4.わんにゃん動物ダンジョン
「やっぱりパーティーメンバーがいると、安心感が違うなぁ」
ダンジョン一階。『肉ルート』と名付けられている道を通って、ヒマワリ達は二階の入口近くまでやってきた。
ダンジョンの中には、一本道ではなく複数のルートに分かれているものがある。そして、それぞれのルートごとに特色が違うのだ。
現在彼女達が進むルートには、倒すと肉を落とすモンスターが数多くいる。それゆえに『肉ルート』だ。
ちなみに、モンスターを倒した際に落とす物質をドロップアイテムと呼ぶ。ダンジョンシーカーは、主にこのドロップアイテムを持ち帰って生計を立てる職業だ。
「お嬢さんは初パーティーだったかにゃ? 今まで組んでくれる人はいなかったにゃ?」
ヒマワリが木刀で殴って引きつけたアルミラージを魔法で倒した猫のミヨキチが、ヒマワリにそう尋ねる。
ヒマワリは、アルミラージがドロップした角を拾って、ショルダーバッグにしまいながら答える。
「パーティーって感じじゃなかったけど、スキルの検証のために自衛隊の人と何度か組んだことはあるよ。でも、検証が終わってからは初めてだね。なにせ、過疎村だからね」
「世知辛いにゃあ」
「村だと兼業で潜っている人はいるんだけど、その人達って本業があるからね。しかも、曜日関係ない感じの農業がメイン」
「学生のお嬢さんとは時間が合うはずもないにゃあ」
「おおう、この猫ちゃん、想像以上に人間の事情に詳しいぞ……」
バッグの口を締めて、戦闘中にこぼれでないようにしながら、ヒマワリがつぶやく。
猫が人間の職業や時間感覚を理解している。ヒマワリにとって驚くべき事実だった。ジョブとレベルを得た動物は賢くなるが、ミヨキチの場合、ワイズマンというジョブに就いたことで、知能が人間以上に向上している。ヒマワリがそれを知るよしもないが。
「もと飼い猫にゃ。飼い主が病気で亡くなって以来、風来坊だけどにゃ」
「北海道で風来坊ってキツそう」
「本当にゃ。ダンジョン内で一冬越したにゃ。でも、そろそろ家の中が恋しいにゃあ。お嬢さんになら飼われてもいいにゃ」
「うち、もう犬を飼っているんで……」
「残念にゃあ」
そうして、二人は二階の入口へと向かう。
二階への入口は一階の草原の中に立てられた祭壇で、その祭壇の前には光り輝く魔法陣が敷かれていた。
その魔法陣に乗ると、二人は山のふもとに移動していた。空間転移である。
「おー、ここが肉ルートの二階かぁ」
「お嬢さんは、ここ初めてにゃ?」
「私が行ったのは、金属ルートの三階までだね」
「そうかにゃ。じゃあ、迷わないように浅いところで肉を狩るにゃ」
そうして、二人は獲物を探して山のふもとをうろうろとし始めた。
「モンスター探知の魔法アビリティを使うにゃ。≪サーチ≫」
「おおー、さすがワイズマン。そんな便利そうな魔法が」
「その代わり、攻撃魔法はさっきの≪マジックアロー≫しかないにゃ」
「木刀よりはマシでしょ」
そうして二人は猪モンスターを発見し、アルミラージの時と同じようにヒマワリが猪の注意を引きつける。
猪が突進してきたのをヒマワリはひらりとかわし、猪がUターンしてきたところに木刀を叩きつけた。
頭を力一杯打たれた猪がひるむと、そこにミヨキチの魔法が突き刺さる。
レベル20の力は、この二階ではオーバーキルであったのか、一撃で猪は倒され、光になって消える。
そして、その光の跡に、透明なフィルムで梱包された猪肉が残った。フィルムにはラベルが貼られており、丁寧に『ダンジョン猪のバラ肉』と書かれていた。
「おー、これが噂のダンジョン肉!」
「特殊なフィルムで梱包されていて、フィルムを剥かないかぎり永久に持つにゃ。夢の消費期限無限にゃ」
「不思議だねぇ」
「ダンジョンに不思議じゃないことなんてないにゃ」
そんな会話を交わしている間に、ヒマワリは肉をバッグにしまった。肉の量は、たったの五百グラム程度だ。
猪という大型の獣と切った張ったをした成果としては、とても少ない量だ。ただし、人がダンジョンで命を落としてもダンジョン入口で無傷になって蘇る。ゆえに、安全な労働の対価としてはこんなものなのかもしれない、ヒマワリはそう考えた。
「でも、猪肉かぁ。豚肉と比べると少し癖があるって言われているから、買い取り価格も安いんだよね」
「美味しい肉は深く潜らないとないにゃあ。今日は、二階の肉で我慢するにゃ」
そうして、二人は再び≪サーチ≫の魔法でモンスターを探した。次の獲物は巨大な蛇で、木の上から降ってきたが、ヒマワリはとっさにこれをかわした。そこからさらに木刀で蛇の頭を打ちすえ、動きを止める。
そこへミヨキチの魔法の矢が炸裂し、大蛇は光となって消える。
その跡には、蛇皮がドロップアイテムとして残されていた。肉ルートだからといって毎回肉が出るわけではなく、何が出るかは一定のラインナップの中から確率で決まるようになっている。
「お嬢さん、なかなかやるにゃあ」
「でしょー」
「でも、武器が木刀というのが心もとないにゃ」
「うっ、そこは、モンスター素材をコツコツ集めて、頑張って買う方向で……」
ヒマワリの武器は、中学時代に京都の修学旅行で買った木刀だ。『ダンジョンでも使える!』との触れこみに衝動で買ってしまった一品である。
「村には鍛冶師系ジョブいないにゃ?」
「あっ、村役場のお姉さん、ロボテック・ブラックスミスじゃん! あー、でも、公務員の副業で武器作成とかしてもらえるのかな」
「公務員でもアビリティを使用する副業なら、申請すれば認められるにゃ。国がアビリティを使ったレベル上げを推奨しているにゃ」
「このお猫様、私以上に事情に詳しい!」
ヒマワリはダンジョンの先輩であるミヨキチに、武器をどう作っていくとよいかのアドバイスを聞きながら、肉を狩って回った。
やがて、バッグはそこそこ肉で埋まり、基礎能力の低いヒマワリではとっさの動きに影響が出る重さになってきた。
そろそろ帰ろうか、とヒマワリが提案しようとしたところで、ミヨキチが言った。
「あちしたち、結構いいコンビじゃないかにゃ」
「だよねー」
「じゃあ、あちしを飼うのもいいにゃ?」
「うーん、親に相談しないと……」
「餌の肉も自分で狩るし、トイレも一人でできるにゃ。シャワーも嫌がらないにゃ」
「有能だぞ、このお猫様……」
ヒマワリの気分は、割とミヨキチを受け入れる方向に傾いていた。
なにしろ、この猫、魔法が有能すぎる。火力はレベルにしては今一つかもしれないが、ダンジョンの探索に役立つアビリティを複数覚えているのだ。さらにレベルアップしていけば、ダンジョンシーカーとして求められるアビリティを追加で覚えていくと予想された。
「でも、今後、固定パーティーを組むとしたら、二人だけだと限界があるにゃ」
「うーん、でも、さっきも言ったけどスケジュールが合わなくて……。もう一人加入する予定だけど、ダンジョン入場資格試験がある今月末まで待たないといけないし」
「柔軟に考えるにゃ。お嬢さんはカチカチだにゃ。頭をやわやわにするにゃ」
「えっ、私の頭が固い、だと……」
猫に頭の固さを指摘され、ショックを受けるヒマワリ。ミヨキチはそこらの人間よりも賢く、発想も柔軟だった。
「絶対に付いてこられるメンバーが一人、いるはずにゃあ」
「えー、幼馴染みのサツキちゃんはまだ十六歳じゃないし……」
「一旦帰るにゃ。そして、新メンバー勧誘にゃ!」
ミヨキチの言葉に、ヒマワリは大人しく従った。いったい誰だろうと、首をかしげながら。
◆◇◆◇◆
青熊村ダンジョン施設内にあるダンジョン入場門。その前で、村役場職員の剣崎ヒジリはダンジョンの入退出管理をしていた。
ダンジョン内で怪我をしても、死に至っても、ダンジョンの外に出れば全てなかったことになる。
だが、ダンジョンに危険がないわけではない。それは、迷子。ダンジョンの一部は迷路となっており、地図がなければ迷うこともしばしばある。
その場合でも、ギブアップをダンジョン内で宣言すればその場で入口に戻れるのだが、必ずしもギブアップを宣言できる状況とは限らない。
ダンジョン内で意識不明となった場合、一定時間が経過すると入口に戻される。
ダンジョンが生まれてから十年。これだけのことが判明していてダンジョンは人死にが出ない安全なものだとされているが、まだまだ不明なことも多く、不測の事態もありえると行政は判断していた。そのため、国が管理をしているダンジョンでは入退出管理が徹底されていた。
そんな事情ゆえに、この青熊村ダンジョンの入退出管理は、村役場の職員の大事な仕事だった。
その仕事場で、剣崎は非常に困惑した顔でヒマワリ達のパーティーを見ていた。
剣崎は半月前に、ヒマワリのダンジョン研修を行なった職員だ。その立場からすると、ヒマワリが楽しくダンジョンに潜ってくれるのは嬉しい限りなのだが、今回は事情が違った。
「えーと、その子、ホタルちゃんですよね?」
「うん、新メンバーだよ!」
自信満々に言うヒマワリに、剣崎は額に手を当ててため息をついた。
「……ううん、しゃべる猫を連れてきたことにも驚いたけど、今度はとびっきりですね。その子、レベルあるんですか?」
「ないよ! これから私とミヨキチさんによる、ダンジョン研修!」
「大丈夫かなぁ……その子、ただの犬ですよね?」
剣崎の視線の先にいる者。それは、ヒマワリの家で飼っている犬のホタルだ。
柴犬を思わせる風貌の雑種犬である。
「この前、山本さんちも犬を連れて入っていたよ」
ヒマワリが反論するように言うが、剣崎はすぐさま言葉を返す。
「あれは立派な猟犬ですから……」
「ホタルだってミックスだけど、立派な狩猟本能があるよ! ほら、ホタル、言ってやって!」
「くぅーん?」
「伝わってないっぽいですけど?」
そもそもこれからダンジョンへと向かうこと自体、理解しているようには見えない様子の犬であった。
「んもー。ねえ、ミヨキチさん、お猫様パワーでホタルに言葉、伝わらないの?」
ホタルの勇ましさゼロな態度を見て、ヒマワリはミヨキチを頼った。
「あちしは猫にゃ。犬語は分からないにゃあ」
「そっかー。テイムスキル生えないかなぁ」
「でも、ダンジョンに入った動物は、本能的にモンスターを狩る対象だと理解できるにゃ。あちしもそれでスライムを倒して、ワイズマンになったにゃ」
「おおー。行けるって、お姉さん!」
「……まあ、無理はさせないようにしてくださいね。ペットの虐待は駄目ですよ」
「ホタルが怖がったら、そのまま帰ってくるよー」
こうして、三名に増えたパーティーはダンジョン入場門の中へと消えていく。
剣崎は「あれが若さによる勢い……!」と女子高生の奔放さに恐れおののいていた。