43.夏合宿一日目・午後
用意した昼食のカレーは残ることなく皆で食べきり、全員での後片付けに入った。
生ゴミや食器を洗い終わったあとに出た汚水は、使い捨てのビニール袋に入れる。そして、ダンジョンの床を軽くスコップで掘って、そこにビニール袋を放り込んだ。二十四時間経てばゴミ袋はダンジョンに吸収され、掘った穴も自然ともとに戻るようになっている。
そうして、問題なく昼食とその後片付けは終わり、いよいよダンジョン攻略へと向かう予定時刻となった。
村のダンジョン経験者は女子ダンジョン部にいないため、全員が一階から順番に階層を更新していくことになる。
三年生の行き先は、資金を稼ぎやすい金属ルート。
二年生の行き先は、五日間の食料を手に入れられる肉ルート。
そして、一年生の行き先は、最も攻略が容易な植物ルートである。
ヒマワリたち『ブルーフラワーズ』は、一年生に同行するため、一旦『ステータスウィンドウ』のシステム上のパーティーを解散。
一年生のリーダーである『魔法裁縫師』の『ジョブ』を持つ三木のパーティーに、全員が組み込まれた。
「十二人ギリギリだね!」
三木のパーティーに入ったことを『ステータスウィンドウ』で確認したヒマワリが、そんなことを言った。
パーティーを組む仕組みは、『ステータスウィンドウ』に存在する正式な機能である。パーティーを組んでいる限り、『レベル』を上げるための『経験値』は全員に同じだけ与えられるようになっている。
たとえば、あるモンスターが一〇の『経験値』を持っているのなら、それを倒したパーティーは全メンバーが一〇の『経験値』を得られるようになっている。
つまり、パーティーの人数が多ければ多いほど、発生する『経験値』の総量は多くなる。しかし、パーティーを組める人数には、上限が存在した。それが、ヒマワリの言及した十二人なのだ。
女子ダンジョン部にもともと所属していた一年生部員が三名。仮入部を経て免許を取得し正式に入部したメンバーが五名。『ブルーフラワーズ』が犬猫含めて四名。それの合計が、ちょうど十二名であった。
ちなみに、三木がこの一年生のリーダーを務めた理由が、一年生の部員の中で一番『レベル』が高いからだ。
彼女は四月生まれで早くから『ジョブ』を得ており、それ以降、獲得した『アビリティ』を積極的に使用してきた。さらに、ある程度『レベル』が上がってからは、町のダンジョンにも足しげく通うようになった。
その結果、彼女の『レベル』は現在8にまで上がっていた。
なお、ここしばらく六階の攻略を本格的にしていたサツキの『レベル』が、9である。家から歩いて十分にダンジョンがある五月生まれのサツキに迫るあたり、三木はなかなかダンジョン好きであるようだった。
しかも、魔法裁縫服という、ダンジョンで使える防具を自作できる生産系『ジョブ』でもある。
そのため、彼女は次期副部長候補として、部の先輩たちに期待されていた。
その三木が、パーティーを無事組み終わったことを『ステータスウィンドウ』で確認し、フンスと鼻息を吐いて気合いを入れる。
一年生パーティー、『フラワーガーデン』は、こうして出発準備が整った。
と、そこに、同じく出発準備を終えた部長の美園が近づいてきて、三木に言った。
「三木ー、今日は様子見だから二階か、せめて三階までにしておけよー」
「分かっています。新入部員もいるので、安全第一」
「よし、大丈夫そうだな! 健闘を祈る!」
そうして、大所帯となった一年生パーティーは、植物ルートが存在する道へ、隊列を組んで出発した。
だが、三木はある程度進んだところで、制止の声を上げる。
「止まって。戦うよ」
「えっ、ここ一階だよ? 『ノンアクティブモンスター』しかいないはずだけど……」
新入部員の一人が、三木の言葉に疑問を投げかける。
だが、三木は努めて冷静に声を返した。
「『ノンアクティブ』だからこそ。あそこにウサギの群れがいるから、モンスターと戦うことに慣れる」
「ウサギ……『アルミラージ』?」
「そう、クソ雑魚ウサギ。ちょうど五匹居るから、新入部員の練習台にする」
三木の視線の先。そこには、角の生えたウサギが五匹、草を食みながらまとまって存在していた。
なお、モンスターは内臓が存在しない非生物であるため、その活動上食事は必要ない。草を食んでいるのは、ダンジョン側によるフレーバー的な演出でしかなかった。
そうして、三木の指示を受けた五人が、各々の武器を構えて、『アルミラージ』に近寄り始める。
だが、『アルミラージ』は警戒心を見せることなく、近づいた女子生徒を見上げるのみだ。
「うっ、ヤバ。可愛い」
「可愛く見えるだけ。それはモンスター」
薙刀を持った新入部員がひるむが、その後ろから三木が淡々と言った。
ちなみに、この新入部員は、動物系のモンスターを相手したことがない。花祭町ダンジョンの一階には、動物系モンスターがポップしないのだ。代わりにいるのは、歩くキノコの姿をした『マタンゴ』と呼ばれるモンスターである。
そのため、小動物の姿を斬りつけるという忌避感が、薙刀を構えた部員の心を支配する。
しかし、ここで躊躇するようでは、ダンジョンの攻略など今後やっていけない。彼女はそう思い直し、気合いを入れて薙刀を振るった。
「うおりゃッ!」
すると、薙刀は見事に『アルミラージ』を切り裂き、一撃で相手は光を放ちながら消滅していった。
「うおァ!?」
まさか一撃で倒せるとは思ってはいなかったのか、部員は残心を忘れて驚き声を上げてしまう。
そして、ドロップアイテムの『アルミラージの角』が出現したところで、ようやく落ち着いて周囲を見回した。
すると、他の新入部員たちはまだ『アルミラージ』と戦っていた。
必死に杖を『アルミラージ』の頭に叩きつける者や、攻撃をかわされ先端の丸い角による反撃を受ける者もいた。
どうやら、初撃で『アルミラージ』を倒せた者は、薙刀を持つ彼女一人だけだったようだ。
「おー……やっぱ薙刀って、ヤバい強さだわ」
長物でリーチがあり、刃が付いており、両手持ちのため力も乗せられる。
そんな薙刀を武器にする『ジョブ』に付けてよかったと、彼女はあらためて思った。
彼女の『ジョブ』は『巴御前』。源平合戦に登場する、女侍の名前が付いた『ジョブ』であった。
◆◇◆◇◆
一年生のリーダー三木による、新入部員たちへ向けたダンジョンの洗礼が無事終わった。
そこであらためて、今後もダンジョン攻略をやっていけそうか、三木は確認を取ることにした。その様子を横から見ていたヒマワリは、三木のリーダーシップに頼もしさを覚える。
一方、話を振られた新入部員たちは、三木の気遣いに気付ける余裕もなく、先ほどまでの『アルミラージ』との戦闘を振り返る。
「生き物を斬りつける感触、結構ヤバいかも……」
そう言ったのは、『巴御前』の薙刀使い。
「あー、それなー……。私は杖で撲殺だから、まだマシだったけど……」
追従するように言う、『賢者』の杖持ち。
「私なんて、忍者刀だから、エグい返り血浴びたんだけど!?」
叫ぶように言ったのが、『ニンジャ』の直刀使いである。
ちなみに、ショッキングピンクの返り血は、『アルミラージ』討伐後に跡形もなく消え去っている。
そんな各々の反応をあらためて聞いて、薙刀の部員は、ううむとうなった。
「芝谷寺さんは、この感触を克服したんだよね?」
薙刀の柄を胸もとに引き寄せながら、部員はサポート要員として来ているヒマワリに質問した。
すると、ヒマワリはニコリと笑って、正直に答える。
「私は最初、刃物じゃなくて木刀を使っていたから、段階を踏めたかなー。それでも殴るのに嫌な気持ち……嫌悪感ってやつ? それがなかったわけではないけど」
そんなコメントに、やっぱりダンジョンで活躍しているシーカーも、最初は自分と同じ気持ちになったんだと、新入部員たちは安心する。そして、そんな新入部員たちへ、三木が言う。
「ダンジョンのモンスターは生き物じゃなくて、ただの動くオブジェクトだって自分に言い聞かせるしかないかな。むしろ、生身の動物を平気で殺せるようになっちゃうのは、シーカーにとってあまりいいことじゃないと思う。ダンジョンの外で、猟師をしたいならともかく」
モンスターは、生き物ではない。これは、ダンジョン入場資格試験でも設問として必ず出てくる、重要な情報である。
モンスターは生物のような動きをするだけで、そこに命や感情、霊魂は持ち合わせていない。
過去にダンジョンシーカーが、ダンジョン商店の店員や『ダンジョンの神様』から直接聞き出して判明している事実である。
それを思い出した薙刀の部員は、胸の中のモヤモヤが晴れた気分になった。そして、彼女は言う。
「これでも、モンスターを倒したらそのままアイテムが落ちる仕様があるだけ、マシだよね。死骸の解体とか必要だったら、ダンジョンシーカー志望していなかったかも」
すると、直刀のニンジャ少女が、笑顔を浮かべて言った。
「あー、倒した後にナイフで剥ぎ取りとか? 小学生のときそんなゲームやったことあるー」
さらに、『賢者』の部員が話に乗ってくる。
「『モンハン』な。一昨年出たやつは、やりこんだなー」
と、そんな言葉に、自分もやりこんだと言いたげにサツキが身体をゆするが、話が明後日の方向に行きそうな予感がしたため無言を貫いた。
そうして、三木によって全員ダンジョンで今後もやっていけそうと判断が下され、彼女たちはいよいよ本格的に植物ルートへの進行を開始するのであった。
◆◇◆◇◆
植物ルート二階。木の密度が低い森林地帯である。さらに、正規ルートを示す、草の生えていない平らな道がずっと遠くまで伸びている。
そこで、一年生パーティー『フラワーガーデン』は、モンスター討伐をメインに攻略を行なっていた。
ダンジョンでお金を稼ぎたいなら、植物ルートでは薬草の採取が定番である。
しかし、リーダーの三木はプロのシーカーとしての稼ぎよりも、まずはダンジョンを進む行為そのものに慣れるよう、取り計らった。
とにかく歩き、モンスターを探し、隊列を入れ替えながら順番にモンスターを討伐する。
ヒマワリたち『ブルーフラワーズ』は、それを後方からのんびりと見守る。何かアドバイスができるようなら口出ししようと思っていたヒマワリだが、三木の指揮が完璧なため、今のところ特にヒマワリの出番がやってくることはなかった。
そして、地図を見ながら三階への正規ルートからも外れて、草の生えた道を進んでいくこと一時間ほど。
なんと、彼女たちは宝箱を発見した。
「うわあああ! 宝箱だあああ!」
これには、新入部員たちも大喜び。
早速開けようと飛び出すが、そこへ三木が待ったを掛ける。
「スタァァァップ! 宝箱には罠があるかもしれない!」
「うおおお!?」
宝箱に駆け寄った数人が、三木の怒鳴り声に急ブレーキを掛ける。
そして、彼女たちは宝箱を囲むように位置取り、困ったように三木へ振り返った。
「三木さん、宝箱っていつもどうしてる?」
「漢解除。罠にかかること前提で鍵を物理的に破壊してる。今までのメンバーだと、そうするしかなかったから」
「うわあ……」
リーダーのまさかの答えに、新入部員たちはドン引きした。
しかし、そこで三木は薄い笑みを浮かべて、告げる。
「でも大丈夫。今の私たちには、斥候がいる」
「ん? スカウト系の『ジョブ』? いたっけ?」
「『ニンジャ』がいる」
「私ィ!?」
思わず叫んだ『ニンジャ』の『ジョブ』を持つ女子。
すると、他の新入部員たちが、ヒソヒソと話し始めた。
「忍者って、鍵開けとかするの……?」
「御城や屋敷に忍びこむとか、しそうじゃない?」
その言葉を聞いていた『ニンジャ』の女子が、いやいやと首を横に振って言う。
「私の『ジョブ』、伝統的な草の者じゃなくて、忍術とか使うフィクションニンジャだよ!」
「大丈夫、フィクションニンジャも、罠とか使う。ね、磯花さん?」
三木が突然、サツキに話題を振る。
すると、サツキは集まった周囲の視線に狼狽しながら、なんとか言葉を返そうと努めた。
「そうだね……。『NARUTO』とかでも、罠は仕掛けてたよ」
「つまり、解除もできる」
「そうかな? そうかも……」
三木の断言に、サツキは首をかしげながらそう言った。
だが、『ニンジャ』の女子は納得がいっていない様子であり。
「私、罠系の『アビリティ』持ってないんだけど……」
しかし、三木はその言葉も予想の範疇だったようであり。
「確かにそれは把握している。でも、『レベルアップ』で一番、罠に対処できる『アビリティ』を習得できそうなのは、『ニンジャ』である朧月さん、あなた」
そんなことを言われ、『ニンジャ』の女子、朧月ミヤコは、段々その気になってきた。
そうして、朧月は知識もないまま罠解除に挑むことになってしまった。
ちなみに、それを後ろの方から見ていたヒマワリたちはと言うと、部員たちに聞こえないよう、小声で会話をしていた。
「ミヨキチさん、罠はある?」
「あるにゃあ。『咳き込む煙の罠』にゃ。鍵はかかってないにゃ」
「あるのかぁ……」
「大丈夫にゃ。二階の罠は、トラウマを植え付けるほど酷くはないにゃ。むしろ、罠解除の『アビリティ』を持ちたいというきっかけになるかもしれないにゃ」
そんな会話をするうちに、前方では解除失敗で宝箱の罠が見事に発動。『ニンジャ』の少女朧月は、盛大に咳き込むことになった。
咳き込む以外に被害はなかったが、念のため魔法アタッカー兼ヒーラーである『賢者』の少女に治療の魔法をかけてもらった朧月。彼女は、これ以上の罠は無さそうと見て、あらためて宝箱を開ける。
すると、中にあったのは、定番の『ダンジョンコイン』であった。
「おおー、これが噂の『ダンジョンコイン』!」
朧月が、満面の笑みで中身を取り出す。
中身は、ちょうど部員の数である八枚のコインが入っていた。二階の宝箱から出る量としては、それなりに多い方だ。
「ちょうど部員で分けられるかな? あっ、でも『ブルーフラワーズ』もいるのかー」
ちょっと残念そうに言う朧月だが、ヒマワリは「何もしてないから、今回は辞退するよー」と返す。
さらに、三木が言う。
「新入部員五人で一枚ずつ、そして残り三枚は、今後の活躍に期待を込めて朧月さんが持っていっていいよ」
「えっ、いいのっ!?」
「いいよ。その代わり、罠解除の『アビリティ』習得を検討してほしい」
「検討する検討する。ダンジョンシーカーって、ポーターとスカウトが引っ張りだこなんでしょ? あと、忍術の罠とかも覚えたら、エグいくらい格好良いから、そっち系も目指しちゃおうっかな!」
ニコニコ顔で、朧月が三木の要望に応えるように言った。
ダンジョンシーカーは、役割分担が重要だ。どうしても攻撃担当のアタッカーに人気が集中しがちであるが、アタッカーだけのパーティーでは深い階層まで潜ることは難しい。
そこでリーダーは、パーティーメンバーの個々人の適性を見て、各員の役割分担をうながす必要があった。
だが、役割を強制することで仲違いし、パーティー解散という事態もよくある話であった。
パーティーを組んだばかりの一年生の部員たちがそうならないか、後ろで見守るヒマワリも心配していたところがあった。
しかし、三木のバランス感覚と、部員たちの反応を見る限りでは、今のところは上手くいきそうだ。そう思い、ホッと息を吐いて一安心するヒマワリであった。




