17.金属ルート二階
リヤカーを購入してまっすぐ帰宅したヒマワリ達。家で昼食を食べた後、さっそく彼女達はリヤカーを持参してダンジョンまでやってきた。
目指すは、ダンジョンの金属ルート。高く売れるという銅を手に入れるため、ヒマワリ達は草原の道を進んだ。
「草がタイヤにからまない! ふっふー!」
「ご機嫌だね」
リヤカーを引くヒマワリをサツキは微笑ましげに見た。
「いやー、今日からこれで稼げるのかと思うとね。夏服夏服」
「夏服よりも、ダンジョン装備の更新が先じゃない?」
「えー、でももう五月が終わるし、夏服の準備しないと!」
「装備を整えた方が、稼ぎやすくなると思うんだけどなぁ……」
そんなやりとりを経て、一同は金属ルートの入口に到着する。
そこは、岩の壁にはさまれた土の道だった。道幅は五メートルほど。問題なくリヤカーが入れそうで、安心するヒマワリ。
そして、サツキがデジカメを構えて入口の写真を撮っていく。特に夏服に浮かれていない彼女は、SNSでダンジョン情報を発信するという使命をしっかりと覚えていたのだ。
「それじゃ、行こうか」
ヒマワリの号令で、皆が金属ルートを進む。
すると、道の真ん中をふさぐように、人間の子供サイズのモンスターがたたずんでいるのを発見した。
「『クレイゴーレム』にゃ。まあ、雑魚だにゃ」
クレイゴーレム。自動で動く土人形だ。
「よし、ホタル、ゴー」
「わう!」
ヒマワリの指示を受け、犬のホタルがクレイゴーレムに突撃していく。
そして、ホタルの頭からの体当たりを受け、クレイゴーレムは弾け飛んだ。そのままゴーレムは光になって消え、ドロップアイテムを残す。
ホタルはドロップアイテムを口にくわえると、リヤカーを引いたままのヒマワリのもとへと戻ってくる。
「よしよし、よくやったね、ホタル。ドロップアイテムはー、『玉砂利五百グラム』? ただの小石じゃん!」
ヒマワリは袋に入った砂利を見て、肩を落とす。
だが、ヒマワリの言葉を聞いたミヨキチが横から言う。
「玉砂利は、角を取った丸い砂利のことにゃ。園芸用に売っている立派な商品にゃ」
「ということは、これもちゃんと斎藤さんに売れる?」
ミヨキチの説明で、気力を取り戻したヒマワリ。だが、ミヨキチは否定の言葉を口にする。
「ダンジョン一階で取れるアイテムだから、どうかにゃ。だぶつき過ぎて、二束三文でしか売れなくなっている可能性があるにゃ」
「あー、ダンジョンができる前は価値があったパターン!」
「そうにゃ」
そんなヒマワリとミヨキチのやりとりを聞いて、サツキは以前見たネットニュースを思い出す。
「ダンジョン深層でレアメタルとかレアアースがたくさん取れるようになって、ここ十年で価値が暴落したらしいよ。その代わり、半導体産業とかは活発になったんだけど」
「レアって名前がつくのに、ダンジョンじゃレアじゃないのかー」
「ダンジョンでは貴金属も取れるにゃ。金の価値も暴落しているにゃ」
「なんでも暴落しまくりだね!」
ヒマワリのその言葉に、ミヨキチは「なんでもではないにゃ」と否定する。
「ダンジョンでしか取れない魔法金属は、お高いにゃ」
「魔法金属! 私も魔法合金の刀とか欲しい!」
サムライマスターの師匠が持つダンジョン用武器を思い出すヒマワリ。どんな武器種でもスキルを鍛えることで扱えるはずのヒマワリだが、すっかり刀剣使いとして染まっていた。
「魔法金属を目指して、まずは銅からにゃ。さ、進むにゃ」
ミヨキチに促され、ヒマワリはリヤカーに玉砂利の袋を載せると、道を前に進み始めた。
クレイゴーレムがときおり出現するが、これを無視して順路を進む。
やがて、二階に行くための祭壇が見つかった。
祭壇の魔法陣を通り、二階へ。
すると見えたのは、岩場がところどころにある荒野だった。その荒野を、様々な大きさのクレイゴーレムがのしのしと歩き回っている。
サツキのデジカメによる撮影が終わると、クレイゴーレムを倒すためホタルを先頭に皆が荒野を進んでいく。
最初の標的は、人間の大人サイズのクレイゴーレムだ。
ホタルが先行し、足に噛みつく。すると、一階のクレイゴーレムより頑丈だったのか、足がもげることはなくバランスを崩すだけで終わった。
そこにリヤカーを後方に置いたヒマワリが追いつき、頭に木刀を振り下ろす。
土でできた頭はひしゃげ、クレイゴーレムはそのまま倒れて光に消えた。
「ふう、人型のモンスターを倒すのって、緊張するね」
ドロップアイテムを回収しながら、ヒマワリが言う。
「そのうちゴブリンとかの人型生物も、モンスターとして出てくるんじゃない?」
そのサツキの言葉に、ヒマワリは「うへぇ」と声を漏らした。
「ゴーレムで慣れておくといいにゃ」
「うん、そうだね。で、ドロップアイテムは、と。『珪砂五百グラム』?」
ヒマワリの手の中にあるのは、透明な袋に詰まった半透明の砂だ。
「石英の粒にゃ。ガラスの材料にゃ」
「ガラスかー。金属ルートなのにさっきから石じゃん」
「次はもっと大きなゴーレムを狙うにゃ」
それからヒマワリ達は、二階を巡ってクレイゴーレムを倒していった。
だが、ドロップアイテムは砂や粘土といったものばかり。たまに翡翠を落とすが、さして価値はないとミヨキチが言う。
ヒマワリがガッカリしていると、ホタルが急に警戒心をあらわにした。
何事だ、とヒマワリが身構えると、そばにあった岩場が変形していく。そして、岩場は体高一五〇センチメートルほどの石人形へと変わった。
「『ストーンゴーレム』にゃ!」
ミヨキチの言葉とともに、ゴーレムがヒマワリ達に向けてゆっくりと歩み出す。
「アクティブモンスターにゃ」
その言葉を聞いたホタルがヒマワリ達の前に立ち、そのままゴーレムの足にくいつく。
だが、ストーンゴーレムは歩みが止まっただけで、牙が食い込んだ様子はない。
次にヒマワリが木刀を頭に叩きつけるが、少し頭が欠けただけでゴーレムは倒れなかった。
「≪ケミカルニードル≫!」
今度はサツキの攻撃魔法が、ストーンゴーレムの胸部に突き刺さる。
魔法の針がいくらかストーンゴーレムの表皮を削ったが、ストーンゴーレムは気にも留めずに腕を振り上げた。
「≪ケミカルニードル≫が効いてない……? あっ、ゴーレムだから薬が効かない!?」
はっとするサツキだが、魔法の針が敵の表面を削れたのは確か。弱点がないか、必死で相手を見定める。
「こんにゃろ!」
ヒマワリが追加で一撃を入れる。だが、やはり木刀は効いていない。
「あちしの魔法で倒してもいいにゃけど……ヒマワリ、≪魔法剣≫を使うにゃ!」
「あっ、そうだ。よし、食らえ!」
ヒマワリが気合いを入れると青白いオーラが木刀をおおい、その勢いのまま彼女は木刀をゴーレムの頭に叩きつけた。
≪魔法剣≫に≪上段斬り≫のスキルも乗った一撃が、ストーンゴーレムの頭部を完全に破壊する。
そして、ゴーレムはそのまま膝をついて倒れ、光になって消えていった。
「よっし!」
無事な勝利に、ガッツポーズをするヒマワリ。
ホタルも尻尾を振って喜び、サツキはそんな一人と一匹をデジカメのファインダーに収めた。
そして、ドロップアイテムとして残った鉄のインゴットを回収し、皆が一箇所に集まる。
「ストーンゴーレム、固かった!」
木刀をさすりながら、ヒマワリが言う。
そんな彼女の木刀を見ながら、サツキも言葉を発する。
「よく折れなかったね、その木刀」
「そういえばそうだね! さすが『ダンジョンでも使える!』って売り文句だっただけあるね」
「ちょっとそれ見せるにゃあ。≪物品鑑定≫……それ、モンスターのトレント木材製にゃ」
「おー、京都土産、ダンジョン製だった!」
ミヨキチの鑑定結果に、ヒマワリはキャッキャと喜んだ。
「でも、今後モンスターが強くなってくると、木刀では心もとないにゃあ」
「≪魔法剣≫じゃ駄目かな?」
「魔力も有限にゃ。金属製の剣を持つべきにゃ」
「新しく買うにしても、先立つものが……」
「先立つものを用意するために、銅を狩りに来たにゃ」
ミヨキチの言葉を聞き、ヒマワリの脳裏に夏服が足を生やして逃げていく映像が浮かんだ。
そして次に、サツキがしょんぼりしながら言った。
「私の≪ケミカルニードル≫、このルートじゃ役立ちそうにないよ……」
彼女の魔法は麻痺薬を相手に撃ち込むアビリティだ。無機物とは相性が悪かった。
「熟練度を上げれば、針の威力が上がるはずにゃ。めげずに使い続けるにゃ」
「うん、そうする……」
そうして、話題はドロップアイテムに関してとなった。
「銅より先に鉄が出たね。不思議」
ドロップアイテムの鉄インゴットを触りながら、ヒマワリが言う。
ちなみにインゴットも肉や砂と同じように、謎の透明フィルムにおおわれている。このフィルムがあるうちは、錆や風化などから守られる仕組みだ。
「何か不思議かにゃ?」
「ほら、銅より鉄の方が強いし……」
「人類の歴史でも、銅の方が鉄より先に使われているよね」
ヒマワリとサツキがそれぞれそんなことを言うが、ミヨキチの見解は違った。
「地球上には銅より鉄の方がありふれているにゃ。金属の稀少価値としては、銅の方が上にゃ」
「そうなんだー。もしかして、鉄って安い?」
「そういえば銅鍋って、鉄鍋より高いかも」
料理の得意なサツキが、鍋の値段を思い出しながらそう言った。
「とにかく、ストーンゴーレムが金属を落とすと分かったにゃ。岩場を探してみるにゃ」
ミヨキチの提案に一同は賛同し、岩場を探り始める。
だが、ストーンゴーレムの出現率は低く、今度は三階を目指して移動することになった。
ミヨキチ以外にとっては初めてのダンジョン三階。彼女達の足取りはとても軽いものだった。
次回更新は8月23日(水)です。