16.町へお出かけ
日曜の朝十時。村役場に訪れたヒマワリは、斎藤から薬草の買い取り金を受け取った。
封筒に入ったお金を大切に手提げカバンにしまい、役場を出て駐車場に向かう。
そして、駐車場に停まっていたワゴン車の後部ドアを開けると、車内に入りドアを閉めた。
車の中には幼馴染みのサツキが座っており、ヒマワリを待ち構えていた。
「ヒマちゃん、どうだった?」
「三三二七〇円!」
「わあ、すごいね!」
「ダンジョンって儲かるね!」
「こんなに儲かっていいのかなぁ」
キャッキャウフフと盛り上がるヒマワリとサツキ。そんな二人に対し、運転席に座っていたヒマワリの父が横から口をはさんだ。
「その金額、そこまで多くはないよ。四人で朝から夕方まで働いて、一人当たり約八千円の儲け。肉体労働のアルバイトの日給と考えると普通だね」
「はぁー、そうなんだ。てっきり大金を稼げてしまったのかと」
父の言葉に、アルバイト経験のないヒマワリがそんな言葉を返した。
すると、父がさらに言葉を返してくる。
「むしろ、モンスターとの戦いで痛い思いをすることを考えると、もう少し貰わなければ割りに合わないんじゃないかな」
「なるほどー」
「私達はミヨキチさんのおかげで大量に薬草を見つけられましたけど、普通の人はもっと少ない儲けになるはずなんですよね。薬草採りって、儲からない?」
サツキがヒマワリの父にそう問いかけるが、父は笑って言葉を返す。
「ダンジョンでは薬草の種が取れるんだろう? それを育てる農家もいるから、そこまで薬草の単価は高くないんじゃないかな」
「ちなみに、ダンジョンの奥にもぐると、もっと大量に薬草が採れるにゃ。モンスターが弱い二階は、ただのお小遣い稼ぎ用の場所にゃ」
後部座席に座る猫のミヨキチが、ヒマワリの父の発言にそう付け足した。
その言葉に納得したヒマワリは、座席にしっかりと座りシートベルトを締めた。
「それじゃ、出発するよ」
後部座席を見てヒマワリとサツキがしっかりシートベルトをしていることを確認したヒマワリの父が、車のエンジンを入れる。
すると、車に搭載されている魔動ゴーレムが起動した。
『どちらに行かれますか?』
「まずは銀行でいいんだよね?」
「いずも銀行でよろしくにゃあ」
「じゃあ、花祭町のいずも銀行支店へ」
『かしこまりました』
すると、車が自動で動き出し、村役場の駐車場から車道へと発進していく。
「はぁー、いいなぁ、ゴーレム車」
後部座席に座って、父と車載ゴーレムのやりとりを聞いていたヒマワリが、そんなことを言った。
ダンジョンが地球に出現するようになって十年。魔法学という新しい学問が発展し、様々な魔法家電が発明され人々の暮らしは大きく変わった。その一つが、ゴーレムと呼ばれる人工知能搭載の人形だ。
SF小説に登場する家庭用ロボットならぬ、家庭用ゴーレムが発売され、人並み以上の家事を任せられるようになった。
自動車も、ほとんどがゴーレムが制御する自動運転車に置き換えられ、車同士が接触する交通事故はめったに起こらなくなった。
「ヒマちゃんって、やけに自動車好きだよね」
「うん、昔からそこそこ好きなんだよね」
そんなサツキとヒマワリのやりとりを聞いて、父は「子供の頃に買い与えた玩具のミニカーの影響かな」などと考えた。
「お父さんも、ワゴン車なんかじゃなくて格好いいスポーツカーとか買えばいいのに」
「この車は仕事用も兼ねているからね」
「せっかく補助金で安く買えたのになぁ……」
「ヒマワリが免許を取る頃には、ゴーレムカー補助金は打ちきられているかもしれないね」
そんなとりとめもない会話をするうちに車は隣町へと着き、中心街に入った。
銀行の駐車場に車がゆっくりと入場し、地面の枠線内に狂いなく停車した。
しっかりと停止したことを確認したヒマワリは、シートベルトを外しドアを開けて車から降りる。
それからサツキとミヨキチが降りたことを確認してドアを閉めた。ちなみにこのワゴン車は自動開閉式のドアではない。ドアを開けたままにすることもよくある業務用途の車だからだ。
「お父さん、めっちゃ強くドア閉めててウケる。壊れちゃいそう」
勢いよく運転席のドアを閉めた父を見て、ヒマワリが笑う。
「ああ、これねえ。癖なんだよ」
「あはは、ドアを思いっきり閉める癖ってどんな癖さー」
「お父さんが若い頃の車って、勢いよくドアを閉めないと、ちゃんと閉まらなかったんだ。半ドアっていうんだけどね」
「うわ、なにそれ。サツキちゃん知ってた?」
「知らないかなー」
ヒマワリの父は、娘とその同級生とのジェネレーションギャップに、自分はもう若くないことを実感した。
そんな雑談を交わしつつ、銀行の建物内へと入る一同。
銀行に入ってすぐのところにはガードマンが立っていたが、ヒマワリ達が入ってきても直立不動のままだ。
「猫が入ってきてもひるまないなんて、この警備員さんやりおる」
そんなことをヒマワリが言うが、実のところこのガードマンはゴーレムである。一方、ミヨキチはガードマンを気にもとめず、ATMコーナーへと向かう。ちなみに日曜日なので、窓口は閉まっている。
ミヨキチはヒョイッとATMの上に登り、器用に前足で操作し出す。ATMがミヨキチの首輪に仕込まれているICチップを読み取り、暗証番号を尋ねてくる。
ミヨキチがタッチパネルを前足で押していくと、やがてATMのお札を取り出す場所が開いた。
「取ってほしいにゃあ」
「はいはい、そこは自力じゃ無理なのね」
後ろで待っていたヒマワリはATMの前に行き、お札の束を取り出す。
そして、分厚いその束をATMに置かれていた封筒の中に収めた。
「五十万下ろしたにゃ。パパさん、管理しておいてほしいにゃ」
「私かい? 分かった。預かるよ」
ヒマワリから封筒を受け取った父は、ハンドバッグの中に封筒をしっかりとしまった。ちなみにヒマワリは、一時的に大金を持った緊張により手が汗で湿っていた。
そうして銀行での用事も終わり、一同は建物を後にする。
車に乗り込み、ホームセンターへ移動する。
日曜ということで混み合う店内に、三人と一匹は足を踏み入れた。フュージョン系の軽快なBGMが、皆を迎える。
「わー、ホームセンターに来るとテンション上がるよねー」
隣のサツキを見ながら、ヒマワリが言う。しかし、サツキの反応はというと……。
「えっ、そんなことないけど」
「えっ、ワクワクしない?」
「電器屋さんならワクワクするけど……」
そんな女子高生らしからぬ会話をヒマワリとサツキが交わしていると、通りかかった店員が猫のミヨキチを見てギョッとした顔をした。
「お客様、失礼ですがペットの同伴は――」
「ただのペットじゃないにゃ。あちしも客にゃ」
突然しゃべりだしたミヨキチに、さらに驚きの表情を浮かべる店員。
「ちょうどいいにゃ。ペット用品のところまで案内してもらうにゃ。パパさん、ついてきてほしいにゃ」
「うん、了解」
そして困惑する店員をともなって、ミヨキチとヒマワリの父がペット用品コーナーへと向かっていく。
残されたヒマワリとサツキは、とりあえずダンジョン用品コーナーを探した。
「わっ、防具が売ってる!」
「プロテクター二万円……高いね」
「でも、今後必要になるんだろうなぁ」
「ヒマちゃんは前衛だしね」
最初に目に飛びこんできたのは、成人男性用の防具だ。
他にも、持ち運びやしすいピッケルや草刈り鎌、大容量のリュックサックなどバラエティーに富んだ商品が並んでいた。
それらをじっくり品定めしていくヒマワリとサツキの二人。すっかり目的を忘れて、ダンジョン用品に見入っていた。
それからしばらくして、二人はダンジョン用品コーナーの一角にあったリヤカーを見つけた。そこで、二人はようやくここへ来た目的を思い出した。
「ダンジョン用リヤカー。衝撃に強い軽量魔合金製。十五万円。……十五万!?」
驚きの値段に、ひるむヒマワリ。
サツキも他のリヤカーを探すが、どれも十万円を超えていた。
「やばい、とてもじゃないけど買えない」
「どうしよう……」
絶望するヒマワリとサツキだが、そんな二人の近くを店員が通りかかる。
すると、ヒマワリがその店員を呼び止めた。
「すみませーん。リヤカーって、これしかないんですか?」
すぐさま反応した店員が、ヒマワリのもとへとやってくる。
「ダンジョン用だと店内にある種類はこれで全部ですが、お取り寄せも可能ですよ」
「あの、もっと安い物は……」
「ちなみにお客様のダンジョンご利用階数は?」
「えーと、青熊村ダンジョンの銅が取れる階です」
そのヒマワリの言葉に、店員は一瞬何かを考え、そして答えた。
「青熊村の金属ルート低層ですと、素早い動きをするモンスターや、突進をしてくるモンスターはいないはずですね。でしたら、頑丈さを追求したダンジョン用リヤカーではなく、農業用の安いリヤカーでよろしいかと」
「そう、それ! その安いリヤカーが欲しいんです!」
「では、そちらにご案内します」
そうして、ヒマワリ達は農業用品コーナーに移動した。
そこにあったのは、安い物は二万円から高い物は十万円までのリヤカー。ヒマワリ達の希望通りの品だった。
「さて、予算は今朝ゲットした三万三千円があるけど」
「私、一応一万円持ってきたよ」
ヒマワリの予算を告げる言葉に、サツキが追加でそう言った。
「まあ、三万円のやつでいいでしょ」
「あちしが追加で二万円くらい出すから、折りたためるやつを買うにゃ」
妥協しようとしたヒマワリに、横からそんな声がかかった。
声の方を振り向くと、そこにはミヨキチと、ペット用品が入った袋を手に提げたヒマワリの父がいた。
そんなミヨキチに、ヒマワリが首をかしげながら言う。
「折りたたみは必要かな?」
「必須にゃ。絶対にゃ」
「なんで?」
「他のダンジョンに遠征する機会があったら、車で持ち運びができる折りたたみ式は、絶対に必要になるにゃ」
「遠征? そんな予定ないけど」
「村のダンジョンの攻略に必要なアイテムが、よそのダンジョンにしかないとか、将来的に起こりえるにゃ」
「そういうものなんだ」
それからしばらくヒマワリとサツキ、ミヨキチの三名はリヤカーを前に話し合い、最終的に五万円のアルミ製折りたたみリヤカーを買うことに決めた。
「ある程度深くもぐるなら、モンスターに跳ね飛ばされても壊れないダンジョン用が必要になってくるけどにゃ」
「アクティブモンスターがいっぱいなら、そうなるよね」
購入したリヤカーを父にワゴン車へ積んでもらいながら、ミヨキチとヒマワリがそんな言葉を交わす。
「でも、本当に深層にもぐるなら、頑丈なリヤカーでもすぐに、お釈迦になると聞くにゃ。そこでポーターの出番にゃ」
「ポーターかぁ。ポータースキル、生えないかな」
前にもこんな話をしたなと思いながら、ヒマワリがぼやいた。
「ポータースキルが生えるように、リヤカーがあってもヒマワリは荷物を背負うにゃ」
「うへえ。せっかく文明の利器を手に入れたのに」
「どう考えても、スキル制のシステムは毎日が修行になるにゃ」
「本当、なんで私にスキルなんて生えてきたんだろうねぇ」
答えの出ない疑問を口にしながら、ホタルはワゴン車に乗りこんだ。
ヒマワリとミヨキチの会話を聞いていたサツキは、努力家の幼馴染みを神様が見ていてくれたのかな、などと考え、小さく笑った。
ヒマワリは修行の日々を苦に思っていない。スキルという力は、まさしく努力の才能がある彼女のためにあるような力だろう。サツキはそうしみじみ思うのであった。
次回更新は8月20日(日)です。