23.肉ルート進行
今回から第一章の終わりまで毎日更新します。
剣崎の武器作成を待つ間、ヒマワリたちは日曜の全日と平日の余暇を使って、肉ルート三階までを探索した。
肉ルート三階は鳥が飛び交っており、『アクティブモンスター』が次々と飛来してくるなかなかの危険地帯だった。
ドロップアイテムは鳥の肉や内臓など、焼き鳥が食べたくなるラインナップ。それをアイテム買い取り担当の斎藤に売り払って小金を稼ぎつつ、ヒマワリたちはレベル上げに勤しんだ。
その結果、金曜日の時点で、タンクのホタルと、ヒーラーのサツキはレベル5に到達した。
ふたりはそれぞれ、モンスター複数体のヘイトを稼ぐ≪シャウト≫と、仲間の頑強さを上げる≪メタリックボディ≫の『アビリティ』を習得した。
そして、ついにやってきた土曜日。剣崎からスマホで連絡を受けたヒマワリは、朝から村役場を訪れていた。武器の引き渡しと、武器の所持申請をするためだ。
斎藤以外の勤務者がいない村役場で、「渾身の出来です」と語った剣崎から渡されたのは、幅広の片刃の剣。
剣鉈と呼ぶには刃渡りが長く、だんびらやマグロ切り包丁とでも言うべき見た目となっていた。
「うわあ、いかつい」
「分かっているとは思いますが、公共の場ではケースに入れて、鍵をするようにしてください」
『アビリティ』や『スキル』は人を傷付けることはないが、刃物で斬りつけたら人が傷つくことは、旧来の地球の法則から変化していない。
ダンジョンシーカーが公共の場で刃物を持ち運ぶ公的なルールは、しっかりと制定されていた。
それをしっかりと覚えているヒマワリは、剣崎に向けて力強くうなずく。
「うん、免停は勘弁」
「それならよしです」
そうしてヒマワリは剣を革製の鞘に収め、持参した武器ケースの中に入れる。
あらためて剣崎に礼を言ったヒマワリは、「良いお肉を狩ってくるね」と言って、村役場を去った。
それからしばらくして、自宅で魔法裁縫服に着替えたヒマワリ。家の納屋からリヤカーを取りだし、ダンジョンに向かう準備をする。
サツキはすでにヒマワリの家の前にやってきており、ローブ姿にリュックを背負って気合いを入れていた。
ホタルも元気に尻尾を振ってダンジョンを楽しみにしており、ルンルン気分でぐるぐるとその場を回っている。
一方、ミヨキチは自分の『ステータスウィンドウ』を見て、「にゃー」とひと鳴きした。彼女のレベルは20から変動していなかった。
そんな三者を率いて、ヒマワリはダンジョン入場施設へと向かう。
施設に武器ケースを預け、この日のために購入していた剣帯に剣鉈を吊り下げる。その様子をサツキに撮影してもらい、写真を確認して「様になっている」とヒマワリは自画自賛した。
そして、パーティー一行はダンジョンへと入場した。
草原を越え、肉ルートの道を進む。二階の山に着き、ミヨキチの≪マップ≫の『アビリティ』で順路を進んでいく。
途中、『アクティブモンスター』の『ダンジョンイノシシ』が襲ってきたので、ヒマワリは剣を抜いてこれを迎撃した。
ホタルが首元を噛みつきで押さえている間に、剣を猪の左胸に差し込む。
生々しい感触が手に返ってきて、ヒマワリの背筋はゾッと凍えた。
とっさに剣を引くと、ショッキングピンクの色をした血が、刺し傷から勢いよく吹き出す。刃にもピンクの血が付着しており、さらに返り血がヒマワリの足元を汚す。
それから数秒経つと、血を流し続けた猪は息絶え、返り血ごと光に変わって消えていった。
後にはドロップアイテムの肉が残り、ショッキングピンクの血はどこにも残されていなかった。
「うへー、感触が気持ち悪い」
「ヒマちゃん、大丈夫?」
サツキが心配して、ヒマワリのもとへと近寄ってくる。
「大丈夫じゃないけど、慣れないとね。剣を使うって自分で決めたんだから」
「どうしても駄目そうなら、ダンジョン深層の木材で作られた木刀を買うって選択肢もあること、忘れないでね」
そんなサツキの言葉に、「でも、木刀じゃいまいち格好つかないよね」とヒマワリは内心でつぶやいた。
木刀を愛用するダンジョンシーカーも世の中には存在するので、口には出さなかったが。
それから、あらためて一行は、山を登っていく。
山頂にある転移魔法陣を使い、三階へ。三階は木がまばらに生えた林だ。
ぼんやり立っていると『アクティブモンスター』の鳥が飛来してくるため、ヒマワリたちは足早に四階への道を進んでいく。
ときおり襲撃してくる鳥をヒマワリが≪遠当て≫で叩き落とす。
この階ではヒマワリが鳥の迎撃を担当するので、リヤカーを引くのはサツキの役目だ。
そして、二十分ほどで四階に通じる魔法陣に辿り着いた。
「さて、ここからは未踏の領域だね」
平日は三階までしか進んでいなかったため、ここから先は初めて行く場所だ。
本来なら時間をかけて攻略を進めるところだが、ヒマワリたちは探索よりも五階のボス退治を優先することにしている。
なので、今回もちゃんと村役場から肉ルート四階と五階の地図を貰ってきてあった。
二日ある休みの一日目である土曜日の今日は、四階と五階を進んでみて、いけそうならボス討伐を、無理そうなら地図を見ながらモンスター退治を、という予定をヒマワリたちは立てている。
金属ルート四階を苦もなく探索できたときから、レベルも上がっている。なので、少なくともボスへの到達まではいけると、ヒマワリは踏んでいた。
「いざとなったら、撤退も視野に入れるにゃ」
「そだね。まあ、敵次第かな」
そうして一同は転移魔法陣に乗り、四階へと向かった。
景色が切り替わり、ヒマワリの目に入ってきたのは、一面の牧草地だ。
「草原……いや、牧場かな?」
牧草地には、高さ一メートルほどの木の柵がずらりと並んでおり、その柵が迷路を作り出していた。
その気になれば簡単に乗り越えられそうな柵だが、ヒマワリたちには荷物が載ったリヤカーがある。そのため、地図に従って迷路を攻略することにした。
先頭をホタルが歩き、その次にリヤカーを引くヒマワリが行く。地図を持つサツキと≪マップ≫の『アビリティ』を持つミヨキチが、その後ろを追った。
サツキの指示でしばらく柵の迷路を進むと、道の途中にモンスターが二体立ちふさがっていた。
そのモンスターは、二足歩行の豚。二足歩行とは言っても、人型のシルエットをしているわけではない。豚をそのまま直立させたような珍妙な出で立ちであり、手足はとても短かった。
「『ピッグマン』にゃ。ああ見えて、素早さの数値が高いにゃ」
≪モンスター鑑定≫のアビリティを使ったミヨキチの警告を受け、ホタルが≪シャウト≫のアビリティを使う。
すると、『ピッグマン』二体のヘイトがホタルに向き、『ピッグマン』二体は同時にホタルに向けて突進を始めた。短い脚による前進速度は、意外と速い。
ホタルは身構え、その突進を受け止めようとする。
しかし、ホタルは『ピッグマン』の体当たりを受けて、豪快に跳ね飛ばされた。
「ホ、ホタルー!?」
リヤカーを置いて駆けだし始めていたヒマワリの叫びが、牧草地に響きわたる。
そして、ピッグマンの突進は止まらず、後衛に向けて走り寄ってくる。その向かう先は、サツキでもミヨキチでもなかった。
「ヤバい! リヤカーを守らないと!」
ヒマワリがそう言いながら、後方を振り返る。
ピッグマン二体の向かう先は、放置されたリヤカーであった。
「≪プリズムチェイン≫にゃ!」
ミヨキチの拘束魔法が、ピッグマン一体を止める。
だが、もう一体の『ピッグマン』は止まらない。ヒマワリが必死に追うが、ピッグマンは足が速かった。
「わうん!」
と、そこへ跳ね飛ばされたはずのホタルが立ちふさがった。≪かばう≫の『アビリティ』をリヤカーに対して使って、空間転移してきたのだ。ホタルが無機物に対してこの『アビリティ』を使ったのは、これが初めてだった。
そして、正面衝突するホタルと『ピッグマン』。
またもや跳ね飛ばされるホタルだったが、『ピッグマン』もその場に尻餅をついた。
それをチャンスと見たヒマワリが走り寄り、剣を『ピッグマン』の脳天に叩きつける。
闘気が乗った剣の一撃は『ピッグマン』の頭をかち割り、ショッキングピンクの血を周囲にばらまいた。
どうやら脳みそと脳漿は頭蓋骨の中に詰まっていなかったようで、ピンク一色の返り血がヒマワリの魔法裁縫服を汚す。
そして、次の瞬間、返り血ごとピッグマンは光になって消え去っていった。
それから残った一体の『ピッグマン』を皆で連携して倒すと、ヒマワリはホッと息を吐いた。
「いやー、ホタルが轢かれるとは思ってなかったね」
ドロップアイテムの『ダンジョンブタのヒレ肉』を拾いながら、ヒマワリが言う。
「なんで跳ね飛ばされちゃったんだろう?」
ホタルに≪ヒーリング≫をかけながら、サツキが疑問を口にする。
「単純な重量差にゃ」
「重量差かぁ……」
ミヨキチの答えを受けてサツキがホタルを見ると、ホタルはしょんぼりと尻尾を下げた。
「人間のタンクは、体重と装備の重量もあって、そうそう跳ね飛ばされないにゃ。でも、ホタルの場合、何も着けてない犬にゃ。だから、簡単に重量負けするにゃ」
「どう対策すればいいのかな?」
「≪不動≫の『アビリティ』を鍛えるか、一時的に重たくなる『アビリティ』を新しく覚えるかにゃ。強く願ってレベル10になると、良いアビリティが生えてくるかもしれないにゃ」
ミヨキチにそう言われ、ホタルは「わん!」と力強く返事をした。
そして、少し休憩を取った後、ヒマワリたちは四階の攻略を再開させる。
『ピッグマン』と何度も遭遇するが、ホタルは上手く立ち位置を変えて、リヤカーや後衛に突進されないよう努めた。
それを見て、ホタルの知能が順調に上がっていることをヒマワリは実感した。
四階のモンスターは『ピッグマン』のみのようで、豚肉がリヤカーに溜まっていく。
それから一時間ほどかけて、ヒマワリたちは柵の迷路を攻略した。
「いやー、柵を乗り越えたらすぐだったんだろうけどね」
リヤカーを引きながら、ヒマワリが言う。
「ボス戦で全滅かギブアップしたら、リヤカーを取りに戻ってくるときに乗り越えるにゃ」
「うっ、それを考えると、リヤカーを持ってきたのは早まったかも」
「でも、ドロップアイテムを放置するのは勿体ないにゃ」
「それな! 四階以降の肉は、そこそこの値で売れるって、斎藤さん言ってたからね」
そんな会話をミヨキチとヒマワリが交わし、皆で五階への転移魔法陣に乗る。
彼女たちがやってきた五階は、高原であった。なだらかな草地の坂が続く場所で、遠方に山々が見える。
さらに、草地にはヒツジやヤギの姿があり、草を食んでいる様子が目に入った。
のどかな風景だな、と思いつつ、ヒマワリは重たくなってきたリヤカーを引く。
「五階のモンスターは、全部『ノンアクティブ』らしいよ」
地図に書かれたメモ書きを見たサツキが、そんなことを言った。
「ボス戦までに消耗が抑えられそうだね。よきよき」
嬉しそうに話すヒマワリだが、次に言ったサツキの言葉で状況が一変する。
「『子ヒツジは美味しいラム肉を落とす』、だって」
「ラム肉!」
「うん、ラム肉」
「ジンギスカンだよ、サツキちゃん」
「ジンギスカンだね、ヒマちゃん」
ヒマワリとサツキの殺る気が一気に上昇する。
それをあきれた目で見るミヨキチ。ちなみにホタルは、生肉の味への期待で尻尾を振っていた。
そして、子ヒツジを探して高原を進む一同。地図を見ながら、順路を外れないようサツキが注意を払う。
さらに、サツキは地図の注意書きを読み上げる。
「『ヒツジと子ヒツジはリンクモンスターなので、大きな群れを刺激しないようにしましょう』、だって」
「『リンクモンスター』かぁ」
リンクとは、一匹のモンスターを攻撃すると、それに反応して同種のモンスターが一斉に襲ってくるようになる性質のことだ。
つまり、群れの中の一匹に攻撃をしかけると、群れ全体が敵になるということ。複数のモンスターを一度に相手取れるような範囲攻撃手段を持たないヒマワリたちにとって、リンクモンスターは鬼門だった。
「あっ、あれとかいいんじゃない」
ヒマワリは親ヒツジ一頭、子ヒツジ三頭の群れを見つけた。パーティー内で確認し合い、彼女たちはその群れを標的にすることに決めた。
「≪モンスター鑑定≫。にゃ、『デンキヒツジ』にゃ。≪電撃≫と≪帯電≫の『アビリティ』を持っているにゃ」
「魔法持ちモンスター!」
ヒマワリが、嬉しそうにそんなことを言った。いよいよ、敵もファンタジーじみてきたと思ったのだ。金属ルートのゴーレムの時点で、ファンタジー度はすでに高かったのだが。
「よし、ホタル、親ヒツジから狙うよ」
「わう!」
ヒマワリの指示を受けホタルが駆け出す。
そして、≪聖属性攻撃≫の光をまとった体当たりで、親ヒツジを跳ね飛ばした。
すると、子ヒツジたちが反応して、身体に電気をまとい始める。
さらに、親ヒツジが地面に横たわったまま、ホタルに雷撃を放った。
だが、ホタルはそれを間一髪で避ける。
その隙に、ヒマワリが駆けていって親ヒツジに剣を叩きつけた。しかし――
「あばばばばば」
親ヒツジは≪帯電≫を使用しており、剣を通してヒマワリが感電する。
とっさに距離を取ろうとするヒマワリだが、剣の刃が親ヒツジの肉に食い込んでしまっている。そして、ヒマワリの手は感電により筋肉が硬直していて、剣の柄を手放せないでいた。
≪雷耐性≫のスキルを新たに習得したが、それでもヒマワリは動けない。
「わうん!」
そこへ、ホタルが駆けつけ、ヒマワリに体当たりをした。
ヒマワリは大きく吹き飛ばされ、剣から手が離れる。
「ヒマちゃんに≪ヒーリング≫!」
サツキの回復魔法が飛び、ヒマワリは感電の痛みから解放された。
「こ、こいつ。かなりやっかいだよ」
「任せるにゃ。≪マジックアロー≫」
ミヨキチの攻撃魔法が炸裂し、親ヒツジは倒れる。そして、ヒマワリの剣鉈とドロップアイテムの『ダンジョンヒツジのロースマトン』を残して光に消えた。
だが、子ヒツジ三頭がまだ残っている。
ホタルが≪シャウト≫のアビリティを使ってヘイトを稼ぐが、相手が帯電しているため攻めあぐねている。
ヒマワリも剣を拾い、戦闘態勢を取るが、先ほどの感電を思い出して攻撃を躊躇した。
そこへ、サツキの声が届く。
「ヒマちゃん、これを使って!」
サツキがリヤカーに載っていた荷物から、予備武器の木刀をヒマワリに投げてよこした。
それを受け取ったヒマワリは、「よしきた」と気合いを入れて、子ヒツジに躍りかかる。
闘気をまとった木刀を頭部に叩きつけ、激しい帯電をする子ヒツジには≪遠当て≫で衝撃波を飛ばし、またたく間に三頭は光に変わった。
そして、残されたのはドロップアイテムのラム肉。
ヒマワリはそれを拾い、木刀を天に掲げて「ジンギスカン!」と叫んだのであった。




