3.猫の賢者様
学校から自転車を使って帰宅したヒマワリは、早速、村のダンジョンに潜ろうとしていた。
ジャージに着替え、木刀を持ち、ショルダーバッグを肩にぶら下げ、戦闘準備は万端だ。
ちなみに彼女のお小遣いは高校生になってから月五千円だ。本格的なダンジョン武具を買うお金はない。
世界唯一のスキル保持者で、しかもそれなりに可愛い見た目ということもあって、ヒマワリには数多くのテレビCMのオファーが来たが、彼女はそれを全て断った。スケジュールがキツキツで学校にもまともに行けなさそうであり、彼女はそれよりも少しでも多くダンジョンに潜ることを優先したのだ。
準備を終えたヒマワリは家を出て、ダンジョンへと向かう。
青熊村ダンジョンは、立派な建物に囲まれている。これは十年前、まだ国内にダンジョンがそれほど多くなかった時期に、ダンジョンからモンスターがあふれ出てくることを懸念して、自衛隊が急遽建てた施設である。鉄筋コンクリート製の頑丈な建物だ。
その建物にヒマワリが入ろうとしたところで、彼女に声をかける者がいた。
「お嬢さん、一緒にダンジョンもぐらないかにゃ」
「あー、すみません。私、まだダンジョン初心者なので、ご一緒できません」
ヒマワリはとっさに言葉を返した。
「そう言わずに、ちょっと浅い層で肉を取るだけにゃ」
「うち、お肉あまっているので」
「荷物を運ぶだけでいいにゃ」
「私、そんなにポーターに見えるかな!? って、あれ?」
ダンジョンを訪れた外部の者が、しつこいナンパをしてきているとばかり思っていたヒマワリだが、声の主に振り返ってみると、そこには誰もいなかった。
「お嬢さん、そっちじゃないにゃ。下、下にゃ」
「んー?」
声が下の方から聞こえてきたので目線を下げる。すると、なんとそこには一匹の白猫がいた。
どこから飼い猫が迷いこんだのか、ヒマワリを真っ直ぐに見つめている。
ちなみにここは北海道なので、野良猫の可能性はそこまで高くない。野良では、厳しい冬をなかなか越せないのだ。そもそも、この白猫は首輪をしているのだが。
「んんー?」
「お嬢さん、初めましてにゃ。ダンジョンシーカーのミヨキチって言うにゃ」
「うはー、猫がしゃべった!」
ヒマワリは、猫が人語を口から話しているのを見て、驚きでのけぞった。
だが、そんなヒマワリの態度に、猫のミヨキチはため息をつく。
「何言っているにゃ。しゃべる動物くらい、今時テレビの中では珍しくないにゃ」
「そうだけどさ、生で初めて見たー! ねえ、スマホで撮っていい? ウィンスターに載せていい?」
ウィンスターは、写真の投稿がメインのSNSである。昨日アカウントを作って、今日学校で幼馴染みのサツキとのツーショット写真を載せたばかりだ。
SNS初心者のヒマワリはまだ気づいていないが、ウィンスターのフォロワー数は女子高生ネットワークから一般人に拡散して、すでに一万人を超えていた。
「ぐいぐい来るにゃあ……ダンジョンまで一緒に行ってくれるなら、撮っていいにゃ」
「あー……えーと、私、本気で初心者だから、そんな潜れないよ。レベルだってないし……」
今でこそスキルを鍛えたおかげでマシになっているが、そもそもヒマワリは最初、一般人のレベル1にも満たない基礎能力しかなかった。
当然、ダンジョンに潜ってモンスターをバリバリ倒すというわけにもいかず、武器も修学旅行土産の木刀しかない。
「知ってるにゃあ。新聞で話題になっていた芝谷寺さんだにゃ?」
「うん、それそれ。猫も新聞見るんだね」
「あちしくらいの賢者になると、ニュースのチェックは欠かせないにゃ。新聞だけでなくテレビのニュースも見るにゃ」
「すごいね!」
ヒマワリは、ニュースなどかったるくて見ていられないタイプだ。若い子はニュースが苦手なのだ。
だが、この猫のミヨキチは、インテリだった。テレビでバラエティー番組を見るくらいなら、ニュースを見る派であった。
「で、お肉を取りに行きたいんだっけ? 一階のアルミラージは肉を落とさないらしいから、もっと先に潜ることになるけど、大丈夫?」
ヒマワリが話を戻す。ナンパと思い込んでいた肉のくだりも、しっかりと覚えていたのだ。
「にゃあ。あちし、これでもレベル20のワイズマンにゃ。浅い層なら、お嬢さんを守ってあげられるにゃ」
「ワイズマン! すごそう! でも、そんだけレベルあるなら、私が居なくてもよくない?」
ミヨキチをまじまじと見ながら、ヒマワリが言う。
レベル20もあるならば、自分の何倍も強いのだろうと、素直に言ったのだ。
「あちしは猫にゃ。肉を狩っても、口にくわえた分しか持って帰れないにゃ」
「ああー、なるほど! 猫は辛いね」
しゃべる動物とはいっても、姿形は普通の猫だ。前足に人間のような長い指はないし、背中に前足も届かない。
リュックサックを背負って、荷物を持ち帰ることなどできないのだ。
「いいこともあるにゃ。猫なら、お嬢さんみたいな子をパーティーに誘っても断られないにゃ」
パーティーとは、ダンジョンシーカー同士で組むチームのことだ。俗称ではなく、ステータスウィンドウに表示される公的なダンジョン用語である。
「なるほど、一理あるー」
ヒマワリは、ミヨキチの言葉に笑ってそう言った。
さらに「にゃあ」とあざとい猫招きポーズを決める猫のミヨキチに、スッとスマホを向けるヒマワリ。そして、そのまま一枚写真を撮った。スマホから響いた軽快なサウンドが、撮影したことをミヨキチに知らせる。
「合意とみてよろしいかにゃ?」
「はっ、つい反射的に。まあ、いいよ。荷物持ちだね。私も戦うけど、いいかな?」
「にゃ。それじゃあ、臨時パーティーの結成成立にゃ」
「いえーい、本格的な初パーティーが、お猫様ー!」
早速、ヒマワリは撮った写真をSNSのウィスパーとウィンスターにアップした。
しゃべる猫のミヨキチさんです。新しい仲間です。とコメントを添えて。
すると、すごい勢いで『いいね』がついていく。その様子に、ヒマワリの承認欲求が一気に満たされた。ヒマワリにとって、初めての感覚だった。
「すげー。ミヨキチさん、大人気!」
「モテる女は辛いにゃ」
吉と名前がつくのにメスなのか、とヒマワリは思ったが、口には出さないでおいた。ヒマワリは、それなりに空気は読める人間だった。
「それじゃあ、ダンジョン行こうか。ミヨキチさん、免許証ってあるの?」
「動物は入場免許いらないにゃあ。でも、あちしは首輪の中に特別に識別チップが入っていて、電子マネーもそこに入っているにゃあ」
「えっ、ミヨキチさん、実はお金持ち?」
「レベル20相応の資金は持っているにゃあ。使い道は、ほとんどないけどにゃ」
そんな会話を交わしつつ、二人は建物の中へと入る。
こうしてスキル持ち初心者シーカーと猫シーカーという異色のパーティーが組まれ、彼女達は青熊村ダンジョンへと足を踏み入れた。