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最後の勇者が死んだ。その知らせは一瞬で人界へと響き渡った。人類の最後の希望ともいえる勇者、それが死んだ。
人々はこの日から最悪の日々を過ごすことになる。
日々進行を進める魔族軍にただおびえるだけの日々。人々は恐怖し、ただ自分たちだけでも助かるようにと祈りをささげるだけだった。
魔族たちはただ歩みを進める。人の世界を壊すため、人の命を消し去るため、進み続ける。
勇者という最後の防波堤がなくなった人界はその脅威に対抗するすべなどあるはずもなく、滅びの日を待ち続けるしかなくなっていた。
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そんな滅びを待つ日々の中、太陽が天高く昇っているというのにベッドの中でむにゃむにゃという何ともそれらしい声をさせる男が一人いた。
寝苦しいのか三回目の寝返りを打ったあたりでドアがバーンという爆発音とともに開かれる。
「朝じゃないよー、昼だよー」
元気な声はどしどしという音と板張りの床をきしませながら、寝返りの主へと向っていく。
「朝じゃないんだよ?」
なぜか疑問形である。
「昼だよーーー」
ベッドへの距離がゼロになった瞬間、その阿呆みたいな声の主がベッドへとダイブする。
「おぎょこーー」
当然人間一人分の重みを受けた寝坊助は彼女の人より硬い頭のせいでとんでもない痛みを受けることになる。
まるで何か鉄球でもぶつけられたのかと間違えるほどの衝撃はきれいに男の腹へと吸い込まれ、何も食べていない胃は何事かと緊急事態を宣言していた。
「昼なんです」
「そうなんですか、今が昼なのと人間大砲を俺が食らうのに何か関係性がおありですか?」
「まぁ昼だからね!」
頭が残念だった。彼女の頭の残念さは男の覚えるところだが、これほどまでにパッパラパーになっているとは事態は急を要するのかもしれない。
「拝啓、お母さま。息子に突撃をやめていただきたい。敬ぐぇえええ」
二度目の突撃命令は突然だった。これが指揮官なら相手の虚を突く素晴らしいものだろうが、日常生活
で虚を突かれてもただのおかしなやつなのでやめてほしいと男は喉まで出かかったが、腹の衝撃がそのすべてを吹っ飛ばしていた。
「そろそろ起きなさい。じゃないとなんだっけ?」
冷たい視線が一瞬こちらに向けられたが、彼女は鳥並みの頭なので三歩前に頭が空になったようだ。
これ以上何かが体に突撃されるのも簡便願いたいので、男はゆっくりとベッドから抜け出す。
ぼさぼさの黒髪は整えられた形跡もなくただ四方八方に伸びている。目はまだ夢から覚めていないのかもともとなのか眠そうな表情を訴えていた。
ゆっくりと視線を回すと見慣れたいつもの部屋が映る。板張りの床はうっすらと埃がかぶり、殺風景な部屋にはクローゼットが一つだけ。ゆっくりとそのクローゼットへと向かい、中から数少ない洋服を取り出す。
「あ、王様に呼ばれてるんだった。そうだそうだ」
そんな大事な事をなぜ今いうのだという顔を浮かべるが正面にいる阿保は何も気にしていないようだった。
「えーと、しかも今日みたいな?」
自分の栗毛をくるくるともてあそびながら、斜めの方向を見て決して男と目を合わそうとしていなかった。
「何時でしょうか?」
「お昼!」
ゆっくりと男は窓を開ける。木板はギシギシという音を立てながら外に開いていく。
まぶしい日差しに目を背ける。町は活気にあふれ、人々は各々の活動に精を出している。
そんな人々を確認した後ゆっくりと視線を上げる。
光はいつも僕らを照らしてくれている。あまねくすべての人々に太陽はぬくもりを分け与えている。さらに今は最も太陽の力が強くなる時間、ほぼ真上から注ぐ光は本日も世界を照らし出していた。
つまり、太陽は頂上、時間はお昼。
「し・に・さ・ら・せ♡」
「私に向かってなんて言葉! もう知らない!」
ぷりぷりと起こった彼女は粗末な布のロングスカートを揺らしながら部屋から出て行ってしまった。
「さて、どうしようかな」
窓に腰掛け、町の喧騒を聞きながらすべてを諦めて逃げ出そうか考える男だった。
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「いっけなーい、遅刻、遅刻!」
王都の大通りをパンを加えて男は走り抜ける。城門までもう少し、お昼なんてものは人の解釈次第だよねという信念をもとにもう間に合わない待ち合わせへと向かう。
城門前には一人の衛兵、その横を「よっ」という軽い挨拶で抜けようとしたが、首根っこをつかまれパンが何かの法則で吹っ飛んでいく。
「よい反応をお持ちで」
「お前はなんだ!?」
首をつかまれたままの状態で相対する二人、これが運命の出会いになるとは誰も知らなかったのだ。誰も知らないなら意味はないということにはなる。
「あのー、今日王様に呼ばれてるって感じなんですけどー」
「今日の来客は十二時までのはずだが?」
衛兵のさした時間計は十四時に近くなっていた。
「まぁ誤差ですよね」
「そんなわけあるか、王への謁見に遅刻するやつなどありえん。お前、もしかして怪しいやつだな?」
「お仕事に忠実でそんけーしますわ!」
首根っこを圧迫されたことで男に電流が走る。このまま衛兵に追い返されたことにしてしまえば、遅刻もなかったことにできるし、面倒ごとを回避できるのではないだろうか、と。
思いつけばすぐ実行、思い立ったが吉日、即日発送が男の信念である。考えなしという言葉が彼の頭の中の辞書にないのが玉に瑕なのだが。
「そうです! 怪しい人なんです。だから王城には入れませんね! 残念だ! かえーります!」
首の拘束を解き、踵を返しそのまま王城の門に背を向けた瞬間、甘ったるい声が男にまとわりつく。
「その人を帰さないように、リヒトの客だよ」
「はっ、マーリン様」
マーリンと呼ばれた男はゆっくり首をつかまれた男の正面に立つ。
「クロウ様、なぜ逃げようとするのですか?」
「お前からは逃げろって家訓とおじいちゃんの遺言と昨日の回覧板に書いてあったんだよ」
首をつかまれているため逃げられない男は足をバタバタし続ける。
「どんだけ嫌われてるんですか、私。そもそもここまで来たんだからちょっと寄っていきましょうよ」
王城を飲み屋か何かみたいな感じで誘うマーリンと呼ばれた男は衛兵からクロウの首を受け取りそのまま引きずっていく。
「引きずってる! 引きずってる! 石畳が! ひき肉になるぅぅぅ!」
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そのままひき肉製造機にさらされながら王城へと連れていかれる。
ハンバーグができるくらいのお肉が製造されたのではないかという時間が経ったとき、クロウは一つの部屋へと押し込められていた。
「痛ってぇな! あのくそ魔術師、殺してやろうか!? ああん?」
当然マーリンがいなくなった後のセリフである。
ふかふかのカーペットから顔を上げると、そこは控室なのか、大きな姿見が一つ、丸机に椅子が何個かある部屋だった。調度品が豪華なのに王城にしては家具が少ない。
そしてそんな控室には二人、こちらも全く好きになれない二人の人物が座っていた。
クロウと視線が合うと一人の人物が本日二度目の人間大砲となり突っ込んでいく。二度目の大砲も同じ腹部へと吸い込まれ、再度クロウは床へと後頭部から挨拶することになる。
「クローウ! クロウ、クロウ、クロウ! わぁここであったが百年目だね! こんなところで会えるなんて全然思ってなかった! 偶然? いや運命だよね、よし結婚だ! ぐちゃぐちゃのドロドロになっちゃおうYo!」
腰の上には一人の女性、いや女性といえるかわからない存在が馬乗りになっていた。
その女は体中を包帯でぐるぐる巻きにしており、所々血や膿で汚れている。白く長い髪は血や膿で固まっており、顔は包帯が何重にも巻いてあるせいで輪郭すら分かりづらい。ただ体に押し付けられる胸の大きさだけが彼女の分かる情報だった。
「うぎゃあ! 血が! 膿が! お胸が! 嬉しさと不快感が! 頭がぐちゃぐちゃにされちゃうううう」
包帯が体にまとわりつく。ぐちゃぐちゃねちゃねちゃという音が耳まで届く。
「カーナ、マジで離れろ。頼むから」
「離れたら結婚する?」
「しねぇよ、殺すぞ」
「わぁこわーい」
きゃっきゃという声が聞こえるが未だ体から包帯は離れない。なんかねちゃねちゃしているなぁと考え始めたとき部屋にいるもう一人が声を上げる。
「うるせーな、だから俺はこんな場所嫌なんだよ」
奥に座る一人の男が不快な声を上げる。机に脚をかけ、尊大なポーズのまま座る男。真っ白な服には一つの汚れもなく。金色の髪はきっちりとオールバック、長い髪も油でキレイにまとめられている。
二人のやり取りがよっぽど不快なのかその悪い目つきの三白眼がにらみつける。
「ゴールドマン、だったら助けてくれ。俺は被害者だ」
「俺は儲けが出ないことはしない主義だ。そいつに何かをするなんて損なだけだ」
「拝金主義め、もう少し何か世の中のために動こうとかいう素晴らしい考えはないのかね?」
「かっかっか、お前がそれをいうか【最悪】、それこそ最悪の冗談だな」
クロウを抱きしめる力がどんどん強くなり、冗談ではなくなり始めていた。
「冗談でもよいから助けて欲しいんですが? 嘘が世界を救うこともあるんですが?」
「お前は救わねぇなぁ」
「非道! 悪魔! 金のもうじゃあああああ!!!??」
笑い声が大きくなると共に抱きしめる力が強くなる。
「【七悪】相手にそれをいうかねぇ、まぁ金次第だな」
「お前に渡す金など一文もねぇえええええええ! そろそろ離せカーナ、マジで死ぬ」
「はーい」
ゆっくりと拘束が解かれる。久しぶりの満足な呼吸で綺麗な空気が肺を満たす。
「で、なんで俺たち呼ばれたん? 最近悪さした?」
「記憶にはないな、ばれるはずもない」
「私もなーい、そもそも私に何かする勇気なんてあいつにはなーい」
「俺も何もない。ということは不当な招集では? 惰眠を邪魔した罪はでかいのでは?」
「私はクロウと会えたから何でもいーや」
「交通費の支給もないとはふざけた野郎どもだよな、後で請求してやる」
さらに踏ん反り変えるゴールドマン、あまり空気が良いとは言えない部屋の中で三人は過ごすことになる。
「まったく、こちらの王が直接でも呼びに来ていたら無視したもの、マーリンが直接となると無視できん」
「私のとこもそうだね、あいつムカつくけどね」
あれー? 直接言われてないなぁと一人ぽけーっとした顔をするが、自分だけ軽んじられている感じを出すのも嫌なので、二人に同調して自分もという声を上げていた。
それから彼らが呼び出されたのは部屋の空気がかなり険悪になった後だった。
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謁見の間、その国の威信と尊厳、そして大半は見栄でできている何とも無駄に近い部屋。それが彼クロウの意見だった。その意見の通りこの国の謁見の間も大体が見栄でできていた。
白く陶磁のような壁は光を受け輝き、踝まで埋まる絨毯は真っ赤に染められ汚れ一つなかった。正面には豪華という言葉をこれでもかというほどに凝らした玉座、座りずらいだろとは誰も言わなかったようだ。
そして正面に座るはこの国の王様、年は五十過ぎ草臥れた顔には深く何本もの皺が刻まれているのは最近の人界の情勢によるものだろう。青い瞳は薄く濁り、屈強だった肉体はしぼんだようになっていた。最低限の身なりだけは整えたのか白い髪も髭も短く切りそろえられていた。
王の横には先ほどマーリンと呼ばれた鈍色の髪の男と鎧姿の同じ髪の若い男が立っていた。
「表を上げよ」
姿に似つかわしい疲れた声が石の反響する。
「表を上げよだって、別に下げてないのにね」
「ねー」
そしてその声に反して何も疲れがない声が二つ、カーナとクロウであった。棒立ちの二人と膝をつく一人、王の声を聴きゴールドマンはゆっくりと顔を上げる。
「おぬし等、少しは形式というものをのぉ」
草臥れた男はもう一本の皺が増えたのを感じながら手で顔を覆う。胃痛もするのか少し顔をしかめるが、いつも通りなのかそのままそのまま話を続ける。
「はぁ良い、おぬしらにそれを求めるのが間違いじゃった」
「ゴールドマン、なんで跪いてんの?」
「馬鹿かこのほうが損害が少ないだろうが、俺は儲けにならんことはしないし、損になることもしねぇんだよ」
この言葉が王の耳に届かなかったおかげで、胃痛の種が一つ増えなかったのは王にとって小さな幸いだった。
「まずは王城までの招集、ご苦労だった。お前たちを呼んだのはほかでもない。勇者が死んだことを知ってるか?」
さも当然という三人、どこの国でも村でもその話題で持ちきりであった。
「知っておるようじゃな。現在魔王軍は進行を進めており、人界にすら彼らの手は進んでいる」
マーリンが地図を広げる。黄ばんだ紙には大きな大陸が二つ、魔界と人界。そしてその人界の一部には赤い線や点が記入されている。
「勇者が死んだあとどこの戦線も魔王軍に押されている」
勇者が死ぬ前まであのような赤い線はなかった。なくなった噂が立ち始めて一週間、噂が周る速度を考えても早すぎた進行だった。
「しかしわれ等に手立ては何もない」
魔界と人界の間には大きな海がある。絶海と呼ばれるそれは酷い波と海流で少ない海路があるのみ、そんな場所を超えられて攻め込まれているということは戦線はかなり劣勢であるということだった。
「そこでおぬし達だ」
不思議そうな顔が一人、いやそうな顔が一人、包帯が一人。
「人界で最も悪名高いおぬし達【七悪】に命ずる。魔王を討て」