35.宝の地図
ヤブの中からヒマワリが見つけた宝箱。
周囲にモンスターがいないことを確認した一同は、早速その攻略にかかった。
まずはミヨキチが、罠の有無を≪罠探知≫の『アビリティ』で見破る。罠は存在しなかったが、鍵がかかっていたため、鍵開けをヒマワリが試し始めた。
ちなみに解錠には、彼女がダンジョン商店で購入した、特殊なピッキングツールを使用している。このツールはダンジョンの外にも持ちだし可能だが、犯罪に使おうとするとツールが自壊するセキュリティがかかっている。
ダンジョン商店の支店長曰く、『ジョブレベルの神様』は、犯罪や人類同士の争いで自身の加護が使われることに、忌避感を覚えている。よって、『ダンジョンの神様』も、その方針を尊重してダンジョンの内外で犯罪行為を行なえないよう、販売アイテムは絞っている、とのことだ。
そんな心優しい神々の方針を思い出して、ホッコリとした気持ちになりながら、ヒマワリはピッキングツールで解錠を続ける。
やがて。
「解錠成功!」
罠がないため、精神的な余裕を持って鍵を開けたヒマワリ。そして、すぐさま彼女は喜びながら、宝箱を開いた。
物語の中で海賊が財宝を詰めているような、金属で補強された木製の宝箱。
その中には、定番の『ダンジョンコイン』が数枚と、羊皮紙らしき紙が一枚入っていた。
一抱えほどもある宝箱の大きさには見合わない、小さくて少ない宝。だが、ヒマワリはそれでも喜びをあらわにする。
「おおー!」
ヒマワリは、『ダンジョンコイン』には目もくれず、謎の羊皮紙に注目した。
そして、羊皮紙を手に取って目を通したヒマワリは、その正体に思い至り、歓喜した。
「『宝の地図』だ!」
はしゃぎながら羊皮紙を己の頭上に掲げるヒマワリ。
彼女は、けして冗談を言っているわけでも、ふざけているわけでもない。本当にこのアイテムは、『宝の地図』なのだ。
『宝の地図』。別名を『トレジャーマップ』という。
その名の通り、宝の隠し場所が描かれた地図である。
羊皮紙に描かれた地図は、この地図を入手したダンジョン内にあるどこかを示している。そして、その場所に地図を持っていくと、より豪華な宝箱が出現する。そんなアイテムだ。
ただし、『番人』となる特殊なモンスターが、その豪華な宝箱を守るように立ちふさがる。さらに、そのモンスターを倒さない限り、宝箱を開けることはできないという。
豪華な宝箱の中身、すなわち宝は、その箱の外観に見合った豪勢なもので、通常の宝箱よりはるかに見返りが大きいとされる。
宝の入手まで手間が掛かり、さらに『番人』を倒す必要がある。その代わり、確かなリターンも約束されている。そんなロマンあふれるアイテムであった。
「まさか、こんな低階層で『宝の地図』がでるなんて……ラッキーだね!」
ヒマワリが地図を掲げながらピョンピョンと跳びはね、全身で喜びを露わにすると、サツキも笑顔で寄ってくる。そして、サツキはヒマワリのはしゃぎぶりを微笑ましく思いながら、言った。
「三階で出たってことは、五階までの地図だよね。どのルートかな」
そう言われ、ヒマワリは掲げていた地図を下ろし、詳しく中身を確認しようと目を通す。
だが、パッと見ただけではどこを表しているか、彼女では把握できなかった。
「ちょっと見せてみるにゃあ」
そこでミヨキチが、二人の足もとに寄ってきた。ミヨキチは≪マップ≫のアビリティを持ち、ダンジョン内の移動経路を把握している。
素直にヒマワリは地図を地面に置き、ミヨキチに確認させた。すると、ミヨキチは瞬時にその場所を言い当てる。
「植物ルート二階の地図にゃあ」
「おー、今、三階だから、戻ればすぐだね」
彼女たちの現在地は、三階。ゆえに、来た道を戻ればすぐに『宝の地図』の攻略、通称『トレジャーハント』に挑戦できる。ヒマワリは、そう言っているのだ。
ミヨキチとヒマワリのそんなやり取りを聞いて、サツキは内心で高まっていたテンションを少しだけ落としながら言った。
「二階なら、中身に期待はあまりできそうにないかな?」
「うーん、確かに……あっ、そうだ!」
何かを思い付いたかのようにヒマワリが声を上げ、そして華やかな笑みを浮かべて言葉を続ける。
「合宿に、この地図を提供しよう! 青熊村ダンジョンに良い思い出を残していってもらうための、イベントにするんだ!」
花祭高校女子ダンジョン部の夏合宿に、宝の地図を提供する。
それはつまり、自分たちではなく他者に『トレジャーハント』をさせるということ。
ヒマワリによる、まさかの提案であった。
「みんないいかな? せっかくのお宝探しのチャンスを他の人に譲ることになるけど……」
否定の言葉は、サツキとミヨキチからは特に出てこない。だが代わりに、ふたりから疑問点が挙げられた。
「『トレジャーハント』はダンジョン部に任せるとして、宝箱の中身はどうするの?」
「中身も持っていってもらってこそ、思い出になると思うんだよねー」
「向こうも、もらってばかりだと遠慮しないかにゃあ?」
「口では遠慮しても、もらえるものはもらうくらいには、みんなちゃっかりしていると思う! ぶちょーさんも、図太くなきゃ、このダンジョン時代で生き残っていけないって言ってたし、みんなも同意してた!」
自身もちゃっかりしている自覚があるヒマワリが、そんな風に女子ダンジョン部の部員たちについて告げた。
そうして、『宝の地図』という大きな成果を得たヒマワリたち一行は、合宿でできそうなことを考えながらダンジョン三階を巡る。
やがて、四階への入り口となる魔法陣を見つけ終わり、彼女たちはそれを使わずに、地上へ向けて来た道を引き返して帰還した。
五階のボスまでは攻略しない。三階まで合宿のことを考えながら、じっくりフィールドを確認しつつ攻略したため、攻略の時間が足りなかったのだ。
しかし、夏休み開始まで、日にちは十分にある。それまで合宿に先んじて、植物ルートのボスを攻略することは可能だ。
六階以降の攻略は遅れるが、ヒマワリはそのことを特に問題視していない。
ヒマワリの現在の目的。それは、ダンジョンの最奥まで攻略することではない。彼女は、ダンジョンシーカーとして生計を立てたり、名誉を求めたりすることよりも、村おこしの方を重視しているのだ。
彼女は学生であり、実家に住んでおり、一人前の社会人として独り立ちしていない。まだ親の庇護下にある者として、稼ぎを気にせずにいられる。
よって、己の目的である村おこしに時間をかけることに、躊躇することはない。
ヒマワリが率先して行なっている村おこしは、見る者が見れば未成年のお遊びにも映るかもしれない。
しかし、彼女は真剣で、そして彼女は『スキル』という唯一無二の力を持つ、有名人であった。
そんな彼女が発信し続けた青熊村のダンジョン情報は、少しずつであるが確実に、他の者たちに届いている。
その成果が花咲くときが来るかどうかは、神ならぬ身であるヒマワリ本人には分からない。
「『青熊村ダンジョン三階で、二階を示すトレジャーマップ出ました!』。投稿はこんな感じでいいよね?」
ダンジョンでの『大研修』が無事に終わったのか、静けさを取り戻していた午後の青熊村。ヒマワリは買取業者の斎藤にリヤカーの中身を渡し終え、休憩に入る。そこで、彼女はスマートフォンで『宝の地図』を撮影した。
そして、早速とばかりにSNSに地図の写真を投稿しようと、サツキに文面の確認を取っていた。
「『トレジャーハントには後日挑戦。震えて待て』、みたいな文も添えたらどうかな」
「いいじゃん! 採用!」
そんなやり取りをヒマワリがサツキとしていると、持ち込まれた品の査定をしながら斎藤が遠くから告げた。
「『トレジャーマップ』、出たんダネ? 高く買い取るヨ?」
「ダメダメ、これは後日使うの!」
斎藤のまさかの提案に、ヒマワリはそう拒絶した。
しかし、斎藤はニヤリと笑って彼女に返した。
「『トレジャーマップ』、売りに出したら、村に外のパーティーが攻略しに来てくれるんじゃないカナ? 村おこしになるヨ?」
「うっ、それは魅力的。でも、これは別のパーティーに使わせる予定が、もう立ってるの!」
「おや、売約済みカネ。それはザンネン」
「売るわけじゃないよ。村おこしに使うのさ!」
「それはそれは、頑張ってくれタマエ」
田舎でスローライフがしたい一心で、関東からここ北海道の過疎村に出向している斎藤。
そんな彼女が、本気で村おこしに関心を持っているとは思えない。そう思ったヒマワリは、斎藤の言った言葉を頭の中から消し去って、SNSへ宝の地図の写真を投稿したのであった。
なお、二階という超低階層の宝の地図という、価値があるのかないのかよく分からない代物が、多くのダンジョンシーカーの琴線に触れた。そして、瞬くうちにSNSの一つであるウィスパーの『ささやき』は拡散されていって、見事にバズったのだった。
これには、ヒマワリのスマートフォンの画面を隣で眺めていたサツキも、苦笑いである。




