てのひらの惑星
自分にとって「たったひとつの星」を探し、
守り続ける少女のお話です。
あなたが空を見上げた時、何が見えるでしょうか。
雲や鳥、飛んでいく飛行機、いろいろなものが見えると思います。
さらに太陽や、夜であれば名前も知らないたくさんの星が見えるかも知れません。
つまり私たちは、いつでも宇宙を見ているのです。
ですが、あんまりそのことには気がついていないようです。
これは、その宇宙でのお話です。
はるか大昔のことでした。
真っ暗な宇宙を、ゆったりとした足取りで
一人の少女が歩いていました。
どうしてそんなことができるのかって?
少女の体は、私たちの世界のものとは、まったく別のものでできていたからです。
だから宇宙でも、乗り物にも乗らず、まるで森を散歩するように歩くことができるのでした。
それに体はとても大きく、小さな星なら彼女の手に乗ってしまうくらいの大きさでした。
しかも一歩一歩、ふわふわと飛ぶように歩くので、
星から星までの長い距離も、あっという間に進んでいけるのでした。
ほのかに光る体は優雅に進み、たまに星雲に入ると、
ひとつひとつの星を丁寧にながめています。
生まれたばかりの星、もうじき消えゆく星。
燃えさかる星、凍てついた星。
たくさんの衛星を従えた巨大な星。
ひとりぼっちの小さな星。
少女はひとつずつ、慎重に見てゆくのです。
どうしてかって?
それは少女が、
「ただひとつの星」
を探しているからなのです。
彼女の種族は、誰しもがひとりに一つずつ、「ただひとつの星」というのを持つ決まりがあります。
決まりというより、もう、それが生まれてきた目的のようなものでした。
どこかで待っているその星を、大人になるまでに必ず、探し出さなくてはなりません。
そうして見つけたその星の世話をして、彼らは長い一生を過ごすのでした。
彼らは惑星の「引き寄せる力」を強めたり弱めたりできる力を持っており、
星を落ち着かせ、もしくは元気にすることで、宇宙を安定させてきたのです。
彼女のきょうだい達はすでに、自分の星を探し出していました。
しかし彼女だけは、ずいぶん長いこと歩き回っているにも関わらず、
いまだに自分の「ただひとつの星」を見つけられずにいるのでした。
お父さん、お母さんが言ったとおり、
またすでに見つけたきょうだい達から聞いたように、
自分の星は、
「見れば、わかる。」
ということでした。
でも、どの星を見ても、なんだか違う気がするのです。
決して焦る様子はみせませんでしたが(ほんとはちょっと焦ってました)
もしかしたら、私には「ただひとつの星」はないのかもしれない、
そう思うと、少し不安になる少女でした。
そうして、ずいぶんと遠くまで来ました。
こんな遠くまで来た者は、それまでほとんどいなかったでしょう。
宇宙でもかなりの片隅で、たくさんの星が川のように連なっていました。
思い切ってその中に飛び込んでみましたが、
どこも”普通”の星ばかりです。
ここにはないかも知れない、そう思った時、
少女は一つの星の集まりを見つけました。
その集まりは、燃える大きな惑星を中心に、
いくつかのきょうだい星が輪を描いて回っていました。
それ自体は、わりとどこにでもあるものでしたが、少女の目にとまったのは、内側から三番目の小さな星でした。
どうやら生まれて間もないその星は、ぷくぷくと粒子が巻き起こり、
常に内でも外でも暴れています。
せわしなく動くその様は、幼い子どもがかんしゃくをおこしているようにも見えました。
慌ただしく、自転をくるくると重ねつつも、
それでも親から離れまいとするように、燃える星の周りを懸命に回っているのでした。
「なんて可愛いの。」
なんとも落ち着きがなく、不格好でした。
きょうだい星の中でも、とりわけやんちゃな星でした。
生まれたばかりの星など、それほど「星の数ほど」見てきましたが、
それらとは違った何かを、その星は秘めているように彼女は思いました。
てのひらですっぽりと包めるくらいの小さな惑星。
少女の体は、燃える星の熱も光も遮ることはありませんので、
手を伸ばし、小さく動き回る星を追いかけながら、ふんわりとつつみこんでみたのです。
そして小さな声でつぶやきました。
「見つけたわ。」
その姿は、どんなに眺めていても飽きることがありません。
駄々をこね、泣き、笑い、驚き、眠る。
まるで生まれた喜びを謳歌している赤ちゃんでした。
少女はやっと見つけた「ただひとつの星」にほおを寄せ、生涯守ることを誓いました。
さっそく家族の元に戻り、「ただひとつの星」を見つけたことを報告しました。
お父さんもお母さんもきょうだいも、とても喜んでくれました。
そして長い長い距離を歩き、みんなが星を見に集まってくれました。
しかし、小さく不格好な星を見て、少女のきょうだい達は驚きました。
なかなか見つけられなかった少女が、
慌てて適当に決めてしまったのではないかと疑うものもいました。
本当にこれで良いのか?
一生をかけるに値する星といえるのか?
守る価値があるのか?
みな口々に少女にたずねました。
それでも少女の決心は変わりませんでした。
この子には、他の星にないものを感じます。
そして何より、私はこの星が好きなのです。
それまで黙ってみていた両親が、ついに言いました。
お前の好きにしなさい。
それこそが間違いなく、お前の星だよ。
まもなく少女は星と暮らし始めました。
早く育ち、早く落ち着きますように。
でも星は、少女が気を抜くとすぐ、まあるい形になることをさぼったり、
きょうだい星のところにフラフラと遊びに行こうとしたり。
それでいて急に、もっと大きくなりたい、格好良い姿になりたいと、
ぷくぷく、ぷくぷく暴れ出すこともありました。
星は身勝手で、乱暴で、それでいて頑張り屋なのでした。
そんな星を、まるでイタズラな仔猫の相手をするように、
たしなめたりほめたりしながら育てていくのは、とても楽しく、やりがいがあることでした。
まだまだ不安定なその星は、大変手がかかりましたが、彼女は一生懸命お世話しました。
熱くないよう、寒くないよう、
いつも一番良い位置にいられるよう、
中心の燃える惑星や、その他のきょうだい星との位置を調整してあげました。
しかし少女は可愛がるあまり、大変な失敗をしてしまいました。
その星の引き寄せる力を、思わず強め過ぎてしまったのです。
そのせいで、巨大な隕石がこちらに引き寄せられて来ます。
隕石は星というよりも、強いエネルギーのかたまりでした。
こんなものが当たれば、惑星はもちろん、たとえ彼女だってひとたまりもありません。
しかし隕石は、彼女の「ただひとつの星」めがけてまっすぐに飛んできます。
すぐに引力を弱めましたが、隕石はもう、進路を変えてはくれませんでした。
いまさら進路を変えるには、隕石は大きすぎるため、莫大な力が必要になるからです。
他のきょうだい星の引力を強め、代わりに当てようか。彼女は一瞬そう思いました。
しかし自分のためにきょうだいが壊れることを、
果たして「ただひとつの星」が望むでしょうか。
このままでは衝突してしまう!
やっと見つけたのに、守ると誓ったのに。
涙が出ましたが、隕石は一刻一刻近づいてきます。
少女は決心しました。
少女は飛んでくる隕石の横側に立ち、
自分自身の引き寄せる力を最大限に強めました。
「こっちに来て!」
少しずつ、少しずつ、隕石が軌道を変えました。このままだと自分にぶつかってしまいますが、それでも良いから軌道を変えて欲しい、彼女は懸命に隕石を引き寄せました。
隕石が目前となり、彼女は思わず目を閉じました。
覚悟したその時、前方で何かが弾けました。
目を開けると隕石は粉々にくだけ、破片がこちらに飛んできます。
すると前方を何かで覆われました。
それが人だと気付く頃には、嵐は収まっていました。
見上げると、それは少年でした。
少女とは異なる種族で、光の弓矢を使って宇宙の秩序を保っている者たちの一人でした。
ぱらぱらと破片を振り払いながら、少年は怒った顔でこちらを見ましたが、
少女の涙をたたえた美しい顔を見ると動揺し、赤くなり、
それでも恥ずかしかったので、再び怒った顔を作りました。
少女のほうも、少年の意志の強い瞳にみとれ、
少年が隕石を壊し、破片から自分の身を守ってくれたのだと理解するのに、
少々時間がかかってしまいました。
「なぜ・・・」こんな事をしたのか、少年が尋ねようとした時、
少女は星のことを思い出し、あわてて戻りました。
「ただひとつの星」は無事でした。
しかしどうやら、隕石のかけらがはじにあたり、いくらか欠けてしまったようです。
星は、いたいいたいと泣いているように思えました。
少女はなでさするように星を両手で包み込み、
引力を(ほどほどに)強めて、星を治していきました。
やがて元の形に戻ってきた頃には、星はケガをしたことなんて忘れたかのように、
ふたたびぷくぷくと暴れ出しました。
少年はずっと、後ろでその作業を黙ってみていました。
少女は「そんな星のために、なぜ?」と言われるのが怖かったので、
振り向くことができませんでした。
すると少年が言いました。
「大丈夫。ぼくは星の数ほど傷ついた惑星を見てきたけど」
少女が振り返ると、少年は笑いました。
「こんなに元気なヤツを見たことがないよ。すごい星じゃないか。」
少年も、この星が持つ暖かな強さをわかってくれていました。
しあわせが髪の先まで満ちていくのを感じ、少女はやっとほほえみを浮かべました。
しばらく二人で、ただひとつの星を眺めました。
少女はこの星を見つけた時のことや、この星の魅力について語りました。
少年も、それをよく理解してくれました。
それだけでなく、この星がかなりめずらしい環境におかれていることも少女に教えてくれました。
そして二人はお互いの家族のこと、
友だちのこと、
生まれた場所のこと、
今までみた変わった星のことなど、
いろんな話をしました。
伝えたいことが星の数ほどあり、
聞きたいことも星の数ほどありました。
そして、その気持ちにはどうやら終わりがないことに気がつくと、
二人ともふうっと息をついて黙りました。
星はひととおり動き回ったあと、だんだん眠くなったようで、
やがてスヤスヤと眠りについていました。
少女は言いました。
「この星は、私のただひとつの星なの。」
少年はうなずきました。
「ここでずっと、大切に育てていくの。」
少年はまた、うなずきました。
「あなたはどこにいくの?」
少年は少し考えて、そうだなあ、とつぶやきました。
「いろいろしなくてはならないだろうな。」
それを聞いて、少女はとても寂しくなりましたが、口には出さないでおきました。
その気持ちが口から飛び出てしまわないように、くちびるを固く結びました。
しかし少年は続けました。
「だってここは、しょっちゅう何かが飛んでくるからね。
早めに撃ち落としておかなくては、この星だけじゃなくて、
真ん中の燃える星も、きょうだい星たちだって、危ないからさ。」
少女は顔を上げました。
「だから一番外側のきょうだい星からいろんなところを歩き回って、
周囲を見張っておこうと思うんだ。」
中央の燃える星から届く熱が、少女にも届いたかのようでした。
真っ暗だった宇宙がふわっと明るくなった気がしました。
少女はそれまで、自分が探し出すことしか考えていませんでしたが、
逆に自分の存在を誰かが探しているとは、思いもしなかったのでしょう。
それでも、どうしていいかわからない彼女は、
ありがとう、そう小さな声で言うのがやっとでした。
そうして二人でまた、星をながめていました。
でも目で見ているのは星ですが、心はお互いをみつめていました。
そして少年が気付きました。
「あれ?みてごらん。」
あんまり慌てて作業したので、小さな破片が集まってしまい、
星のすぐ近くに、小さな衛星ができてしまったようです。
その衛星は、「ただひとつの星」の周りをくるくると回っていました。
二人は目を合わせて笑いました。
ただひとつの星にも、ずっと一緒にいてくれる存在ができたのです。
彼女たちはそれからずっと、その星を見守っていきました。
星が冷え、多くの水をたたえ、白い大気をまとった、つややかな青い惑星になった時には、
その美しさをみなに賞賛されました。
さらにその水から多くの命が誕生した時には
奇跡のようにあがめられました。
この星に耳をそばだてると、次々とわき出る生命の息吹が聞こえます。
それは音のない宇宙に響く、唯一の音楽のようでした。
しかし少女と少年にとっては、
どんな姿になろうと、
どんな動きをみせようと、
やんちゃで不器用な「ただひとつの星」です。
そうして二人でずっと、その星を守り続けていったのです。
あれから数十億年経ちました。
その星が今はどうなったか?
それはみんなが知っていることです。
窓から辺りを見渡せば、その星が今どうなっているか、よくわかることと思います。
あの時生まれた、その星の小さな友だちも、
月という名で呼ばれ、相変わらずいつも一緒に過ごしていますね。
しかし、少女と少年は、残念ながらどちらも不在のようです。
二千年くらい前から、この星の周囲には誰もいません。
なぜかって?
それはもちろん、彼女の種族には、
婚礼の時には一度戻らなくてはならないという決まりがあるからです。
少年の種族も同じです。
いろいろな準備をするために、”ほんの少し”戻ることになったのでした。
でも、そろそろ戻ってくる頃です。
私たちの住む、この、ただひとつの星に。
不在の間に大きく進化したこの星を見て、
彼女たちは驚くでしょうか。
変わってしまったと、傷ついたと嘆くでしょうか。
いえいえ、大丈夫。
どんな姿になろうと、
どんな動きをみせようと、
彼らにとっては「ただひとつの星」です。
私たちの不器用さを、きっとわかってくれるでしょう。
そして私たちの可能性を、いつも信じていてくれるでしょう。
私たちが宇宙を見上げるように、宇宙も私たちを、いつでも見守っています。
私たちの目に、その姿が見えるかどうかわかりませんが、時々空を見上げてください。
美しいドレスに身を包んだ少女、いえ娘と、
堅強な弓をたずさえた少年だった彼と、
私たちを守る二人の大きなてのひらが、見えるかも知れません。
『てのひらの惑星』
お読みいただきありがとうございました。