30.パーティー名を決めよう
パーティー。ダンジョンシーカーが集まって、共にダンジョンを攻略する集団のことである。ジョブを得た者が任意で開けるようになるステータスウィンドウの中に、パーティーを組む機能が実装されている。
そのパーティーという集団の名前が、パーティー名である。
人間二人と犬一頭、猫一匹のヒマワリたちは、メンバー固定のいわゆる『固定パーティー』と呼ばれる集団だ。しかし、彼女らは、この集団にこれまで名前をつけてこなかった。
そして今回、買い取り業者の斎藤に言われて、彼女らはあらためてパーティー名を決めることになった。
買い取り窓口が休止していて斎藤が出勤していない、火曜日。ヒマワリたちは村役場に集まって、パーティー名を決める会議を開始した。
固定パーティーの四名に加え、オブザーバーに村役場の職員である剣崎をともなっての緊急会議である。
「……まあ、私もダンジョン神の降臨に関しての業務が、ようやく終わりましたので、ちょっとした手伝いくらいできますけどね?」
そんなことを開口一番ぼやきだす剣崎。
そう、剣崎は先日まで、国のダンジョン庁とやりとりして仕事が倍増していたのだ。
ダンジョン内でダンジョンの神様との会話を撮影した動画をヒマワリたちが、剣崎まで持ち込んだことにより、突然割り込んできた仕事であった。
だが、その忙しさもようやく収まり、こうして有望なダンジョンシーカーたちの助言役を買って出るくらいには、業務に余裕ができていた。
「まあまあ、お姉さん、お菓子でもどうぞ」
ヒマワリにお菓子を勧められ、素直にチョコ菓子を手に取る剣崎。
村人からの差し入れは、遠慮無くいただく。田舎の村役場特有のゆるゆるな勤務態度であった。
「ところで、パーティー名って必須なんですか?」
サツキが、持参したアイスティーを紙コップに注ぎながら、剣崎に尋ねる。
「無くてもダンジョン攻略に際して問題はないですけれど、村役場の立場としては付けてほしいですね」
「どうしてでしょうか。あ、これアイスティーです」
「ありがとうございます。そうですね。役場から、偉業を達成したパーティーに対して、賞状や称号を贈ることがあるんですよ。ほら、ヒロシさんたちの『ドラゴンスレイヤー』認定みたいに」
「あー、確かにたまにありますね、そういうこと」
剣崎とサツキがそんな会話を交わしていると、横からヒマワリが尋ねる。
ちなみにヒロシとは、ヒマワリの剣の師匠である村人の名前だ。
「『リトルドラゴン』を倒したときの師匠たちって、どんなパーティー名だったの?」
「確か、『年寄りの若水』ですね。若い水と書いてわかみずです。村の老人の方々で、臨時に組んだパーティーだったはずです」
「なんかすごい名前だね……」
「正月を迎えためでたい気持ちが暴走して、ノリで挑んだとは聞いています」
「ふーん……?」
剣崎の答えに、ヒマワリはなぜ『若水』なのだろうと首をかしげた。
すると、会議の場に使われているテーブルの上で寝転んでいたミヨキチが、前足で顔を洗いながらヒマワリに言う。
「『若水』は、元旦の早朝、その年のいちばん最初に汲む水のことにゃ。おめでたいとされている水にゃ」
「あー、神話に登場する若返りの秘薬とかではないんだ……」
「そうだにゃ。なかなかシャレの効いたパーティー名だにゃ。あちしたちも、オシャレなパーティー名を付ける方向にゃ?」
「オシャレかー……とりあえず考えてきたのがあるんだけど」
ヒマワリのその言葉に、この場に居るメンバー全員の目が彼女に向けられる。
そうして皆に見守られながら、ヒマワリは家で熟考してきたパーティー名を発表した。
「えー、『青熊村青年隊』。どうかな?」
「ヒマちゃん……」
「うーん……」
「……やっぱりダメかなぁ!?」
サツキと剣崎から否定の意思がこもった声を向けられ、ヒマワリは肩を落とす。
そして、ヒマワリは言い訳するように皆に解説を始めた。
「ほら、村おこしをしているんだから、青熊村ってワードを入れるのは必須でしょ? で、村の若手が集まって頑張っているんだから青年隊。まともなパーティー名だよね?」
「フレッシュさが、欠片もないよー」
サツキが、バッサリ切るようにそう言った。
さらに、剣崎も駄目出しする。
「村の消防団みたいなネーミングですね」
さらに、ミヨキチも追撃するかのごとく話に乗った。
「青年隊とか言いながら、四十過ぎのおじさんたちが集められる類の名前にゃあ。そして、田舎では四十歳でも若手扱いにゃ」
「うぐぐぐ……。確かに、オシャレではないけどさッ! でも、そういうみんなは、何か代案があるの!? サツキちゃんは!?」
「あ、私? えーと、じゃあ、いくつか考えたうちで一番の候補を……」
悔しがるヒマワリから話を振られたサツキが、とっさに取りだしたスマホを操作しながら、発表する。
「ヒマちゃんがリーダーのパーティーだから、『サマーフラワーズ』」
「無難な名前ですが、ヒマちゃん一人の要素しかないですね」
サツキの案を受け、即座に剣崎がそんな感想を述べた。
さらにヒマワリが言う。
「私にまつわるワードより、村にまつわるワードが欲しいよ。『青ノ刃』とか。『悪しき神のヒグマ』を倒した『空色の剣』のことだよ!」
「『青ノ刃』は、ヒマちゃんちのおじさんたちが作ってる日本酒でしょ? あと、純米大吟醸の『ニソロタム』」
「便乗ということで」
「えー……」
そんなヒマワリとサツキのやりとりに、剣崎が横からコメントを入れる。
「『青ノ刃』はお酒の銘柄なので、未成年が二人も居るパーティーの名前としては不適切ですね。青熊村の伝説を使うという着眼点は悪くないのですが、推奨できません」
「んもー、じゃあ、お姉さんはどんなパーティー名がいいの?」
ヒマワリが文句を言うように剣崎に言うが、剣崎は涼しい顔をして答えた。
「私はパーティーメンバーではないですから、案は出しませんよ。今日は名前の善し悪しを判定するだけです」
「ええー。じゃあ、お姉さんが学生時代に組んでいた、パーティーの名前は? 参考にするから、教えてよ」
「えっ……」
突然、ヒマワリに過去をほじくり返されそうになった剣崎が、困惑する。
「ほら、教えてー」
「私も知りたいです」
「どんなのにゃあ?」
ヒマワリ、サツキ、ミヨキチの三名に見つめられ、剣崎はたじろぐ。そして、しばし無言が続いたあと、彼女は観念して喉の奥から声を絞り出すように言った。
「『アイゼンリッター』です……」
「あいぜん……? 何語?」
耳慣れない言葉に、ヒマワリは首をかしげる。だが、理解を示す者が一名居た。
「ドイツ語にゃ。アイゼンは『鉄』。リッターは『騎士』にゃ。会わせて『鉄の騎士』って意味にゃ」
「へー、格好良いじゃん!」
「ドイツ語かぁ……素敵だよね」
ヒマワリとサツキの素直な称賛に、剣崎は頬を赤らめた。
仲間内で集まって、格好良さげなネーミングを付けた大学時代の思い出。その過去は、二十代半ばをとうに過ぎた剣崎にとって、正直言って若さゆえのやらかしでしかなかった。ネットスラングでいうところの『黒歴史』だ。
せめてこれが、英語だったら。今さらそう後悔している剣崎だが、思春期全開のヒマワリとサツキにはその気持ちは伝わらない。
「じゃあ、私たちもドイツ語でいく?」
「いいかも!」
ノリノリでそんな会話を始めたヒマワリとサツキを見て、剣崎はマズいと感じた。
自分の真似をした少女たちの赤裸々なパッションが、世間に公開されてしまう。それも、大注目を浴びている、世界で唯一のスキル持ち女子高生という超有名人のパッションが。
大人として止めなければ、と、剣崎は瞬時に立ち直って言い放つ。
「駄目です」
「えっ」
「私の真似をすることは、推奨できません」
「えー」
「これを格好良く感じる感性は、思春期特有の症状です。数年後、後悔する可能性が高いです」
「そうかなー?」
首を傾げるヒマワリ。
そして、サツキも不思議そうにして言う。
「うーん、私が読んでいる漫画だと、ドイツ語とかイタリア語の必殺技とかよく出てくるけど……」
「絶対に後悔します」
剣崎の制止の声に、顔を見合わせるヒマワリとサツキ。
だが、そこでサツキはハッとする。
剣崎が言った思春期特有の症状による後悔。これが、あの『黒歴史』というやつではないかと、彼女は剣崎の言いたいことを正確に考え当てた。
今回、サツキはあらかじめ注意を払っていた。変なパーティー名を付けて、後々になって後悔しないようにと。
だからこそ、こうしてわざわざ、大人の部外者である剣崎を呼んでいるのだ。
ゆえに、サツキはヒマワリを説得し、大人しく剣崎の助言に従うことにした。ヒマワリは、二人が言うならと、素直に従った。
それから、話し合いは一時間近く続いた。
最終的に『アオクマガールズ』と『ブルーフラワーズ』の無難な二つの候補が残り、今後、男性やオスのメンバーが増えないとも限らないとの判断で、パーティー名は『ブルーフラワーズ』に決まった。
サツキの初期案『サマーフラワーズ』をもとに発展させたネーミングだ。青熊村の『青』と、ヒマワリの名前『向日葵』とサツキの苗字である『磯花』から『花』を合わせた。
また、青熊村の名前の由来になった、青熊村村長の実家に伝わる熊退治の逸話にも、青い花が登場する。村長一家はアイヌの末裔であり、語り部を継ぐ者たちでもあった。
「うごご……、英語の『ブルーフラワーズ』はオッケーで、ドイツ語の『アイゼンリッター』が駄目な理由とは……」
ヒマワリは、最後まで剣崎の『黒歴史』の件が気にかかっていた。
だがサツキは、剣崎にとって繊細な過去だからと、それをなんとかなだめた。
剣崎は村の若者たちが変な方向に向かわなかったことに安心し、またこのような機会があれば呼んでほしいと、念を押すように伝えた。『ブルーフラワーズ』は、ダンジョンシーカーのパーティー名ではなく、スポーツのチーム名のようだと、ちょっとだけ思いながら。
決まったパーティー名に対する、三人のそんな姿勢をミヨキチは、人間って大変だにゃあと、他人事のように思う。
ミヨキチは猫だ。思春期特有の暴走や『黒歴史』など、割とどうでもいいと思っている。名乗って恥ずかしい名前という感覚が、あまりない。そもそも、オスっぽい『ミヨキチ』という名前をメスの身で名乗っていることに、忌避感は一切ないのだ。
だが、今回決まった『ブルーフラワーズ』というパーティー名は、なかなか可愛いらしい響きで、彼女は気に入っていた。
なお、犬のホタルはパーティー名になんのこだわりもなかったのか、話し合いの最中、ずっと昼寝をしていた。
何も考えず、気楽に生きているようでうらやましい。ミヨキチはそんなことを思いつつ、ホタルの鼻先に肉球を押しつけて会議終了を知らせてやった。
青熊村は架空の地名なので、銘酒『青ノ刃』も、ヒマワリが作中で言及した熊退治の伝説も、青い刀剣『ニソロタム』も、全て架空の存在です。
ちなみに、古い日本語では青と緑が同一の存在だったように、古いアイヌ語では青と緑と黄色が『シウニン』という言葉で統一されていたそうです。黒、白、赤以外のその他の色扱いなのだとか。
そして、『ニソロ』は青や空色のことではなく、空そのものを指します。『タム』は刀のことで、『ニソロタム』は『空のような見た目の刀剣』という意味になっているはずです。多分。




