6.ホタルと骨付き肉
改めて、ヒマワリ達はダンジョン一階の肉ルートに向けて進んでいた。
ダンジョン入口の草原からしばらく歩くと、両脇に四メートルほどの高さに盛られた土が壁のように立つ、一本の道が見えてくる。肉ルートの入口である。
道の幅は十メートルほど。パーティー三名でも余裕をもって戦える広さだ。
「よし、ここからは戦っていこうか。ホタル、パーティー組むよ!」
「わう」
ホタルはヒマワリの言葉に返事をすると、ステータスウィンドウを表示させた。
そして、ヒマワリも「『オープン・ザ・ステータス』」と口にしてステータスウィンドウを表示させると、ウィンドウの四ページ目を開いた。
この四ページ目は『パーティー編成』と言われている画面で、このページの項目を操作することでダンジョン内でのチーム、すなわちパーティーを組むことができる。
「ホタル、パーティー申請送ったよ」
「わうわう」
ホタルが返事をすると、ヒマワリのステータスウィンドウに表示されていたパーティーメンバーの一覧に、ホタルが加わった。
ダンジョン内では、パーティーを組むことがとても重要だ。
レベルアップに必要な力、俗に言う『経験値』はモンスターを倒した際に蓄積する。通常ではモンスターを倒した人間にのみ『経験値』が入るが、パーティーを組んでいると攻撃に参加していないサポートメンバーにも『経験値』が入るようになる。ホタルはタンクであって攻撃を担当するアタッカーではないので、パーティーによる『経験値』の分配は必須である。
さらに、生産系アビリティによって作成された道具や支援アビリティの中には、パーティーメンバーにしか効果を及ぼさない類のものもある。そのため、他者にダンジョンに同行してもらう際に、わざわざパーティーを組まない理由はないのだ。
『経験値』は人数割りではなく、全員に最大値が等しく分配される。すなわち、十の『経験値』を持つモンスターが五人のパーティーに倒された場合、一人あたりに入る『経験値』は二ではなく十なのだ。
よって、荷物持ちのポーターと呼ばれる役割の者も、パーティーにしっかり入れて『経験値』を分配してやるのが一般的だ。ポーターもレベルが上がると、荷物運びに便利なアビリティを覚えていくため、ダンジョンシーカーはポーターを仲間外れにするようなことは絶対にしない。
「さっきは無視したけど、ラージラビットも倒していくことにしようか」
ヒマワリは、肉ルート入口を見ながらそんなことを言った。
青熊村ダンジョン一階の肉ルートには、自ら襲ってこないノンアクティブのウサギモンスターがいる。
だが、ヒマワリは村の老人達から、一階のウサギモンスターは獲れる肉の量が二階と比べて少ないと聞いていたため、先ほどの二名での狩りではスルーしていたのだ。
「レベル上げるにゃ?」
「うん、道すがら戦っていけば、レベル2にはなるでしょ」
「レベル2ならすぐにゃ。ホタル、頑張るにゃ!」
「わう」
ミヨキチのはげましに、ホタルが人間くさい動作でうなずく。
ちなみに、現在のホタルはリードが外されている。
元々リードがなくても勝手にどこかに走り去ってしまうような犬ではなかったが、レベルが上がって賢くなったため、ダンジョン内ではリードは必要ないとヒマワリが判断したのだ。ただし、犬を怖がる人間もいる可能性があるため、ダンジョンの外ではリードをつける方針だ。
「よし、行くぞー!」
ヒマワリがそう言うと、ホタルが真っ先に先頭に進み、後ろを一瞬振り返ってから前進し始めた。
「どうやら、先頭は任せろと言いたいみたいにゃ。頼れるタンクにゃあ」
「おー、ダンジョン攻略に積極的だねぇ」
この様子なら、今後もダンジョンに同行させてもよさそうだ、とヒマワリはほくそ笑んだ。もともとホタルは動物病院での注射もさほど嫌がらない子であった。
そして、先頭に立つ者がいるため、ヒマワリは安心してバッグからスマホを取り出した。彼女の目的はダンジョン攻略そのものではなく、ダンジョン攻略を通しての村おこし。写真映えするシーンは、ぜひとも撮影しておきたかった。
しばらく進むと、ヒマワリは道の真ん中にモンスターがいるのを発見した。
すでにホタルは足を止めていて、姿勢を低くしてヒマワリの指示を待っている。
「よしよし、ホタル、ちょっと待ってね。ミヨキチさん、ホタルの後ろに行って」
「にゃあ? あ、撮影にゃ?」
ミヨキチは、スマホをかまえるホタルの意図を察し、臨戦態勢に入るホタルの後方に移動した。
そこで、ヒマワリのスマホから撮影音が響く。
「よし、オッケー。ホタル、ゴー!」
ヒマワリの号令と共に、ホタルはモンスター目がけかけだした。
ラージラビットの名に相応しいそのモンスターはホタルより一回り大きかったが、ホタルはひるみもせずに肉薄し、勢いのまま首筋に噛みついた。
キュイー、とラージラビットが鳴き声を上げるが、ホタルは気にも留めず噛みついたまま大きく首を振った。
すると、ラージラビットはそのまま光になって消えていく。
「うおお、ホタルつえー!」
「あれは首が折れたにゃあ。ジョブとレベルを身につけた犬、強いにゃ」
出番のなかったヒマワリとミヨキチが、称賛の声を上げる。
そして、ホタルは得意げに尻尾を振ると、ヒマワリのもとへと戻ってきた。
「おー、よしよーし!」
ヒマワリはホタルを全力でなでまわした。ホタルの尻尾が、ちぎれんばかりに振られる。
しばらくなでなでタイムを過ごしたのち、ヒマワリはドロップアイテムの確認へと向かう。
地面に落ちていたのは、『ラージラビットの骨付きもも肉』とラベルに書かれた骨付き肉だ。
「おー、ウサギ肉。ラージラビットが大きいからか、そこそこ量があるね」
「ダンジョン一階の肉だから、味はそこまで期待できないにゃあ」
「わう! わう! わうー」
ヒマワリとミヨキチが感想を述べていると、ホタルがヒマワリに向けて何かを主張し始めた。
「ん? ホタル、どしたん?」
「わうー」
「これは、肉が食べたいのサインじゃにゃいかにゃ?」
「えー、ホタル、ウサギ肉食べたいの?」
「わう!」
どうやら当たっていたようで、ホタルは尻尾を勢いよく振りだした。
「えー、でもこれ、生肉だしなぁ……」
犬に生肉を与えるのはよくない、と聞きかじっていたヒマワリは逡巡する。
だがそこで、同じ動物枠のミヨキチが言った。
「犬に生肉がいけないのは、天然の生肉に寄生虫や病原菌がひそんでいる危険性があるからにゃ。ダンジョン肉は畜肉と違って、人間でも生食できる安全肉にゃ。だから、大丈夫にゃあ」
「そっかー。じゃあ、レベル1の初討伐記念に、ホタルにあげちゃおう」
ヒマワリは梱包を破って、中から骨付き肉を取り出す。ずっしりと重さを感じる肉だ。
ホタルの目線はもうその肉に釘付けで、お座りの姿勢でそわそわとしている。
「ホタル、待て! ……よし!」
ヒマワリは草の上に破った梱包を敷き、その上に生肉を置いてホタルに食べさせ始めた。
ホタルは勢いよく骨付き肉にかぶりつき、一心不乱に食し始めた。
それを見て、ヒマワリは言う。
「うーん、この肉、量が多いし、こりゃあホタルの晩ご飯は抜きかな」
「わう!?」
ヒマワリの言葉に、ショックを受けたように止まるホタル。そして、しばらくヒマワリと食べかけの生肉を見比べた後、「わうー……」と悲しそうな声をあげて食事を再開させた。どうやら食欲が勝ったらしい。
「あちしは低層の生肉よりは、カリカリの方が好きにゃあ」
「ミヨキチさん用のキャットフードも、買っておかないとねぇ」
「あちしの貯金を使っていいにゃ。その代わり、カリカリ以外にも高級缶とペロペロールを頼むにゃあ」
ペロペロールとは、その名の通りペロペロなめるペースト状の猫のおやつである。それなりのお値段がするが、ペロペロする猫の姿が可愛らしいため、買い与える飼い主は後を絶たない。
そして、しばらくホタルが骨付き肉を食べていくと、途中でピタリと食べるのを止め、ミヨキチの方を向いた。
それからホタルは骨付き肉の骨をくわえ、ミヨキチの方へと移動する。不思議がるミヨキチの前にホタルは骨付き肉をそっと置くと、ホタルは「わうわう」と声をあげた。
「くれるにゃ? でも、あちしはまだ晩ご飯の時間には早いから、遠慮しとくにゃ。朝ご飯は食べてあるにゃ」
「わう!」
ミヨキチの返事を聞いたホタルは、その場で食事を再開した。
「ミヨキチさん、朝ご飯ちゃんと食べたんだ。風来坊なのに」
「村のおじ様と挨拶したら、ダンジョン肉を貰えたにゃ。山本さんって言っていたにゃ」
「ああ、山本さんちって犬飼っているから、ダンジョン肉を常備しているのかも。今度、お礼にいかないとね」
「にゃあ。この村に移動している間はご飯を食べる余裕がなかったにゃ。三日ぶりのまともな食事だったにゃ。本当に嬉しかったにゃあ」
「うわ、三日ぶりって……やっぱり風来坊って大変だね」
「あちしはインテリキャットにゃ。ゴミ漁りや野鳥狩りはしない主義にゃ。人間社会に受け入れられるコツにゃ」
「確かに、ゴミ漁りする野良猫は捕獲されそう」
「飼い主は自分で選びたいので、保護猫扱いはごめんにゃあ」
自分はあっさり飼い主として選ばれたがよかったのかな、とヒマワリは考えたが、向こうから飼ってくれと言いだしたのでいいか、と思い直す。
それからしばらく、ホタルののんびりとした食事は続いた。
ヒマワリは、相変わらず食べるの遅いなこの子、と苦笑するのだった。
●設定解説:ステータス画面を呼び出す文言が「ステータスオープン」ではなく「オープン・ザ・ステータス」な理由。
昨今のネット小説で有名なフレーズ「ステータスオープン」ですが、これは今から十年前はさほど有名ではありませんでした。
十年前の二〇一三年といえば小説家になろうの人気作で「コマンドオープン」というフレーズが使われて、さらに同年の人気作で「ステータスオープン」が使われて有名になっていく過渡期だったと記憶しています。つまり、もし仮に、地球人へレベルやステータスが導入されても、まだまだ「ステータスオープン」と言い出す日本人がほとんど出てこない時期と言えます。
そんな二〇一三年頃の本作の世界では、英語の「Open the status window.」というステータス画面の開示宣言が北米から日本に流れてきて、長いフレーズが省略されて「オープン・ザ・ステータス」という言い方に収まりました。ただ、このフレーズを言わないとステータス画面が開かないというわけでもなく、「ステータスオープン」でも「ステータス」でも「ハアッ!」でも画面は開きます。