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第1節「魔導検査と決意」5

「検査お疲れ様。」


「ありがと。」


 そんなフィスィとの会話だが、どこかぎこちない空気が流れていた。理由はわかっている。俺は彼女に、一度たりとも自分の夢の話をしていなかった。逃げ続けていた。


 フィスィがいるから冒険者になりたい。それが俺の願い。そのことは彼女もうすうす察しているはずだ。しかし、そのことをどう思っているのだろう。


 もしかしたら、一緒に働けることを喜んでくれるかもしれない。しかし、今はそれ以上に不安、恐怖、それらの感情で埋め尽くされている。彼女の性格的に拒絶はされないとは思う。そう頭ではわかっていても不安が拭えない。


 まして、たとえ拒絶されなくても、イコール喜んでいるとはならない。俺は彼女を支えたい。守りたい。ずっと笑っていてほしいから。だからこそ、彼女の嫌がることは絶対にしたくない。してはいけないのだ。


 思考を巡らせるが、それを言葉にすることもなく時間が過ぎていく。まだまだ検査は続いており騒がしくなってきているが、それを感じさせないほど自分達は静かだった。


 何か自分から話すべきだろうか。そう考えていたが、まず口を開いたのはフィスィの方だった。


「帰ったらさ、ゆっくり話そう?」


 その一言だけ。そんなフィスィの問いかけにうなずく。そうだな、ゆっくりゆっくり話そう。ちゃんと君にも言葉にしなきゃいけないから。


 交わした言葉はそれだけ。そして時間が経ち、カードを受け取ってから二人で帰路に就く。家に着くまで、もう会話はなかった。日は傾き始めていが、今日はまだまだ終わらない。もちろん気まずさもあったけれど、なんだかこの感じも悪くないような、そんな気がした。






_______________________






「「ただいま」」


 帰宅して、手洗いなどを全て済ませる。どちらが言い出したわけでもないが、いつもの机に向かい合って座る。彼女と話すときは、良いことも悪いこともここで話していた。少しの間をおいて、フィスィが話し始めた。


「冒険者になりたいんだってね、ちょっと驚いちゃった。サロスは教師とかになるんじゃないかって勝手に思ってたから。ほら、教えるのとか上手だったし。いつから、冒険者になろうと思ってたの?」


「いつからって聞かれたらずっと前から、かな?付き合い始める前から、フィスィは冒険者になるのが夢だって張り切ってたよね。それを聞いて、自分も冒険者になって一緒に冒険したいなってぼんやりと考えていたんだよ。」


「ふーん、そんなに前から。ちょっと嬉しいかも。」


 フィスィが照れくさそうに言う。


「うん。まあ、その後色々大変だったから、あんまり深くは考えてなかったんだけどさ。でも、卒業が近づてくるにつれてちゃんと考えなきゃな思うようになった。


それでさ…今からちょっと恥ずかしいこと言うよ。自分は何がしたいんだろうって考えた時に真っ先に思い浮かんだのがフィスィ、君の顔だった。俺がやりたいことって、きっと君のそばにいることだって、そう思えたんだ。」


「あはは。なんかの詩みたいなこと言うね。」


「やめてくれ、恥ずかしいこと言うって事前に断ったじゃんか…」


 だけど安心してくれ。今からもっと恥ずかしいことを言うから。でも、ちゃんと伝えなきゃいけないから。フィスィの瞳を真っ直ぐ見つめる。一度深呼吸して、さあ。


「フィスィ、俺は、俺は君が好きです。だから、冒険者になりたいって言うならそれを支えたいと思いました。」


 すんなりと言葉にできた。ずっと思っていたこと、本心からの飾らない言葉だった。心臓が鳴り止まない。緊張と安堵、不安と興奮など、複雑な感情が入り混じっていた。そしてまるでそのまま時が止まったかのような、長い長い時間が経過した気がする。


 経った時間は数秒か、あるいは数分経過したか。彼女の声が聞こえた。


「は、ははは。何よ急に。…あーあ、面白くて涙が出ちゃったじゃない。」


 無言の後に彼女はそう言ったけど、その涙は決して笑い涙ではなかった。それくらい俺にだって簡単にわかった。彼女は日常の空気感じゃないのが嫌なのか、こういうときに茶化す癖がある。その癖がいいものなのかはわからないけど、それが自分にとってどれほど助けになったことか。どれだけ彼女の存在が自分にとって大きかったか。


「私も好きだよ、サロス。」


 彼女は涙ぐみながら、でもこれ以上ないくらいの笑顔で言った。とても幸せそうな表情で、声を震わせながらも弾んだ声だった。


「あ…ありがとう。」


 自分でも恥ずかしいくらい、そして彼女と比べても比にならないくらいに声が震えた。これまでだって、彼女は自分のことを好きと言ってくれていたはずなのに。これまでとは全く別物のような気がした。


「ふふ、サロスが『好き』って言ってくれるのいつぶりだろう。そう、《《あの日》》より前、かな。正直さ、ちょっと寂しかったんだよ?」


 それは、自分に勇気がなかったから。好きだという一言を、そのたった一言すら言えなかった。


「…ごめん。」


「いいよいいよ責めてるわけじゃないし。ただね、ずっとずーっと待ってたんだよ、サロスが自分から言ってくれるのを。


ねえ、サロスも冒険者になるんだよね。一緒にパーティーを組もう?そして一緒にいろんな所へ行きましょう!ずっと一緒だよ?もう絶対離さないんだから!そうそう、あとこれまで言ってもらわなかった分の愛も伝えてもらわなくちゃね!へへへ。」


 彼女は見たこともないくらいはしゃいでいた。切り替えが早くて羨ましい。もう自分は緊張の糸が切れてしまって声がでそうにない。だから、力強くうなずいた。


 さあ、冒険を始めよう。君と一緒の冒険を。俺が再び勇気を持てたのは君のおかげだ。君がいたから立ち直れたんだ。だから、今度は俺が君を支える番だ。どんな困難だって君がいたら乗り越えていけるだなんて、そんな馬鹿らしいことを本気で思ってしまったから。


「もうこんな時間!夕食の準備しなくちゃ。」


「そうだね。ふぅ、落ち着いたらお腹空いちゃった。」


「朝は早く起こしちゃったからね。今夜は私が腕によりをかけて作ってあげる!」


「おお、それは楽しみだ。」


 もうすぐ日は落ちる。そうすれば暗い夜がやってくるだろう。でも、朝は必ずやってくるのだ。明るくて輝かしい朝が。そのことを知ったなら、そう思えたなら、夜の良さもわかるようになるってもんだ。

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