33.超必殺
『大研修』と世間で呼ばれるようになった七月度のダンジョン研修は、第一日曜の二日が実施日だ。ヒマワリは、そんな話を前日の七月一日になってようやく知った。
青熊村では、該当する年齢の若者は全員ダンジョン研修を済ませている。ヒマワリとサツキの二名だ。
ゆえに、ヒマワリとしては他人事であり、夏合宿も事前準備に動くには女子ダンジョン部の新入部員が入ってからで十分と楽観視していた。
しかし、研修該当者がいないはずの青熊村だが、なんとダンジョンを大研修の会場として使うことが、ずいぶんと前から決まっていた。
隣町には、ダンジョンは一つしかない。そして、近郊には未だ、ダンジョンが生まれていない地域が存在した。
そして、隣町にある花祭町ダンジョンのみで大研修を実施すると、倒しやすいスライムのいる一階のキャパシティをオーバーすることが予想された。
よって、花祭町ダンジョンだけでなく、青熊村ダンジョンでも『ジョブ』を心待ちにしている研修生たちを受け入れることになっていた。
今回のような大規模なダンジョン研修は、法律の改正により年に一度の行事に変わる。
そのため、青熊村の村おこしを目論むヒマワリは、この大研修に一丁嚙みしようと、休日返上で稼働していた土曜日の村役場にお伺いを立てにいった。しかし……。
「明日は本気で忙しくなるので、ヒマちゃんは出禁です」
休日出勤していた職員である剣崎に、きっぱり断られてしまった。
「なんでじゃー! いいでしょ、村おこしだよ」
不満たらたらに、剣崎に絡むヒマワリ。
だが、剣崎の態度は変わらない。
「ヒマちゃんは有名人です。村おこしが成り立つくらい、注目を浴びることでしょう。なので駄目です」
「村おこしが成り立つって、いいことでしょ?」
「注目を浴びすぎて騒ぎになって、当日のスタッフの許容範囲を一瞬でぶっちぎります。なので駄目です」
「仕事、手伝うからー」
「アルバイトは、募集していません」
けんもほろろに突き放されたヒマワリは、ガックリと肩を落とした。
そして、ヒマワリが意気消沈しながら剣崎のもとから去ろうとしたところ、それを剣崎が呼び止める。
「待ってください。花祭高校の部活が、青熊村で合宿を予定しているという話を耳にしましたが、本当ですか?」
「ん? 本当だけど……何も決まっていないのに、よく知っているね」
「『ウィスパー』で知りました。花高のダンジョン部のアカウントは、男子部も女子部もフォローしていますから。そこで女子ダンジョン部が漏らしていましたよ」
「お姉さん、『ウィスパー』のアカウント持っていたんだ……知らなかった」
『ウィスパー』とは、日常のあれこれに対するコメントを『ささやき』という名目で発信するSNSである。
ヒマワリのような現役女子高生の間では、『ウィスパー』ではなく『ウィンスター』という別のSNSが以前からのトレンドとなっている。しかし、ダンジョン関連に関しては、昔から『ウィスパー』が定番のSNSとして扱われていた。
そのため、ヒマワリが通う高校の女子ダンジョン部も、『ウィスパー』に学校公認でアカウントを作成していた。
「私も大学時代からダンジョンには潜っていましたから、シーカー用のアカウントくらい持っていますよ」
剣崎がそう言うと、ヒマワリは目を輝かせて剣崎のアカウントを聞き出そうとした。
すると、話に応じた剣崎が言うには、彼女のアカウントはすでにヒマワリのアカウントをフォローしているのだという。
しかし、世界的な有名人であるヒマワリのアカウントは、莫大なフォロワー数を誇る。自分のフォロワーに知り合いがいるかどうか、ヒマワリでは把握しきることは不可能であった。
そのため、ヒマワリは改めてスマホを取り出して『ウィスパー』のアプリを開き、剣崎のアカウントを教えてもらいフォローをした。
「アカウント名『ロボテック・ブラックスミス』……『ジョブ』の名前そのままだねぇ」
スマホを眺めながら、ヒマワリがしみじみと言う。
「『ウィスパー』を本名でやる勇気は、私にはありませんよ」
「本名でやってる私に向かって言うのは、この口かー?」
「ヒマちゃんのは、村おこしアカウントでしょう? 本名で名前を売って、なんぼの商売ですよ」
「そうだった。……あっ、お姉さん、レベル30になったんだ!?」
本人を目の前にして、剣崎のアカウントの発言を辿っていたヒマワリは、ある『ささやき』に目を付けた。
それは、休日にダンジョンへ何度も潜った成果として、レベル30に到達したというものであった。
「ああ、先日、ようやく到達しましたね」
少し得意げな顔をして剣崎が言うと、ヒマワリは目を輝かせて彼女に問うた。
「あれ、あれはどんなんだったの? 超必殺!」
「超必殺って、『ユニークアビリティ』のこと、今の若い子はそんな風に言うんですか?」
「我が家では、そう言う!」
「……若者のトレンドではなさそうですね」
『ユニークアビリティ』。それは、レベル30になると覚える、特殊な『アビリティ』の俗称である。
その最大の特徴は、一度使用してから再使用に必要な冷却期間が、約十八時間あること。簡単に言うと一日一回しか使えない。その代わりに、レベル5毎に覚える他の『アビリティ』よりも、はるかに強大な効果を発揮する。
もちろん、『ジョブ』と『アビリティ』はダンジョンシーカーだけが持つものではないため、『ユニークアビリティ』が戦闘用であるとは限らない。世の中には、医療や美容といった分野の『ジョブ』もある。そして、それらの『ジョブ』が覚える『ユニークアビリティ』の利用には、莫大な報酬が飛び交うなどとも世間では噂されていた。
「どんなの、どんなの覚えたの!?」
興味津々なヒマワリの様子に、剣崎は気を良くして口が軽くなっていく。
もはや、村役場の職員としての仕事とは関係ない完全な雑談となっていた。しかし、青熊村の村役場は普段からゆるゆるな雰囲気が支配する、牧歌的な場所である。暇を持てあました村の老人たちが、朝から井戸端会議目的に集まることも、よくある光景であった。
ただしこの剣崎、大研修を控えて休日出勤中である。そんなサボり中の彼女が、言った。
「≪オーバードライブ≫。魔動エンジンの出力を一時的に大幅に上げて、大きなパワーを発揮する『アビリティ』です。使用中のパワードスーツやロボットが強化されるとでも思ってください」
剣崎は、魔力で動くメカを製造し、それを自在に操る『アビリティ』をそろえた『ジョブ』に就いている。
村には専用の工房を構えており、日々余暇を使ってパワードスーツや戦闘用ロボットの製作・強化を行なっていた。
そんな彼女が覚えている『アビリティ』の一つに、≪魔動エンジン製作≫という技がある。パワードスーツやロボットの動力源を製作するための『アビリティ』だ。
今回、彼女が覚えた≪オーバードライブ≫は、そんな動力源の出力を倍以上に上げる、まさに超必殺とも言える『ユニークアビリティ』であった。
「自己バフ系かー。いかにも切り札って感じ!」
剣崎が覚えた未知なる『アビリティ』に、ヒマワリはそう言ってテンションを上げる。
ヒマワリは、ダンジョンシーカーたちが覚えている『アビリティ』の詳細を聞くことが、昔から大好きであった。『ユニークアビリティ』ともなると、その興味は跳ね上がる。
ヒマワリは極度のダンジョン好きであり、それを攻略するダンジョンシーカーのことも大好きなのだ。
「切り札ですが、いざというときのために鍛えていく必要性もあります。長いクールタイムがありますから、熟練度のために毎日使用して、本格的な攻略ではボス相手に使うのが一番よい運用の仕方でしょうね」
「使うところ、見てみたいなー」
「今日見せるのは無理ですね。仕事中ですから」
さすがの剣崎も、休日出勤しているというのに、仕事を放棄してダンジョンに向かうことまではしなかった。
だが、ヒマワリはいつなら見られるのかと、剣崎に絡み続ける。すると剣崎は、ふと思い付く。
「先ほど、花高の合宿が本当にあるのか、尋ねましたよね。合宿の日程は村役場でも押さえて、極力サポートしたいのですが、合宿当日に部員の方々へ『ユニークアビリティ』を披露するのはどうでしょうか」
「えっ、何それ、名案!」
「他にも、村の兼業シーカーの方々に声をかけて、『ユニークアビリティ』をそれぞれ披露してもらうのも、有りではないでしょうか」
「有り寄りの有り!」
「では、企画を立てて、村の方々に声をかけておきます。ヒマちゃんは、明かしても構わない内容なら、合宿の詳細を教えてください。部長さんか、顧問の先生へ電話を繋いでもらうのでも構いません」
「おー、学校と連携取るのね」
「大勢来るなら、ダンジョン入場施設のシャワールームを時間で占有させる必要もありますからね。後は、宿泊はどこでするのかや、食事など、話すことはいくらでもあります」
なるほど、と、ヒマワリはうなずく。そして、彼女は難しい話は部長に全部任せようと、スマホを再びいじって電話を繋げた。
ヒマワリは村おこしを目指しているが、社会の仕組みや部活動の諸事情には詳しくないのだ。
そして、彼女はその己の無知を自覚していた。
やれることはやる。任せられることは任せる。意外とそれが、村おこしを成功させるための最善の行動となるのかもしれない。
……などと、スマホを顔の横に当てるヒマワリを見ながら、剣崎は思うのであった。
第一章でも作中で説明しましたが、『アビリティ』は必殺技で、『スキル』は行動や能力を補正するパワーです。『ジョブレベル』を持つ者たちが必殺技と超必殺を撃てるのと比べて、『スキルレベル』のシステムの支配下にあるヒマワリは、必殺技を撃てないとも言えます。
また、作中で何度か触れた通り、ヒマワリは『スキルレベル』を上げると身体スペックも連動して上昇していきます。そのため、ヒマワリが『ジョブレベル』持ちと比べて、不利なパワーバランスというわけでもありません。
ちなみに、なぜこれらを作者の私が『アビリティ』と『スキル』と名付けたのかという作劇上のメタな理由を説明すると、『アビリティ』はFF5からの命名で、『スキル』は完全スキル制MMORPG(UO、MoE)からの命名です。
本編で説明する予定がない裏設定として、作中でなぜ『アビリティ』『スキル』と命名されているのかの理由もあります。前出のゲーム等をもとに、作中で出てきた神様たちが翻訳して、『ステータスウィンドウ』の中身を地球の言語に合わせた……というものです。ダンジョンがなぜラビリンスではなく、ダンジョンと呼ばれているのかも、ダンジョンの神が地球の創作物に合わせて翻訳しています。




