第二話 待ち伏せ
アズファルド帝国の軍隊は全て皆殺しにした。
そして俺たちはメンソーという町に入った。
だが町には住人たちの気配がなかった。
戦争があったのだから遠くの街に避難したのだろう。
街の中はボロボロだった。
金になりそうなものは何も残っていない。
家の中には箪笥の一つさえ残っている家はなかった。
牧場のような場所に勿論動物はいなかった。
「今日はここで休む、いいな」
督戦隊がそう言って誰1人として反論はしなかった。
ただし、みんな反抗的な目をしていた。
政孝はパンツのポケットからスマートフォンを取り出して町を撮影して回った。
特に何かの役に立つわけではないが、何となく先ほど行った戦闘の熱気を冷ましたかったのだ。
(これが、戦争か)
テレビやゲームの中でしか存在を知ることがなかったそれが一気に現実になった。
今では当事者だ。
(今日、槍で頭を殴った兵士はここの人だったんだろうか?)
そんな考えがふと頭をよぎる。
なんとなく近くの民家に入り木造の家の木の柱に手を当てた。
かつてここには人が住んでいた。
どれくらい前に住んでいたのかは分からない。
数年以上前かもしれないし、数日前だったのかもしれない。
だが分かることは戦争が始まったからここには住めなくなったであろうことは事実だ。
(武勲、か・・・)
戦う前までは一旗上げるつもりでいた。
だが彼は今になって、それが愚かでとても馬鹿馬鹿しい考え方のような気がしてならなくなっていた。
彼は苛立ちを募らせた。
(結局俺は、どこに行っても大した役には立たんのだな)
皿洗いのアルバイトをやっていた時、板前の気紛れでキッチンに立たせてもらった事があったが、結局、彼は包丁を上手く扱うことができなかったことを思い出していた。
(無能な人間はどこに行っても無能なままか、現にここで暮らしていた人たちが今以上にいい生活ができる案なんて俺には浮かんでこない、それどころか今後の自分のことさえどうにもならないのだからな・・・)
彼がこうやって夕暮れ時に黄昏ている中、他の味方は皆、ぐっすりと眠りについていた。
(俺も、寝るか)
そう思って彼も眠りについた。
「敵襲!敵襲!」
督戦隊の怒号が飛び交う。
政孝ははっとなって目が覚めた。
「こいつら盗賊だ!」
誰かが叫んだ。
既に戦闘は始まっている。
寝ていた感覚を辿れば寝てから1時間と言ったところだろう。
観察されていた。
疲れ切った味方が寝るのを見計らった夜襲である。
これには先の戦いでも前線に出てこなかった督戦隊も応戦せざるを得なかった。
だが督戦隊は弱かった。
多勢に無勢だったのもあるが、簡単に背後を取られて後頭部をメイスで殴られて倒されたところを、兜を剥ぎ取られ、首を取られていた。
(よっわ、後ろでふんぞりかえってた奴らがびっくりするほど弱いんだけど・・・)
驚いている場合ではないのは分かっているが、彼は今更ながらこのような連中にこき使われていた自分を恥じた。
そして馬鹿なりに考えていた。
今のままでは確実に死んでしまうだろう。
死なないためには戦って生き残るしかない。
そして生き残るためには強い武器が必要だと考えた。
例えば今しがた敵に奪われた金属製の槍とか・・・
彼の腹は決まった。
そして、自分の槍(戦場で敵が地面に落とした物)を手に取って、突撃した。
彼は無言で盗賊たちに向かって走っている。
こちらに背を向けている盗賊の首に槍の矛先をドスっと突き刺した。
そして素早く引き抜いて次の盗賊の首に狙いを定めて槍を突き刺した。
2人目も難なく仕留める彼の姿をようやく盗賊たちは認知し始める。
盗賊たちの認識が遅れたのはひとえに彼の気配遮断スキルのおかげだろう。
どこでそんなものを身につけたのかと言われればアニメの「忍◯ま」としか言いようがない。
彼は小学生の頃、よく忍た◯を見ていた。
そこで足音を消す歩き方特集をやっていたので彼も頻繁に歩き方を真似て同級生たちに披露するということをやってのけていた。
よもや異世界に来てまで◯たま知識が役に立つ日が来るとは思ってもいなかっただろう。
だがその知識も人間を2人も殺せばバレてしまう。
彼の周囲には5人の盗賊がいた。
それでも彼は臆することなかった。
目標は金属製の槍を手に入れた盗賊である。
彼は足元の死体を左手で抱えると、槍を手に入れた盗賊に突進し体当たりをした。
敵の槍が左手に抱え込んでいた死体に突き刺さり、盗賊の体がよろける。
そのよろけた隙を見て彼は槍を盗賊の喉に突き立てた。
うめき声も発せぬまま死ぬ盗賊。
しかし盗賊は死んでも槍をしっかりと握ったままだった。
人は死んでも少しの間は力が残っている。
彼はすぐに槍を奪い取るのは無理だと思い、首から槍を勢いよく引き抜いて、その勢いを利用して、自分に迫り来る剣の一撃を弾き返した。
弾き返された盗賊の体が横に揺れる。
その揺れの最中、彼は足を大きく一歩踏み出して、しなやかに敵の懐に潜り込むと、蛇の噛みつきのように狙い澄ました槍の一撃を喉に突き放った。
絶命する4人目の盗賊に彼は静かに歓喜に打ち震えていた。
再び一瞬にして死体が二つ出来上がった光景を目の当たりにした盗賊達は恐れ慄いた。
そのわずかな隙を彼は見逃さない。
持っている槍を1番近い盗賊の1人に投げつける。
これはただの威嚇だ。
盗賊は驚きはしたものの槍は躱される。
しかし本命は手に入った。
彼は先ほど死体にした者から金属製の槍を奪い取ると、遠慮なしに盗賊に突撃する。
金属製の槍の優位な点はその重量で、振り回した時にこの武器より軽いものは難なく弾き返してしまえるところだろう。
政孝は敵の獲物を狙っていた。
それが剣やナイフといったものなら簡単に叩き落とした。
そして弾き返した反動で鮮やかに首を刺し貫いた。
「くそっ、一時撤退だ!」
盗賊たちは彼に背を向けて逃げ始めた。
それを彼は追わない。
何故なら一部の盗賊は逃げたがまだこちらは襲撃をされているのだ。
盗賊たちは一部の者が松明を掲げていた。
松明を持った盗賊の周囲には3人の男の姿があった。
政孝は闇夜に乗じてそれに近づき、背後から槍で首を刺し貫く。
どさりと死体が倒れ、男たちがこちらに振り向く。
その振り向きざまに彼は槍を首に喰らわせた。
「ギュッ!?」
しかし首に刺す予定の槍は1人の盗賊の頬を両方とも貫通するだけに終わってしまった。
「こんのぉ!」
と、声を振り絞って槍を両手でガッチリと持った状態で槍の刺さった男に向かってドロップキックをぶちかます政孝。
勢いよく引き抜かれる槍。
激痛にのたうち回る男はほっといて彼は体を素早く起こすと松明を持っていない男に向かって突撃し、男の持っていた剣を槍で叩き落としてその首に一撃を叩き込んだ。
「ひ、ひぃっ!?」
突然の襲撃に松明を持った男が逃げていく。
ちょうどその頃、状況が覆ろうとしていた。
生存した味方が応戦し盗賊たちを蹴散らしたのだ。
逃げていく盗賊たちをベテランたちは追いかけない。
「皆無事か!?」
「なんとかな」
「死んだやつもいる」
「皆、一箇所に集まれ」
そう言われて政孝もそちらに向かった。
味方はこれからのことを話し合った。
「どうする、こんな所にいたらまたいつ襲撃されるか分からないぞ」
「一旦、国に戻ろう。督戦隊の連中もこのザマだ。この戦争は俺たちだけじゃ判断出来ん、帰って指示を仰いだほうが賢明だ」
「そうだな、ここには食料となるものが何もない。帰ろう」
こうして彼らはエルメニア王国首都に帰ることになった。
彼らは夜目を頼りに慎重に帰路につく。
その中で彼は鎧を着せさせられて帰路につくことになった。
戦利品だ。
金属でできたものは何でも金になると言われて持って帰ることにしたのだ。
そのほかにも彼は片手で槍を担ぎながら反対の手には督戦隊からひっぺがした鎧を引きずっていた。
「しっかし、アズファルド帝国の連中、弱かったな」
誰かがポツリと呟いた。
「おおかた、盗賊狩りをやっていたから疲れてたんだろ。奴ら戦う前からヘトヘトだったからな」
「ちげぇねぇ、しっかし盗賊とはな、こんなんじゃ勝っても負けても気が休まらねぇよ」
「町に入っても女がいないじゃないか、町を落としたら女を襲うってのが戦争の醍醐味なのになぁ」
(それには賛同しかねる。だけど今は生きて帰ることが最優先だ。こんな下衆どもでも今は頼りになる)
そんなことを思いながら政孝は無事にエルメニア王国に帰ることができた。
だが国に帰った政孝を待っていたのは長い長い試練だった。