24.五階ボス戦
ラム肉を手に入れて上機嫌なヒマワリとサツキ。その勢いのまま、彼女たちは他の群れにも襲いかかり、大規模なジンギスカンパーティーを開けそうな量のラム肉を調達した。
「いやー、明日の夕食はジンギスカンだね」
「うちとヒマちゃんちで、合同ジンギスカンパーティーなんてどうかな」
「いいねー!」
キャッキャと盛り上がる女子高生二人。運動部の男子学生ほどではないが、彼女たちもダンジョンでよく運動する若者だ。肉は大好物だった。
「それもいいけど、ボスを忘れてないかにゃ?」
あきれたようにミヨキチが言うが、ヒマワリはなんてことないように言う。
「大丈夫、祝勝会の話だからね。ボスの討伐ありきだよ」
「それならいいにゃ」
それからヒマワリたちは、消耗した魔力と体力を回復させるためにモンスターとの戦闘をひかえ、ボスが待つ高地を目指す。
『デンキヒツジ』やヤギ系モンスターをスルーし、ただひたすらに歩き続ける。
やがて三十分ほど進んだところで、彼女たちは目的地に到着した。
そこは、石畳が敷かれた舞台だった。
一辺が五十メートルほどの正方形の舞台。その中央に、光る魔法陣が描かれている。
それを見て、ヒマワリがサツキに向けて尋ねる。
「ボスと戦う場所は、『インスタンスエリア』っていうんだっけ?」
「そうだね。複数のパーティーが、並行して挑戦できるようになっているみたいだよ」
地図のメモ書きを見ながら、サツキが答えた。
「それなら、このダンジョンが人気になっても安心だね」
「その代わり、他のパーティーに助けてもらえないけど……」
『インスタンスエリア』とは、パーティーごとに複製される空間のことを指す用語だ。
Aというパーティーがボスに挑もうとすると、そのAパーティー専用の空間が作成されて外部から隔離される。
そのとき、Aパーティーは他から見えなくなり、Bというパーティーも独自にボスへ挑めるようになる。
Cというパーティー、Dというパーティーもそれぞれ並行してボスに挑戦することができ、それぞれのパーティーは別のパーティーに干渉ができない。
元々はオンラインゲームで使われていた概念だが、現実に存在するダンジョンにもその『インスタンスエリア』が導入されていた。
「よし、それじゃあ、ボス戦……の前に、腹ごしらえといこうか!」
そう言って、ヒマワリはリヤカーに積んだ荷物から敷物を取り出した。
ボス戦はきっと激しい戦いになる。そのとき、エネルギー不足にならないよう、昼食を取っておこうという算段である。
持参した弁当とペットフードを美味しく食べて、元気いっぱいになった四名。
それから数十分間、食休みを取る。そして、いよいよヒマワリたちパーティーは、ボス戦に挑むことになった。
リヤカーで石の舞台の上に乗り上げ、舞台の隅に置いておく。ボスを倒した後はインスタンスエリアの外へは戻れないため、リヤカーも戦闘の場に運び入れる必要があるのだ。
さらに、サツキはリヤカーに乗せていた荷物から、デジカメと三脚を取り出した。
舞台の角に三脚を立て、デジカメを操作して録画を開始する。
「撮影開始できたよ」
「よし、じゃあボスに挑もうか!」
ヒマワリたちは、初めてのボス戦を動画に収めようと画策していた。ボスの動画をダンジョン動画投稿サイトの『ダンジョンハーツ』に投稿して、青熊村ダンジョンをダンジョンシーカーに知ってもらおうという試みだ。
ヒマワリたちはデジカメから離れ、中央付近に近づく。
中央に展開する魔法陣に触れたら、ボスが出現する仕組みになっている。
「ホタル、お願い」
「わん!」
タンクであるホタルが、ゆっくり魔法陣に近づいていく。そして、魔法陣の端に触れたところで、魔法陣が激しく輝く。
すると、魔法陣の床の中から、ボスモンスターらしき巨体がせり出してきた。
それは、二本の角を持った牛頭のモンスター。二足歩行で、体高は三メートルもある。
ファンタジー創作で有名なミノタウルス……ではない。ボスは、『ピッグマン』と同じように、牛をそのまま直立させたような手足の短い奇妙な出で立ちをしていた。
そのモンスターの手には指がなく、ひづめとなっている。そのため、ヒマワリはこのモンスターの見た目を人間的だとは感じなかった。
こいつの肉なら、食べることに抵抗はない。そう、ヒマワリは緊張感なく思った。
「≪モンスター鑑定≫にゃ。……『バッファローマン』にゃ! なかなかのパワーを持っているにゃ」
「ぶふっ!」
ミヨキチの鑑定結果に、サツキが思わずと言った様子で失笑する。
「サツキ、どうしたにゃ」
「ううん、なんでもない。一千万パワーなのかなって思っただけ」
「一千万もにゃいけど、力強さの数値が高いにゃ。気をつけるにゃ」
すると、『バッファローマン』は「ブモー!」と雄叫びを上げ、身体に赤いオーラをまとい始めた。
そして、オーラは段々と形をなしていき、『バッファローマン』の手のひづめに、オーラでできた棍棒と盾が生まれた。
「うわ、まさかの盾タイプ! 気をつけて! あの盾、遠距離攻撃を跳ね返してくるよ!」
ヒマワリが、皆にそう警告の言葉を発した。
「にゃにゃ!? もしかして≪マジックアロー≫が通用しないにゃ?」
「隙を突かないと魔法は無理って、師匠が言ってた!」
「ふにゃー……」
そんなやりとりをしている間にも、ホタルが先行して突撃し、≪シャウト≫のアビリティでヘイトを稼いだ。
それによりホタルに注意を向けた『バッファローマン』は、棍棒でホタルを薙ぐ。
その場で飛び上がり、棍棒を避けるホタル。だが、そこに盾によるシールドバッシュがホタルを襲った。
ボスの並外れた膂力により、豪快に跳ね飛ばされるホタル。飛ばされた先は、ミヨキチとサツキがいる後方。その場所を狙って、バッファローマンは突進を開始した。
「うわ、ヤバい!」
ヒマワリがとっさに『バッファローマン』の前に立ちふさがり、闘気をまとった剣を振り下ろす。
だが、相手は盾を前面に突進していた。剣はすんなり盾に防がれ、ヒマワリはそのまま跳ね飛ばされる。全身がバラバラになりそうな衝撃を受けて、ヒマワリは石畳の上を転がった。
『バッファローマン』の突進はこれっぽっちもゆるまず、後衛に向かって巨体が進む。
「≪プリズムチェイン≫にゃ!」
地面から虹色の鎖が生えるが、『バッファローマン』が前面に構えるオーラの盾へ当たると鎖は跳ね返り、逆にミヨキチの方へと襲いかかった。
「にゃー!」
鎖にからめとられ、身動きができなくなるミヨキチ。そのミヨキチの方へと向けて、『バッファローマン』が突進してくる。
「わうん!」
そこへ立ち上がったホタルが、≪堅牢≫と≪不動≫の『アビリティ』を使って、必死に『バッファローマン』へと立ちふさがる。
だが、その二つの『アビリティ』では足りなかったのか、またもやホタルは跳ね飛ばされ、口から血反吐を吐いた。
さらには、≪プリズムチェイン≫をその身に受けていたミヨキチも、突進の餌食になる。
「あわわ……」
唯一、突進を避けていたサツキが、どの順番で≪ヒーリング≫をかけるか逡巡する。優先順位は? 誰を回復させれば、『バッファローマン』の攻略に役立つ?
ホタルは重量不足で敵の攻撃を防げないが、血を吐いていて危険。ミヨキチも敵に魔法攻撃が通用しなかったが、明らかに足が変な方向にひん曲がっている。跳ね飛ばされたヒマワリは、頭を打って赤い血をしたたらせながら立ち上がろうとしてふらついている。
サツキが回復相手として選んだのは……ヒマワリだった。
「ヒマちゃん、みんなを回復し終わるまで、近距離で引きつけて! ヒマちゃんに≪ヒーリング≫と≪メタリックボディ≫!」
「無茶を言うなぁ。でも、もう突進はさせない!」
朦朧状態から意識が回復したヒマワリは、闘気を最大量練って『バッファローマン』と対峙する。
距離が近ければ先ほどのような突進はないだろうと見て、肉薄していく。
当然、シールドバッシュがヒマワリを襲う。が、顔を打って鼻血が出ても、彼女は『バッファローマン』から離れなかった。不退転の意気込みで、必死に『バッファローマン』へ食らいつくヒマワリ。
その間に、サツキは持参していた家庭用ポーションを使って、ホタルとミヨキチを回復させていく。道具を使った治療効果を高める≪応急手当≫の『アビリティ』が、ホタルとミヨキチを大怪我から復活させる。
そして、すぐさまホタルが駆け出し、ヒマワリに注目していた『バッファローマン』の隙をついて、棍棒を持つ手に噛みつく。
銀色に輝く≪聖属性攻撃≫が乗ったその噛みつきだが、頑強さの高い『バッファローマン』は棍棒を取り落とさない。
そこへミヨキチが素早く『バッファローマン』の足元をくぐり抜け、背後を取る。絶好のチャンスを得たミヨキチが、魔力を高めた。
「≪マジック――」
ミヨキチの攻撃魔法が炸裂しようとした瞬間。『バッファローマン』が突然「ブモオオオオオ!」と雄叫びを上げた。
すると、バッファローマンの周囲から赤い衝撃波が飛び、ヒマワリ、ホタル、ミヨキチが吹き飛ばされた。
「接近戦も潰されるの……!?」
唯一無事だったサツキは、一番近くにいたヒマワリに駆け寄り、容態を確認する。
ヒマワリは剣を未だ握ったままだったが、右腕を骨折しているのか肘から先に歪みがあった。サツキはあわてて賢者風ローブのポケットから包帯を取りだし、服の上からその包帯を巻いていく。『魔法裁縫師』のクラスメートに作ってもらった、虎の子の『魔法包帯』だ。≪応急手当≫の『アビリティ』が、骨折を少しずつ治していくが、即座に修復とはいかなかった。
そして、ミヨキチが倒れて動かなくなっており、それを守るようにホタルが立ちふさがっている。
そのホタルに、『バッファローマン』が棍棒を何度も叩きつけるが、ホタルはそれを懸命に耐えていた。
「うう……」
あまりの惨状に、涙があふれてくるサツキ。そんなサツキを見て、ヒマワリは軽い調子で言った。
「大丈夫だよ。私がなんとかするから」
「なんとかって、こんなの勝てないよ……ギブアップを……」
「大丈夫、大丈夫。盾さえなんとかすればいけるんだよ。私の≪斬鉄剣≫が炸裂するときだよ」
≪応急手当≫の効果がようやく完全に発揮されたのか、腕が真っ直ぐになったヒマワリが立ち上がる。そして、気合いを入れて『バッファローマン』に向けて駆け出していった。
ヒマワリが向かう先では、懸命にミヨキチを守り続けていたホタルが、『バッファローマン』の棍棒の一撃を受けて吹き飛ばされていた。
さらに、石畳の上でぐったりするミヨキチに、『バッファローマン』は棍棒を振り上げる。
それを見たヒマワリは、全力で走りながら叫び声を上げた。
「このウシィッッッ! 私が相手だッ!」
すると、『バッファローマン』はミヨキチを攻撃しようとするのを止め、ヒマワリの方へと振り返った。
ヒマワリは全力で闘気を練り、剣を上段に構えて思いっきり振るった。
しかし。
ヒマワリの剣は『バッファローマン』の盾に弾かれて、そのままヒマワリはシールドバッシュを受けて舞台の端まで吹き飛んだ。
「ヒマちゃん!」
サツキの悲痛の叫びが、舞台に響く。それを聞きつけたのか、『バッファローマン』は次なる標的をサツキに定めた。
盾を前にした突進がなされ、とっさに≪かばう≫に入ったホタルごと、サツキを轢いた。
口から血を吐いて床を転がるサツキを見て、ヒマワリの頭は沸騰した。
大切な仲間が、蹂躙されている。
みんなを助けなければ。剣を取り、立ち向かうんだ。ヒマワリは立ち上がり、己を鼓舞した。
≪斬鉄剣≫ができないなら、≪遠当て≫でも≪魔法剣≫でもいい。あの盾をくぐり抜けて、攻撃を当てるのだ。
だが、相手の動きは素早く、盾のサイズは巨大だ。盾をどうにかしない限り、ヒマワリたちに勝機はなかった。
いっそ、盾に抱きついて、動きを止めるか? そう、ヒマワリが決死の覚悟を決めたところで、ふと彼女は自分に語りかける声を聞いた。
『もう、仕方ないなぁ。初回特別サービスで、アドバイスしてあげる!』
その声は、耳ではなくヒマワリの頭の中に直接響いた。
どこか幼さを感じさせる、ヒマワリにとって、とても聞き覚えのある声だった。




