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星を編む人

流れ星が一瞬で消えてしまう理由とは。

ぼくが出会った、不思議な人の仕事とは。


冬の夜空の鮮やかで静かな物語です。

 彼女を初めて見つけたのは学校でした。

 立ち入り禁止のはずの屋上で、

 晴れわたる夕暮れ時の空を、嬉しそうに見上げていました。


 美しい人でした。

 あまりの綺麗さに、周りがすこし発光しているようにもみえました。

 彼女は手すりの際に立ち、胸の前で手を組んでいます。

 一回だけちらりとこちらを見て、軽く微笑みました。

 彼女の周りの光が一瞬強くなったようで、

 ぼくは何も言えないまま

 ぼうっと見ていることしかできませんでした。


 辺りが完全に暗くなると、

 今度は真剣な面持ちで空を見つめるようになりました。

 ぼくがまだ見ていることに気が付くと、

 まるで小さな子どもを諭すように

 おうちに帰りましょう、と言いました。


 ぼくは最後まで何も言えないまま

 彼女の言う通り、うちに帰ったのです。



 次に会った時はビルの屋上でした。

 その日はちょっと残念そうな、悔しそうな面持ちで空を眺めていました。


 その日の天気は曇りだったので

 空は鈍色の雲が広がっていました。

 夕焼けはあっという間に沈み、すぐに暗くなっていきました。


 彼女は時おり、見えにくいかのように目を細め

 雲の中に何かを探しているようでした。


 そしてぼくに気が付くと一瞬はっと息をのみ

 少し考えた後、首を左右に振り、

 切ない願い事を唱えるように、

 ここから離れてください、と言いました。


 ぼくは前回とおなじく、

 彼女の願いをかなえてあげたい気持ちに満たされたので

 そっとその場を離れていきました。



 そして今日、三度目に会ったのは山の上でした。

 独りで流星群を見るため訪れたこの場所で

 以前と変わらぬ姿で立つ彼女を見つけたのです。


 彼女は遠い空を沈みゆく太陽を見つめていました。

 反対側の空にはすでに星が広がりつつあります。


 彼女はぼくに気が付くとあっと小さく叫びました。

 その表情はみるみるほどけて、親し気な笑顔へと変わっていきました。

 その顔をみて、ぼくのことを覚えていると分かり

 ぼくは嬉しさと恥ずかしさで横を向いてしまいました。


 彼女は困ったような、それでいて面白がるように

 お家には、帰れませんよね?

 他の場所は、どうでしょうか。

 といいました。


 ぼくは帰ることはできないし、

 ここで流星群が見たいことを伝えました。

 彼女は少し考えてから、では仕方ない、という風に肩をすくめました。

 同じ人に三回も見つかることなんて、今までなかったわ。

 そう言って笑いました。


 そうして、初めて、やっと、彼女の仕事を見ることができたのです。


 その人は、冬は夜が長いから仕事がはかどるの、と言っていました。

 それにたくさんの流星群が来るから、

 材料集めにもピッタリだし、と。

 そしてぼくに、シンプルな形のオペラグラスを渡してくれました。


 なんのことかわからないまま、時間が過ぎました。

 そうして、空にぽつ、ぽつと流れ星が現れ始めた時です。


 星が光の糸を引きながら、すうっと流れていきます。

 普通の人からすれば、それは長さこそ違えども

 単なる白い筋であり、瞬く間に消えてしまうものかもしれません。


 しかし彼女に借りたこのオペラグラスで覗いてみると

 それはもう、カラフルで、艶があるものまであって

 まるでガラス細工を作る時に出来るキラキラした細い糸筋か

 飴細工を練る時に現れる柔らかく透明な流体のようでした。


 そして何より、流れ星の出す糸は、ほんとうは簡単に消えたりしないのです。

 消えたように見えていたのは、

 彼女のような「編み人」が手元に引き寄せていたからなのです。


 星が流れると同時にさっと手を伸ばし

 手首をくるっと返すしぐさをするのです。

 そうすると!彼女の腕には細く透明な糸が絡まっているのです。


 あんなに遠くの流れ星なのに、

 そんな距離なんてまるで関係ありませんでした。

 手をかかげながら、じっと空を見つめ、

 流れ星を見つけたら、くるっと。


 そうやって流星の糸はどんどん集められていきました。

 彼女の周りには無造作に放り投げられた糸が

 キラキラとうず高く重なっていきます。


 その姿はカラフルな光の波に包み込まれているようでした。


 そうしてたくさんの糸を集めると、

 今度は、別の作業に取り掛か始めたのです。

 そうです。

 糸を集めるのはただの準備にすぎません。


 同じ色の糸を集めることで長くしたり太くしたり。

 そして編み始めるのですが、

 みるまに編みあがっていくものは、

 単なる色の布地ではありませんでした。


 心揺さぶられるその繊細なあでやかさに見とれていると

 彼女は誇らしげに

 文様の出し方や色の組み合わせによって

 出来栄えが違ってくるの、と言いました。


 腕の見せどころですから、と。

 いたずらっぽく笑って。


 そんな流れ星の編み人と

 その人が作り出す魔法のような輝きを眺めているうちに

 ぼくは眠ってしまいました。


 ふと目を覚ますと、彼女の姿はなく、

 星の糸もなくなっていました。


 ぼくはあわてて周囲を見渡すと、

 遠くに、とても遠くに、彼女が作り上げた完成品があったのです。



 見てみたいって、思いましたか?

 そうすると、明日は少し早く起きないといけませんね。

 東の空に広がる美しい作品は、彼女が編み上げたものです。


 よく目をこらしてみると、白や黄色のグラデーションだけでなく

 精密な金細工のような模様や

 キラキラ転がる光の粒までみることができるはずです。

 アクセントで入れられた紫のラインや

 リズムを感じさせる濃淡のあるピンク、

 発光し生き生きとした赤など、

 前の晩に取れた糸の種類によって仕上がりはさまざまです。


 そして青い宇宙のキャンバスに広げられた、

 一朝だけの彼女の作品は、徐々に、少しずつ

 太陽の光に溶かされていくのです。


 それはとても残念なことですが、

 ぼくたちの意識がその姿を忘れてしまっても

 美しい情景は永遠に、ぼくたちの心に残っています。


 そうして、ややともすれば陰に埋まってしまいそうな

 ぼくたちの心の中に、星の光を広げてくれるのです。


 だから時には、早起きして

 明け方の空を眺めてみるのも悪くないと思いますよ?


お読みいただきありがとうございました。

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