34.植物ルート三階
七月二日、日曜。梅雨や梅雨明けという感覚が薄い、北海道の夏の始まり。
近隣の町から十五歳の若者たちと各町の職員が、大型バスに乗って青熊村までやってきた。
もちろん、ダンジョン研修を行なうためだ。
ダンジョン入場施設に併設された、部外者では使用できない関係者用の小さな駐車場に、大型バスが駐まる。ダンジョン誕生黎明期に、自衛隊が使用していた場所である。
到着からしばらくして、バスから若者たちが降りていき、順番にダンジョン入場施設の入口へと誘導されていく。
今はバスが一台だけしか到着していないが、時間をずらして、追加で何台かのバスが到着することになっている。
それに対応するため、青熊村の村役場はフル稼働。今日ばかりは村人たちもダンジョン周辺に近づかず、各々がそれぞれの日曜日を過ごしていた。
そして、ヒマワリとそのパーティーメンバーはというと……なんと、ダンジョン研修がまさに行なわれている、青熊村ダンジョンの内部にいた。
だが、物見遊山で、ダンジョン研修を見学しに行こうとしているわけではない。そういった行為は、先日、ヒマワリが村役場の剣崎から直々に止められている。
では、何をしに、こんな日にダンジョンへ入っているのかというと……。
「うん、やっぱり合宿で一年生は、植物ルートを攻略させるべきだと思う」
森の獣道を進みながら、パーティーメンバーに告げたのは、本格的なダンジョン攻略用の装備に身を包んだヒマワリ。
そう、彼女たちは、高校の女子ダンジョン部が行なう夏合宿のために、ダンジョンの中へ事前調査に来ていたのだ。いわゆる下見である。
青熊村ダンジョンは、一階層で三つのルートに分かれ、六階層で合流する。
その三つのルートの中で、植物ルートと呼ばれている経路は、攻略難易度が最も低いと村役場から認定されていた。
一番難易度が高いルートは、鉱物でできた固いゴーレムが立ちふさがる金属ルート。
ヒマワリたちが最初に攻略完了した肉ルートも、膂力の高い大型動物系モンスターが行く手をさえぎる。
そんな中、植物ルートは、力が弱い比較的小型の動物系や、脆い鳥系、動きが遅い植物系といった、初心者にも倒しやすいモンスターがそろっていた。
「問題は、植物ルートは足場が悪くて、迷いやすいことだけど……」
細い獣道を進みつつリヤカーを引くヒマワリの背後から、確かな足取りのサツキが言う。
すると、≪マップ≫の『アビリティ』で進むべき道を探していた猫のミヨキチが、彼女の足もとから告げた。
「あちしたちが当日に同伴するなら、どうとでもなるにゃあ。それに、多少は厳しい環境に置いた方が、合宿らしくなるんじゃないかにゃ?」
そのミヨキチの意見に、ヒマワリも賛同する。
「そうだね。新米シーカーがダンジョン攻略を甘く見ないようにするためにも、これくらいの厳しさは必要だよ。ただし、どうやっても倒せないモンスターとは、戦わせるわけにはいかないね。だから、その辺はバランスを取って、やっぱり植物ルートが一番」
ヒマワリにそう言われて、サツキもそんなものかと納得する。
そして、かつては運動が苦手だったはずなのに、現在は森歩きに苦労していないとサツキは思い当たる。
ならば、運動神経のよい生徒が集まりやすい女子ダンジョン部は? 彼女たちが、己の基礎能力を高めてさえしまえば。きっと、獣道くらい簡単に歩けるようになるだろうと、彼女は結論付けた。
基礎能力は、『アビリティ』を使用したりモンスターを倒したりすることで『経験値』を得て、『レベル』を上げていけば向上していく。
ちなみに、基礎能力がこのパーティーの中で一番高い者は、『レベル』が21あるミヨキチではなく、ヒマワリであった。
今も、森の下草に足を取られることなく、リヤカーを引きながらスイスイと歩き続けている。
どうやら、各種『スキルレベル』を努力して鍛えた者は、『ジョブレベル』の力を持つ一般的な地球人たちよりも、短期間で基礎能力が向上していくようであった。
「わう!」
と、『ブルーフラワーズ』一行が森の獣道を進んでいたそのとき、先頭を進んでいた犬のホタルが、小さく吠えた。
その吠え方は、モンスターの発見を知らせるもの。
とっさに、他の二人と一匹が戦闘体勢に入った。
ホタルが警戒しながら顔を向ける方向から、木々の枝葉をかき分けるような音が近づいてくる。
その物音の主は、密集した木々を飛び移りながら、真っ直ぐにヒマワリたちに向かってきていた。
真っ先にその姿を見つけたのは、『スキル』の力で視力が向上したヒマワリ。彼女が見たそのモンスターは、一匹のサル。
「『スローイングモンキー』!」
モンスターの姿を捉えたヒマワリは、周囲にその種類を知らせた。
『スローイングモンキー』。その名の通り、物の投擲能力に優れたサル系のモンスターである。
このモンスターは、固い木の実や石を樹上から投げてくる。ダンジョンシーカー初心者にとっては、これは少々厄介な性質であると言える。
レベルの低いダンジョンシーカーは各種『アビリティ』がそろっていないため、遠距離から攻撃をしてくるモンスターへの対処が難しいのだ。
しかし。
「≪プリズムチェイン≫にゃ!」
レベル21という、ここダンジョン三階を攻略するには過剰な戦力を誇るミヨキチが、拘束の魔法を放つ。
すると、樹上にいた『スローイングモンキー』の胴体に魔力でできた鎖が絡みつき、その勢いのまま地面に引きずり落とした。
だが、拘束は受けても腕は動かせるままだった敵は、地面に叩きつけられつつも、その腕を振るって何かを投擲した。
投擲物の向かう先は、杖を『スローイングモンキー』に向けて攻撃魔法を放とうとしていたサツキだ。
そこでホタルが、瞬時にサツキの前へと飛び出し、守りに入る。
「大丈夫!」
だが、投擲物が、ホタルに当たることはなかった。
いつの間にか、左手に野球のグローブを嵌めていたヒマワリが、投擲物を横からキャッチしたのだ。
「よし、特殊アイテムゲット! サツキちゃん、やっちゃって!」
「≪ケミカルニードル≫!」
投擲物をグローブの中に収めたヒマワリに言われ、サツキは気合いを込めて攻撃魔法を放った。
魔力でできた巨大な針が、杖の先から勢いよく射出される。そして、針は真っ直ぐ『スローイングモンキー』の胸部に飛んでいき、命中。そのままモンスターは光へと変わり、その場にドロップアイテムを残して消滅した。
一撃での勝利に、サツキは思わず笑みを浮かべた。
すると、戦闘の終了を確認したリーダーのヒマワリも、笑顔になって言った。
「おつかれー。楽勝だったね! あ、キャッチしたのは『巨大クルミ』だね。美味しいやつ!」
ヒマワリは、軽く周囲をねぎらい、そしてグローブの中に収まった投擲物を確認した。
『スローイングモンキー』は、何かを投げつけることで攻撃をするモンスターだが、その投擲物は何もない虚空から生成される。その生成された物質は、このダンジョン三階の森に存在しない木の実や鉱物だ。『スローイングモンキーの投擲物』は、通常の探索では採取不可能な、特殊なアイテムなのだ。
このモンスターと戦うときは、投擲を安易に避けるのではなく、投擲物を見失わないよう野球のグローブでキャッチすべし。
森が存在する階層のあるダンジョンに挑むダンジョンシーカーの間では、そんな変わった攻略法が広まっていた。
今回の投擲物であった『巨大クルミ』は、栄養価の高いナッツの一種である。味もよく、ヒマワリは美味しいおやつをゲットできたと喜んでいる。ついでに、おやつがもらえるかもと、犬のホタルも尻尾を振っている。
その一方で、サツキは『スローイングモンキー』が消滅した跡地から、ドロップアイテムの回収を行なっていた。
今回のドロップアイテムは、こちらも大きなナッツ類であった。
「こっちは、ポーションの青臭さを消す木の実だよ」
そう言いながら、サツキはドロップアイテムを丁寧に、リヤカーの荷台へと載せた。
傷を瞬時に癒やすポーション。そのうちの家庭用常備薬として用いられる低級の『ヘンリーポーション』は、この植物ルートでも採ることがで可能な薬草『ヘンリー草』を材料にして作られる。
そのため、『ヘンリーポーション』には材料の青臭さが残る。だが、今回のドロップアイテムであるナッツを粉にしてポーションに混ぜることで、どういうわけか青臭さが消えるのだ。
なお、一般的な野菜料理なども、このナッツの粉を混ぜると青臭さが消える。野菜ジュースや青汁などは、効果てきめんだ。
そのため、低い階層で入手可能なアイテムである割に、食品関係の企業からの需要が高く、それなりの値段で買取に出すことが可能であった。
その成果にヒマワリも満足して、野球グローブと『巨大クルミ』を荷台に載せてから、再びリヤカーを引き始める。
「ドロップがサル肉とかじゃなくて、よかったよ」
ヒマワリがしみじみという。どうやら、彼女はサル肉を食べたいと思ったことはないようだ。
すると、サツキがそのヒマワリに顔を向けながら、言った。
「サルの脳みそを珍味として食べる文化が、どこかの国にあるって聞いたことあるよ」
「よその食文化を否定するのはよくない行為だと思うけど、私は絶対に食べたくない!」
皿に載った脳みそが丸ごと食卓に出てくる光景を想像してしまい、ヒマワリが身震いする。
ちなみに、ヒマワリは北海道の郷土料理である『たちの味噌汁』も、具の形から脳みそを連想してしまうため、苦手であった。
『たち』とは、タラの白子のことである。
「哺乳類の脳みそは、食べたことがないにゃあ」
嫌な想像を頭の中から振り払おうとするヒマワリの足もとで、ミヨキチがしみじみと言った。
すると、ヒマワリがギョッとした顔をして足もとへと顔を向けた。
「哺乳類以外なら食べたことあるような言い方!」
「鳥の頭の中身ならあるにゃあ」
「あー……そうだね。ミヨキチさん、猫だもんねぇ」
「にゃあ。ちなみに、以前の飼い主が、焼き鳥屋でスズメを頼んだら、スズメの丸焼きが出てきたって言ってたにゃ。なので人間も、鳥の頭を丸ごと食べる機会はありそうにゃあ」
「焼き鳥屋さんは、行ったことないなぁ」
そもそも、隣町に焼き鳥屋はあるのだろうか、などと思いながら、ヒマワリが返す。
「私も、焼き鳥はお惣菜でしか食べたことないかな」
サツキがそう感想を告げると、ミヨキチは尻尾をゆらりと動かしながら淡々と言う。
「お酒を飲みながら食べる店だと聞いているにゃ。二人には早いにゃ。あちしも猫なので、お酒は飲まないにゃ」
「居酒屋みたいな場所かー。でも、ヒマワリさんは、サルは無理でも、スズメの丸焼きにはちょっとだけ興味あります!」
サルの脳みそや『たちの味噌汁』に苦手意識を持つヒマワリだが、スズメの丸焼きには臆していないようだ。
「わおん」
と、犬のホタルが尻尾をブンブンと振りながら、物欲しそうな鳴き声を上げた。
そこでホタルの言いたいことを察した気になったサツキが、膝を曲げて足もとに向けて言う。
「もしかして、スズメ食べたいの? さすがに、地上にいる野生のスズメを狩るのは駄目だよ、ホタル」
「わうん?」
そんなことしないよ、と言わんばかりにホタルは尻尾をパタパタと振りつつ鳴き声を返す。
だが、サツキは犬語が全く理解できない。ホタルの言いたいことを察したつもりだったが、気のせいだったようだ。そんなサツキが首をかしげると、横からホタルの飼い主であるヒマワリが言った。
「もしかしたら、ホタル、ニワトリの頭を食べたがっているのかも」
「ニワトリの頭……?」
「犬用の餌として売っているんだよ。ニワトリの頭の水煮が、缶詰で」
「えー、変わったエサが売っているんだね」
「ホタル、あれ好きだもんねぇ」
「わおん!」
そんな会話を繰り広げつつも、植物ルートの探索は進んだ。
途中で鳥系モンスターの群れが見つかり、ホタルが突っ込んでいって噛みついて倒す。
しかし、ホタルの口の中で鳥は光となって消え、肉は残らない。
さらに、ドロップアイテムは鳥の頭や肉ではなく、植物の種。
その結果に、ホタルは心底残念そうにしていた。鳥の肉は、ここ植物ルートでは落ちない。鳥の味を楽しみたければ、肉ルートの三階まで行く必要があった。
そうして、しばらく植物ルートの三階を進むうち、ふとヒマワリは、ヤブの中に何かが埋もれているのを遠目で見つけた。
警戒しながらヤブへと近づいていく一同。そして、ヤブを払い、そこで見たものは……。
「宝箱発見!」
ダンジョン内にランダム配置される稀少な存在である宝箱が、そこにあった。




