20.花祭高校女子ダンジョン部
六月の第一週。ダンジョンの金属ルート四階に向かうという目標を立てたヒマワリだが、彼女は未だ四階に到達していなかった。
実のところ、ダンジョンに行けない深い事情がヒマワリにはあった。
それは、前期中間考査。すなわち、高校の中間テストの時期が訪れていた。
水木金の曜日の三日間、中間テストが続き、本日は最終日の金曜日。
最後のテストを終えたヒマワリは、後ろの席に振り返った。そこには、ぐったりとしているサツキの姿があった。
「サツキちゃん、テストどうだった?」
「んー、悪くはないと思うんだけど。ヒマちゃんは?」
「バッチリ!」
「最近のヒマちゃんはすごいねぇ」
「『スキル』の力さ!」
中学時代はそれほど学業の成績がよくなかったヒマワリだが、高校に入ってからの彼女は違う。
テストで悪い点を取って補習になんてなってしまったら、ダンジョンに行く時間が削られてしまう。それを恐れた彼女は、普段から真面目に勉強を頑張るようになった。すると、勉学に関する『スキル』がいくつか生えてきて、格段に勉強が楽になったのだ。
ダンジョンでモンスターを倒して『ジョブ』と『レベル』を獲得した者は、ステータスウィンドウの基礎能力欄に『賢さ』という項目が追加され、頭がよくなる。
だが、他の『ジョブ』を得た動物と比べると、人間の賢さの補正値はとても低い。学者系や研究者系の『ジョブ』に就かない限り、ほとんど勉学の役には立たない程度しか賢さは上がらないとされていた。
しかし、ヒマワリの場合、勉学に関する『スキルレベル』の上昇によって賢さの補正値が十分に与えられ、学力が確実に向上していた
そんな『スキル』の恩恵を受けたヒマワリと、賢さ補正がほぼないサツキは、どの問題が難しかったかなどと、この三日間のテストを振り返った。
そして、話はいつの間にかダンジョンのことへと移り変わっていく。
「明日はいよいよ金属ルート四階だね!」
心底嬉しそうなヒマワリに対し、サツキは不安そうな表情を浮かべる。
「大丈夫かなぁ」
「何か不安要素ある?」
「ゴーレムがもっと固くなるってことは、攻撃も危なくなるでしょう? ヒマちゃん、怪我しないかな」
「あー、囲まれると危ないかも。でも、サツキちゃんの≪ヒーリング≫があるでしょ?」
「まだ熟練度が低いから、大怪我までは治らないと思う……」
「うーん、でも、防具があるわけでもないしね。頑張って避けるよ」
そんな会話を交わしている二人のもとに、教室の最前列から一人の女子生徒が近づいていく。
その女子生徒はヒマワリの横に立ち、二人に声をかけてきた。
「芝谷寺さん、磯花さん、ちょっといい?」
芝谷寺と磯花は、それぞれヒマワリとサツキの名字である。
名前を呼ばれた二人は、座りながら女子生徒の方を向く。
「どうかした? 三木さん」
三木と呼ばれた女子生徒は、ヒマワリ、そしてサツキをそれぞれ眺めてから、口を開いた。
「二人とも、魔法裁縫服、買わない?」
その言葉を受けたヒマワリは、驚きの表情を浮かべた。
「え、いいの?」
「うん、ちょうど二着、余っているのがある」
三木は、四月のゴールデンウィーク前にダンジョン研修を受け、魔法裁縫師の『ジョブ』に就いている。
彼女は学校の休み時間中、毎日『アビリティ』を使って服を作っていた。魔法裁縫師の『アビリティ』である≪魔法裁縫≫≪魔法刺繍≫によって作られた服は、魔力が練り込まれた特殊な服になる。魔法裁縫服と呼ばれる布製の防具だ。
着ることで身体の周囲に微弱な魔力の膜ができ、ダンジョンでの戦闘に耐えうる防具となるのだ。
「上下で合わせて一着一万円でどう?」
「安くない? 全部、手縫いだよね?」
「レベル1の頃に作った習作だから……今、作っているのは、私がダンジョンにもぐるとき用のだから売れないけど」
三木の提案を受け、ヒマワリはサツキの顔を見る。すると、サツキは大きくうなずいた。
「うん、買わせて貰うよ。支払いは週明けでいい?」
「それで構わない。服は女子ダンジョン部の部室に置いてある。部室でサイズ合わせをする」
「解った。じゃ、行こっか」
そういうことになり、ヒマワリたちは学生カバンを持って部室が集まる部活棟へと移動する。
テスト明けの金曜日ということもあり、打ち上げに向かって部活は不参加という生徒が多く、人通りはまばらだ。
そしてヒマワリらるは、『女子ダンジョン部』と書かれた表札がある部屋の前に辿り着いた。
「こんちゃーっす」
ヒマワリが、元気に挨拶をして部室へと入っていく。
「おーっす、って、芝谷寺じゃん!」
先に部室へ来ていた三年生の女子生徒が、先頭のヒマワリのことを見つけて挨拶を返した。
「あ、ぶちょーさん、お久しぶりです」
ヒマワリは、三年の女子生徒に向けて近寄っていく。
そして、そのまま二人は勢いよくハイタッチを交わした。
「いえーい。芝谷寺、とうとうダンジョン部に入るつもりになったか?」
「いやー、町のダンジョンにもぐる予定はないから、それはないですね!」
「なんだよー。お前が入れば話題性抜群だってのに」
「相変わらず男子ダンジョン部に、規模で負けているんです?」
「そりゃおめー、ダンジョンのロマンを理解してくれる女子たちが、まだ長い眠りについていてだな……」
「私がダンジョン部に入れば、覚醒する?」
「そりゃもう、バッチリよ」
「でも入りませーん」
「このやろー!」
キャッキャウフフとじゃれ合う、ヒマワリと女子ダンジョン部部長。
その後ろでは、三木がマイペースにロッカーの中から魔法裁縫服を取りだしていた。
「磯花さん、これ着てみて」
「うん、可愛い服だね」
「自信作」
そんなやりとりをしている三木とサツキを部長が見とがめた。
「おい、磯花!」
「はい! なんでしょうか!」
反射的に背筋をピンと伸ばして、部長の方を振り返るサツキ。
「お前さん、ヒーラーの『ジョブ』に目覚めたんだってな」
「はい、『メディカル・スペルキャスター』になりましたけど……?」
「女子ダンジョン部、入らないか? お前なら部のホープになれる!」
「ちょっと、ぶちょー。うちのパーティーメンバー引き抜かないでくれます?」
サツキの勧誘を始めた部長に、ヒマワリが詰め寄る。
そんなヒマワリの様子を見て、部長は静かに笑った。
「将を得んと欲すればうんちゃらかんちゃら」
「将を射んと欲すればまず馬を射よだと思う」
サツキの身体に服を当てて目視でサイズを確認しながら、三木がそんなことをぽつりと言った。
「そう、それだ。磯花をゲットすれば、おまけで芝谷寺がついてくるって寸法よ」
「私はおまけかよー」
「あの、私も町のダンジョンにもぐるつもりはないので……」
サツキが遠慮がちに断り、部長の勧誘は失敗に終わった。
そして、彼女たちはあらためて魔法裁縫服の試着に入った。
「なんかコスプレっぽくない?」
ヒマワリが、服を着ながらそんなことを言う。
彼女が着た魔法裁縫服は、どこかファンタジー系のコスプレ感があった。
「最近のダンジョン用衣装は、そういう系統が多い。ダンジョン内の店で売っている防具も、それ系」
「そうなのかー。ホームセンターに売っていたプロテクターは、逆に近未来っぽかったけどなぁ」
三木の説明に、ヒマワリは以前の日曜日に見た、ホームセンターのダンジョン用品コーナーを思い出してそう言った。
「男子用は、その近未来系が流行り。女子用は、ファンタジー路線が最先端」
「なるほどー」
「ちなみに芝谷寺さんの服は戦乙女をイメージして作った。磯花さんの方は女賢者」
「サツキちゃん、女賢者だって」
「うちのパーティーは、別に賢者様がいるけどね」
サツキは苦笑しながら、自分が着る装飾華美なローブを見下ろした。
すると部長が、サツキの言葉に反応する。
「そうだよ。あんたらのパーティーメンバー、しゃべる猫ちゃんって、アイドル性高すぎない? なんで芝谷寺のパーティーばっかり、良い人材が集まるわけ?」
そんな部長の言い様に、三木がぽつりと言葉をこぼす。
「『魔法裁縫師』、良い人材じゃない?」
すると、部長はあわてて三木に言いつくろい始めた。
「すんません! 魔法裁縫服、大変お世話になっております! これからも、お願いしまっす!」
「ん。許す」
そんなやりとりを見て、生産系ジョブの立場は強いなぁと、ヒマワリはしみじみと思った。
それから服を着たまま三木が細かいサイズの手直しなどを始めると、部室の扉が開き、ダンジョン部の二年生女子が次々と入室してきた。
「やっとテスト終わったーって、魔法服着てる! なになに、今日そういう日?」
「マジかー。私も出しちゃおうっかなぁ。竜騎士の服!」
「私の戦士の鎧を見るがよい!」
どんどん女子生徒たちが集まってきて、場は混沌としだす。
笑って部長が部員たちを煽り、女子ダンジョン部による部室内ファッションショーが開催された。
ヒマワリとサツキは二人並んでスマホに写真を撮ってもらい、『新衣装ゲット!』とコメントを入れてSNSに投稿した。
すると、部員たちが自分もと、写真を撮り始める。その写真を部員たちがヒマワリの投稿にリプライとしてぶら下げていくと、瞬く間に投稿が拡散されていった。
非日常感あふれるダンジョン衣装をSNSに載せるのは、若者たちの間での最先端の流行で、ヒマワリたちは大変な注目を浴びた。
そうして突発的に行なわれた新衣装のお披露目は、ヒマワリのSNSアカウントの知名度をさらに上げることとなったのであった。
次回更新は9月1日(金)です。




