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プロロ3

何もやることが無い。

だから死のうと思った。

ここは2015年の7月7日の19時の東京。

当たりはうっすらと暗くなり始めている。

夏の夕方は呆れるほどに長い。

そして梅雨の時期から解放されて、雨も降っていないのにジメジメと暑い夏が続いていく。

俺の体感では10月の半ばくらいまで。

たまに思う。

秋ってなんなんだって。

食欲の秋、スポーツの秋、文化の秋と言うが、紅葉が観れる時期は桜が観れる時間と同じくらい儚いわけである。

その前に死ねればいいな、なんて考えていた。

俺が死ぬ理由はただ一つだけ。

この世界に飽きたのだ。

なんの代わり映えもないこの世界に。

俺の周りで大きく変わったことと言えば、ガラケーからスマートフォンにチェンジしたくらいで、後は何も変わっていない。

空を飛ぶ車なんて出てこないし、ワープ装置が使えるわけでもない。

仮想空間にダイブできるわけでもないし、インターネットやゲームは絵柄が綺麗になっただけで何かが飛躍的な進歩や便利機能が登場したわけでもない。

そして人が宇宙に住んでいるわけでもない。

化石燃料に頼り続けて世界は今も消費活動に身を委ねている。


楽しくねえんだよ。


まるで毎日が昨日と同じ時間を歩んでいるような錯覚すら俺には覚えた。

久しぶりに地元から東京にやってきた。

前回は観光で、今回はただの通り道だけど………

首都と言えど、何かが目まぐるしく変わったわけじゃない。

いつも通りのスクランブル交差点、いつも通りの竹下通り、いつも通りの明治神宮。

何もかも、人も町も変わっていなかった。

そういえばスカイツリーがオープンしてもう3年になるらしい。

時間が停止しているんじゃないかと思うくらい政治も経済も国際社会の社会的地位も進んでいないのに、時間だけが高速で過ぎていくような感覚がある。

もし俺が外国人に「日本はどんな国ですか?」と聞かれたら、俺は真っ先に「G7でもっとも自殺率が高い国」と答えるだろう。

それくらいに明るいニュースが無い。

ある者は言うだろう。

「日本に生まれてきたのは運がいい事なんだぞ」

と、説教臭く。

確かに俺は戦前の絶望的な貧困を経験したわけじゃない。

飯は旨い物をそれなりに食って来た。

今俺の財布の中には30万が入ってる。

これで、死ぬまでに遊び倒そうってわけだ。

なんだ、つくづく幸福な人生じゃないか。

…死ぬほど虚しいがな。

俺は一つの結論にたどり着いた。

俺はどれだけ金を持っていても幸せになれない人種だ。

遊んでいるときには刹那的な幸福感を感じることがあるが、遊びが終わると何故かどっと不幸が押し寄せてきて、まとわりつくような感覚を覚える。

そして、自分が生きていることがとても無力で無価値のように思うことが多々ある。

どうやらそれは俺だけではないらしい。

若者の自殺率は先進国でトップだ。

何で俺は、こんな国に生まれてきてしまったのだろうか。

生まれてこなければよかった。

流産してた方が幸せだったかもしれない。

自分の生い立ちと人生を振り返るだけでやるせなさがこみ上げてくる。

母はだらしない人で、父に浮気がばれて離婚する原因を作った。

俺はその後、母に引き取られるが、母は男を毎日のようにとっかえひっかえしていた。

家によく男を連れ込んでくるので、実家でさえ居場所がなかった俺は中学の頃はよく公園で野宿をしていた。

中学を卒業した後は身元保証人が必要ないアルバイトを転々として生計を立てていた。

勿論実家からは出て家賃2万の可部かべにあるボロアパートに住んでいた。

最初は心が躍った。

とうとう自分だけの居場所が出来た。

一人でも寂しくなかった。

6畳の和室は俺にとっては城同然だった。


それでも自分の中にある何かが、年を追うごとに擦り切れていった。


充実した1日を送ろうと思って色々な努力をした。

まず母親に買ってもらった服を全部処分して自分で服を買ってみた。

そうすると少し気持ちが楽になった。

旅行にもいってみた。

そうするとまた気持ちが楽になった。

物産展に行って美味しい食べ物を食べた。

そうすると物産展に行くことが趣味になった。


人生は順風満帆になっていくはずだった。

なのに、年を追うごとに気持ちが沈んでいった。

まるで折にいれられた動物園のライオンのように、困ることなんて何もないはずなのに、俺の求める何かがすっぽりと抜かれてしまっているような感覚がなくならない。

その感覚の正体に気づいた俺は、仕事を辞めて死にゆく旅に出ることにした。

その前に母親の葬式を済ませて。

母は彼氏と乗っていた車がトラックと正面衝突をして帰らぬ人となった。

そこで数年ぶりに実の父と葬式で出会うことになったのだが、父から一緒に住まないかという話を俺は蹴って「広島を出たいと思ってるのでお気持ちだけ受け取っておきます。今まで、ありがとうございました」と言って、広島(地元)を出た。


そして今、2年ぶりの東京の千代田区で楠木正成を見ながら黄昏ているわけだ。


やはり東京は違った。

確かに気分は俯いている。

でも東京だけは、この都会だけはほんの少しだけ心が躍る。

たとえそれが変わり映えしない風景であっても。

何故ならそれは、日本で一番変わっていく場所だからだろう。


さて、残り30万をどう使ってやろうか。

銀座で寿司でも食いに行くか。

そう思って皇居前の公園を立ち去ろうとした時だった。


「絶望をしているのならこちらへ来い」


そんな声が聞こえてきたのは。

振り返ってみると真っ暗な長方形の闇の扉が佇んでいた。

なんだろう、ドッキリだろうか?

周囲に人は少ないがその扉を気にかけている人は誰もいなかった。

もしかしてドッキリのターゲット、俺になってる?

おいおい、それじゃあここで無視するわけにもいかないだろ。

もしこのまま無視したら広島県民がノリが悪いという事を全国に晒すことになる。

それはいけない。

ノリがいいのは大阪人だけではないという所を見せておかねば………

ここは芸州男児として、たとえパイを投げつけられても行かなければならないと察したので俺は相棒の自転車とともにその扉をくぐってしまった。


結果、パイを投げつけられるようなことはなかった。

どこまでも続きそうな闇の中を俺は相棒を押しながら歩いた。

そして辿り着いた先は、どこかのとても広い地下室のような薄暗い場所だった。

そこには沢山の男たちがいた。

皆、このドッキリの参加者なのかもしれない。


壇上には主催者のような男が一人立っていてこういった。

「勇者たちよ、ようこそエルメニア王国へ!」

いよいよもって謎のドッキリがスタートした。

はずなのに、なぜかこの時、俺はこれがドッキリだとは思えなかった。

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