22.金属ルート四階の探索
「ヒマちゃん、ホタル、怪我はないかな?」
勝利のポーズを決めるヒマワリのもとへサツキが駆けてきて、前衛二人の状態を確認する。
全ての攻撃を避けきったホタルは、尻尾を振って「わん」と答え、健在をアピール。一方、ヒマワリは攻撃は受けなかったものの、何度も固いゴーレムを叩いたため、手が痺れていた。
ヒマワリがそのことをサツキに伝えると、サツキは≪ヒーリング≫の『アビリティ』をヒマワリの手にかけた。
「過保護すぎない?」
怪我もしていないのに回復魔法を使ったサツキに、ヒマワリがそんな疑問を口にする。
「魔力はまだまだあるし、熟練度も上げたいから」
そう言ったサツキにヒマワリは納得して、ドロップアイテムの確認に移った。
地面に落ちていたのは、『ダンジョン炭素鋼のインゴット』とラベルに書かれたインゴット二つと、『黄銅のインゴット』と書かれたインゴットが一つだ。
三階で見た銅のインゴットよりも、サイズが大きい。
「『オーアゴーレム』は、合金を落とすのかにゃ? 黄銅というか真鍮全般は、確か売値が低かったはずにゃ。これはハズレっぽいにゃ」
そんなミヨキチの見解を聞いてから、ヒマワリはリヤカーにインゴットを載せた。
すると、ホタルに≪ヒーリング≫をかけていたサツキが、ふとした疑問をもらす。
「『ダンジョン炭素鋼』ってなんだろう……なんで名前にダンジョンってついているの?」
その問いに対し首をかしげるヒマワリだったが、ワイズマンのミヨキチが答える。
「鋼鉄は炭素と鉄の合金にゃ。鋼鉄や炭素鋼と一口に言っても、さまざまな配合があるにゃ。『ダンジョン炭素鋼』はその中でも、ダンジョン用武具の作成に向いた配合がされた鋼と言われているにゃ」
「ダンジョンって名前が付いているから、魔力が含まれているとかは……」
「ないにゃ」
「そっかぁ……」
どうやら極めて普通の鋼鉄のようで、サツキは『ダンジョン炭素鋼』への興味をなくした。
戦いはこれといった被害もなく、魔力の消費も最小限に終わったため、一同は休憩せずに先へ進むことに決めた。
ミヨキチの指示で坑道を歩き、ときおり出現する『オーアゴーレム』や『ミネラルゴーレム』との戦いが繰り広げられていく。それにより、リヤカーには『ダンジョン炭素鋼のインゴット』が、順調に溜まっていった。
『ノンアクティブモンスター』の『マインラット』という大型のネズミも見つけたので、これを倒してみたところ、石炭入りの袋を落とした。
「いまどき石炭って……村でも石炭ストーブなんて使っている人いないよ」
石炭をリヤカーに積みながら、ヒマワリが苦笑する。
「石炭は火力発電所で使うのにゃ。でも、最近は魔力発電所に置き換わりつつあるにゃ」
「あー、魔石と大気中の魔力で、雷魔法を使って発電するやつ!」
「それにゃ。蒸気タービンを回さないで魔力を電気に直接変換するから、効率がいいにゃ。魔法の電気だから動物が感電しない、安全なエネルギーでもあるにゃ」
「魔法学は日進月歩だねー」
重たくなってきたリヤカーをヒマワリは気合いを入れて引き、先へと進む。
それから一同は広場に辿り着いた。床に青白い線で巨大な魔法陣が描かれている。ここは、セーフティーエリアと呼ばれるモンスターが出現しない領域だ。
そこでヒマワリたちは敷物を広げ、昼食を取ることにした。
ヒマワリは母が作ってくれた弁当、サツキは自作の弁当を敷物の上に広げた。ミヨキチとホタルは、それぞれ猫用と犬用のドライフードを皿に入れてもらっている。
「ダンジョンで稼げるようになったら、家にお金を入れた方がいいのかなぁ」
ヒマワリが弁当の玉子焼きを食べながらそんな言葉をこぼす。
すると、サンドイッチを食べていたサツキが手を止めて、口の中の食べ物を飲みこみ、答える。
「うちは、学生の間はそういうのはいらないって言われたよ」
「あ、もう親に言ってあるんだ」
「うん、食費くらいは出せるようになるって言ったんだけど……」
「うちはどうかなー。お父さん、私をもう一人前扱いしてきているからなー」
そんな会話をしながら食事は進み、休憩を終える。
パーティー全員が十分気力を回復したところで、再びダンジョン探索を進める。
あるとき、ミヨキチの指示で真っ直ぐな一本道を進んでいたところ、ヒマワリたちは行き止まりに突き当たった。
だが、そこはただの行き止まりではなかった。
「宝箱だ!」
通路の突き当たりには、木でできた箱が鎮座していた。枠部分が鉄で補強されている、頑丈そうな箱だ。まさしく、創作上の海賊が財宝を溜めておく、宝箱のビジュアルそのままだった。
嬉しそうに宝箱へ駆けていくヒマワリ。だが、それをミヨキチが止める。
「待つにゃ。罠があるかもしれないにゃ」
「うおっと」
宝箱の前で、ヒマワリが急停止する。
中に有用なアイテムが入っているダンジョンの宝箱だが、罠が仕掛けられている可能性があった。
「罠かぁ。低層なら、致命的な罠はないだろうけど……」
ダンジョンの深層に進むと、宝箱だけでなく通路にも罠が仕掛けられていることがある。
それをどうにかするには、斥候系と呼ばれる『ジョブ』に就いた者が、罠を探知し解除していく必要がある。だが、斥候系の『ジョブ』の存在は、荷運びを行なうポーター並みに稀少だった。
「あちしに任せるにゃ。解除はできないけど、≪罠探知≫はできるにゃ」
「ミヨキチさんが有能すぎる……」
≪マップ≫に≪サーチ≫に≪罠探知≫と、このお猫様は賢者様ではなく斥候なのではと、ヒマワリは疑惑を持った。
「≪罠探知≫……催涙ガスの罠があるにゃ」
「えー、罠とかどうするの」
「ヒマワリが罠解除を試すにゃ。罠解除のスキルを生やすのにゃ」
「そっか。私は斥候にもなれるんだ」
ヒマワリは宝箱をまじまじと見つめる。
すると、宝箱の開閉部分にこれ見よがしな部品が付いているのが見えた。
「これを解除するのかぁ……やり方が解んない!」
「罠解除系の『アビリティ』を練習するキットは、ダンジョン用品店で五百円から売っているにゃ」
「今やり方が知りたいんですけど!」
「まあ、失敗前提で試すのにゃ」
スパルタなミヨキチにうながされて、ヒマワリは宝箱についた部品を見つめる。
どうすればいいか全く解らなかったので、彼女はひと思いにその部品を引っこ抜いた。
すると、宝箱から勢いよく煙が噴出する。
「ぎゃわー! 目が! 目がぁ!」
「わわっ、ヒマちゃん! ≪キュアポイズン≫!」
サツキがとっさに、解毒の魔法をヒマワリにかける。すると、ヒマワリの目を襲っていた痛みがスッと消えた。
「ふへー、酷い目にあった。しかも、≪催涙耐性≫なんてスキルも生えた」
ヒマワリは、ハンカチを取り出して目からこぼれる涙をふいた。
「尊い犠牲だったにゃ」
「くっそー、≪罠解除≫スキル、絶対覚えてやるんだから」
ハンカチを服のポケットにしまったヒマワリは、通販で罠解除練習キットを購入することに決めた。
そして、罠が外れた宝箱に向き直る。
「何が入っているのかなー?」
そのままヒマワリが宝箱を開けると、中には小さなコインが十枚入っていた。
「おおー、これは、『ダンジョンコイン』ってやつかな?」
コインを手につかみ、上にかかげるヒマワリ。
それを見て、ミヨキチも嬉しげな声で言う。
「そうにゃ。ダンジョンにある店で買い物をするための通貨にゃ」
「十枚だから、一人二枚! でも、二枚あまるね」
「今回は、催涙ガスの被害を受けたヒマワリが、あまりを持っていっていいと思うにゃ。サツキ、どうにゃ」
「うん、それでいいと思う」
「やったぜ!」
そしてヒマワリはコインをそれぞれに二枚ずつ配った。
そのコインを前に、皆は一斉に『ステータスウィンドウ』を開く。
「『オープン・ザ・ステータス』! で、あとは『ステータスウィンドウ』にこのコインを押しつけて、と」
目の前に開いた画面に、ヒマワリは『ダンジョンコイン』を一枚載せる。すると、『ステータスウィンドウ』にコインが飲みこまれていった。
すると、コイン同士がこすれるような硬質な音が鳴り響いたかと思うと、画面上に『ダンジョンコインのチャージが完了しました』と表示された。そして、『残高:1000』との表示が画面下部に映った。
「こういう感じかぁ。ホタル、できそう?」
「わふ」
犬のホタルも、器用にコインを口にくわえて『ステータスウィンドウ』に顔を近づける。
すると、口のコインは無事に『ステータスウィンドウ』に飲みこまれ、チャージが完了した。
「いやー、ダンジョン商店、楽しみだね!」
四枚のコインを『ステータスウィンドウ』に投入して、残高が『4000』になったヒマワリは上機嫌だ。
一方、残高が『98000』のミヨキチは、平静な様子で言う。
「ダンジョン商店があるのはどこのダンジョンでも六階以降にゃ。だから、頑張ってボスを倒すにゃ」
「おー、ボスを肉にしてやんよ!」
一方、一人で黙ってチャージを終えたサツキは、ダンジョン商店で杖を購入する算段をつけていた。
魔法使いジョブ用の杖は、魔法の効果を高める能力が付与されている。できればもっとコインを手に入れて良い杖を買いたいな、などと考えるのであった。
◆◇◆◇◆
「お姉さーん! 『ダンジョン炭素鋼』、持ってきたよー!」
ダンジョン探索を終えたヒマワリたちは、村役場に寄らず直接剣崎の家へと向かった。
今日もガレージで物音がしていたので、家のチャイムを鳴らさずにガレージの前に立ったヒマワリ。そして、なにやら機械部品を組み立てている剣崎に、ヒマワリは声をかけた。
すると、剣崎は作業の手を止め、ガレージの入口に歩いてくる。
「お疲れ様です。四階はどうでしたか?」
「何回か殴られたけど、うちにはヒーラーがいるから、問題なし!」
「そうですか。心は折れていないようですね」
「私、我慢強い子なので!」
激しい出血があったらどうなるかな、と剣崎は考えたが、それは口にせず、リヤカーの方を向く。
「成果は上々のようですね」
「うん。木刀だからゴーレムは簡単には倒せないけど、うちにはレベル20のミヨキチさんがいるから」
「そうですか。でも、肉ルート五階のボスは、ヒマちゃんが生命線ですよ。ミヨキチさんに頼りすぎないようにしましょう」
「そうだね。分かった」
そうして、剣崎はリヤカーへと向かい、『ダンジョン炭素鋼のインゴット』を数個手に取る。
「では、これだけいただきます」
「それだけでいいの?」
剣崎が取ったのは、たくさん積まれたインゴットのうち、ごく少数だけだ。
ヒマワリの疑問の声に、剣崎は苦笑して言葉を返す。
「剣一本分ですから。インゴットを圧縮できるわけでもないのですから、こんなものですよ」
「そっか。じゃあ、残りは売り払うね」
「ええ、そうしてください。防具もそろえたようですし、何かと入り用でしょう」
「あ、気づいちゃった? 可愛いでしょ」
ヒマワリは、戦乙女風魔法裁縫服を剣崎に見せびらかすように、ポーズを取った。
「コスプレみたいですね」
「これが今の最先端なんだよー」
「そうなのですか? すみません、最近のダンジョンの流行にはうとくて」
学生時代、未来的デザインの自作プロテクターを着けていた剣崎は、最近の流行にちょっとした憧れを抱いた。
ダンジョンシーカーというファンタジーあふれる仕事をしていただけあって、ファンタジー要素が好きなのだ。ただ、剣崎の場合、ファンタジーよりもロボットやパワードスーツといったメカの方が好きなのだが。
「では、剣鉈は来週の土曜日までには作っておきます」
「了解! お姉さん、ありがとうね!」
「ボス肉、楽しみにしていますね」
そう言って互いに笑い合い、ヒマワリは剣崎のもとを辞した。
そのまま村役場に向かいあまったインゴットを査定に出したヒマワリたちは、上機嫌で帰路につく。
「とうとうボス戦かぁ」
リヤカーを引きながらそうつぶやくヒマワリ。すると、リヤカーの荷台に乗っていたミヨキチが言葉を返した。
「その前にレベル上げにゃ。ボスに挑むなら、最低でもレベル5は欲しいにゃ」
「あー、今日も結構狩ったのに、レベル4で止まっちゃったね」
「金属ルートはちょっと敵の量が少なめにゃ。別ルート攻略も念頭に置くにゃ」
「じゃ、次回からは肉ルートの下見に行こうか」
そういうことになり、土曜日のダンジョン探索は無事に終わった。
そして、帰りの道すがら、スマホでヒマワリの『ウィスパーアカウント』をチェックしていたサツキ。
先日の魔法服お披露目会の『ささやき』に大量の反応が返ってきているのを見て、彼女は赤面した。
その『ささやき』には、ヒマワリとサツキのツーショット写真が載っている。
スキル制女子高生ヒマワリの相方である初心者ヒーラー女子高生サツキは、全国区の存在として認知され始めていた。
次回更新は9月7日(木)です。9月7日からは第一章の最終話まで一日一話ずつ投稿します。




