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ネイルハンマー

声のした方向に目線だけをチラリと向けたのだが誰も居ない。正確に言うのならば人間はいない、その代わりに手すりを鼻歌まじりに歩いてくる物体が居た。500mlのペットボトル位の体長で全身赤色の三頭身。短い手足、足元まで伸びたぱっつんな髪みたいなもんまで赤一色なもんだから、昔の色を塗っていないガチャガチャのフィギュアみたいに見える。唯一、楕円形の眼の部分だけが黒くその二つのつぶらなおめめの上部ではハイライトがキラキラと輝いていて、口は胴体から手を突っ込んでパクパクさせるパペット人形のそれと同じくらい大きく開かれ、鋭い牙がびっしりと生えていたしその上頭頂部からは二本の短い角が生えていた。


「鬼のオモチャ……? サン〇オのマスコットキャラか?」


二足歩行するオモチャはもはや珍しいものではない、ネットや玩具売り場で探せばいくらでもあるだろうがこんな奴は見た覚えがない、ホビー関連のニュースサイトは暇つぶしの為にチェックしているつもりだったが。


「なんだおっさん、アマエチャンが見えるのか?」


赤い人形の口元から少女の声がする、スピーカーまで内臓されてるのか。


「口パクまで綺麗に連動しているなんて作った奴は大したもんだ」

「アマエチャンはオモチャじゃねーよ、血の通った生命体だぜ。触ってみなよ、大サービスだ」


俺は言われるがままに人形の身体に触ってみた、やわらかく妙に温かくもあり……。いやむしろ熱いな、それに機械的な部分がどこにも無い、ただ肉と骨がある。この感触、子供の頃にハトを両手で握った時によく似ていた。


「いやんエッチ! もうそこまでにしとけ変態! 鼻息が荒いぜ!」

「三頭身のいきもん触っても興奮なんてしねーよ」

「あぁ?! すこぶるセクシーだろうが!」


アマエチャンと名乗ったモノは、頭を腰に手を当てている。これで官能的(かんのうてき)ポーズをとっているつもりらしいが、言ってしまえばハニワにしか見えなかった。


「マジのいきもんなのか?」

「そーだぜ」

「はは、なら心神喪失(しんしんそうしつ)による幻覚って奴だ」

「お前は正常だよ、いやーよかった。こんなに早く適格者(てきかくしゃ)が見つかるなんてな」

「あん?」

「おっさん、アマエチャンと一緒に異世界転生してくれ」

「いいぞ」

「おぉ! 決断が早いじゃねーか! じゃあさっそくホームセンターに向かうとしようぜ!」

「わかった」


俺に失うものはもう何もない、だから拒否する理由もない。金が無ければ現実に対する未練もない。異世界転生におけるファンタジー文明という奴は、現実に存在すれば行ってみたい旅行先ナンバーワンだ。ホームセンターの看板は既に今いる歩道橋から見えていたので所要時間五分ほどで店内へと到着した。俺が黙って歩いている間もアマエチャンと名乗った不思議生命体は二足歩行でトコトコと俺の後ろをついてきていた。


「ホームセンターで一体何を買うんだ、アマエチャン」

「そりゃあ武器に決まってるだろ」

「お~、そりゃテンション上がるなぁ~」


俺は店内を見回した、ここには魔物を殺すにはうってつけの武器が嫌になる位に揃っている。簡単に手に入り、敵を殺す獲物を手に入れるのに最適の場所だろう。鉈で細かく斬り落とすか、チェンソーで豪快に相手を切り刻むか、ネイルガンでハチの巣にするか、でっかいハンマーで相手を叩き潰すのもありだな。腕力にはそれなりに自信がある。


「敵を倒す武器は何がいいんだろうな、やっぱ日本刀が欲しいけど売ってないし」

「実際使うんだから、もっと振り回しやすいのがいいと思うぞ」

「うーん確かに、メンテもめんどそうだしもっともだな」

「これなんてどうだ」


地面に居るアマエチャンが指さしていたのはネイルハンマー、こいつは釘を打てるし頭蓋骨を陥没させることも出来るし、ついでにクギも抜ける便利グッズだ。ちょっとやそっとじゃ壊れたりもしないだろう。


「使いやすくはあるだろうが、リーチがないな」

「問題ねぇ、アマエチャンが相手を捕まえるからおっさんはその隙に殴打しろ」


アマエチャンはその場で急に三メートル程伸びて見せた。見上げるしかない位でかい、その大きさに眼をつむれば引っ張ると伸びるゴムの人形みたいだった。大きくなった分引き延ばされ薄くなっていて、後ろの棚の商品が透けて見えていた。


「そんなんじゃすぐビリッと裂けちゃうんじゃないの」

「裂けねぇよ、ちょー頑丈だし。つえーんだわ」

「ほんとかなぁ」

「なら試してみるか?」

「おっさんはな、これでも鍛えてるんだ。マスコットキャラ風情には負けないよ」


そう言った瞬間にこいつは俺に飛びかかり、ぐるぐると巻き付いてきた。一瞬で体中が締め上げられる。力を込めるが……。なんてこった、まったく動けない。俺の体格は中肉中背ではあるが、これでもそれなりに体は鍛えている方だ、週二でジムにも通っているから腹筋も割れてる。両腕と両足にも渾身の力を込めるがビクともしない。痛い、内臓が圧迫されている、骨が軋む、まともに呼吸も出来ない。脱出どころではない、絞殺される。アナコンダに殺される野生動物のキモチってのはこんなんなのかなぁと思った。


「ぐ、うお」

「どーだい、逃げらんないだろ」

「ぐぬぬぬ」

「あの、お客様? どうかされましたか?」


俺が怪物に巻き付かれ苦しんでいるのを見ていた若い女の店員が心配して話しかけて来た。


「大丈夫だ、こんな怪物すぐに引き剥がしてみせる」

「怪物……?」


女の店員の表情は完全に不審者(ふしんしゃ)を見るそれであり。見ている対象は俺の顔面のみだ。ぐるぐる巻きになった赤い怪物など存在していないかのようである。そこでようやく気が付いた、この怪物さっき自分の姿がみえるのか? みたいなことを言っていたことに。こいつは俺にしか見えていない? じゃあ今の俺は正真正銘のとんでもない不審者ではないか。


「あぁ、なんでもないんです。ちょっと体がつってしまって。変なクセですけど自分の筋肉を怪物と呼んでいまして。もう大丈夫です」

「そ、そうでしたか。なにかお困りでしたらお呼びください」


女の店員はそそくさと去って行った。


「参った、お前の言う通りだ」

「わかればよろしい」


怪物のアマエチャンは俺への拘束を解いた、体に自由が戻る。まともに息が出来るのは素晴らしいことだと思い知った。


「お前の姿は俺にしか見えてないのか」

「そうだよ、おっさんは虚空(こくう)に一人で話しかけるクソ怪しい奴に見えてただろうな」

「おお、そりゃあ恥ずかしいな。まぁでも、その力で抑えてくれるんなら確かにこいつで十分だ」


棚から銀色に輝くネイルハンマーを手に取る。25センチ程度の短めの獲物ではあるがこのサイズでも片手にはずしりとした重みがあり、思い切り振れば相手の骨が折れるのは間違いないだろう。それに手元は黒い滑り止め用のゴムが巻かれていて簡単にすっぽ抜けていくこともない。魔物討伐に対するメーカーからの中々の気配りを感じた。アリバイ作りになるのかどうかは分からないが一緒にクギも買っておくことにした。今から異世界に敵を倒しにいくのだからそもそもアリバイなど必要にはならないのだが、こういう性分なのかもしれない。念には念をだ。


「ありがとうございましたー」


買い物を終えた俺は、近くの人気もまばらな公園に立ち寄り。自販機で買ったブラックコーヒーを飲んで一息ついた。アマエチャンはクソ甘いカフェオレを所望したので買ってやった。


「あーうめぇ! よーし、異世界転生の準備は万端だな!」

「まだ武器しか買ってないが……」

「必要な道具なんてそんなもんだけで十分だ」

「そうか、このあとは?」

「ターゲットを探す」

「日本にいるのか?」

「当り前じゃん」


なんと、魔物はすでに日本にいたのか。それじゃあ転生する必要はないのではないか? 俺が勝手に別世界に行くと思っていただけで、これはいわゆる現代ファンタジーだったのか。異世界転生とは一体……。

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