48.打ち上げと引退
今度、打ち上げをやるから、来てくれ。女子ダンジョン部の部長である美園イチコから、夏合宿の最後にそう言われたヒマワリ。
合宿が終わって翌々日の日曜日となり、ヒマワリはサツキと共にバスに乗って、隣町の中心街へと訪れた。
打ち上げを行なう場所は、ジンギスカンを扱う焼肉屋。
夏合宿で得たドロップアイテムの売上から出すという理由で、参加費はゼロ。
なんとも豪勢な話だと思いつつも、仮にも女子高校生の部活の打ち上げが、ジンギスカンでいいのだろうかとヒマワリは疑問に思った。しかしそこで、かつて自分たちもダンジョン五階を初めて攻略したときは、家族でジンギスカンパーティーをしたなと思い出す。
ならば、特におかしいところはないかと、ヒマワリは疑問を振り切って、サツキと一緒に店へと入った。
「美園……。打ち上げがジンギスカンとか、男子部じゃないんだぞ?」
ヒマワリたちが宴会用の座敷へと到着すると、先に到着していた三年生による突っ込みが、部長の美園に炸裂した。
あ、やっぱりこの感覚で間違っていなかったんだ。ヒマワリは、そう思い直した。
「打ち上げに使える飲食店は、広い部屋のある居酒屋か、ジンギスカンくらいだぞ。ファミレスとか、この人数で押し寄せるわけにはいかんだろ」
部長がそう反論するが、三年生たちは結託して部長をつるし上げにする。
「思考が根本的に男子小学生なんだよ」
「肉とか、合宿で山ほど食べた」
「部活最後の思い出が、煙の臭いか……」
その最後の台詞で、ヒマワリはハッとした。
そうだ、部長たちにとっては、あの合宿が部での最後の活動。お盆休みは活動を行なわない方針の女子ダンジョン部では、三年生にとってこの打ち上げが本当に最後の催し物となるのだ。
思わずしんみりとしてしまうヒマワリだが、部長はマイペースに三年生たちへ反論する。
「焼肉じゃねーわ。ジンギスカンだ」
「同じだよ!」
「ちげーよ。お店とラム肉に謝れ」
ちなみに、ここまで部長と三年生たちは、座敷の外に聞こえないような小声で叫ぶという器用なことをしていた。彼女たちは、部のイメージを下げないために、外でのマナーを徹底しているのだ。
その点で言うと、ジンギスカンを提供する焼肉屋でする発言としては、部長が全面的に正しい。
ジンギスカンの店でジンギスカンに文句を言っている失礼さ。そんな事実に気付いたのか、三年生たちは口をつぐんで、スゴスゴと引き下がって席に着いた。
そして、部長は「また完全勝利してしまった」と、謎の勝利宣言をして他の部員たちが集まってくるのを待った。
やがて、部員が一人も欠けることなく集まり、さらに顧問の教師までやってきて、打ち上げの予定時間となった。
まずは、部長による挨拶から始まった。
「夏合宿は本当にお疲れさま。みんなのおかげで、大成功だ。村の覚えもめでたく、来年以降も継続して続けられそうな感触だったな」
むしろ村としては、積極的にダンジョンへ来て活動してもらいたい立場なんです。
という突っ込みをヒマワリはしそうになったが、言わぬが花かと思い直して黙った。
「ただし、来年もまたやるかは、次の部長が決めることだ。ってーわけで、私は本日限りで、部長を引退する」
部長によるその宣言に、下級生たちから惜しむ声が上がる。さらには、感極まったのか、涙を目に浮かべる二年生も現れだした。
「では、これより部長の引き継ぎを行なう! 龍巻、立て!」
部長の美園に指名され、座敷に座っていた副部長の龍巻アヤが、音もなく立つ。
その龍巻へ向けて、美園が言う。
「次の部長は龍巻だ。みんな、異論は無いな?」
すると、皆が口々に「ないでーす」だとか、「異議なし」だとか、「たっちゃんなら任せられる」だとか、肯定的な意見を述べた。
その反応に満足した美園は、さらに言葉を続ける。
「副部長は一年からだ。三木、立て!」
美園に呼ばれ、ボンヤリとした顔をしながら一年生の三木スミカが立ち上がる。
「夏合宿でリーダーシップを発揮した三木が、副部長だ。問題ないな、一年!」
これもまた、賛成多数で承認された。
副部長の龍巻が繰り上げで部長に。新しい副部長は、夏合宿でリーダーを務めた三木に。
順当な人事であった。
そこまで決まったところで、元部長の美園が、司会を新部長の龍巻へ引き継いだ。
「えー、それじゃあみなさん……」
龍巻が、少し言葉を溜めて、そして言う。
「お腹空いたので、さっさと肉頼みましょう。細かい話は、食べながらで」
まさかの就任の挨拶放棄に、ヒマワリはずっこけそうになった。
副部長時代の龍巻は、暴走しがちな美園を抑える真面目な人物の印象が強かった。
だが、その美園から解放された彼女は、これまた癖が強い人物なのかもしれない。ヒマワリはそんなことを失礼ながらも思った。
そうして、ジンギスカンの宴会用セットが運ばれ、店側が用意した油はね防止の紙エプロンを皆で着ける。
その格好はなかなか滑稽で、これが女子高生の打ち上げ風景で本当にいいのだろうかと、ヒマワリは再び心の中だけで思った。
だが、ラム肉を焼き始まると、食欲に支配されるのが女子ダンジョン部というガテン系の部活である。
各々が目を光らせ、焼いた肉に食らいつく様は、肉食獣のごとき姿であった。
ヒマワリはと言うと、幼馴染みのサツキと隣同士で座り、仲良く雑談しながらスローペースでジンギスカン鍋をつついていた。もともと村のダンジョンは食肉を確保しやすく普段から食卓にもあがりやすいため、そこまで肉に餓えていないのだ。
「合宿の最後、すごかったよね」
気持ち野菜を多めに食べながら、紙エプロンを着けた私服姿のサツキが言う。
「んー、『ユニークアビリティ』のこと?」
「そう。ビームもすごかったけど、ヒロシさんの≪一閃≫は本当にすごかった」
食事中だからかサツキちゃんの語彙力が低下している。そんなことをヒマワリは思いながら、相づちを打つ。
「師匠、格好良かったよねー」
「うん。私は、どんな『ユニークアビリティ』を覚えるのかなぁ」
「レベル30達成は、いつになるだろうね」
「ヒマちゃんは、『ユニークアビリティ』を覚えられないけど、そのあたり何か思うところはないの?」
と、サツキがタレで煮込まれたモヤシを食べながら、そんなことをヒマワリに尋ねてくる。
ヒマワリは『ジョブ』も『レベル』も持たない。それはすなわち、『ユニークアビリティ』を覚えることができないということ。
あれだけすごい技の数々を見て、それを使えないとなると、ヒマワリとしても悔しい思いが皆無とはいかない。
しかし、彼女はさほど悲観をしていなかった。
「私、『スキルレベル』を上げると基礎能力が伸びるよね?」
「うん、今のところヒマちゃんだけの仕様だね」
「『スキルレベル』が上がってくると、『ジョブレベル』と同じように段々上がりにくくなるんだけど……」
「そうなんだ」
「そうなんだけど、それは一つの『スキル』だけ見た話なんだよね。たとえば≪片手剣≫の『スキル』が高くなりすぎて上がらなくなっても、他の≪両手剣≫とかの『スキル』が育っていないならそっちはガンガン上がる」
「それは……あっ、もしかして」
ヒマワリの説明に、サツキは何かを察したのか、ジンギスカン鍋から目を離して隣にいるヒマワリの方へとあらためて振り向く。そして、サツキはヒマワリの顔をジッと見た。
そのサツキの視線に、ヒマワリは「フフフ」と笑って言葉を返す。
「そう、私は満遍なく『スキル』を上げていくことで、際限なく基礎能力が向上するわけですよ」
「つまりヒマちゃんは、必殺技が使えないけど、基礎能力はどこまでも高くなる……通常攻撃が恐ろしいほど強い『ローレシアの王子』!」
「まあ、魔法系の『スキル』もそのうち鍛えるけどね」
「一作目の『ロトの勇者……』!」
「そこで『サマルトリアの王子』の名前を出さないあたり、サツキちゃんは優しいね」
子供時代にサツキがヒマワリの前でプレイしたゲームの用語を交えながら、彼女たちは語り合い、互いに笑い合った。
だが、そんな二人だけの空間に、割り込んでくる者が現れる。
後輩たちへの引き継ぎの挨拶を終えた、元部長の美園だ。
彼女は座敷を移動して、ヒマワリの正面の席にやってきた。
「おう。芝谷寺」
「あっ、ぶちょーさん、じゃなくて、美園先輩」
「おうよ。もう部長じゃないかんな。それよりも、相談したいことがある」
「はいはい、なんでしょう」
肉と野菜をジンギスカン鍋に新しく投入しながら、ヒマワリが応える。
だが、続いて放たれた美園の言葉は、ヒマワリの箸の動きをピタリと止めてしまうほどの内容だった。
「青熊村って、土地余ってんのか? 家を買うか借りるかしたら、いくらくらいかかる?」
「……どういうことです? 詳しくお願いします」
まさかの話に、ヒマワリは箸を皿の上に置いて、思考を宴会モードから真面目モードにチェンジした。
「いや、ほら。私、大学行くじゃん? 留年しないから、四年で卒業するじゃん?」
「そもそも大学受かるんですか? 大蝦夷大ですよね?」
「A判定」
「うわっ、この人頭良い!」
「そうだよ。良いんだよ。で、卒業後は、ダンジョンシーカーしたいじゃん?」
「まあ、美園先輩ならシーカーを志望するでしょうね」
「でも、高校から歩いて行けるダンジョンの環境に、慣れきっているじゃん?」
「ああ、それでダンジョンがある青熊村に移住をしたいと」
「別に芝谷寺の村じゃなくてもいいんだが……家が安いなら検討の余地は十分にある」
「なるほど、なーるほど……」
ヒマワリは、ニヤニヤが止まらなくなりそうになり、とっさに口もとを手で隠した。
そして、そのポーズのまま、彼女は美園に告げた。
「実のところ、土地は余っていますし、安いです。離農や減反をして使い道のない土地を売りたがっている老人は、いっぱいいます。家主の方が亡くなったものの相続相手がいなくて所有者が宙ぶらりんになった挙げ句、ダンジョンの周囲の土地ということで国が村役場に維持管理を任している中古物件もあります」
「……うわ、なんか別の意味で心配になってきたぞ、あんたらの村」
「なので、若い人の移住は大歓迎ですし、村役場や村長さんへ相談しに行けば、予算ごとのプランも組んでくれます。村が管理している家屋なら、賃貸契約でも問題ないはずです」
「大家さんは村役場、ってことかー」
「そういうことですね」
これはもしや好感触なのでは。ヒマワリはそう思いながら口もとから手を離して、ジンギスカン鍋が置かれたテーブルをはさんで正面に座る、美園の表情をうかがう。
すると、美園は悩ましげに口もとをもごもごさせると、何かを言いづらそうにしながら、つぶやく。
「その、な。芝谷寺」
「はい、村への移住を決めてくれましたか?」
「そうだな。一つ、条件を受け入れてくれたら前向きに考える」
「はいはい、なんでしょうか!」
「私がダンジョンのある場所に住んだとしても、魔法アタッカー一人でソロシーカーなんて、無理なわけだ」
「なるほどなるほど?」
「つまり、所属するパーティーかクランが必要なわけで……」
「まあ、そうなりますよね」
「だから、芝谷寺のパーティー、私が大学卒業するまで一枠、空けといてくれないか?」
「…………」
まさかのパーティー枠予約宣言。一瞬、ヒマワリの思考は停止し、そしてすぐに再起動した。
そんなヒマワリの様子を心配そうな目で見ながら、美園が尋ねる。
「無理か?」
「オッケー! ……いいよね? サツキちゃん」
「美園先輩なら、問題ないですよ。ミヨキチさんやホタルとも、相性悪くないですし」
「いよっし!」
ヒマワリとサツキが了承し、その言葉を聞いた美園はガッツポーズを取った。
すると、そのやり取りを実は静かに見守っていた周囲が、ワッと沸く。そして、美園と同じく部活を引退した三年生の一人が、嘆くように言った。
「私たちの美園が、芝谷寺たちに寝取られたーッ!」
そんな言葉に、美園はイラッとしたような表情で返す。
「あんたらは、町の地元クランに就職が決まってるだろ……」
「美園が大学行くから、仕方なく私たちのパーティーは解散したんだぞー」
「それはしゃーねーだろ。親の意向だ、親の意向」
「馬鹿! ファザコン! 部長!」
「部長を悪口に含めるんじゃねえよ! 龍巻に謝れ!」
そんな騒がしい昼の一時は、ラム肉の脂と煙の臭いと共に、ヒマワリの記憶へ深く刻まれた。
こうして、これから大人になっていく少女らの真夏の青春劇が、後輩たちに惜しまれつつも幕を閉じたのだった。
以上で第二章『スキル制女子高生と夏のきらめき』は終了です。
休載期間を置いてから、次章、第三章『スキル制女子高生と地方都市』に続きます。
夏休み後半を描いた短めのエピソードです。村を飛び出して、北海道の地方都市へと旅立つ芝谷寺一家の物語。
道内なら、『地元ダンジョン大攻略』のタイトルに反しない地元判定という欺瞞……!
第二章を最後までお読みいただきありがとうございます。もしよければ画面下の☆☆☆☆☆を押して評価を入れていってくださると嬉しいです。




