18.金属ルート三階
ミヨキチが持つ≪マップ≫のアビリティにより、すんなり三階への転移魔法陣を見つけたヒマワリ達。
彼女達が三階へ転移すると、目の前に広がっていた光景は広大な岩場だった。
「こりゃまた、歩きにくそうなフィールドだね」
リヤカーを引きながら、ヒマワリが言う。
「登山靴が欲しくなるね」
岩場を眺めながら言ったサツキが履いている靴は、スニーカーだ。
「足元に気をつけて進もうか」
同じくスニーカーのヒマワリが、そう皆に声をかけて先に進み始めた。
岩場には凹凸の少ない道らしき部分があり、そこを選んで歩いていく。先頭はタンクであるホタルだ。
「≪サーチ≫……にゃ、この先に二体、敵がいるにゃ」
「特に姿は見えないけど」
遠くを見渡しながらヒマワリが言うが、ミヨキチがそれに答える。
「二階と同じにゃ。岩場に擬態しているにゃ」
「なるほどー。でも、二体かぁ。ホタルだと一体しか引きつけられないよね」
「ヘイトを稼ぐアビリティがそのうち生えるのを期待するにゃ」
「わふ」
ヘイトとは敵愾心を意味する用語だ。モンスターの注目を集めて攻撃を引きつけることを『ヘイトを稼ぐ』と言う。タンクにとっては必須の技術だが、ホタルはまだヘイトを稼ぐようなアビリティを習得していない。
「ホタルはまだレベル2だもんね。レベル5は遠いなぁ」
アビリティは、レベルが五の倍数になるたびに新しく一つ習得する。今日まで積極的にモンスターを倒してこなかったということもあり、ホタルとサツキは未だにレベル2で止まっていた。
「多分、もうすぐ上がるにゃ」
「だといいけど。それじゃ、一体はホタルが、もう一体は私が受け持つよ。その間に、ミヨキチさんとサツキちゃんで魔法攻撃を撃ち込んで倒そう」
ヒマワリのその指示に皆が了承し、パーティー一同は道を進んでいく。
そして、二つの大きな岩がある場所に来たところで、その岩が変形し始める。片方はストーンゴーレム、もう片方はヒマワリが初めて見るタイプのゴーレムだ。岩の身体に、結晶がところどころに生えている。
「片方は『ミネラルゴーレム』にゃ! もう片方の『ストーンゴーレム』より強いにゃ!」
「ホタル、ミネラルの方を担当お願い!」
ヒマワリの指示に、ホタルはミネラルゴーレムへと駆けていく。
そして、ヒマワリは立ち上がろうとしているストーンゴーレムの方へと向かっていった。
「サツキ、弱いストーンゴーレムから狙うのにゃ」
「うん!」
ヒマワリが二メートルあるストーンゴーレムの胴体に≪魔法剣≫を打ち込んで、注意を引きつける。
その隙に、ミヨキチの≪マジックアロー≫とサツキの≪ケミカルニードル≫が発動。ストーンゴーレムの胸部を破壊した。
ミヨキチはレベル20と、この階では明らかにオーバースペックなため、その魔法一撃でストーンゴーレムは光に還った。
「いよっし! ホタル、援護するよ!」
ストーンゴーレムの討伐を確認したヒマワリは、ホタルのもとへと駆けていく。ホタルは、二メートル大のミネラルゴーレムの足元をうろつき、攻撃を華麗に避けていた。
あと一歩で木刀の攻撃圏内に入る。そんなとき、突然ヒマワリは何かに足をつかまれ、その場に転げた。
「あいたあっ」
「ヒマちゃん!?」
ヒマワリの苦痛の声と、サツキの叫びが岩場に響く。
固い地面に身体を打ったヒマワリが、痛みに耐えながら足元を見る。すると、なんと地面から岩でできた手が生えていて、ヒマワリの左足首をつかんでいた。
「な、なにこれ?」
混乱するヒマワリに、ミヨキチの声が届く。
「ストーンゴーレムが新しくポップしたにゃ! 急いで手を破壊しないと握りつぶされるにゃ」
ポップとは、ダンジョン内に新しくモンスターが生まれてくる現象である。
つまり、ヒマワリは運悪く、生まれたばかりのモンスターに足をつかまれたのだ。
「こんの!」
足をつかむ手に木刀を叩きつけるヒマワリ。だが、姿勢が悪く、威力が十分に乗っていない。そのため、岩の手はびくともしていない。
その間にも、地面からストーンゴーレムの腕が上へと伸びていき、ヒマワリは宙づりにされそうになる。
そして、次はホタルの「キャイン」という悲鳴が周囲に響きわたった。
「ホタル、どうしたの!?」
ヒマワリが身体を逆さまにされそうになりながらホタルを見る。
するとそこには、ミネラルゴーレムの打撃を身に受けているホタルの姿があった。そのミネラルゴーレムの攻撃は、明らかにヒマワリを狙ったものだ。ホタルは、ヒマワリをかばったのだ。
さらにミネラルゴーレムが腕を振り上げ、ホタルを狙おうとする。その間にも、ヒマワリの足首を握る力はどんどん強くなっていっている。
「くっそお!」
ヒマワリは一か八か、≪遠当て≫スキルでミネラルゴーレムを迎撃しようと闘気を高める。
「≪ケミカルニードル≫!」
そこでサツキの魔法が飛び、ミネラルゴーレムの足に命中。衝撃でミネラルゴーレムをよろめかせることに成功した。
「≪マジックアロー≫にゃ!」
さらにミヨキチの魔法が、ヒマワリの足首を握っているストーンゴーレムの腕の根元に命中する。
ストーンゴーレムの腕は千切れ、ヒマワリの足が解放された。
そこへダメ押しとばかりに、ミヨキチが連続で魔法を放つ。
「≪プリズムチェイン≫にゃ」
虹色に輝く鎖が地面から生えてきて、ミネラルゴーレムを拘束する。ミヨキチが持つ、数少ない戦闘用アビリティの一つだった。
「魔法はこれで打ち止めにゃ。ヒマワリは、しばらく自力で頑張るにゃ」
一部のアビリティには、冷却期間と呼ばれる概念が設定されている。
一度使ったアビリティは、一定時間経たないと再使用ができないのだ。
「いよっし! って、あいたたた」
ヒマワリは立ち上がったところで、足首の痛みに叫び声を上げる。
それを見たサツキは、≪ヒーリング≫を撃とうとするが、視界によろめくホタルの姿が入ってきて、どちらを回復させるか判断に迷ってしまった。
「ヒマワリを先に回復させるにゃ!」
「……ッ! ヒマちゃんに≪ヒーリング≫!」
ミヨキチの指示を受け、サツキが回復魔法をヒマワリに飛ばした。
すると、ヒマワリの足首から痛みが消え、彼女は岩場に足を踏ん張り木刀を上段に構えた。
狙うは、地面から胴体が生えかけのストーンゴーレム。腕が片方消し飛んでいるが未だに健在なそれに、ヒマワリは練ったままだった闘気を使って≪遠当て≫を放った。
衝撃波と木刀の一撃が同時にストーンゴーレムを襲う。ゴーレムの頭部は粉々に砕け、地面から生えかけていたゴーレムは光になって消え去った。
「よし、残るは一体!」
ヒマワリは、瞬時にミネラルゴーレムに振り返り、木刀を構える。
ミネラルゴーレムは虹色の鎖に拘束されて動けないままだ。そのゴーレムに、ヒマワリは≪魔法剣≫をまとった木刀を何度も叩きつけた。
「うおお、固い!」
「木刀の性能限界にゃあ。あ、≪マジックアロー≫にゃ」
冷却期間が空けて、ミヨキチの攻撃魔法がミネラルゴーレムに飛ぶ。
すると、ミネラルゴーレムの胴体に風穴が空き、光になってドロップアイテムを残した。
それと同時に、ふらついていたホタルの足元から光の渦が立ち上る。レベルアップしたのだ。
「ふへー、疲れた」
モンスターが消え去ったことを確認したヒマワリが、その場に座りこむ。
一方、サツキはホタルのもとへと駆け寄っていき、≪ヒーリング≫の魔法を使った。
それからしばし休息を取ったヒマワリは、立ち上がってドロップアイテムを回収した。
「ストーンゴーレムからは鉄インゴットと銅インゴット、ミネラルゴーレムからはー、これ、水晶かな?」
ヒマワリの手には、手の平ほどのサイズの水晶が握られている。
「透明な石英の結晶、いわゆる水晶で正解にゃ」
「綺麗だねー」
「記念に取っておくかにゃ?」
「初めて怪我した記念! 縁起悪そう!」
「それを見るたび、装備の大切さを噛みしめるにゃ」
「うへえ」
苦い顔をするヒマワリだが、そんな彼女の表情をサツキがデジカメで激写した。
「ともあれ、ストーンゴーレムが銅を落とすと判ったにゃ。どんどん狩っていくにゃ」
「今度は足元に気をつけないとね……」
「足元にピンポイントでポップは、そうそう起きないにゃあ」
今回ばかりは運が悪かったヒマワリだった。
その後も三階を回り、ストーンゴーレムを重点的に倒していくヒマワリ達。だが、相手はアクティブモンスターのため、どうしてもミネラルゴーレムによる襲撃も来る。
ミネラルゴーレムには、ヒマワリの木刀はなかなか効きにくかった。
「むう、やっぱり木刀には限界が……」
ゴーレムを散々殴って未だにヒビ一つ入っていない木刀を見ながら、ヒマワリは装備の更新を本気で考え始めた。
そして、午後四時を回ったところで、ヒマワリ達は三階から地上へ帰還することになった。
「武器を買うか、作ってもらうか……」
「ヒマちゃん、作ってもらう伝手でもあるの?」
ヒマワリのつぶやきを耳ざとく聞きつけたサツキが、ヒマワリにそう尋ねる。
「うん、剣崎のお姉さんが、ロボテック・ブラックスミスっていうジョブで≪鍛冶≫のアビリティを持ってるんだ」
「ロボテック……?」
「パワードスーツとかロボットとか作れるらしいよ」
「うわあ、見てみたい」
「今度見せてもらおっか」
そんなやりとりをしながら、皆で三階の道を戻っていく。
リヤカーにはドロップアイテムがたっぷり積まれており、さらにホタルがレベル3に、サツキも帰り道でレベル3に到達した。
リヤカーを投入した初めての本格的な探索は、上々な戦果で終わった。だが、戦闘には課題も多かった。明らかな装備不足を自覚しながら、ヒマワリはダンジョンをあとにした。
次回更新は8月26日(土)です。