崩壊
これ全部が身体のあちこちに突き刺さるだろうなと思ったが赤い悪魔はそれよりも素早く赤い身体を広げ俺の前に立ちふさがり、ビニールシートみたいに広がった。全身が包まれる、温かいなぁとぼんやりとした意識の中で感じる。音が吸収され、痛みも無いが複数の飛翔体がぶつかってくる。その後により強い衝撃が来た。
包まれながらも今の衝撃で空中に飛放り出されたのが分かった。浮いている、そして落下する。ただ足元が崩れ落ちる悪夢のような一瞬の出来事の後、数回バウンドし、そう長くない距離をゴロゴロと転がったせいで前後不覚になった。視界が安定せずに気分が悪い。真っ赤だった視界がクリアになる、俺は仰向けになっていて、天井を見上げていた。何が起きたのか理解するのに少し時間がかかるようでただそこにある景色をみていて、落ち着くために深呼吸をすると強い火薬と煙の臭いがした。
「やられたな、おっさん」
お馴染みの赤い悪魔の顔面が目の前にある。
「そのようだ」
女の悲鳴が聞こえる、ババアのものか? いや違うババアは死んで異世界に行ったんだった。認識能力が戻ってきたことで見えた景色はひどい有様だった、壁一面のコインロッカーの周囲は黒コゲになり大穴が開いて、内側から外側にかけ金属板が大きくめくれあがっているているせいでそれは巨大な花をモチーフにした奇妙な一点物の民芸品かなにかに見える。俺が受け取るはずの金が入ったロッカーが爆発したらしい。あちこちに倒れてる人がいた、さっきの親子もカップルも地面に伏したまま身動きひとつしていなかった。血だまりがそこら中に広がっている。地面に手を突き立ち上がりロッカーの穴に近づいて覗いて見る、穴からは壁の向こう側までみえ、裏側にあったコンビニの商品が散らばりまくっている。向こう側の客も店員も誰一人動かない。
「あ、あんた大丈夫なのか……?」
話しかけてきたのは制服姿の中年の男だ、警備員だろうか。右腕を左手で押さえている、ケガをしているらしく袖は赤黒く染まりポタポタと血が滴っていて全身が埃で汚れていた。自分の身体を確かめるがどこにも傷や痛みはない、出血もしていないようにみえる、今も空中を漂う埃で俺の身体も薄汚れてはいたが彼に比べれば綺麗なものだろう。
「大丈夫らしい」
「あったりめーじゃん、パーフェクトセーブだぜ」
「助かったよ、ありがとう」
「いいってことよ」
「奇跡だ、神様っているんだな。あ、いや、警察……。ちがう救急車を呼ばないと」
腕を押さえながら警備員は去っていくが、至近距離の爆発に巻き込まれた人間で生きている者はいないようにみえた。
「倒れてる人はみんな死んでるのか、生き残りは」
「体中に小っちゃい球状の鉄が突き刺さってるな、お手製の手りゅう弾って奴かも。かなり大きめのね、呼吸はしてない、心臓も停止してる。臓器も多数破裂……こりゃもうだめだな」
「そうか、救護活動は無駄そうだな」
いつまでも突っ立っている訳にもいかないので駅の出口へと向かおうとすると天井の一部が崩れ、高い音をたてた。それが引き金になったのか残っていた人たちが一斉に逃げ出し始める。支払いもせずに大勢の人々が我先にと改札を乗り越え逃げまどっていく中、俺はスマホを当てて支払いを済ませて普通に通った。外側からみても煙が上がっている、なんの違和感もなく使用したがそうか、スマホも無事なのか。イガリの番号を発信した。
「おいこら」
「どうしました」
「俺は生きてるぞ」
「元気そうですね」
「なにが悪人だけを殺すだ、無関係の人間が死にまくってるじゃねーか」
「……なんの話でしょう?」
「出やがったよ、老人のおとぼけが。報酬の入ったロッカーに爆弾を入れたろ。俺は無傷だがどえらい被害が出てるぞ」
電話先のイガリが無言になった。
「ロッカーが爆発した、ということでしょうか? 冗談ではなくて本当の話ですか」
「そうだ、すぐにニュースにもなるだろうよ」
「ちょっと失礼」
急に電話が切れた、そして今頃になり警報が鳴り始めたのが聞こえる。事情を知らない外の人々はみんなスマホを構えて大穴から出る煙を捉えていた。絶好の被写体らしい。俺は外に設置された公衆トイレに入り、洗面台で自分の姿を確認してみた。埃まみれだ、気になって仕方がないので時間を止め、顔だけでも洗おうとしたが蛇口が動かない。当り前だ、この魔法を使うと物は固定されるのだから、順序がめちゃくちゃになっている。
「脳が衰え始めたようだ、部長程じゃないがやはり歳だね」
「おい頼むぜ、いきなり老人ホームに行かれると困るよ」
「人はいずれみんなこうなるんだよ」
空間停止を解除した後、埃だけをアイテム空間へと移動させると元通りの綺麗な姿へと戻る、ついでに登山用に買っておいたペットボトルの水を取り出して飲み一息ついた。よく冷えているお陰で大分ましになった。数分待たされてから電話が鳴る。
「……申し訳ありません。それは私の仲間の独断によるものだと思います」
「誰だ」
「シノザキくんでしょうね、元自衛隊でかなりの過激派ではあるんですが国民の為に戦える人だったはずなんです、これまでも何度も活躍してくれました。貴方の話をした所、かなり不服そうな態度でしたが、まさかそんな行動にでるとまでは思いませんでした」
「他人のせいにするのか?」
「そうではありません、信じて貰えないのも当然でしょうが本当です。なんどでも言いますが貴方が必要です。私に貴方を殺す気はありません」
「詭弁だな、事実ではありません。……確定するまでは。みたいなお決まりのアレだろ。俺を殺すまでは殺す気が無かったっつークソトンチな訳だ」
「どう信じて貰えばいいか……。そうだ、シノザキくんの写真を送ります」
電話が切れスマホが震える。送られてきた画像には、隣のイガリと肩を組んでいる巨大なイノシシの死骸の前でライフルを掲げる髭もじゃ男の姿があった。前を開いた迷彩服の下に着た白シャツが張り付き、盛り上がっているのがみえる、なかなか発達した胸筋の持ち主であるのがわかった、俺と同じ程度には鍛えてるようだ。こちらから電話をかける、面倒だからなにかしらのSNSを介したやりとりをしたかったが。イガリは古いやり方にこだわりがあるらしく拒否された。今の時代老人でもLINEくらいはやるというのに。
「こいつを殺して良いって意味で送ってきたんだよな」
「はい構いません」
「金はどうする?」
「どうすればいいでしょう、貴方の銀行口座に振り込む訳にもいきませんし、どこかに閉まっておいて場所を知らせても爆弾扱いされてしまいます」
「直接給料袋に入れて手渡しにきてくれ」
「それでやってきた私を殺す気でしょう?」
「殺さないと誓うよ」
「一体なにに?」
「悪魔でも神でも好きな方に」
「悪魔に誓えよおっさん!」
俺にだけ聞こえるブーイングが耳に響く。
「いいぞ」
「やりぃ!」
「……こうしましょう、報酬はしばらくの間私が全てお預かりいたします。貴方が危険な存在ではなくなったあとにまとめてお渡し致します」
「なるほどねぇ、イガリ銀行の預金口座を作ってくれると」
「はい」
「お前はどこにいるんだ」
「それがよくわからないんです」
「あん?」
「なんでしょうね、温かい所に居ます、すごく高くて眩しくて真っ白で……。ああ、これは雲だ、雲の中に居ますよ」
「雲隠れって訳だ」
「ふふっ貴方と話をするのは楽しいですよ」
「そーかい、シノザキの潜伏先に心当たりは」
「わかりません、とても活動的な方なので。なにをしていてもどこにいてもおかしくはないかと」
「クソが」
なにも情報を引き出せないのが分かったので通話を終了した。




