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喫茶店

ここはもういい、報酬の金の入ったロッカーを開ける為にロッカーキーの置いてある喫茶店ハッピーへ向かった。店の前には子供の身長くらいの大きさのモンステラが一鉢置いてある。他に鉢植えは見当たらないのでこれの下にあるはずではあるが、面倒な真似をするものだ。


「喫茶店内の中に監視してる奴はいるか?」

「いねーな」

「外にも?」

「なし」


植木鉢を持ち上げると確かに小さなタグ付きの鍵が置いてあった。それを拾い上げ次の場所に向かおうとしたが、俺の右脚が動かない。自分の足元に視線を向けると赤い悪魔がふくらはぎにぐるぐると巻き付いている。


「休憩していかねーの」

「二度と疲れない身体になったからな」

「アマエチャン喉渇いちゃったな」

「俺はそんなでもないな」

「アマエチャンは喉渇いちゃったなー」

「俺は我慢強いんだ」

「アマエチャンは~、すっごい喉が渇いちゃったなぁ~」

「わかった、わかったよ」


仕方なく承諾すると、足元に巻き付いた赤い悪魔は力を緩め元の形に戻った。喫茶店の扉を押して店内に入ると、ドアの内側に設置された銅のベルがカランカランと音を立てる。


「何名様ですか」


エプロン姿の女の店員が近づいてきて言った。


「ひとりです」

「あれ……? あっいえ、こちらの席へどうぞ」

「ん? ああ」


一人だと答えたしカウンター席にも空きはあったのだが、テーブル席へと案内された。


「注文がお決まりになりましたらお呼びください」

「背後霊でもいんのかな」


店員がカウンターに引っ込むのを見てから言った。


「やべーやつに見えるから気を使われてるんじゃね」

「これでも身だしなみには気を使ってるんだが」

「頭がなぁ」

「髪型の話はやめてくれ、俺は気に入ってるんだ」

「精神状態の話だよ」

「それはもうどうにもならないな」


白い半透明のカーテンが取り付けられた窓側のテーブル席に着き、メニューを確認する。ホットコーヒーとアイスコーヒーにナポリタンにサンドイッチにクリームソーダと今時なかなか目にする機会のない無駄のない非常にシンプルな構成だ。


「アマエチャンはクリームソーダね」

「わかった」


手を小さくあげ、店員を呼ぶ。


「アイスコーヒー、とクリームソーダ」

「かしこまりました」


飲み物を一人で二つ頼んだが、不審に思われる様子もなく店員は去っていく。

どちらとも三分もしない内に出来上がり俺達の席へと運ばれてきた。赤い悪魔はテーブルの上で体を自身の倍のサイズに伸ばし、器用にストローとスプーンを駆使してクリームソーダを一気に半分位まで飲んだ。薄く伸びた赤い体をホワイトのバニラアイスとグリーンのソーダが通過していくのが見える、それらは胴体の真ん中位で綺麗に消えてなくなった。


「おほー、あまいしシュワシュワでうんめぇな」

「よく飲み食いするなお前は」

「情報としては知ってたんだけど、実物のくいものや、のみもんをいただくのは初めての経験なのよ」

「ニンゲン界の予習があるのか」

「降り立った時に不便しねーようにな、短期間の集中講座コースでやってきた」

「自動車免許の合宿みたいなノリだな」

「おもしれーなここは、なんでも欲しくなるし。食いたくなる。おっさんもさ、もっと色々興味を持てよ。その黒い飲み物ばっか飲んでるじゃん。苦いやつだろ」

「歳を取るとな、同じもんだけで満足するようになるんだよ」

「どーしてさ」

「大体のもんは食べた、それを何度も繰り返す。それで飽きる、それがなんなのかもう分かってるから脳も体も受け付けなくなる、必要じゃなくなる。どれも同じだ」

「ふーん……。これうめぇぞ、くってみな」


目の前にスプーンに乗せられたグリーンの混じった溶けかけのバニラアイスが突きつけられる。


「よせよ、味くらい知ってる、それはガキの頃に飲んだ」

「いいからいいから」


店員はこちらに興味を示していないが、いつまでも浮遊するスプーンマジックを披露する訳にはいかないので口を開けた、想像通りの味がした。


「うまくね?」

「普通だ、さっさと残りを全部飲み干せ。全部溶けちまうぞ」

「おっやべぇ」


ソーダのグラスがひっくり返り、残りの全てが赤い悪魔の口の中へと消えていった。


「ぷはっー、この良さがわかんねーとはね。おっさんのコーヒーは美味いか?」

「うまいな」

「くれ!」

「いいぞ」


白のバニラアイス塗れのストローが黒一色コーヒーの世界に突っ込まれ、黒と白が渦巻き状に混じりあう。


「マズッ!」

「まずいわけねーだろ」

「こんなん飲んでたら駄目になるぜ」

「俺はもうダメダメだよ、無職の次が悪魔の殺し屋とはね……。喉は潤ったか」

「おうっ!」

「満足したな、もう行こう」


電車を乗り継ぎ報酬の入ったコインロッカーのある駅に向かった。人通りが多く、正体を隠し金を受け取る人物を監視をするにはもってこいの立地になる。辺りには高層ビルがいくつも立ち並んでいてどこに誰がいるのかなんて俺には分からない。


「一番上の階の窓の中に居る相手も見えるのか、階層は五十階以上あるが」

「よゆーよゆー」

「アマエチャンに分かっても俺にはわからんからな……」

「あの機械でパンチ力見せたろ? 腕の筋肉がスゲーってんなら視力もスゲーって話になる訳じゃん?」

「悪魔は説明が上手だなぁ」

「まーな、おっさんの方に視線を感じれば分かるよ。まぁあんたその頭だから常に誰かに見られてるけど」

「その中からでもイガリの仲間を見分けられるか」

「好奇の視線と、監視の視線はまるきりべつもんだぜ、任せなよ」

「今はどうだ」

「いねーな、ハゲ頭に注目するだけの奴ならいっぱいいるけど」


自分の頭皮に触れてみると皮膚の感触が直接やってきた。いつからこんなに薄くなってしまったのやら。


「他者が俺の頭を気にするのは将来の自分への恐怖からだ」

「ふむ」

「こうはなりたくないと思うのだろうが、結局なってしまう。とみんな自分でも分かっている。成り行きを避けるのは不可能だからな」

「定めだな」

「そうなってしまう現実への悲観を少しでも誤魔化そうと、他者と比べるようになるんだ。一番簡単な思い込みが自分の方が髪の毛がある、というやつなんだ。なんとも虚しくなる自己憐憫(れんびん)だ」

「うんうん」

「今の俺は悲観的ではない、だからもう気にしない」

「以前は?」

「ハゲは社会奉仕活動の一環だった、俺のようなものがいることで世界が平和になり人々の精神安定剤になれるのなら……」

「おぉ高潔だな、正義のヒーローだ」

「今はただの大量殺人鬼だがな」

「じゃあもう髪の毛伸ばしていいじゃん」

「生えてこねーんだよ」

「ぎゃはははは!」


俺にだけ聞こえる笑い声が鼓膜こまくに響き続けると、耳がぞわぞわする。俺以外にもロッカーを利用している人が沢山いた。カップルが買い物の荷物を詰めたり、母親が笑顔で子供のリュックサックを下ろして詰めたりしている。無駄な荷物を普段持ち運ぶことのない俺にとっては駅での使用は初めての経験だ。壁一面に広がるロッカーの丁度真ん中の位置が開けるべき場所だった。鍵を差し込み回すと、カチャリと音を立てて開錠される。実に簡単な仕事だ、これだけで合わせて2000万か、もはや大金持ちだ。慎ましやかに暮らせば十年以上はこれで生活には困らないだろう。


「おっさん止めろ」

「あっ」


扉を引いてしまった。そこからはスローモーションにみえた、ボッという音と共に炎が目前に広がる。それとともに閃光、目の前が真っ白になる、原形を留めていないぐちゃぐちゃの金属の破片が飛び散るのが見えた。

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