9.青熊神社
「魔力をまとうのはそれでいいにゃ。問題は、その魔力をどう戦闘に活かすかにゃ」
ミヨキチとの特訓開始から数日が経ち、ヒマワリはついに魔力というものを感じ取れるようになった。
発現したスキルは≪魔力熟練≫。魔力を身体の表面に身にまとうことができるスキルだ。発動すると、身の回りに青白いオーラが立ち上って、非常に格好良いとヒマワリはご機嫌だった。
魔力を身にまとうと基礎能力が一時的に上がり、膂力と魔法の威力が向上するとミヨキチは語った。これは『アビリティ』ではなく、魔法を使える『ジョブ』共通の技術なのだという。
だが、サムライマスターヒロシの指導で覚えた≪闘気熟練≫と併用することがヒマワリには難しく、今後さらなる修行が必要だった。
「まあ、一区切りついたということで、今日はこの辺でいいかな? ホタルの散歩に行かないと」
「にゃ。構わないにゃ。続きはまた今度にゃ」
そうしてヒマワリは今日の特訓を終え、自宅の庭から家の中へと戻っていく。
ちなみにホタルは室内犬だ。北海道の冬はとてつもなく冷え込むため、犬の外飼いをする気は、芝谷寺家の家族たちには起きなかった。
「ホタルー。散歩行くよー」
「わう!」
散歩と聞いて、庭が見えるベランダの窓際で寝ていたホタルが飛び起きて、ヒマワリのもとへと駆け寄ってくる。
そして、ヒマワリは散歩用のバッグを手に取り、ホタルの首輪にリードを繋いで村へ散歩に出かけた。
バッグの中には糞を処理するためのビニール袋などが入っている。が、実のところ、『ジョブ』と『レベル』を得てからのホタルは外で糞をしなくなった。
どうやら外で糞をすることはよくないことと向上した知能で理解したようで、今では家の中にある犬用トイレ以外では糞尿をしなくなった。
「よーし、走っていくよ!」
玄関で運動靴をはいたヒマワリがそういうと、ホタルは嬉しそうに「わうわう」と返事をした。
そして、ヒマワリは村の中を勢いよく走り、ホタルはそれに合わせて力をセーブして併走する。
ヒマワリは≪疾走≫と≪スタミナ≫の『スキル』が育っており、以前よりも足がかなり速くなったが、ホタルも『ジョブ』と『レベル』を得たのでヒマワリ以上に足力が向上していた。
村の農地近くを通り、農作業をする面々に挨拶をしていくヒマワリ。現在の時刻は午後の四時半。まだ大人たちは各々の仕事をしている時間帯だ。
ヒマワリは、人とぶつからないよう注意を払いながら、村中を走って回った。
そして、村の外れにある青熊神社の階段前を通りかかったところ、制服の後ろ姿をヒマワリは見つけた。
黒のロングヘアをたなびかせた、ブレザー服の少女。ヒマワリの幼馴染みのサツキだ。
「おーい、サツキちゃーん」
「あ、ヒマちゃん」
「今、帰ったところ?」
「うん、家に行く前にお参りしようと思って」
「じゃあ、私も一緒していい?」
「もちろんいいよ」
そうして二人と一頭は神社の階段を登り、境内へと足を踏み入れる。
するとそこには、こぢんまりとした拝殿が、ヒマワリたちを出迎えるように鎮座していた。
ヒマワリはサツキと一緒に、二礼二拍手一礼を拝殿に向かって行なった。
一通りのお参りが終わったところで、ヒマワリとサツキは神社の階段の方へと戻り、階段に座って会話をしようとする。
と、そこでヒマワリが気を利かせて、制服のスカートをはいているサツキのためにハンカチを敷いてやり、自分自身はジャージのまま階段に腰を下ろした。
「ありがとう、ヒマちゃん」
「いいってことよー」
それから、ヒマワリとサツキはとりとめもない会話を始めた。
「サツキちゃんは、毎日お参りしているの?」
「うん、希望の『ジョブ』が発現しますようにって」
「神様に思いが届くといいね。神様って本当にいるかどうか分からないけど」
「ダンジョンの神様とジョブレベルの神様の御利益があるんだから、神道の神様もいるんじゃないかな?」
「そうなのかなー」
ヒマワリは日本神話に出てくる神々の姿を想像した。中学生時代にいろいろ調べたことがあったのだ。
ちなみにダンジョンの神様は美形の成人男性の姿をしていると、ダンジョンシーカーの間でまことしやかにささやかれている。都市伝説の一種だ。一目くらい拝んでみたいものだと、ヒマワリは思った。
そんなヒマワリに、サツキが言う。
「宗教関連のお仕事をしている人は、神聖な魔法を覚えることが多いっていうから、私は宗教の神様って実在すると思うな」
「神道関連だと、結界とかみそぎとかのアビリティを覚えるのかな?」
「ふふ、確かにそれっぽいね」
それからヒマワリは隣でお座りするホタルの背中をなでながら、サツキととりとめもない会話を続けた。
会話の内容は、主にダンジョンについてや『スキル』について。最近のヒマワリは、それらに夢中なのだ。
「それで学校でも話したけど、ヒロシ師匠の≪飛燕斬≫ができるようになったんだ。スキル名は≪遠当て≫で、ちょっと違うんだけど、闘気を飛ばすのは同じだよ」
「さすがヒマちゃん」
「≪闘気熟練≫っていうスキルが生えたら、できるようになった!」
「すごいね。どうせだから、動画に撮っちゃう? ネットに公開しちゃう?」
「わ、それいいね」
サツキの提案に、ヒマワリは全力で乗った。
そして、サツキは階段から立ち上がりながら、言う。
「じゃあ、家からデジカメ取ってくるよ」
「スマホじゃなくてデジカメ! 本格的!」
「ヒマちゃんも木刀持って、ここ集合ね」
「ここでやるんだ!」
「神社を背景に技を披露って、撮れ高ありそうじゃない?」
「それな! じゃあ、木刀取ってくるよ!」
そうして、ヒマワリは自宅に取って返し、部屋の中に置いてある木刀を手に家を出ようとした。
すると、一緒に帰宅したはずのホタルがなぜか玄関で待っていた。
「おっ、ホタルも行くかい?」
「わう!」
威勢の良い返事が返ってきたので、ヒマワリは再度ホタルにリードをつなぎ、神社に向けて走っていった。
神社の境内に着くと、サツキの姿はまだ見えない。サツキはまだジョブの力を得ておらず、足はとても遅かった。
それから十数分後、サツキが息を切らして神社の階段を登ってくるのが見えた。
ヒマワリはサツキが落ち着くのを待ってやり、しばらくしてから撮影を開始することにした。
「何か前口上を述べた方が良いかな?」
デジカメを向けられたヒマワリは、緊張しながらそう言った。
対して、サツキは「いらないよ」と答える。
「原稿を用意したわけじゃないし、特に台詞はなしでいこうか。解説は、編集の際に私が入れておくよ」
それを聞いたヒマワリは、機械に強いサツキなら任せて大丈夫だろうと判断し、木刀を構える。
「じゃあ、まず≪闘気熟練≫で闘気をまとうところからー」
そうヒマワリが告げると、彼女の周囲に赤いオーラが立ち上り始める。
「ここから剣先にオーラを集中させてー、≪飛燕斬≫!」
ヒマワリが両手で木刀を握って上段から振り下ろすと、剣先から赤い衝撃波が前方に飛ぶ。ちなみに≪飛燕斬≫と叫んだが、実態は≪遠当て≫スキルである。
「ふう、どうよ?」
ヒマワリがデジタルカメラのレンズに向けて、ドヤ顔で言った。
「わー、ヒマちゃんすごい!」
「でしょー。『サムライマスター』直伝のスキルだよ」
ちなみに、攻撃系アビリティはモンスター以外の生物を傷付けることができないため、公共の場や私有地での『アビリティ』使用に法の規制は存在しない。
そして、ヒマワリの≪遠当て≫の『スキル』も同じく、人に効力がないことはヒロシが身を張って確認していた。ただし、『アビリティ』も『スキル』も、物を破壊することはできるため器物損壊に気をつける必要がある。
「猫さん直伝の魔法は使えるようになったの?」
「まだ≪魔力熟練≫の『スキル』だけだね。見てて」
ヒマワリは気合いを入れると、赤いオーラが消え、代わりに青白いオーラが彼女の周囲から立ち上る。
「ふー、よし、成功した!」
「すごいすごい!」
「でしょー」
「その状態で≪飛燕斬≫を使ったらどうなるの?」
「え、その発想はなかった。どうなるんだろう」
ヒマワリは、木刀を構えて、剣先に魔力が集まるイメージを脳内に浮かべた。
すると、木刀に青白いオーラが集まってきて、強く輝き始める。
「せいっ!」
ヒマワリが木刀を振るうと、オーラが飛ぶことはなかったが、剣の軌跡を追うように白い光が走った。
そして、ヒマワリの頭の中に幼い少女のような声が響きわたる。
『スキル≪魔法剣≫がレベル1になった!』
脳内に突如響いたそのアナウンスに、ヒマワリはおどろきの表情を浮かべた。
「新スキル生えた!」
「えっ、本当?」
「≪魔法剣≫だって」
「何それ、格好良い!」
「だよね! すごい、私、『魔法剣士』になった!」
「ヒマちゃん、闘気剣と魔法剣の使い手だね」
「マジかー。闘気と魔法を両立させちゃったかー。これは、二つの力を融合させなきゃいけないね」
「できるの?」
「聞いたことない!」
ヒマワリはあははと笑うと、その場で≪魔法剣≫スキルを連続して試しだした。
青白い剣閃が、神社の境内を彩る。
そして、しばらく剣を振るったところで魔力が尽きたのか、ヒマワリはふらふらになってその場に座りこんだ。
「ヒマちゃん、大丈夫?」
「うん、単なる魔力切れ。座っていたら治るよ」
休憩しようということになり、二人は再び神社の階段に移動し、座りこんで会話を始めた。
「属性がある『魔法スキル』が生えたら、魔法剣にも属性がつくのかな?」
ヒマワリがそう言うと、サツキが目を輝かせて答える。
「炎の剣とか、氷の剣とか?」
「そう、それ! 雷の剣とかめっちゃ強そう!」
「ライデインストラッシュだね。ヒマちゃん、楽しそうでいいなぁ。私も一ヶ月早く生まれていたら……」
サツキは五月生まれだが、十六歳の誕生月に受けられるダンジョン研修は、まだ実施されていない。
「でも、五月のダンジョン研修、もうすぐじゃん?」
「うん。いい『ジョブ』に就けるといいな……」
「大丈夫だよ。きっとサツキちゃんに相応しい『ジョブ』が出てくるさ!」
それから二人の雑談は続き、夕刻になっても二人は神社の階段に座りこんだままだった。
見かねたホタルが鳴き声を発して割り込むまで、ヒマワリとサツキはダンジョンについてずっと会話を続けていた。




