46.夏合宿四日目・フロアボス戦
青熊村ダンジョン六階フロアボス、『ロックマンモス』。岩のように固い表皮を持つ、巨大なマンモスだ。
その大きさは、すぐそばにあるダンジョン商店の二階建て家屋程度のサイズ感があった。
地上からそれを見上げる形になる少女たちからすると、相手はもはや怪獣にしか見えなかった。
「これの攻撃を受け止めるのか。うへえ」
女子ダンジョン部一年のタンクが、そんなことを言う。だが、弱気な台詞と違って、その顔は歓喜に満ちていた。
そんな少女の隣に、犬のホタルが並ぶ。
「おっ、ホタルちゃん、よろしく。絶対に、私たち二人で攻撃を止めるよ」
「わおん!」
「うん、可愛い。これで私より『レベル』高いとか、嘘でしょ」
ホタルは、この合宿中にレベル10まで到達している。五の倍数のため、『アビリティ』も一つ増えている。
≪ヘビーアンカー≫というその場で足を止め、攻撃を受けても微動だにしないようにする『アビリティ』だ。
ホタルは既に≪不動≫という動きを固定する『アビリティ』を覚えているが、それぞれに違いはある。≪ヘビーアンカー≫は『能動的発動』、≪不動≫は『常時発動』の『アビリティ』なのだ。
そんな頼もしいお犬さまと共に、タンクの少女は巨大なゾウ『ロックマンモス』のヘイトを稼ぎに動いた。
「ぬおりゃっ!」
ヘイトを稼ぐメイスの一撃が、マンモスの前足に命中する。
すると、マンモスはその場でものすごい大音量で咆哮を発した。
「ぬわあああ、耳栓欲しい!」
そうして、戦いの火蓋が切られた。
『ロックマンモス』は巨大だ。前衛は、脚に攻撃するしかない。
だが、それが十二人という大人数で戦うには都合がよかった。後衛は、前衛に射線が被ることを気にせずに、胴体へ向けて存分に遠距離攻撃を撃てるのだ。
「≪マジックアロー≫にゃ!」
合宿の間もレベル21から変動していない猫のミヨキチが、魔法の矢を飛ばす。彼女のレベル21という数値は、ここダンジョン六階でもオーバースペック。『ロックマンモス』へ確かな痛打を与えた。
「お猫さまエグい! ≪火遁・大火球≫! ≪闘気手裏剣の術≫!」
ミヨキチの魔法攻撃に歓声を上げながら、自身も忍術で戦うニンジャ少女の朧月ミヤコ。
そんな後衛陣の魔法は、『ロックマンモス』相手にまあまあ通用しているようであった。
では、前衛はというと……。
「ここッ!」
『巴御前』の小路山ナツが、己の膂力を上げ相手の弱点を見抜く新しい『アビリティ』である≪明鏡止水≫にてバフを自身に掛け、そのまま≪乾坤一擲≫で『ロックマンモス』の硬い表皮を切り裂いた。
さらに、切り裂いてできた傷痕に、リーダーの三木が巨大ハサミで攻撃し、さらに傷を広げた。
「うーん、頼もしい!」
それを見ていたヒマワリも、剣鉈片手に≪斬鉄≫の『スキル』で斬りかかる。
現行メンバーで、一番マンモスにダメージを与えているのは、何を隠そうこのヒマワリであった。
『ジョブ』を持つ者たちの『アビリティ』は、常時発動の『パッシブ』でない限り、冷却期間という概念に縛られる。
しかし、ヒマワリの『スキル』には、冷却期間の概念がない。
相手の硬い表皮を軽々と切り裂く≪斬鉄≫の『スキル』は、ヒマワリの全ての攻撃に乗せることが可能であった。
ヒマワリの鋼鉄の剣をも両断する連撃が、『ロックマンモス』の分厚い表皮を削り取るように斬っていく。
やがて、彼女たちの一連の攻撃は表皮を超え、肉に届いた。
そしてとうとう、『ロックマンモス』がショッキングピンクの血を流す。
すると、それを契機にでもしたのか、マンモスは思わぬ行動に出た。その場で真上へ跳びはねたのだ。
「退避ィーッ!」
とっさに三木が後方へ転がるように逃げながら、大声で叫ぶ。
だが、見上げるほど大きいマンモスの行動を正確に把握できた前衛は少なく、三木の声でわずかに下がることが精一杯だった。
地面に落下する『ロックマンモス』。しかも、闘気の存在を表す赤いオーラを周囲にまき散らしながらだ。
「ぐえーッ!」
タンクを含めた前衛陣が一斉に吹き飛ばされ、地面に転がる。
タンクの二名はなんとか衝撃を逃して大きな怪我なく耐えたようだが、前衛アタッカーは闘気の衝撃を受けてしまった。
骨が折れた者、臓腑が傷付き血を吐く者と、何人も大怪我を負ってしまう。
マンモスはただオーラをまとって飛び跳ねただけ。たった一撃で、全滅の危機におちいった。
だが、この場には、タンクとアタッカー以外の者もいる。
「≪ヒールシャワー≫!」
『メディカル・スペルキャスター』の『ジョブレベル』を10まで上げたサツキが、光り輝く雨を降らす。
すると、その雨の範囲内にいた前衛の傷が、見る見るうちに癒えていった。
さらに、重傷を負った者には、『賢者』の『ジョブ』を持つ女子が、個別で回復魔法をかける。
「小路山に≪キュアライト≫。ほら、しゃんとしなさい!」
『賢者』のもたらす光が、『巴御前』を立ち上がらせる。
「ぐぬぅ、おのれマンモスめー」
地面に落とした薙刀を勢いよく拾い、柄をにぎりしめる『巴御前』の少女。彼女の気力は萎えておらず、治りつつある傷の痛みを無視して駆けた。
さらに、他の前衛も皆が立ち上がり、マンモスへと再び挑む。
真っ先に跳躍攻撃に気付いて軽傷で済んだ三木も追従しようとしたが、彼女はふと気付く。ヒマワリがいない。
もしや、マンモスの下敷きになったのでは。
最大の火力を持つヒマワリの死亡による退去が脳裏によぎるが、三木はそれでも彼女の無事を信じて叫んだ。
「芝谷寺さん、どこ!?」
「ボスの上ッ!」
「えっ!?」
まさかの返答は、頭上から降ってきた。
どういうわけか、ヒマワリは一連の攻防で『ロックマンモス』の身体を駆け上がり、あろうことか四つ足の動物にとって手出しができない、背中へ上っていた。
そこから、ヒマワリの勝ち誇った声が、下で戦う少女たちの耳に届く。
「ワハハ、ここなら攻撃し放題ーッ! おりゃりゃ、って、ぬわ、鼻がー!」
だが、戦っているのはゾウ型の生き物である、古代のマンモスを模したモンスター。背中まで長い鼻を届かせることができた。
攻めあぐねるヒマワリ。それを見ていた三木は、ヒマワリを自由にすればマンモスに大打撃を与えられると、とっさに判断した。
「後衛、鼻を自由にさせないで!」
「にゃ、≪プリズムチェイン≫にゃ!」
三木の求めに応じたのは、高レベルのお猫さま。
ミヨキチの拘束魔法が、『ロックマンモス』の鼻先を地面に縫い止める。
「今にゃ、全員で鼻を狙うにゃ!」
リーダーを尊重して口出しを自重していたミヨキチが、思わず上がってしまったテンションのまま指示を出してしまう。
だが、三木もその方針に異論はなかったため、指示を上書きすることなくハサミで鼻を狙いに向かった。
そこから、鎖に縫い止められた鼻に向かって、総攻撃が加えられる。
その間にも、ヒマワリは一人、≪斬鉄≫を用いてひたすらにマンモスの表皮を削り、相手の背をショッキングピンクに染め上げていく。
やがて、≪プリズムチェイン≫の効果時間が切れる直前になって、マンモスの鼻が千切れ飛んだ。
思わずと言った様子で、咆哮を上げる『ロックマンモス』。そこに追撃が入る。
「≪ケミカルニードル≫!」
千切れて肉が露出したマンモスの鼻に、サツキの魔力の針が突き刺さる。
実はサツキ、この戦いが始まってから何度か、マンモスの目や口の中を狙って魔法を突き刺していた。
そして、今回、分厚い表皮を超えた肉の傷痕に、魔法の麻痺毒が入り込む。すると、マンモスが不意にガクリと前脚の右の膝を折り、片膝を突く体勢になった。
「ぬわわわわ」
突然の姿勢変更に、背中から落ちそうになるヒマワリ。だが、彼女は剣鉈をマンモスの背中に突き立て、落下を免れた。
一方、地上ではまさかの麻痺毒の効果発揮に、皆が驚いていた。魔法を撃ったサツキ本人もだ。
ゲーム知識に染まりすぎたサツキは、ボスモンスター相手に戦いが有利になる麻痺毒の類が効くとは、あまり思っていなかったのだ。
だが、チャンスはチャンス。
前衛は三木の指示で膝を突いた脚を徹底的に狙い、後衛は相手が動物的な弱点を持つならばと顔面を重点的に狙い始める。
そして、ヒマワリは一人、背中をひたすら削って全身をショッキングピンクに染める。
やがて、『ロックマンモス』は、前衛によって前脚の両膝を完全に破壊され、後衛によって目が潰され、ヒマワリによって背骨が断たれた。
これはもう、勝ったのでは?
そう思った女子たちだが、レイドボスはまだまだ倒れない。
その場で『ロックマンモス』が赤い闘気のオーラを全身から発し始め、咆哮と共に何度も何度も周囲に衝撃波として飛ばし始める。
まさかの全身からの攻撃に、背中に乗っていたヒマワリは吹き飛ばされる。
アクロバティックに地面へと着地に成功するヒマワリだが、高所からの落下だったため、両脚の骨にヒビが入ってしまった。
それでもヒマワリは、サツキによる治療を即座に受けて、戦線へ復帰した。
そこからは、地面に伏せて闘気を全方位に発する固定砲台と化した『ロックマンモス』と、後衛の遠距離攻撃による砲撃戦となった。
タンクだけでなく前衛アタッカーも後衛を守るために立ち回り、後衛は冷却期間に苦しめられながら攻撃を連発する。
そして、周囲にある平原の草地が全て掘り返されて土だらけになったころ、ショッキングピンクの血を流しすぎたのか、とうとう『ロックマンモス』が力尽き、全身が光に包まれていく。
「勝った……?」
≪闘気砲≫の『スキル』でマンモスと闘気放出合戦をしていたヒマワリが、ポツリとつぶやく。
「ん、勝利。私たちの、勝ち」
三木が、ヒマワリの言葉を肯定するように、そう宣言する。
すると、ワアッと女子たちが一斉に歓声を上げ、皆が全身で喜びをあらわにする。
そして、『ロックマンモス』の身体が完全に消滅したところで、幾人かの『レベル』が上がり、さらに全員の足もとにドロップアイテムが光の渦と共に出現した。
そのドロップアイテムは、小さめの綺麗な箱。レイドボスのドロップアイテムは、全員に与えられる小さな宝箱なのだ。
「うわ、小さいのに重たい! 三木さん! 開けていい!?」
さっそくとばかりに箱を拾った女子部員の一人が、期待するようにリーダーの三木を見つめる。
もちろん、三木の答えは是だ。
「フロアボスの報酬箱に、罠はないよ。開けてよし!」
「いえーい!」
喜びながら地面にかがんで、箱を一斉に開ける女子たち。
中には、『ダンジョンコイン』が複数枚と、『ロックマンモスのマンガ肉』、そして魔石が入っていた。
その中身は、どうやら全員共通のようであり……。
「あはは、こんなに肉だらけで、どうするのさ!」
三キログラムはありそうな大きな骨付き肉が、全員の手もとにあるのを見たヒマワリ。彼女は、その光景に思わず笑い声を上げてしまうのであった。




