2.女子高生の日常
謎の能力『スキル』の力を手にし、一躍時の人となったヒマワリだが、半月もすると平和な日常が戻ってきた。
一時は学校に行く時間すら取れないほどだったが、今では毎日元気に登校できている。
そんな五月のゴールデンウィーク明け。北海道の遅咲きの桜が満開になったころ、ヒマワリは自転車で農道を爆走していた。
最近お馴染みになった登校風景である。
服装は高校のブレザーで、その上に春用のジャケットを羽織っている。頭には、今年から努力義務となった自転車用のヘルメットだ。
「うおお、うなれ、私の≪スタミナ≫スキル!」
元々、ヒマワリは高校への通学をバスで行なっていた。
一、二時間に一本ある、村から隣町の高校前まで行ける町営バスである。
だが、彼女はスキルの力を得てから自転車通学に切り替えた。スキルは日常のあらゆる行動で鍛えることができるからだ。
呼吸をするだけで≪呼吸≫スキルが上がり、剣を素振りすれば≪片手剣≫や≪両手剣≫のスキルレベルが上がっていく。自転車をこげば≪自転車操縦≫と≪騎乗≫のスキルが新たに習得できて、こぎ続けることでそれらのスキルが鍛えられていく。
さらに、体力を消耗すれば≪スタミナ≫というスキルが上がり、基礎能力が鍛えられることも判明した。
基礎能力とは、ステータスウィンドウの二ページ目以降に表示される、数値化された身体能力のこと。
本来ならば、モンスターを倒すなりアビリティを使うなりして、レベルを上げないと増えないその数値。だが、ヒマワリはスキルを鍛えるだけで、その数値が微量ながら上がっていく。
ゆえにヒマワリは、今まで以上に己の体を日常的に鍛えるようになった。鍛えすぎて、学友達が引くほどである。
あらゆる行動で上がっていく基礎能力。非常に強力な仕様に思えるが、問題もあった。
スキルがそろっていない初期状態のヒマワリの基礎能力は、一般的なレベル1のそれよりも低かったのだ。
だからこうして、ヒマワリは今日も自転車で農道を走るのだ。
「ふへー、すっかり雪も融けたねぇー。あ、おはようございまーす」
農道は、農業を営む人達のための道なので、そこを軽車両扱いの自転車で通るヒマワリは、農家の方々への配慮と挨拶をかかさない。
ここはヒマワリが住む青熊村から離れた隣町の農道だが、隣町の農家の面々もすっかりヒマワリの顔を覚えてしまった。
テレビに映っていた話題の人物が、オラが町に! と農家の方々は盛り上がったものだが、実際は町の所属ではなく隣村の人と聞いてたいそう残念がっていたとか。
「うおー、っと、農道終わりかぁ」
ヒマワリは自転車の速度を緩め、一般自動車道へと入った。もちろん、自転車なので歩道ではなく車道の自転車レーンを走る。
少し前までは、車道の脇に冬の間除雪した雪が積まれていたため車道の走行が困難だったが、雪が融けきった今は違う。スピードを出しすぎないよう、悠々と車道の脇を走る。
「はー、ゴーレム車かっこえー。私も早く免許欲しー」
ヒマワリは道行く車を見ながらそんなことをつぶやいた。
車道を走る自動車は全て、魔法で制御されたゴーレム車だ。自己判断能力を持つゴーレムが組み込まれた、新時代の自動運転車である。完全な自動運転だが、自動車免許は十年前と変わらず十八歳にならなければ取れないようになっている。
車を横目で眺めながら走行しているうちに、ヒマワリは高校の前へと辿り着く。
生徒の通行がそれなりにあるので、校門前で自転車を降り、歩き始める。と、同時に、校門前にバスが到着した。
停まったバスから、続々と人が降りてくる。その中に、ヒマワリが見知っている顔があった。
「おーい、サツキちゃーん」
「あ、ヒマちゃん。すごい、バスより早く着いてる……」
ヒマワリの親友にして幼馴染みの磯花サツキだ。彼女も、青熊村の若き住人である。
「すごいね、ヒマちゃん。前は遅刻ギリギリだったのに」
「うへへ、スキルの力だよ」
「いいなぁ。私もあと少しでジョブが手に入るのかぁ」
「サツキちゃんもスキルが生えるかもだよ?」
「私は努力とかできないから、ジョブとアビリティの方がいいかなぁ……」
そんな会話を交わしながら、二人は校舎の中に入っていく。
二人とも一年A組の生徒のため、進行方向は同じだ。そして、A組の教室に入る。
ホームルームの開始にはまだ早い時間だからか、生徒の数はまばらである。
「おはよー!」
そんな少ない生徒達に、ヒマワリは元気に挨拶をした。
小学中学と、村の小さな学校で育ったヒマワリとサツキだが、二人は初めて来る町の学校で、高校デビューに見事成功していた。
決め手は、人見知りをしないヒマワリの性格だ。自称陰キャのサツキは、そのヒマワリについて回り、見事友人のおこぼれを確保できていた。
「おはよう、芝谷寺さん」
そう挨拶を返してきたのは、最前列の席に座る女子生徒。彼女の机の上には、縫いかけの服が置かれている。
彼女は、朝から学校に来て縫い物をしていたのだ。
「どうだい、魔法裁縫師の鍛え具合は」
「昨日、レベル2になった」
「ヒュー! ダンジョン行ってないんだよね?」
「レベル5くらいまでは、針仕事で上げる」
「転ばぬ先のなんとやら!」
「石橋を叩いて渡るだと思う」
そんな会話をヒマワリと女子生徒は交わす。
地球の人々が手にしたレベルというものは、ダンジョンでモンスターを倒さなくても上がる。
レベル1になった者はそれぞれジョブというステータス上の職業が与えられ、アビリティという技能を習得するが、そのアビリティを使用し続けることでレベルアップに必要な力、通称『経験値』が溜まっていくのだ。
ダンジョン研修を受けてレベル1になった時点でアビリティを五つ習得するが、そこからレベルが五の倍数に上がるたびに新しいアビリティを一つ覚えていく。
ダンジョンでモンスターと切った張ったをするのは怖い。でも、レベルを上げて新しいアビリティを習得したい。そんな人は、ダンジョンの外でアビリティを使ってレベル上げをしている。
この女子生徒は魔法裁縫師のジョブなので、裁縫関連のアビリティを習得していた。
「それじゃ、完成したら服見せてねー」
「頑張る」
そうしてヒマワリは女子生徒から離れ、自分の席へと向かう。サツキはその後ろの席だ。
「よし、サツキちゃん、始めるよ!」
ヒマワリは自分の席に座ると、カバンの中から一冊のノートを取り出し、後ろの席へと向き直った。
そのノートには、こう書かれている。『青熊村 村おこし計画書』と。
ノートを開いて、ヒマワリは言った。
「過疎化した村の村おこし! 要点は、私が今以上の人気者になること!」
ヒマワリとサツキが住む村は、過疎化と少子高齢化が進んでいる。
そこで彼女達二人は、自発的に村おこしを計画していた。なお、村の大人達に無許可でやっているわけではない。ヒマワリは何年も前から村の新年会で、大人達に村おこしをすると宣言していたのだ。
「ヒマちゃん、SNSのアカウント作った?」
「昨日作った! でも、まだ何も書き込んでいないよ。あとでサツキちゃんに監修してもらって最初の投稿だね」
「あとは、クラスの人達に教えるのと、放課後に女子ダンジョン部に行ってフォローをお願い、だね」
「世界初のスキルって特権を利用して、ガンガン推してもらわないとね」
ノートのページには、『SNSでバズる!』との文字がでかでかと蛍光ペンで書かれていた。
サツキが以前、ヒマワリに語ったところによると、今はSNSの時代らしい。
一四〇文字の言葉を書き込むウィスパーと、写真を投稿するウィンスターの二つを使って、村のダンジョンをアピールすべきだ、とのこと。
サツキは重度のウィスパー廃人だった。ただし、ウィンスターは触れたことがない。田舎の村に撮りたい物は何もなかったのだ。自撮りをネットに載せる勇気はサツキにはなかった。
「で、スキルをダンジョンで試す様子の投稿から始めて、少しずつダンジョンの攻略情報を増やしていく! 青熊村ダンジョンにしかない魅力が、きっと見つかるはず!」
「村おこしの決め手は、やっぱり村にダンジョンがあることだと思うの。過疎村ダンジョン村おこしだよ、ヒマちゃん」
地球にダンジョンが生まれて十年。自然発生するダンジョンの数は少しずつ増えていっているが、青熊村ダンジョンは初期にできたダンジョンの一つだった。
当然ながら、発生当時は世間の注目を浴びた。だが、青熊村ダンジョンができてから一年後、ここ隣町にもダンジョンができてしまい、交通の便や宿泊施設等の不便さから、人は村から離れていってしまった。
しかし、村にダンジョンがあるというのはやはり強みだ。そう二人は考える。
村おこしをするなら、ダンジョンのアピールは必須。そして、アピールする機会は、世界初のスキル持ち女子高生というネームバリューが全て解決してくれる、かもしれない。
「問題は、ダンジョンシーカーの人達に興味を持ってもらっても、気軽に来られないってことだよね」
ヒマワリが、ノートを見つめながらそんなことを言った。
「バスは二時間に一本。駐車場は村役場にあるだけ。宿泊施設はなし、だもんね」
「土地はあまっているのにね」
青熊村だが、高齢化による離農の影響で、村人が遊ばせている土地はたくさんあった。
しかし、何もない田舎の村なので、土地の使い道がないのだ。
「でも、ダンジョンが人気になれば、この土地あまりは逆に武器になるよ」
ヒマワリは皮算用する。ホテルを建てたり、駐車場を建てたり、キャンプ場を建てたりすれば、冒険者が集まりやすくなるのだ!
だが、彼女はただの女子高生。無責任にそんな提案を土地持ちの大人達にできるはずもない。だから、彼女は「ダンジョンに冒険者を集める」ところまでやりとげて、あとは商機を見た大人達に動いてもらおうと考えた。
「ヒマちゃん、他力本願だね」
「これ以上、私達に何ができるというのか……」
「えっ、えーと、土地の相続人になる?」
「どうやってさ! 村のお爺ちゃんお婆ちゃんを詐欺のターゲットにする奴は、私が出ていってやっつけるぞ!」
「無理だよねぇ……土地を買ってホテルなんて建てるとしたら、いくらかかるのか……」
高校生のサツキには、ホテルを建てる費用がどれだけ必要か、解るはずもない。
そんなサツキに、ヒマワリが言う。
「キャンプ場なら草刈るだけだよ」
「ヒマちゃん、それ、冬場使えないよね? 北海道に住んでるって忘れてない?」
「そもそもキャンプするだけなら、ダンジョン一階で十分可能らしいね」
「えっ、本当? 初耳」
「ホントだよー。これ、見て見てー」
ヒマワリはその場でスマホを取りだし、ダンジョンシーカーのブログを表示させた。
その後、二人の話は見事に脱線し、村おこしの名案はついぞ出ることはなかった。
だが、二人はいたって真面目に村おこしをしようとしている。数少ない村の若者として、やる気満々だ。
郷土愛あふれる二人は放課後、後先考えずにSNSの投稿を始め、ウィスパーのアカウントはまたたく間に万単位のフォロワーを獲得した。
自身のアカウントに千数百フォロワーしかいないサツキはその事態に恐れおののくが、SNS初心者のヒマワリは違った。
こりゃ、帰って早速ダンジョンに潜らねば、と気合いを入れたのだ。彼女の手には、本来ならばジョブを持つ人間しか取得することが想定されていない、ダンジョン入場免許証が握られていた。