19.刀匠剣崎ヒジリ
ダンジョンから帰還したヒマワリ達は、村役場で斎藤に狩りの成果を引き渡した。そしてその足で、役場の職員である剣崎の家へと向かう。
剣崎の家は平屋で、その家の隣に巨大なガレージが存在した。
ガレージに近づくと、何やら機械の駆動音が聞こえてくる。
ヒマワリはそのガレージの方へと向かい、シャッターが開けっぱなしになっている入口から中を覗く。
すると、中では作業服姿の剣崎が、研磨機で金属の部品を磨いている様子が見えた。
「おーい、お姉さーん」
ヒマワリが声をかけると、剣崎は研磨機から目線を外さず「ちょっと待ってて!」と叫んだ。
金属部品が削られる音がガレージ内に響き、火花が剣崎の手元で散る。ヒマワリは初めて見る剣崎の姿に、ほえーっと口を開けた。
それからしばらくしてから研磨機が止まり、剣崎は部品を脇に置いて、ヒマワリ達の方へと歩いてくる。
剣崎の顔には、防塵マスクと保護眼鏡がつけられていた。金属の研磨時に出る粉塵から、顔を防護するための装備だ。彼女は歩きながら、それを外していく。
「こんにちは、ヒマちゃんはダンジョン帰りですか?」
「うん、お姉さんのアドバイス通りに、銅を取ってきたとこ。お姉さん、相談があるんだけど、時間大丈夫かな?」
「ええ、そろそろ作業を切り上げようと思っていたところなので、構いませんよ」
防塵マスクと保護眼鏡をガレージの中に置き、剣崎が外へと出てくる。
そして、サツキとミヨキチが剣崎と挨拶を交わしたところで、ヒマワリは本題を切り出した。
「今、トレント製の木刀で戦っているんだけど、ゴーレム相手に限界を感じてさ」
「それはそうでしょうね。アビリティが乗っていない木製武器が通じるのは、せいぜい二階まででしょう」
「うん、それで、武器を新調しようと思ったんだけど、お姉さんって鍛冶ができるでしょ? 可能なら、武器を作ってもらいたくて」
「構わないですよ」
「本当!?」
「はい。学生時代は結構作っていましたよ。設備もガレージの中にありますし」
ヒマワリは、先ほど見たガレージの中の様子を思い出す。何に使うか解らない工作機械が、多数並んでいた。あれらのどれかが鍛冶に使う機械なのだろう。
「ちなみに、おいくらほどで?」
そうヒマワリが尋ねるが、剣崎は難しい顔をして腕を組んだ。
「うーん、副業で儲けると、いろいろ手続きが面倒なんですよね」
剣崎は公務員だ。アビリティを使用した副業は禁止されていないが、申請は必要になってくる。
「なので、こうしましょう。材料は全て、ヒマちゃん達が調達してくる。ダンジョンの金属ルート四階から鋼鉄がドロップします。木刀で頑張って狩ってきてください」
剣崎のその言葉に、ヒマワリは「うん」と返事をしてうなずく。
「そして、報酬として、美味しいお肉を取ってきてください」
「お肉……? ダンジョンの肉ルート?」
「はい。肉ルート五階のボスが落とす、美味しいお肉があるんです。それを報酬としていただきます」
「それだけでいいの?」
てっきり数万円の手数料を取られると思っていたヒマワリが、意外と言いたげな表情を浮かべる。
「それだけとは言いますが、五階までもぐるのって、地味に面倒なんですよ。五階のボスを倒した後に一階で使えるようになる階層移動用の転移魔法陣は六階直通で、六階から五階へは戻れませんからね」
「なるほど、獲ってくるのが大変なお肉なわけだ」
「そうです。ワイン煮込みにして食べると美味しいんですよね」
ヒマワリは、事前に仕入れておいた青熊村ダンジョンの情報を思い出す。
確か肉ルート五階のボスモンスターが落とすのは、牛肉だったはずだ。
「では、作り始めるのは材料を取ってきてもらってからにするとして、どんな武器を作るか決めましょうか」
「刀! 刀がいい! 日本刀!」
ヒマワリはその場で手を挙げて、ピョンピョンと跳ねながら主張した。
だが、剣崎の反応はというと。
「刀は微妙ですね」
「えー」
「魔法合金製ならともかく、今回作るのは鋼鉄製の武器です。打つ際に魔力は込めますが、刀では使っているうちにひん曲がってしまいますよ」
ダンジョン内の戦闘で破損した道具は、人間の怪我と同じようにダンジョンを出ると自動で修復される。
しかし、それはあくまでダンジョンを出た後のことだ。戦闘中に武器を破損してしまった場合、ダンジョンを出るまでその武器を使えなくなってしまう。
「師匠が刀使いだから、私も刀使いたかったんだけどなぁ」
残念そうに言うヒマワリ。そのヒマワリの言葉に、剣崎はヒマワリの師匠であるヒロシのジョブを思い出していた。
「ヒロシさんが持つ≪刀剣の心得≫というアビリティには、刀を保護する能力もありますからね」
「私の≪片手剣≫スキルにはそういう効果ないなぁ。≪刀剣の心得≫欲しい!」
能動的に発動させるアクティブアビリティは似たようなスキルで再現できたが、自動で効力を発揮するパッシブアビリティは、どうスキル化していいか分からないヒマワリだった。
「で、刀は微妙ですが、どうしますか?」
「刀は無理でも、剣でお願い。ずっと木刀を使ってきたから」
「その木刀、持ってきていますか? 見せてください」
剣崎に言われ、ヒマワリはリヤカーの中に積んだ荷物から木刀を取り、剣崎に渡した。
その木刀を確認していく剣崎。
「それほど長くはないですね」
「中学生の時の私でも振るえるやつを買ったからね」
この木刀は、中学三年時の修学旅行で購入した土産物だ。買って以来、ヒマワリは毎日この木刀で素振りをしてきた。
そんな木刀の長さを確認した剣崎は、ヒマワリに向けて言う。
「では、刃渡り長めの剣鉈でどうでしょうか」
「剣鉈?」
初めて聞く単語に、ヒマワリはオウム返しで問いかけた。
「鉈は解りますね?」
「うん、やぶとか払うのに使う、分厚い刃物だよね」
「それを剣の形に近づけた片刃の刃物です。鉈と違い、先端が尖っているので刺突にも使えます」
すると、ヒマワリの後ろでスマホ検索していたサツキが、ヒマワリの横に行ってスマホ画面を見せた。
「うわあ、これはいかつい」
鉈と言うよりも、大振りのナイフといった見た目のそれを見て、ヒマワリが微妙な顔をする。
「それを大きくして、そう簡単に折れない片刃の剣にします。だんびらみたいになりそうですね」
「可愛くないけど、強そうだからそれでいいかー」
「可愛い武器ってなんですか……」
剣崎の脳裏にピコピコハンマーが思い浮かぶ。とてもモンスターを倒せそうには思えなかった。ダンジョン内で手に入るアイテムの中には、珍妙な見た目の強力な武器も存在するのだが。
それから剣崎は、ヒマワリの手のサイズを測ったり、剣鉈のスケッチをヒマワリに見せたりと武器作成の準備をしていった。
一通りのことを済ませ、あとは材料の鋼材を手に入れてからとなった。
ヒマワリ達が帰り支度をしていると、剣崎がヒマワリに向けて言う。
「武器の所持申請は私の方で通しておきますが、その武器を収める家用のロッカーと、持ち運び用ケースは自分で買ってくださいね。武器のサイズは追って知らせますので」
「えっ」
「ダンジョン入場免許の試験で出ましたよね? ダンジョンの外では、武器はしまっておくって」
「忘れてたー! うわー、夏服が逃げていく!」
ヒマワリは、武器代が浮いた分で夏服を買おうと思っていた目論見が外れ、しょんぼりと肩を落とす。
そんな様子に、剣崎は「夏服?」と首をかしげた。
そうしてヒマワリ達は剣崎と別れ、中身がほぼ空になったリヤカーを引きながら帰路につく。
その帰り道で、サツキがヒマワリに話しかけた。
「ヒマちゃんが剣崎さんと話している間に、ウィスパーのチェックをしていたんだけど……、札幌にある大学の有名なダンジョンサークルからリプ来ていたよ」
「へえー、なんて?」
「『初心者がステップアップしていける、良いダンジョンですね』だって。青熊村ダンジョン、褒められたよ」
実は剣崎の家に向かう前に、ヒマワリは今日の狩りの成果を軽くSNSへ流していた。
薬草集めでリヤカーを手に入れた旨も投稿していたので、ヒマワリ達が段階を踏んで稼いでいったことを一部のダンジョンシーカー達が理解したのだ。
「うわー、これは大型クランの初心者ツアー組まれちゃうかも!」
「ヒロシさんの駐車場ができたら、ありえるかもしれないね」
クランとは、ダンジョンシーカーが複数集まって作る組織のことだ。ダンジョン内で作るチームであるパーティーとはまた違う、ダンジョン外でも活動するための集まりである。
代表的なクランの形式には、学校の部活動や大学のサークルなどが挙げられる。もちろん、学生ではない大人のプロシーカーによるクランや、休日にダンジョン攻略をする社会人のクランなども存在している。
少しずつ青熊村ダンジョンが注目されている。そう実感したヒマワリは、ダンジョン攻略の成功も相まって、上機嫌でリヤカーを引いていった。
次回更新は8月29日(火)です。