42.夏合宿一日目・午前
青熊村に建てられているダンジョン入場施設には、ロッカールームとシャワールームがある。
これは、ダンジョン誕生黎明期に、自衛隊が用意していった設備を村の行政側で拡張したものだ。
ロッカーもシャワーも使用料がかかるが、現金は必要ない。ダンジョン入場免許証を使ったキャッシュレスの魔力認証決済に対応している。
なお、ダンジョン入場免許証は運転免許証や保険証と違い、マイナンバーカードに統合されていない。
ダンジョン入場時は、行政が設置した専用の門を通るためにダンジョン入場免許証を携帯している必要があるが、ダンジョン内にその他の貴重品を持ち込むことは推奨されていないからだ。もしダンジョン内でマイナンバーカードを紛失してしまった場合、二十四時間経過でダンジョンに飲みこまれてしまう。
そして、ダンジョン入場免許証はダンジョン内で失われることを想定して、再発行が容易になっている。
国の行政側は、無形の存在である『ステータスウィンドウ』にダンジョン入場免許証を組み込めないかと、国の機関や大学に研究を要請している。だが、今のところ成果は上がっていない。
ダンジョン内でしばしば姿を現す『ダンジョンの神様』と違って、『ステータスウィンドウ』を人類に与えた『ジョブレベルの神様』は、人前に姿を現すことはまずない。ゆえに、『ステータスウィンドウ』への干渉は、とっかかりすらつかめていないのが現状のようである。
よって、ダンジョン入場免許証は物理的なカードのままであり、女子ダンジョン部の部員たちも今回、全員がそれを携帯している。簡単には脱落しない、専用のホルダーに入れて無くさないようにも気を付けている。
その彼女たちは、青熊村ダンジョンのダンジョン入場施設に入り、村役場の職員に施設の説明を受けたのちに、ロッカールームにて着替えを行なった。ロッカールームはそれなりに広く、顧問含めて二十人居る女子たち全員を入れても、まだまだ余裕があった。
そして、普段はパーティー単位で町のダンジョンに挑んでいる彼女たちが、一ヶ所に集まってダンジョン用装備に着替える機会は、実は滅多にない出来事であった。
「三木ちゃんの武器、エモくね?」
「分かる。何その、デカいハサミ」
「私、ハサミで断つ行為に補正が入る『アビリティ』があるので」
「どこで買ったのさ、それー」
「鍛冶師の人に、特注で……」
「えー、どこの工房ー?」
「町の商店街にある、『ハナガタナ工房』です」
「お高いところじゃん!」
「三木ちゃん、お金持ちー」
「そこは、魔法裁縫服をたくさん売りましたから」
「あー、一年生のほとんどが、三木ちゃんの服だよね」
「実は芝谷寺の装備も、三木のだぞ」
「マジ? 三木ちゃんの服、ワールドワイドで宣伝されているやん」
キャッキャウフフと騒ぎつつも、ダンジョン用装備についての話題が繰り広げられているあたりは、学生シーカーらしいと言えるだろう。
そうして、装備を着けた姿を互いに確認した後、武器を専用ケースに収め直して、一同はロッカールームを退出する。
すると、急に私語がピタリと止まり、皆がしずしずとダンジョン入場門へと移動を開始し始めた。
騒ぐべき場所と、静かにすべき場所。そのあたりの分別を付ける教育は、部長の美園が部員たちへ徹底的に仕込んでいる。ダンジョンシーカーという職業人が乱暴者の集まりであるという偏見を作り出させないため、マナーは守るべきであるという考えである。
実際のところ、高名なダンジョンシーカーの集まるクランほど、公共の場でのマナーの遵守を徹底しているという。
これは各クランの教育の成果というよりも、魂を磨く行為とされる『レベルアップ』による、精神性の高まりが大きな要因であると言われている。さらに、その有名クランに憧れる他のシーカーも彼らを見習い、連鎖的に全体のマナーがよくなっている。そんな日本のダンジョンシーカー界隈の現状であった。
◆◇◆◇◆
顧問の教師を含めた女子ダンジョン部全員が、ダンジョン入場門をくぐる。
その先には、家で装備に着替えてきた『ブルーフラワーズ』の面々がすでに待ち構えており、合流してからベースキャンプの設営場所へと移動する。
さすがに、ダンジョンに入ることが初めての者はいないため、一階の青空と草原を見てはしゃぐ様子は見えない。
だが、気分が高揚していることは確かなようで、ヒマワリから見て何人かの一年生がソワソワしすぎて今にも爆発しそうだと感じた。
それでも、一年生たちは私語を我慢し、先を行く上級生の後を追う。
やがて、草原の一角にある、起伏の無いなだらかな地帯に到着した。
「よーし、荷物を下ろしてよし!」
そんな部長の号令で、背負ったリュックサックを一ヶ所にまとめ、パーティー分だけ用意したリヤカーを並べる部員たち。
それを確認した部長は、「整列!」と再び号令をかけた。
なんだか、体育会系のノリだな。などと、彼女たちの様子を横から見ていたヒマワリは思った。
「これから、ベースキャンプの設営を始める。その後、昼食を挟んで、午後からはいよいよダンジョン攻略に入る!」
部長がそう宣言すると、部員から「おおー」と声が漏れる。
そして、部長は設営の諸注意を話していき、昼食のメニューについてなども説明する。これだけの集団だ。各々が好きなものを食べるのではなく、全員で料理をして全員で食べるという方針のようであった。ヒマワリは、まさに合宿だな、と少し彼女たちの立場がうらやましくなった。
それから、午後のダンジョン攻略についても、部長は話す。
「一年生には、本格的なダンジョン攻略が初めての者も、当然いるだろう。モンスターからの攻撃を初めて受ける者も、いるかもしれない。だが、ギブアップは極力しないように!」
ギブアップ。ダンジョン内で宣言することで、入口に戻される特殊なダンジョン仕様である。
ダンジョン内で死亡した場合は、全ての怪我が治った状態でダンジョンの入口に戻される。だが、半端に怪我を負った状態でモンスターを討伐した場合、戻るも進むもできなくなってしまうことがある。そういう場合は、ギブアップを宣言することでそれまでの取得品を失った状態で帰還するという、ダンジョン側が用意したセーフティーネットを使用するのだ。
そして部長は、そのギブアップを使うなと言っていた。
だが、その方針にも理由はあった。
「根性論じゃないからな! 一年生には芝谷寺のパーティーが着いていく。磯花という専属ヒーラーもいるうえ、猫のミヨキチさんがサポート系の『アビリティ』持ちだ。バックアップ体制がしっかりしているので、動けないほどの重傷を負わない限り、ギリギリまで粘れる! ギブアップ宣言して地上に戻されたら合流が大変だから、気合いで耐えろ!」
そこまで部長が言ったところで、不満を覚えたのか同じ三年生から野次が飛ぶ。
「バックアップ体制があるのは分かるけど、気合いで耐えるのは根性論ー」
「美園部長、言うことスパルタだわー」
「うっせ! 低階層を気合いで耐えられるくらいじゃないと、どのみち深い階層ではやっていけなくなるんだ。この機会に、気合いを育てるんだ!」
そんな部長の言葉を聞いていたヒマワリ。彼女は、根性論と言ってしまえばそうだけど、ダンジョンではその根性が求められるのも確かだよね、と内心で同意したのであった。
◆◇◆◇◆
ベースキャンプの設営が進み、やがて昼食の時間となった。
そこで携帯コンロや飲用水が湧き出る水差しが取り出され、部員全員で料理を始めた。
コンロも水差しも、高純度の魔力が結晶化した物質、通称『魔石』を乾電池のように使用するタイプのようだ。
このタイプの携帯コンロは、ダンジョンシーカーの間で人気の品である。魔石を自力で入手できるなら、ガス缶を使うコンロよりもはるかに経済的。なにより、ガス缶が爆発する危険がないため、モンスターとの戦闘中も安心だ。
ちなみに、魔石は、ここ青熊村ダンジョンだと最短で七階にて入手が可能。部長率いる三年生のパーティーならば、直接調達できるだろうと、ヒマワリは見た。
「よーし、作るぞー。カレー!」
「五日間も過ごすのに、一日目の昼がカレーって。定番の献立をいきなり消化とか、ウケる」
「一番の盛り上がり所が、一日目の昼かー」
「うっせー。最初が肝心なんだよ!」
と、盛り上がりつつ、料理は進む。
なお、『ブルーフラワーズ』もこの一日目の昼だけは、女子ダンジョン部と一緒に昼食を取ることになっている。彼女たちも、夏合宿気分を少し味わってみたかったのだ。
カレー作りは順調に進んでいた。すると、そんな彼女たちのベースキャンプに、何者かが近づいてくる様子が、ジャガイモの皮剥きをしているヒマワリの目に映った。
それは、ダンジョン装備に身を包んだ大人の女性。しかも、背後には金属質のゴーレムらしき巨大な影がある。
何事か。そう部員たちが身構えるが、『スキル』の効果で視力の高いヒマワリが、声を上げる。
「村役場の職員さんだよ!」
そう、やってきたのは、夜勤で女子ダンジョン部の面倒を見てくれるはずの、剣崎であった。
剣崎は、背後に何かを連れたまま、ゆっくりとベースキャンプへと歩んできた。
「どうもー。役場の担当の者です。夜のための設営に来たので、隣の場所を失礼しますね」
そう言って、剣崎はゴーレム機構を組み込んだ自動操縦のロボットを使って、キャンプの準備を始めた。
彼女が用意した道具は、女子ダンジョン部以上に本格的なキャンプ用品。
昼食もこの場で食べるつもりなのか、いかにも使いこんでいますといった風格のホットサンドメーカーを取り出していた。
すると、そこに副部長の龍巻が行き、「こちらはカレーですが、一緒にどうですか」などと誘いの声をかけていた。
その後、軽い話し合いがされたが、昼用の食材をすでに用意してきてしまったという理由で、剣崎は自分で用意した料理を食べることになった。
そんな一幕をはさみつつ、花祭高校女子ダンジョン部の夏合宿最初の料理である、夏野菜カレーが完成する。
各々が紙皿に炊いたご飯とカレーを盛り付け、地面に敷いたレジャーシートに座る。
剣崎も、食べるタイミングは合わせようとしてくれたのか、チーズでトロトロのホットサンドの完成をギリギリまで遅らせていた。
そして、完成したカレーを前に、食事が始まる……前に、部員たちが各々持参したダンジョン用の高耐久デジカメで、カレーの写真を撮り始めた。
すると、アウトドアチェアに座りながらホットサンドを食べ始めようとしていた剣崎が、物言いたげな目でその様子を見てきた。それをとっさに察知したヒマワリ。彼女は、剣崎の方を指さして、ダンジョン部の女子たちに言った。
「剣崎お姉さんの料理もついでに撮ろう!」
すると、女子たちがワッと一斉に剣崎の所へ行き、デジカメで写真を撮っていいか尋ね始めた。
剣崎は、満足そうな顔をしながら「遠慮無くどうぞ」と許可を出す。
「すげー美味しそう!」
「美味しいですよ? 私もあなたたちと同じように、学生時代はシーカーとして合宿をしたものです」
「お姉さん、もしかしてダンジョンシーカー第一世代?」
「そうですね。ちょうどダンジョンが一般解禁されたころに大学生でした」
「うおー、じゃあ、このホットサンドも歴戦のダンジョン飯!」
ワイワイと騒ぐ女子たちに囲まれながら、剣崎は本当に楽しそうな顔をした。少なくとも、ヒマワリの目からは楽しそうに見えた。実のところ剣崎は、社会人になって以降はソロでダンジョンにもぐっているため、他の女子シーカーとの交流に飢えていた。
青熊村の兼業シーカーはいずれも一回り以上年上の男性たちのため、話題が今一つ合わないのだ。
そんな心の小さな闇を抱える剣崎が、一通りの写真を撮り終えた女子部員たちに言う。
「どう? なかなか『ウィンスター映え』するでしょう?」
すると、女子たちは「えっ?」と一瞬、反応が止まる。そして。
「『ウィンスター映え』って、数年ぶりに聞いた」
「小学生以来かも」
「最近、聞かないよねー」
その言葉は剣崎にとってショックだったのか、心底驚いたという表情に変わってしまった。
「もしかして……死語?」
「死語かも?」
「死語ですね!」
「ええー……」
女子たちの素直な反応に、剣崎は愕然とした。
そして、剣崎はショックを隠せないまま、小さく言う。
「『ウィンスター』は現役SNSなのはずなのに、言葉が先に廃れたとか、どういうことなの……」
「現役は現役ですけど、最近は写真の『ウィンスター』よりも、ショート動画の方がみんな見てますよー」
「ああ、『てぃんくる☆くるくる』ね」
「そうですそうです」
『てぃんくる☆くるくる』は、動画に特化したSNSの一つだ。ショート動画と呼ばれる、極めて短い再生時間の動画が今の若者に人気であり、若者たちはこぞって動画を投稿してバズることを狙っていた。
「でもまあ、ダンジョン内の動画投稿は基本NGなので、うちらは写真をメインに撮って、後で血とかが写りこんでいないかよく確認するんですけど」
「『ダンジョンハーツ』も最近、ショート動画を扱うようになったので、動画を撮りたいときはそっちを使ってます」
「モンスターの倒し方とか、参考になるー」
と、女子ダンジョン部の部員たちが矢継ぎ早に言う。
ダンジョンでは怪我や流血、擬似的な死が起こるため、一般的なSNSにダンジョン内の写真や動画を流すことは推奨されない。そこで使われるのが『ダンジョンハーツ』というダンジョン専門の動画投稿サービスである。
ダンジョンで食べる料理、通称『ダンジョン飯』も、『ダンジョンハーツ』では人気のコンテンツの一つだ。さらに、最近になって、写真やショート動画の投稿機能も公式に実装されたばかりであった。
「はあー、SNSは『ウィスパー』だけの私には、ついていくのがやっとの世界ですね……」
そうぼやく剣崎に、ダンジョン内で切った張ったをすることを好む変わり者が集まる女子ダンジョン部の面々は、親近感を覚えた。そして女子たちは、剣崎を囲んだまま和気あいあいとカレーを食べ始め、剣崎も彼女たちに構われながら楽しい昼食の時間を過ごした。
なお、ヒマワリはサツキと二人で、嬉しそうな剣崎の様子を後方から眺めて、うむうむと満足げにうなずいていた。




