝チェックして一喜一憂してるんだけど、これは幻覚で実際にはダンジョンからは一歩も出ていない。実物も無い、ただ征服したという達成感を味わっているだけだ」

「ふむ」

「黒いタマシイの冒険者は螺旋階段降りるみてーにひたすら下を目指している、その存在自体がエネルギーなんだ、プランターに突き刺す生きた栄養剤ってとこか、死んでるけど。レベルアップしてスキル覚えて恋ありエロありで……。まぁエネルギーばらまく為に撒かれた冒険って名の餌を信じてとにかく地下の奥深くへと突き進む。その過程で地獄にチカラ吸い取られてスカスカになって得た能力も失っていく。スキルなしになったタカギがそれだな」


「ダンジョン自体が罠で報酬も栄光も仲間も幻と。ひでー話だな」

「地獄は死んだんだ、現状の悪魔は恐竜の化石と一緒さ。壁の中に骨だけになって埋まっちまってるんだから絶滅危惧種どころか、もー絶滅種だ」

「ならアマエチャンはネッシーみたいなもんか」

「そうだ、大至急保護活動を必要としてる哀れな存在なのさ」

「ちょーかわいそーじゃん」

「んでイメージの地獄の復活には当然、イメージのチカラが必要なんだ」

「あーなるほど、想像力豊かな人ね、そいつらが黒いタマシイもってて地獄の復活に貢献してると」

「そうさ、だから無意味じゃない。意味のある行いだ」

俄然がぜんやる気が盛り上がってきたなぁ」


寝起きのせいか欠伸が出た、涙は出ない。涙、か。最後に泣いたのはいつだったのか思い出せない。大人になってからは一度も泣いていない、子供時代はどうだったか。嫌な思い出は沢山あるが自分のことながら分からない、まさか一度も泣いていないのだろうか。使っていないアプリと同じくして、必要のない情報として記憶から自動的に抹消でもされたか?


「やるきでたかー?」

「そういうのもっと早く教えてくれよ」

「なんも聞かないからな」

「……初恋の相手は?」

「なんだよ急に」

「したがってたろコイバナ」

「内緒だぜ、おっさんは?」

「いたのかどうかも覚えてないな」

「嘘つきだな!」


「そんなもんいちいち覚えてるもんなのか? 異性をかわいいと思ってもそれは視覚的な情報であって特定の個人に固執するもんじゃない。なんせ継続した接点もないからな、関わり合いがないならそのまま霧散して消えていくもんだろ、どれがどれだったかなんて覚えちゃいないよ」

「コイバナ終了のお知らせか?」

「おう」

「マジかよおっさん」

「マジだよ」

「ニンゲンに興味なさすぎだろ」


「悪魔だからな、それで俺の地上への舗装路工事の評価はどうだ」

「べりーぐっどよ、歩きやすい山道作ってくれてるお陰で這い出てくるぜ、地獄から亡者どもが。あとからくる奴らは地上へのハイキングコースが歩きやすくなってていいなぁ~。大変だったんだぜ、アマエチャン一人で壁みてーな山登るのは」

「アマエチャンとコウテンみたいなのがいっぱい出てくる?」

「スーパーキュートな悪夢を届けにね」

「リアルワールドにそんなん出てきちゃっていいのかなぁ」

「もう出てきてるし」


赤い悪魔は自身の顔を親指で指して見せた。


「悪魔の観光客ご一行の到着時期は?」

「もうすぐ、もうすぐだ」

「そう言っていつまでも頂上に到着しない奴じゃないのそれ~」

「マジにガチだって」

「お前みたいなのがいっぱい出てきたらやべーじゃん。オオワダの言ってた通りついに世界の終わりか?」

「いいじゃん、ちょっとぐらい終わった方が箔が付くぜ」

「ちょっとだけならいいかなぁ、綺麗なプラモをあえて汚くするウェザリングみてーなもんか。じゃあいいぞ、好きなだけ出てこい」

「うおぉっしゃ! あっそうだ、そろそろアレくれ」

「あれってなんだよ」

「コーヒー牛乳!」


疲れ知らずの身体になったので表現としてはおかしいのだが、すっかり疲れはとれていた。シャワーで汗を流してから風呂場から出て脱衣所の自販機でコーヒー牛乳を一つ買い赤い悪魔に投げ渡す。


「これこれ、待ってたんだ。ぐあああ! ちょーうめぇ!」


コーヒー牛乳が地獄に堕ちるのを見送り、着替えを済ませて外に出るとトミイから電話がかかってきた。


「どうした」

「み、見つけました。あの、あっさんに言われた通りに、ゲームセンターのある地下に入って行く人たちを監視してたらコウテンがみつけたって」

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