第四話 もう1人の日本人
彼らは無事にアズファルド帝国の帝都ソヴェニアに到着することこれからのことを語り合う。
「流石に子供を連れて城の中には入れないから、またどこか適当な家を探して匿っておく必要があるな」
「それもそうなんだけど、出来れば僕はお城の中に入って確かめたいことがあるんだ」
「確かめる?」
「実は今日僕がここにまっすぐこれたのは知り合いと思われる痕跡を辿って来たからなんだよ」
「へぇ、じゃあニーベルの知り合いが城の中にいる可能性があるってことか」
「まぁ、そうなんだけど、もし僕の知り合いなら今ここに僕が来ている事は分かるはずなんだけどね」
「魔術で何か合図みたいなものは送れないのか?」
「送ったよ、そしたら反応が返って来たんだけど、今手が離せないらしくって・・・」
「分かった、じゃあ餓鬼どもは俺に任せろ。ニーベルは城に向かってくれ、家探しはこっちでやっておくから」
「ありがとう、助かるよ」
こうして皇太子とカーラ、それからニーベルは城へ、政孝、ヴィリディナは子供達を引き連れて家探しをすることになった。
空き家はすぐに見つかった。
ヴィリディナのスキャン機能を使えば内部情報が筒抜けなのだ。
彼らが探し当てたのはエルメニアの時と同じくこぢんまりとした一軒家だった。
鍵がかかっていたがヴィリディナのキーピック能力で解錠した。
「やばいな」
部屋は数ヶ月は誰も住んでいなかったであろうと思われるくらい埃まみれだった。
政孝は子供達を外で待機させて窓を開け放った後、近所の家から金の粒を払ってハタキと箒を借りて掃除に取り掛かることになった。
「悪いわね、流石に掃除機能は持ち合わせてないんだわ」
「気にするな、家を発見してもらっただけでもこっちはありがたいよ」
そう言いながら政孝がテキパキと家の中を掃除していく。
「なんか、マーサ慣れてるよね」
「一人暮らしが長かったからな、ごほっごほっ!?」
と、埃が喉に引っかかり彼は苦しそうだ。
「大丈夫?」
「終わった頃には完全に喉がイカれてるだろうな、まぁ、そのうち治るから気にするな」
狭い家なので掃除は1時間ほどで終わった。
だが少し問題が発生した。
空き家の家の近くで子供達が騒いでいたからその様子がこの家の大家まで耳に入ってしまったのだ。
「おい、お前、人の家に勝手に上がり込んでなにをやっている」
「すいません、ごほっ、ごほっ、勝手に入ったのは謝ります。ですがどうしても雨風を凌げる場所が欲しかったんです。これで賃貸料足りるかわかりませんが、ごほっ、ごほっ、数日だけでも家を貸していただけませんか?」
そう言って彼は金の粒を3つ渡した。
すると大家は険しい顔のまま頷いた。
「まぁいいだろう。壊したりはするなよ」
「ごほっ、善処します」
「お前さん、大丈夫か?」
「埃が少し喉に入っただけですので数日経てば治ると思います、ごほっ」
こうして数日間だが新居は確保された。
だが政孝はずっと咳がでっぱなしだった。
子供達が心配そうに見守る。
「お兄ちゃん大丈夫かな?」
「ニーベルが帰ってきたら魔法でさっと直してくれるわよ」
「そうなんだ、ニーベルは凄いね」
なんて事をヴィリディナと子供達が話している近くで、政孝は咳き込みながらニーベルの帰宅を心待ちにしていた。
因みにニーベルが帰ってきたのはそれから2時間後のことだった。
「ただいま、遅くなってごめん・・・マーサ、大丈夫?」
「一応、ごほっ、ごほっ、大丈夫だ」
「いや、全然大丈夫じゃないと思うんだけど・・・」
「埃で喉をやったのよ、ニーベル、診てあげてくれない?」
「なるほど、ちょっとまってね、政孝、口を開けて」
政孝は言われるがままに口を開けた。
その瞬間から喉に張り付いていた埃が取れていく感じに彼は目を丸くした。
「もう大丈夫だと思うけど?」
「あぁ、楽になった。ありがとなニーベル」
「どういたしまして」
「それで、城の方はどうだった、皇太子の身柄はどうなる?」
「それなら安心して、僕の友人が責任を持って引き取ってくれるとこになったよ」
「帝国が引き取るんじゃなくて友人が引き取るのか?」
「うん、それについて話さなきゃいけないことがあるんだ」
と言ってニーベルはアズファルド帝国の現状について語り出した。
現在この国はエルフ帝国という外国から攻撃を受けている。
その攻撃内容は公人を魔術で洗脳し国家転覆を図るというものだった。
それが分かったのはニーベルの知人のトードルという魔術師がエルフを捕らえて洗脳をして洗いざらい吐かせたからだという。
「じゃあ、何か、エルメニアの将軍も洗脳されちまってるから戦争を始めたっていうのか?」
「今のところその可能性が高いね。そして将軍はエルフを匿ってる可能性が高いよ」
「エルフ帝国ってのはどれくらい強いんだ?」
「聞いた感じだとかなりの戦力があるね。それと吐かせた情報によればそろそろ軍艦数隻でこの国とエルメニアに乗り込んでくる予定らしい」
「国内の政治基盤がガタガタになった所を狙って叩こうってわけか、考えが下衆だが上策だ。エルメニアもアズファルドも兵士が弱い。軍艦で乗り上げてくるような国と戦争になったら一瞬で負けるだろうな」
「まぁ、今は僕の友人とその友達が護ってくれるだろうからこの国のことは心配してないよ、でも問題はエルメニアまで手が回らないって事だね、実はそれについて課題をもらってきたんだ」
「課題?」
「アズファルド帝国の大臣からの直々の依頼。エルメニア王国の大臣、今の将軍を正気に戻してエルフを捕えるか最悪、殺害をしてくれた場合、今回の戦争の件は不問とする、だそうだよ」
「ふうん、まぁどちらにせよ俺たちはエルメニア担当ってわけだ」
「それからこれは別件なんだけど、マーサ、君に会ってもらいたい人物がいるんだ、名前はキョースケ=ニシムラ、恐らく君と同じ世界出身だ」
「そう・・・か・・・」
「どうしたの?」
「いや、まさか同じ日本出身がこっちにくるとは思わなかったもんで」
「それで、会うよね?」
「あぁ、とりあえず両国の事で話し合わなきゃ受けないことがあるだろうからな」
「決まりだね、それじゃあ明日の朝、城の前で待っててくれているらしいよ」
「了解した」
こうして政孝1人で城に向かうことになった。
「ここからは通すことはできんぞ」
と言われてはや4時間が経過した。
仕方がない。
細かい時間を指定できないのだからお互いの都合を合わせるのは難しい。
しかしである。
そろそろ朝日が真上に来そうな時間になってもキョースケ=ニシムラは現れないではないか。
それでも政孝は我慢ができていた。
スマホの音楽を聴き続けたおかげで。
「いやぁ、えろぉスンマヘン、待ちましたか?」
と、彼は声をかけられた。
そちらの方に目を向けてみると死装束に身を包んだ白髪の美男子がそこにいた。
腰には日本刀と思わしき刀を2本刺している。
もはや怒る気にもなれない政孝はイヤホンを外してその人物に向き直った。
「こんにちは、黒淵政孝です」
「これはおおきに、ワイは西村京介言います、以後よろしゅう、ところで黒淵はん、ご出身はどちらですか?」
「俺は広島ですよ」
「ワイは下京区です、よろしゅう」
「それで話というのはエルフの事について・・・」
「まぁまぁまぁまぁ、そう急がへんでええんで、その辺でゆっくりお茶でもしながら話しましょう」
そう言って彼らは少し歩き、オープンテラスがある料理屋に彼は案内された。
「黒淵はん、それはもしかしてアクオスの新作じゃ・・・」
「あぁ、そうっすよ」
「ちょっと触らせてもらってもよろしゅうおま?」
「えぇ、別にいいですけど・・・(なんか京都人ってよりは関西人寄りじゃないかこの人)」
と、思いながらもスマホを京介に渡した。
「ん、このアプリなんやろ、見た事あらへんのやけど・・・」
「あぁ、それっすか、それこっちに来た転移者の1人と通話できるアプリなんです。そいつのおかげで今このスマホ、太陽光だけで充電できる代物になったんですよ」
「えぇ!?ほんまでっか、あー畜生、そないな事になるんやったらワイもスマホ持ってくるんやったなぁ・・・」
「よっぽど急いでこっちに来たんですね」
「そうそう、その事についてです。黒淵はん、なんでこんなとこに来はったんです」
「俺っすか?実は・・・」
東京の皇居前公演でドッキリと勘違いしてこちらに来てしまったことを素直に話た。
「はっはっはっはっはっはっは!ドッキリて、あんさんホンマに広島県民ですか?しかもドッキリに付き合うためにって、今どき関西人でもやらへんかもしれませんよ」
「いやぁ、行くでしょ、関西人なら、だったら負けてられないじゃないですか」
「黒淵さんみたいなノリのいい広島県民初めて見ました」
「そりゃどうも、それで、西村さんはどうしてこっちに?」
「ワイはもう腹切ろうと思った真っ最中に呼ばれまして」
「えっ、ガチで切腹しようと思ってたんですか?」
「えぇ、ガチですよ、そしたら『絶望してるならこちらへこい』って言うからもう天啓や思うて服はそのまんま刀持って飛び込んだんですわ」
「勢い凄いですね。流石に俺はドギマギしながらゆっくりと入りましたよ」
「いやぁ、褒められてもなんも出せませんよ」
(褒めてねぇんだよなぁ・・・)
「それで黒淵はん、何で自転車で旅なんかしはってたんですか?」
「似たようなものですよ、死ぬためです。広島から出発して青森の大間崎で北海道眺めながら海に飛び込んで入水自殺しようと思ってました」
「やっぱり・・・そないな人やと思うてましたよ、顔に死相が出てはります」
「そう、ですか」
「何を落ち込んでますの、これはチャンスなんですよ」
「チャンス?」
「天啓言いましたやろ、きっとこれは異世界に行って何か大きなことを成せっちゅう事なんですわ。そこでワイは決めました。異世界に新しい京都を作る。日本にある京都よりも美しい京都をこの世界に創る。それがこの世界にワイが舞い降りた理由なんですわ」
その途方もない理想を政孝は失礼だと思いながら鼻で笑った。
「まるで天孫降臨ですね。俺にはそんな情熱はありませんよ。広島なんて何の思い入れもありませんし、俺は貴方と違ってただ無意味に屍になるだけの塵芥です」
それを聞いて京介は「ふふん」と鼻で笑い返した。
「そうですか、せやったら、協力してくれますね?」
「何をです?」
「勿論、京都を創りです、暇なんでっしゃろ」
「暇なわけないでしょ、何のために今日話をしに来たと思ってるんですか、もうすぐヤバい連中が海の向こうからやってくるかもしれないんでしょ、なんでのんびりと身の上話と京都府の再建に向けた話が進められてるんですか!」
政孝の堪忍袋の尾がついに切れた。
そもそも広島県民と京都府民、この二者は全国的にも性格の悪さが目立っているものの、広島県民の性格の悪さはその歯に絹着せぬ物言いと短気さに対して京都府民は言い回しの回りくどさと意地悪さが原因だろう。
一見、両者は水と油レベルのに人間性に思われるが、政孝は広島県民の中では割と気長であるのに対して、京介も京都府民の中では割とストレートな物言いを好む。
「そんなの決まってます。エルフ帝国なんてワイらが本気出せば秒で皆殺しにできますわ、仮におたくらがエルメニア王国で負けてもこっちを片付けてそっちを叩き潰すくらいわけあらへんのですよ、その代わり、自国を守れずにこっちに頼ったツケはきっちり賠償金で支払わせるさかい、そんときはよろしゅうと、昨日向こうの皇太子殿下にもお伝えして了承を得てます」
「・・・そうですか、じゃあ俺たちがくたばったら後始末はお願いしますね」
「じゃあくたばらなかったら、さっきの件、了承してくれるってことでええんですよね?」
「その時は、煮るなり焼くなり勝手にしてください」
「はっはっはっは、期待しとりますよ!」
そうしてこの日は解散となった。
「ただいま」
「お帰りマーサ、話はどうだった?」
「どうもこうもねえよ、作戦かと思ったら身の上話をしただけだし、向こうは攻められても返り討ちにするのは余裕だって言いやがった」
「うん、僕の時もそう言ってたよ」
「何だよ、知ってたのか」
「それで、僕たちはどうすればいいの?」
「今から急いで戻ってガベル将軍を正気に戻すかぶち殺すぞ、敵が攻めてくるかもしれないんだ、こんな所でウカウカしてる場合じゃない」
「じゃあエルメニア王国に戻らなきゃだね」
「問題は、子供達をどうするかだ」
「連れて行くしかないでしょ、子供達だけじゃ生活できないんだから」
「そうだな、その前に子供達に朝食は摂らせたか?」
「大丈夫、もう済ませてあるよ」
「じゃあ出発だ、ニーベル、悪いがまた荷台を飛ばしてくれ」
こうして再び彼らはエルメニアに戻る事になった。
「マーサさぁ、なんか嬉しそうじゃん、何かいいことあったの?」
と言いながら飛んでいる荷台の中でヴィリディナが政孝の脇腹を指先でつつく。
「別に、何もねぇよ」
「うっそだぁ、本当は同郷の人間に会えたから嬉しいんでしょ?」
「だから別に何とも思っちゃいねぇよ、それに地方が違うから同郷感とかねぇし」
「ふーん、でもなんかヤケに張り切ってない?」
「張り切ってない、これは焦燥感って言うんだ」
「マーサさぁ、そんなにエルメニアって国が大事なの?」
「どう言う意味だよ」
「だって、あたし達、何もしなくてもデメリットないよ。エルメニアがやられてもキョースケ達が何とかしてくれる訳でしょ」
「まぁ、それはそうなんだが・・・」
「素直になりなよ。助けたいんでしょ、エルメニアの人たちを、ヒーローになりたいんでしょ、男だもんね?」
「違うね」
「ふうん、じゃあ何で張り切ってんの?」
「はっ、そんなの・・・」
眼前に見えてきたエルメニア王国に宣言するように彼はいった。
「舐められっぱなしで終わりたくないからだよ!」
これは男の競争だ。
どちらが早く、事を終わらせるか。
その報酬は、ただのやってやった感である。