7.初パーティーの成果
犬のホタルが無事に骨付き肉を食べ終わり、今は嬉しそうに骨をガジガジとかじっている。
ヒマワリはそれを微笑ましく見つめながら、床に置かれた肉の保護フィルムを回収した。それを見たミヨキチが、ヒマワリに向けて言う。
「ゴミは捨てていっていいにゃあ。床に置いて二十四時間経った物はダンジョンが吸収しちゃうにゃ」
「そういえばそうだった!」
「ダンジョンに人が住みにくい理由だにゃ。うっかりさんは、テントを二十四時間以上設置したままにして無くしちゃうにゃ」
「私も注意しないとなー」
もしダンジョンに建物を設置できたのなら、安全な一階に住み始めた者が出ただろう。だが、それはできないようになっている。
ちなみに、物が設置できない以上、携帯電話の基地局も設置できないため、ダンジョンの中では電話もネットもつながらない。ダンジョンの中から外とやりとりするには、≪テレパシー≫等のアビリティが必要だ。
そんな本来の役目を果たさないスマホで、ヒマワリは残りの時間を確認する。まだまだ夕方になるには早い時間だ。
彼女は、このまま狩りを続行することに決めた。
肉ルートを進んで、次々とラージラビットを倒していく。スライムもいたのでついでに倒す。
何十匹か倒し終えたところで、ホタルが突然、光に包まれた。レベルアップしたのだ。
「わー、ホタル、レベルアップおめでとー」
「おめでとうにゃ」
「わうー!」
仲間のレベルアップを喜び合う一同。そのほがらかな光景は、先ほどまで切った張ったの戦いを繰り広げていたようには、とても見えなかった。
そしてホタルのレベルアップも終わったため、二階に行ってみよう、ということになったのだが……。
「うーん、マジックバッグが欲しい」
ラージラビットを狩ってドロップアイテムが溜まり、ヒマワリのバッグが重たくなってきていた。
ラージラビットは肉の他にも、毛皮やラビット・フットというアクセサリーをドロップアイテムとして落とした。
ラビット・フットはウサギの後ろ足を模したふさふさのアクセサリーで、幸運が微量上昇するとミヨキチが言ったため、ヒマワリはスマホにぶら下げることにした。
「ポーターが必要だにゃ」
「村の若い子で、ポーター志望はいないなぁ。幼馴染みのサツキちゃんは支援職志望だし」
「ポーターはどこのパーティーでも引っ張りだこにゃ。若い子はそのよさを理解していないにゃ」
「まあ、ダンジョンシーカーになったら、モンスター戦で活躍したくなるのは仕方ないよ」
荷物運び系のジョブを持つポーターは、バッグの容量を増やしたり、重たい物を軽々と担ぎ上げたりするアビリティを習得している。土木系の仕事をしていた者がこの系統のジョブに目覚め、ポーターとしてダンジョンシーカーに転職した例はダンジョン黎明期によく見られたという。
しかし、現在、ダンジョン研修を新たに受ける者は十六歳になったばかりの子供しかいない。そのため、ポーター向きのジョブに新しく就く者はかなり減少していた。
「やっぱりマジックバッグだよ、マジックバッグ」
「高級品にゃあ」
マジッグバッグとは、バッグの中身が異次元空間になっているバッグのことで、外見よりも多くの中身を入れることができる。裁縫系ジョブや革職人系ジョブを極めれば作ることが可能なほか、ダンジョン内にあるという店でも販売されている。
職人が作るマジッグバッグは高値で取引されているし、地球のお金とは別の通貨を使用するダンジョン商店でもマジッグバッグの価格は高い。
お小遣い月五千円のヒマワリでは、とても手が出せる代物ではなかった。
ちなみにダンジョン商店は、ダンジョンの六階以降に設置されている雑貨屋だ。ダンジョン神の使いを名乗る店員が、様々なダンジョン用アイテムを販売している。
「ポーター系スキルは覚えてないにゃあ?」
「≪運搬≫ってスキルはあるけど、重たい物を運ぶためのスキルだよ。ポーター系のバッグ容量を増やすスキルではないかなぁ」
「≪運搬≫を鍛えた先に道があるかもにゃ」
「そうだといいなぁ」
そんな会話を繰り広げたのち、ヒマワリ達は二階への転移魔法陣に向けて歩みを進めていった。
そして、二階。山のふもとに到着する。
「ここからはあちしの出番にゃあ。≪マップ≫と≪サーチ≫のアビリティが火を吹くにゃ」
「火を吹いてもモンスターは無傷なんだよなぁ」
「あちしはサポート要員にゃあ。戦闘は二人に任せるにゃ」
「多分、私達のパーティーで一番火力高いのは、ミヨキチさんの≪マジックアロー≫だと思うけどね!」
「あちしの魔法を鍛えるよりも、ホタルのアビリティとお嬢さんのスキルを育てる方が先決にゃ」
「それな!」
そういうわけで、ヒマワリ達一同は敵を探して山の麓を移動し始めた。
そして、すぐにミヨキチの≪サーチ≫のアビリティでダンジョン猪を発見する。
「ホタル、ゴー!」
ホタルは真っ直ぐ跳んでいって、猪の首元に噛みついた。
さすがにそれだけで猪がやられるということはないようで、ダンジョン猪は必死に首を振って振りほどこうとする。
しかし、ホタルは噛みついたまま微動だにしない。
前と後ろの四本の足を必死に動かして、逃れようとする猪だが、ホタルはその場から動かない。≪堅牢≫と≪不動≫のアビリティによる効果だった。
「タンクって、もっとこう盾を構えて相手の攻撃を受け止めるジョブだと思ってた!」
「攻撃的なタンクにゃあ」
猪に駆け寄りながら、ヒマワリとミヨキチがそんな言葉を交わす。
そして、猪のそばに近づいたヒマワリは、木刀を両手で握って、力一杯脳天に振り下ろした。
骨を殴打する鈍い音が、周囲に響く。
「もう一丁!」
そんな威勢のいい声を上げて、ヒマワリが再び木刀を振り下ろす。
そして、何度も何度も木刀でめった打ちにする。その間、ホタルは猪の首元をくわえて放さなかった。
すると、猪は「ぷぎー!」と叫び声を上げて、光となって消えていった。
あとには、猪の毛皮が一枚残されていた。
「やったー! なんかスキル生えた!」
「何にゃあ?」
喜ぶヒマワリに、ミヨキチが駆け寄って詳細を尋ねる。
対するヒマワリは、ステータスウィンドウを呼び出して、スキルの一覧を見る。
「≪上段斬り≫だって。こんなの、今まで何万回素振りしても生えなかったのに」
「実戦が必要だったのかにゃ。それとも、モンスターを倒すことが重要だったかにゃ」
「うーん、実戦自体は自衛隊の人と潜ったときに軽くやっているけど、なんで今回なんだろうね」
「何か違う事あったにゃ?」
「あえて言うなら、接待じゃない本格戦闘だってことかな」
「それかにゃ。攻撃系アビリティの熟練度上げも、素振りするよりモンスターに当てた方が上がりがいいにゃ。モンスターとの実戦が重要なのかもにゃ」
一般的なアビリティには、熟練度と呼ばれる要素がある。これは、アビリティを使いこめば使いこむほど、そのアビリティが強力になっていくというものだ。
鍛えたら鍛えるほどスキルレベルが上がり、より強力になっていくヒマワリのスキルに近いものがある。アビリティは何かしらの行動で増えるスキルと違って、レベルを上げなければ新しく生えてこないのだが。
スキルとアビリティ。似たような概念だが、ヒマワリの解釈としては、この二つは根本的に異なるものではないかと考えていた。
彼女の感覚では、スキルは行動、アビリティは必殺技だ。
今回ヒマワリに生えた≪上段斬り≫が剣士系ジョブのアビリティだった場合、≪疾風上段斬り≫だとか≪流星上段斬り≫になっていただろうと、彼女は推測した。
そんな必殺技ことアビリティは、ミヨキチ曰くモンスターに使うことでより、成長しやすくなるそうだ。
「なるほどー。スキルを鍛えるならダンジョンの中ってことなのかなぁ」
ヒマワリは手に持つ木刀を眺めながら、しみじみとそう言った。ヒマワリ以外に、スキルの力を持つ地球人はいない。彼女は全て手探りでスキルを育てる必要があった。
そんな会話を終え、二階でも問題なくホタルが通用することも分かり、時間もほどよいのでヒマワリ達はダンジョンを後にすることにした。
すでにバッグの中身はいっぱいなので、モンスターを倒すことなく走って帰る三名。
「うおー、二人とも速い!」
「二本足の人間と四足歩行の差にゃあ」
「わうわう」
「くそー、私だって≪疾走≫スキルのレベルを上げれば!」
そんな叫びが、ダンジョン一階の肉ルートの空に響きわたった。
◆◇◆◇◆
「お姉さん、ただいまー!」
ダンジョンの入場門に出たヒマワリは、門の前の受付に座っていた剣崎へ向けて元気に挨拶をした。
「はい、おかえりなさい。ホタルちゃんの様子はいかがでしたか?」
「うん、タンク職のレベル2になって、二階のダンジョン猪をがっちり押さえつけていたよ!」
「犬がタンクですか……聞かない話ではないですが。本人は嫌がっていませんか?」
「むしろ、戦いには積極的だったかな!」
「そうですか……」
剣崎はおもむろに立ち上がると、ヒマワリ達のもとへと近づいてきて、リードでつながれたホタルの前に座った。
「ホタルちゃん、あなたはジョブとレベルという、すごい力を今日手に入れました」
「わう?」
「しかし、その力を人に向けてはいけませんよ。その力は、モンスターを倒すための力で、人を傷付けるための力ではないのです」
「わう!」
「いい返事です。よしよし」
優しくホタルをなで始める剣崎。ヒマワリは知っていた。剣崎が大の犬好きだということを!
では、猫はどうだろう、とヒマワリは足元にいたミヨキチの脇を抱えて持ち上げた。
「お姉さん、この子、今度私の家で飼うことになった、しゃべる猫のミヨキチさんだよ」
ミヨキチを差し出すと、剣崎は目を輝かせてすぐさまそれを受け取った。
そして、腕にミヨキチを抱えて、背中をなでる。
「ミヨキチさん、村役場の職員の剣崎です。よろしくお願いします」
「よろしくにゃあ。尻尾の付け根の方をなでてほしいにゃあ」
堂に入ったなでかた! とヒマワリはおののいた。
しかし、剣崎が村にある家で動物を飼っているという話をヒマワリは聞いたことがなかった。
「お姉さんは動物飼わないの?」
「家には危ない工具が多いので……」
「ああ、ロボテックだもんね」
それからしばらく、剣崎のもふもふタイムは続いた。そして、仕事を思い出した剣崎が、名残惜しそうにしながらミヨキチから離れる。今日の彼女はダンジョンの入退出の管理をしている。
ダンジョン入場免許証を持つヒマワリとミヨキチ達の退出手続きを済ませなければならない。ミヨキチは人間ではないため、入場の際の免許証提示義務はないのだが、入退出の管理に関しては動物も必要だ。
「はい、免許証出してくださいね」
「はーい」
「にゃ。チップは首輪についてるにゃ」
「はい。持ち上げますよー」
免許証のICチップを読み取り、退出手続きを済ませるミヨチキ。なんとミヨキチは猫なのにダンジョン入場免許証持ちであった。そんな事実をよそに、ヒマワリは剣崎と雑談を始める。
「お姉さん、初のパーティーでたんまりドロップアイテム手に入れたよ」
「頑張りましたね。申請先は肉ルートでしたか」
「うん、お肉と毛皮たんまり!」
「残念ですが、低層の肉は人間向けの食用目的ではほとんど売れないので、肥料やペットの餌に加工されます。買い取りは二束三文ですね」
「ええー」
「低層で稼ぎたいなら、金属ルートですね。銅がそれなりの価格で売れます」
「参考になりまっす!」
「ただし、その布のバッグで金属を詰めて帰ると、底が抜けるかもしれません。ダンジョン産の革を使ったバッグが必要ですね」
「ふむふむ」
「ちなみにダンジョン用革バッグは最低でも一万円します」
「たっか! 無理無理!」
ヒマワリは現在の貯金残高を思い出し、全力で首を横に振った。ヒマワリはこの間、高校生になるということで、貯めていたお年玉を使って春物の服を買ったばかりなのだ。
「では、そこそこ儲かる場所で、こつこつとお金を貯めた方がいいですよ。植物ルートで低級ポーションの材料になる薬草をむしるのがオススメです。かさばるものの、軽いので。まずはそこからですね」
「アドバイスありがとう! その情報、SNSに流していいかな?」
「え、えすえぬえす……」
剣崎はヒマワリから発せられたワードに恐れを抱いた。女子高生が顔を晒して、全世界の人間に向けてウィンスター映えとかやるのだ。田舎住まいのアラサー女子である剣崎には正直理解が及ばない世界だった。
ちなみに剣崎は、ウィンスター映えというワードがすでに廃れつつある事実を未だに知らない。
「私の名前を出さないのなら……」
「村役場の匿名希望な美人のお姉さんからの情報って書いておくね!」
「ひえっ! ……ま、まあ匿名ならいいです」
剣崎は未だに知らない。すでにヒマワリのSNSアカウントには、万を超えるフォロワーがいることを。
そうして、ヒマワリはダンジョン入場施設を後にし、ドロップアイテムの買い取りをやっている村役場へ向かった。
バッグいっぱいの肉と毛皮は全部で千円にも満たない額にしかならなかったが、ヒマワリはパーティーでダンジョンにもぐってお金を稼げた事実に、確かな自信を得た。
「よーし、今夜はぼたん鍋だ!」
最初にミヨキチと二人で狩ったダンジョン猪の肉は、すでに専業主婦であるヒマワリの母の手に渡っている。
帰ったら勝利の宴だ、とヒマワリは帰り道を意気揚々と進むのであった。
「猪肉は久しぶりに食べるにゃあ」
「私もー。あ、でもホタルはウサギ肉食べたから晩ご飯なしだよー」
「わう!? くぅーん……」
「ご飯は駄目だけど、頑張ったご褒美におやつのほねほねびすけっと出してあげる。あれなら低カロリーだから大丈夫でしょ」
「わうわう! わうー!」
そんなホタルの喜びの声が、青熊村の夕方の空に響きわたった。