第三話 皇太子
エルメニア王国に帰ってきた政孝たちは早速鍛冶屋を訪ねて武器や防具を換金することになった。
「へへ、結構いい値段で売れたじゃないか」
そう言って手持ちの金を眺めて喜んでいる彼らに対して政孝は相棒の心配をしていた。
「よし、それじゃ、皆で飯にするか」
「俺は遠慮しとくよ、世話になったな」
彼は最近の若者らしく飲みニケーションと言うものを嫌う。
食事は静かなところで行うのが彼の流儀だった。
町の外に出て気の木陰を調べると自転車(相棒)はまだそこにいた。
彼はほっと胸を撫で下ろす。
そこで彼はようやく生の実感を感じることができた。
どやらこの国の人間は無駄に盗みを働くような国民性でもないらしい。
先ほどチラリと町を見てみたがそれほど文明が低いわけでもなさそうな空気を彼は感じ取っていた。
こちらに来てから何も食べていないが、空腹感を感じない彼は城下町を散策することにした。
町民たちのほとんどは農業従事者なのか町の外の畑へと歩き出している。
返り血まみれのシャツでうろついていたため、通り過ぎる人たちは彼を見てとても驚いたが、彼はそんな人たちを見てみぬふりをしながら町の外観を眺めていった。
外側に近い街は一階建の建物が多かったが、城に近づくにつれて2階建の建物が目立ち、更に城に近づくと今度は少し小さな庭に大きな屋敷が何軒か見えてきた。
どうやらこの国は城に近づくほど裕福な人間がいて外側ほど貧しい人間が住むようになっているらしい。
ただ、貧しいと言ってもほったて小屋のような物は見受けられなかったことから、低所得者層でもそれなりに食っていけてるような空気感はあった。
(なんでこんなのどかな国が戦争なんてやってんのかね?)
大体の場所を見終わって、城下町の外周に再び帰ってそんな事を思っている時のことだった。
「ちょっと、そこの暇そうな兄さん」
と言って40半ばほどの恰幅のいい主婦に呼び止められた。
「俺っすか?」
「そうだよ、あんた以外誰がいるんだい?」
まさか槍を持った人間に話しかける農民がいるとは思わなかったので少し度肝を抜かれた彼だったが、暇じんなのは間違いがないのでとりあえず槍を持ったまま主婦に近づいていった。
「ちょっと荷車を押すの手伝っておくれよ、主人が腰をやっちまってね。男手が足んないのさ」
「・・・わかりました。手伝います」
黒淵政孝は基本、お人よしである。
彼は槍をその辺の木に立てかけて荷車を押した。
荷車の台車には人参、ジャガイモ、玉ねぎといった秋の旬な野菜がゴロゴロと乗っかっていた。
どうやらこれを市場まで運んでいくらしい。
この国の地形は特殊で国全体がちょっとした丘になっている。
勿論、城が頂上であり、そこから扇状的に下り坂になっているのだ。
市場はちょうど真ん中あたりにあるらしいのだが、これは確かに腰をやってしまったご主人ではなかなか厳しいだろう。
だが日頃から鍛えている彼にとっては運動にすらならなかった。
「もういいよ、ありがとねお兄さん」
「どういたしまして」
「そういやあんた、傭兵だろ、戦はどうなったんだい?」
「一応勝ちましたよ、でも盗賊の襲撃に遭いまして結構数が減っちゃったんです。だから皆で一旦帰ってきたんです」
「そうだったのかい、それは大変だったね。そう言えばあんた朝食はもう食べたのかい?」
「いえ、朝は抜く方なんで・・・」
「それはダメだね。朝はしっかり食べないと、勝てる戦にも勝てないだろ?」
「いいえ、生憎と朝を抜いた方が体調が良くなるんです。朝食うとどうにも体がだるくなっちゃって・・・」
「そうなのかい?それは妙なことだね、異世界人だからそんなこともあるのかね」
「わかるんですか?」
「何がだい?」
「俺が異世界から来たってことです」
「そりゃ分かるとも。だってウチの国の男は戦争なんて行かないよ。戦争に行くのは異世界人だけさ」
「そうだったんですねぇ(なんて人任せな野郎どもだ、通りで督戦隊があんなに弱いわけだ)」
あまりにも無責任なこの国の人たちに政孝は頬がひくひくとし始めた。
「まあ、これからも頼んだわよ。この国はあんた達にかかってるんだから!」
そう言ってバンと背中を叩かれる政孝。
その後彼は、苦笑いまじりの深いため息をついた。
「あの、そこの貴方」
何をしようか途方に暮れている時、彼は後ろから声をかけられた。
声をかけてきたのはまたもや恰幅のいい茶髪の中年女性だった。
「俺ですか?」
「はい、貴方です。実は 折行ってお願いがあるのですが・・・皇太子殿下を助けてはいただけませんか?」
「・・・・・・はい?皇太子ですか?」
「はい、その通りです」
「あの、話の内容がうまく掴めないんですが、最初から分かりやすくお話しいただけますか?」
「私としたことが、事を急ぐあまり・・・申し訳ございません」
「いえ、別にいいですけど・・・」
という前置きがあって、中年女性のカーラは話し始めた。
実はこの国を裏で牛耳る将軍ガベルによってエルメニア王国とアズファルド帝国は戦争状態になり、それによって異世界から人を呼び寄せる秘宝マルクェルムの扉によって異世界から戦士達を募った。
しかし1度目の戦争で両軍がほぼ壊滅的になるような何かが起こり、2度目の戦争で臆病風に吹かれた戦士達が逃げ出すと、その戦士達は近隣の町や村を襲う盗賊集団になる。
その行為に激怒した皇太子は戦争を止めるべくアズファルド帝国に向かおうとするがガベル将軍に雇われた盗賊に捕えられて現在地下牢に入れられてしまっているという。
だから捕えられている皇太子を救出するべく彼女は助けを求めているそうだ。
「あの、何で俺なんですか?今なら酒場に屈強そうな連中が屯してるんでそいつらに話つければサラッと解決しそうなんですが」
「あまり大声では言えない事なのですが、ああいった荒事に慣れていそうな連中はどうにも声がかけづらいのです。それに殿下を捕えた盗賊達に雰囲気が似ています。だから出来るだけ品の良い人に話をしたかったのです」
「俺、そんなに品が良さそうに見えますか?」
「はい、とても品の言い方だと思います。先ほども無償で荷車を押していた貴方の優しさを見込んでの話なのです。どうか殿下を助けていただけないでしょうか?」
もう一度言おう。
黒淵政孝はお人よしである。
「皇太子を捕えた盗賊は牢屋の周りに何人いるんですか?」
「だいたい10人ほどだったと記憶しています」
「流石に一度に10人は俺にも荷が重すぎます。最低でもあと2人は助っ人が欲しいんですが・・・」
そんな会話をしていると「お困りのようね」と声をかけてきた人物がいた。
その人物は政孝がこちらに来たばかりにセクハラの仕返しで人を殺した女戦士だった。
女戦士はぴっちりとしたライダースーツのような服に身を包んでいて、暑いからなのか胸元が開いており、そこからは男を魅了する谷間が顔を覗かせていた。
髪の毛は赤い短めのセックスヘアーで目鼻立ちがいい。
「あんた、生きてたんだね。なんかお人好しっぽいから何も出来ずに死んでるんじゃないかと思ってたわ」
「それはどうも・・・」
「とりあえず王子様救出作戦だけど、あたしも乗るわ、問題ないわよね?」
「あ、あぁ、別に問題ないんだが・・・」
「よし決まり、じゃあ今すぐにでも行きましょう」
そこに「あの、少しお待ちください」とカーラが割って入った。
「若い女性が1人加わっても・・・その、出来ればあともう1人男の人を仲間に加えては・・・」
と心配するカーラに答えたのは政孝だった。
「大丈夫ですよ。この人、俺より強いんで、というか盗賊の10人程度だったら1人で斃せるくらいの強さはあると思います」
「そうなんですか!?」
何故、彼がそんなふうに思うのか。
それは政孝の目から見てこの女戦士が未来人だからだ。
セクハラ男を殺した時、どう見てもそのブレードは腕から生えていた。
その姿を見て彼は思った。
この女はサイボーグであると。
それも地球上の科学水準とは比べ物にならないくらい高い場所から転移してきた人物だと彼の直感が告げていた。
「ふうん、あんた、あたしが分かるんだ?」
「いや、わからない事だらけだ。唯一わかることがあるとすれば俺の世界よりもだいぶ高度な文明からやって来たって事だけだよ」
「そういうあんたは、ポケットの中に面白い物持ってるね?」
「今俺はスキャンニングされたのか?」
「あっ、そういうの感知できちゃう系の人?」
「いや、知識としてそう言ったものがある事を知ってただけだ」
「そうなんだ。でも分からないより分かる人間の方が助かるよ。話が通しやすいからね、さてそれじゃあそろそろ行こうか、王子様を待たせるのも悪いからね」
こうして政孝と女戦士とカーラの3人で城の地下牢に向かうことになった。
その前に政孝は狭い場所でも取り回しが効くように鍛冶屋で短剣を一本購入しておいた。
更に外に置いておいた槍も回収する。
牢屋は屋外にあった。
それも城下町の外である。
牢屋の入り口には見張りが2人いる。
「さて、あたしが全部やっちゃってもいいんだけどさ、戦場からの生き残り、まずはそのお手並み拝見ってやつ?」
「いいだろう、それが交換条件なら」
そう言って彼は槍を担いて見張り2人に不用意に近づいた。
「お疲れさん、交代の時間だ、あんたらは休んでここは俺に任せてくれ」
「おう、やっと来たか、いくら大金積まれているって言ってもこうも退屈だとやってらんねぇぜ」
「貴族の邸宅街の近くに娼館がある。そこでくつろいでくれだとよ」
「マジかよ、そんな事、あの将軍が言ってたのか?」
「あぁ、言い忘れてたらしい。みんなに伝えてくれって話だ。他の連中には俺が伝えとくから言ってこいよ」
「へへっ、そいつぁいい、早速行こうぜ」
そう言って盗賊の2人が政孝の横を通り過ぎ、背を向けた瞬間だった。
彼は1人の首の裏に狙いを定めて槍を突き刺した。
そして素早く引き抜くと今度は隣の男の首を狙って槍を突き刺す。
心臓から上だから血は噴出したりはしないが、首は人間の急所だ。
刺されたらまず助からない。
「ヒュー、やるじゃん、さっすが戦場の生き残り」
「褒められてる気がしないな、俺はあんたより弱いからな」
「いやいや、確かにあたしよりは断然弱いけど、それでもいい槍捌きだったよ。だからもうちょっと自信を持ったら?」
そう言われて政孝は悪い気がしなかったのか、照れ臭そうに自分の後頭部をぽりぽりとひっかいた。
「まぁプロがそう言うなら少しは自信がついたかな」
「そうそう、素直が1番だよ。それじゃあ今度はあたしの番だね」
そう言って颯爽と地下牢へ入っていく女戦士。
政孝は仕事の邪魔をしてはいけないと思って外で待っていた。
30秒後。
「終わったわよ」
と言って女戦士が出てきた。
「速いな」
「まぁあたしにかかればざっとこんなもんよ」
そう言いながら再び地下牢に入っていった。
それに政孝とカーラが続く。
中は男達の死体で地獄絵図になっていた。
どの死体も胸や首を一撃で刺殺されている。
自分と女戦士の戦闘力の差が天と地ほどある事に政孝は寒気を覚えてた。
「このぼっちゃんが王子様?」
女戦士が指差す鉄格子の向こうに皇太子がいた。
「殿下!」
すかさずカーラが近寄ろうとする。
「ちょっとまちな、今鉄格子を開けるから、それからおばさん、王子様には近づかないで」
「な、何故です」
「王子様は風邪、まぁ、こんな所に入れられてベッドもなけりゃこうなっちまうかもね」
「そんな、殿下はどうなるんですか!?」
「落ち着きなよ、あたしがなんとかするからさ」
そう言って女戦士はキーピックのような装置で鉄格子を解錠すると、石畳で唸っている皇太子を抱き寄せて、そしてキスをした。
「な、何を!?」
カーラが狂乱する。
そこを止めたのは政孝だった。
「待ってくださいカーラさん。今この人は皇太子殿下の風邪を治す特効薬を作っていると思われます」
「えぇ!?口付けで特効薬を作るんですか?」
驚くカーラをよそに女戦士は政孝に感心していた。
「へぇ、分かるんだ。やっぱりあんた中途半端に高い文明からこっちに来たんだね」
そう言いながら彼女は右手の一部の蓋を開けて注射器のようなものを取り出すとその針先を皇太子の腕に押し当てた。
「どのくらいで治る?」
「1分以内で感知するわ」
そう言って3秒で皇太子の咳が止まった。
10秒で赤みがかった頬が肌色を取り戻していく。
「う、うーん?う、うわぁ!?」
と、突然驚く皇太子。
無理はない。
起きたら目の前に胸の谷間があるのだ。
政孝でも驚くだろう。
「おはよう王子様、気分はどうかしら」
「だ、だだだ、大丈夫です」
「そう、それはよかった。じゃあ立ち上がってもらえるかしら」
「は、はい!」
と言って皇太子は勢いよく規律をした。
「殿下、よくご無事で」
そう言ってカーラが近づいて抱きしめる。
「ちょ、ちょっと待てカーラ、人前だぞ」
「お許しください、私は心配で心配で夜も眠れませんでした。殿下にもしものことがあったら国王陛下になんとお詫びすればいいか・・・」
「わかった、分かったから離せ」
そう言ってか細い腕でカーラを引き剥がす皇太子。
「貴方達は我が国の人間ではありませんね」
「えぇ、マルクェルムの扉でやって来た異世界人です」
「お願いがあります。私をアズファルド帝国に連れていってください。止めなければならない戦争があるんです!」
「存じております。では帝国までの用心棒を務めさせていただきます」
「助かる、貴方、名前は何と言うのですか?」
政孝は悩んだ。
外国人は日本人の名前を初見で正確に発音できるものは少ない。
なので彼はオンラインゲームで頻繁に使う自分のハンドルネームを言うことにした。
「マーサです、以後お見知り置きを」
そう言った瞬間、女戦士が吹き出したように笑った。
「あんた、女だったの?」
「いや、本名じゃないんですが・・・」
「あっ、丁寧語やめてくれる?あたし丁寧語で話しかけられると鳥肌が立つんだわ」
「そうかよ、そりゃ難儀な持病だな」
「そうそう、その調子、で、本名は?」
「黒淵政孝だ」
「あぁそう、じゃあやっぱりマーサで」
(まぁ、そうなるな)
と、言うわけで呼び方がマーサになった。
「それでねマーサ、護衛の必要はないっぽいんだわ」
「どう言うことだ?」
「あっ、あたしの名前はヴィリディナね。そんでね、あたしの知り合いにニーベルって奴がいるんだけど、そいつが魔法使いなんで王子様をアズファルド帝国までびゅーんっと飛ばしてくれると思うよ」
「凄い知り合いがいたもんだな」
「何言ってんの、マーサも話したことあるでしょ、銀髪で背が高くて肌が浅黒くて女みたいな顔した男」
そう言われてここを出発する前に出会った人物を彼は思い出した。
「あぁ、あいつが」
「そゆこと、とりあえず皆ついて来て、隠れ家まで案内するから」
そういうヴィリディナの後ろを3人は黙ってついて行った。
そういって隠れ家と呼ばれた場所まで辿り着いたのだが、その場所は町の外周にあたる部分にある手狭な一軒家だった。
「おかえりヴィリディナ」
「ただいま、ニーベル」
家の中にいたのはニーベルと呼ばれた長身の男性と子供達が5人身を寄せ合っていた。
「そちらの方は?」
「王子様とその家来」
いつの間にか家来にされているが政孝はこういった細かい所はスルーできる男だ。
「ニーベル、お願いがあるんだけど、今から空を飛んでアズファルド帝国って所まで行きたいんだけど、出来る?」
「ここにいる全員でかい?」
「うん」
「出来なくもないけど、出来れば荷馬車の荷台を借りて来て欲しいな。もしくはこれだけの人数が入るだけの箱かなにかが」
「なるほど、荷台ね、分かったわ、探してくる。さぁ、行くわよマーサ」
そう言って飛び出しそうな2人にカーラが声をかけた。
「お待ちください2人とも。荷台なら城の近くの馬小屋から借りてくると良いでしょう。その際にディアスとローレンという兵士と話をつけておきたいのです。私も同行します」
「分かりました。それじゃあニーベルと言ったか、皇太子殿下を頼んだ」
「うん、任せといて、守るのは得意だから」
「それじゃあ出発しましょう」
そう言って3人は隠れ家を出て城にある馬小屋に向かった。
「ディアス、ローレン、お話があります。よろしいですか?」
ディアスもローレンも40台前半の疲れた風体の兵士だ。
「カーラ、無事だったのですね、それで殿下はどうなったのですか?」
「このお二人のおかげで無事救出できました」
「おぉ、本当ですか!?ありがとうございます!」
「それで、殿下は今どちらに?」
「訳あって隠れていただいていますがお元気です。そこで今から急遽帝国へ出立する予定なのですがどうしても荷馬車の荷台だけが欲しいのです、それも1番大きなものが」
「荷台だけですか?遠慮無く馬も持って行きなさい。今なら盗賊達の目もない」
「いえ、訳あって荷台だけでいいのです。あとはお二人が押してくれます。その方が馬より速いそうなのです」
「馬より速い人間がいるのですか!?」
「えぇ、ですが詳しく話している場合ではありません。早急に荷台が必要なのです、貸していただけますね?」
「分かりました。持って来ますので少々お待ちください」
そう言って持ってこられたのは簡素な作りの荷台で中を覗いてみるとカーテンもなければ座る場所もない。
だが大きさとしては申し分なかった。
政孝はお礼を言って荷台を引いてニーベルの元へ帰ってきた。
「うん、これだけの大きさなら十分乗れるね」
「そうか、それじゃあ頑張ってな、成功を祈ってるよ」
「何言ってるの、君も来るんだよ」
「えっ?だって微妙に定員オーバーだろ」
政孝の目測上、どう見ても1人だけ外れるような気がしてならなかった。
「大丈夫だよ1人くらい外に出たって落とさないから」
「そう、なのか?(というか重要人物でもない俺が何で同行することになってるんだ?)」
と、思った彼だったが、皆急いでいたので考える事をやめた。
そして子供とカーラと皇太子とヴィリディナが荷台に乗り、政孝は直接ニーベルの魔術で空を飛ぶことになった。
「それじゃあ行くよ」
そうして突風と轟音が吹き荒れ荷台が宙を舞った。
政孝とニーベルの足も一気に地面から離れる。
まるで空に落ちる感覚が一瞬、政孝を支配する。
それは地上10メートルの所で一旦停止した。
「進むよー」
そうして彼らと荷台は徐々にスピードを上げて時速50キロほどの速度まで加速し、一点を目掛けてまっすぐ飛んでいる。
どうやらニーベルにはあらかたアズファルド帝国の首都がどのあたりにあるのか把握できているらしい。
こちらの季節は秋頃だと言うのに夕方の空はそこまで寒さを感じなかった。
向かい風が吹き荒れていると言うのに寒さを感じないのはおそらくニーベルの魔術のおかげだろう。
荷台の子供達は荷台が空を飛び始めた頃から楽しそうに絶叫している。
肝心の政孝は
(なんか綱無しでバンジーしてるみてぇだな)
と、呑気なことを考えていた。
あたりが一面真っ暗になってもニーベルは帝都へ向けて進んでいく。
途中下を見ると街明かりがあって、それをみて子供達がはしゃいでいた。
4時間ほど空を飛び続けてニーベルが言った。
「今日はこの辺で野宿にしよう。もしこのまま帝都に入っても夜だからって言って追い返されるかもしれない」
「「了解」」
政孝とヴィリディナの声がハモった。
ヴィリディナは特に気にしていないが政孝はちょっと居心地が悪そうだ。
荷台がゆっくりと地面に降り立った。
「お腹すいたー」
と、子供達が不満を漏らす。
「僕が海で魚を取ってくるから、マーサとヴィリディナは落ち葉や木の枝を集めておいて」
「「了解」」
といって2人とも近くの森で枝集めを開始する。
ヴィリディナは目に暗視が標準装備なのか、真っ暗な森の中を順調に枝を集めている。
逆に政孝は明かりとなるものが100円ライターしかなかったため、引火を恐れながら枝を集めていった。
満点の星空に囲まれながら集められた枝に火をつける。
ちなみに枝に火をつける場合は出来る限り乾燥させてから火をつけないと、うまく火がつかなかったり、枝が爆ける原因になったりするが、今回はニーベルの魔術で枝から水分を抜いて政孝のライターで火をつけることとなった。
そこに木の枝に串刺しにした魚を刺して焼き魚を作っている最中だ。
そのときヴィリディナが政孝のパンツのポケットを指さして言った。
「マーサ、それ見せて」
「見せてって・・・スマホか?」
「うん」
「バッテリー切れてるぞ」
「大丈夫、多分満タンにできるから」
そう言ってスマートフォンをヴィリディナに渡すと、彼女は自分の手首あたりから触手のようなものを引っ張り出して、スマホのUSB接続端子の形状に合わせて練り合わせたものをカチリと装着した。
「あー、なるほどね、こういう作りか、だったらアレが使えるわね」
と言って彼女は長方形の薄くて透明な物体を液晶を保護しているシートの上から被せた。
「もしかしてそれ、太陽光パネルか?」
「おぉ、よく分かったわね。因みに焚き木の光でも充電できるわよ」
「マジかよ、とんでもねぇな」
「うん、そのかわりデータ全部ちょうだいね」
「いや待て、何でそうなる」
政孝は焦った。
何故ならアレな画像やアレな動画があるからである。
「なるほど、マーサ、あんた、ビッチが好きなんだね」
「おいやめろ、人の性癖を勝手に暴露するのは犯罪だぞ」
その会話を聞いていた子供達が興味津々に聞いてきた。
「おねぇちゃん、びっちって何?」
「えっとねぇ、男の人が大好きな女の人かな」
「おにいちゃん、せーへきってなに?」
「それはな、好きな趣味のことだな」
「つまりおにいさんは男の人が好きな女の人が好きってことなんだね」
「まぁ、うん、そうだな、そういうことにしておいてくれ」
政孝は直感で、ここで否定すると、かえって傷口を広げるような予感がして涙を飲んで肯定しておいた。
「そんじゃ何か曲でも聞きますか」
「俺のスマホなんだぞ」
「マーサおすすめは?」
「頼むから俺の話を聞いてくれないか?」
「よし、片っ端からいってみようか」
「Give a reasonでお願いします」
彼はヤケクソになりつつ、子供達が元気になりそうな曲を選んだ。
因みに彼のスマホに入っている9割の曲はアニソンである。
「次Butterflyな、子供に合わせろよ」
「えー、自分で決めたい」
「データーぶっこぬいたんだからいつでも聞けるだろうが」
「マーサって子供に優しいよね」
「えっ、別に、普通じゃね?」
「ううん、優しいと思うよ」
そのやりとりを見てカーラが割って入った。
「マーサさんは誰にでも優しいと思います」
「ははっ、そりゃどうも(振り回されてるだけの気がしないでもないけどな)」
「マーサさんのいた世界では男の人は皆優しいんですか?」
「うーん、どうだろ、まぁ、俺を基準にしたら優しいんじゃないかな?」
「何故そんな場所からこのような場所にいらっしゃったんですか?」
「えっと、本当は来る予定なんてなかったんです。こっちに来たのは事故みたいなもんですね」
「まぁ、そうだったんですか」
まさかドッキリの期待に応えようとして異世界転移するような人間は世界広しと言えどもこの男くらいなものだろう。
「あたしもさぁ、来たくて来た訳じゃないんだよね、完全に事故」
と、ヴィリディナもついでと言わんばかりに発言をする。
「ねぇお子さん達、君たちはなーんでこっちに来ちゃったのかな?」
「お父さんとお母さんに売られた」
「せんそーで家がなくなった」
「お父さんとお母さん死んだ」
(確かに絶望的な状況だな、どっかの死にたがりと違って)
「大変だったんだね、もう大丈夫だよ、僕がちゃんと面倒を見てあげるからね」
「ニーベルお母さんみたい」
「よく言われるよ」
「・・・そうなんだ」
そんな会話の後、政孝は大きくあくびをした。
「とりあえず今日はこのくらいにして寝ようぜ、明日早いんだからさ」
「そうね、今日はもう寝ましょうか、ほい、マーサ」
と言って両手でぽいっとスマホを投げ返すヴィリディナ。
「おっと・・・あのなぁ、普通に渡せよ」
「そんじゃおやすみー」
「マジで人の話聞かねぇなこの女」
そう言いながらも地面に寝ようとする政孝。
「マーサ、大丈夫?」
と声をかけてくるニーベル。
「ん、なにが?」
「いや、地面だからさ、眠りづらいんじゃないかなって」
「あぁ、大丈夫、俺、野宿慣れしてっから」
「そうなんだ」
「だから気にしなくていいぞ、お前こそ休めよ、飛びっぱなしだっただろ?」
「僕は大丈夫なんだけど、まぁ、子供達の枕代わりになるからそろそろ寝るね」
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
こうして波乱の日が幕を閉じた。
だがこの波乱は彼の人生にとっての序章にしか過ぎなかった。