15.薬草の査定
薬草採取を終えたヒマワリ達は、ダンジョンを出てボストンバッグいっぱいの薬草を村役場に運んだ。
土曜日なので、職員はほとんど役場にいない。働いているのは、二十代ほどの女性が一人のみだ。
ヒマワリは役場の受付カウンターから、その職員を呼ぶ。
「斎藤さーん、今日のアイテム持ってきたよー」
すると、奥のデスクに座っていた女性が立ち上がり、受付カウンターへと歩いてくる。
「おかえりなさい。今日の成果はどうだったカナ?」
ボブカットの髪を薄い金に脱色し、赤ぶちの眼鏡をした女性、斎藤がカウンターに座りながらそう告げた。
それに対し、ヒマワリはカウンターにボストンバッグを載せる。
「このふくらんだバッグを見てよ! これ全部薬草!」
「ヒュー、やるネ」
「今日はビニール袋に入れてきたから、仕分けも楽なはずだよ。出してくね」
ヒマワリはボストンバッグのファスナーを開け、中から薬草の詰まったポリ袋をカウンターの上に並べていく。
全て透明な袋なので、ヒマワリにもどの袋がどの薬草なのか十分に理解できる。
「こっちがヘンリー草、ムラサキベリンはこれで、こっちが種鳥のドロップアイテムで……」
「いいネー」
カウンターの上に次々と置かれていくポリ袋を斎藤はニコニコと眺めている。
「……と、こんな感じ。どうかな?」
「そうだネ。ぱっと見た感じ、三万円は行きそうカナ」
「ひえーっ! 三万円!」
斎藤が告げた金額に、ヒマワリは驚愕の声をあげた。
ヒマワリと斎藤がいったい何をしているかというと、ダンジョンから持ち帰ったアイテムの売却交渉である。
この斎藤、実は村役場の正式な職員ではない。ダンジョンアイテム売買業者から出向している企業人で、青熊村ダンジョンのアイテム買い取りを一人で担当している人物だ。
ちなみに彼女の休業日は火曜と水曜なので、ヒマワリ達が土日にダンジョンへ潜っても、問題なくアイテムの買い取りをしてもらえる。
「ちょっと多いけど、斎藤さん大丈夫?」
このカウンターはダンジョンアイテム買い取り専用に作られた場所で、広々としている。そのため、ボストンバッグの中身を全て出しても、まだまだ余裕はあった。
「この程度、多いうちには入らないカナ。私のスローライフは、そう簡単にはゆるがないのサ」
斎藤は関東地方の出身だが、田舎でスローライフがしたい一心で、わざわざ志願して北海道の青熊村に出向している。
現状の青熊村ダンジョンは村人が少数探索に入っているだけなので、仕事も楽で存分にスローライフを満喫できていると言っていいだろう。スローライフ中なので斎藤の勤務時間は、ひどくあいまいだ。本人はフレックス勤務と言い張っている。
「くっ、見ていろよー。村おこし成功させて、斎藤さんに激務を体験させてみせるよ!」
今日一日の成果を多い方には入らないと言われたヒマワリが、悔しそうにそんなことを言った。
対する斎藤は、涼しげな様子で言葉を返す。
「そうなったら、応援要員を呼ぶから大丈夫ダヨ。実際、十年前のダンジョン黎明期は、村にもいっぱい業者の出向が来ていたらしいネ」
そう言って、斎藤は書類を一枚カウンターの上に置き、ボールペンで何かを書いていく。
「はい、預かり証ダヨ。査定は今日中に終わって。買い取り金額は現金払いなら明日の朝、銀行振り込みなら月曜日になるヨ」
斎藤がヒマワリに書類を渡す。すると、ヒマワリは背後を向いて、二人のやりとりを見守っていたサツキと何やら会話を始めた。
やがて、サツキとの会話を終えると、ヒマワリは斎藤に向き直り元気な声で告げる。
「明日リヤカー買うので、現金でお願い!」
「順調なステップアップ、いいネー。リヤカーいっぱいの薬草、採ってきてくれるのカナ?」
ヒマワリは、その言葉を受けていやいやと首を振った。
朝からダンジョンにもぐって午後四時近くまでかけた成果が、ボストンバッグ一つ分の薬草だったのだ。リヤカーいっぱいの薬草など、採取にどれだけの時間がかかるのか。ヒマワリは想像してげんなりした。
「リヤカーが手に入ったら、金属ルートで銅集めだよ」
「薬草より査定が楽そうダネ。でも、薬草採取の才能ありそうなのに、ちょっと勿体ないカナ」
「薬草採取はモンスターあんまり倒せないから……。五階制覇の役に立ちそうにないので、なしで」
「なるほどなるほど。それじゃあ、明日の朝ネ」
そうしてダンジョンアイテムの受け渡しを終え、ヒマワリ達は村役場をあとにした。
すっかり軽くなったボストンバッグに、達成感を感じながらヒマワリはご機嫌で歩いていく。
「ヒマちゃん、どこでリヤカー買うの?」
「明日、お父さんに車出してもらって町のホームセンターかな」
「私も付いていっていいかな?」
「うん、いいよー」
サツキとヒマワリがそんな会話を交わすと、前を歩いていたミヨキチが振り向いた。
「あちしもついていっていいにゃあ? 銀行でお金を下ろしたいにゃ」
「銀行! 猫が銀行!」
「なんにゃ。何かおかしいにゃ?」
「銀行の人って猫にいらっしゃいませーとか言うのかな?」
ヒマワリが、笑いながらそう言った。
そして、サツキが真面目な顔で、銀行を利用するのに必要なあれこれを思い出す。
「通帳とか印鑑とか、どうするんだろう」
「サツキは発想が古いにゃあ。今時、通帳は全部電子化されているにゃ。印鑑も生体認証があれば必要ないのにゃ」
「猫が生体認証……」
「猫の場合は目で認証するにゃ。キャッシュカードは首輪の中のICチップで代用にゃ」
このお猫様、もしや自分よりも最新テクノロジーに触れる生活をしているのでは。パソコン好きのサツキはそういぶかしんだ。
「カード型じゃないICチップになっているんじゃあ、ATMは使えないのかな?」
ヒマワリがそう横から言うが、ミヨキチがすぐさま否定する。
「銀行併設の最新ATMは、非接触式の読み取り機が付いてるにゃ。だから、あちし一人でも操作できるにゃあ」
「それは知らなかったー。でも、お金を下ろしてどうするの?」
「今回のリヤカーみたいに、買い物が必要になったときのために、家に置いておくにゃ。餌代もそこから出すにゃ」
「なるほどー」
銀行預金からタンス貯金に変えるのか、とヒマワリは納得した。
「とりあえず、五十万も下ろしておけば当分は足りるはずにゃ」
「五十万!」
思わぬ大金に、ヒマワリとサツキはひえーっとなった。
「御大尽だ……!」
「十万円する高級リヤカー買えちゃうね……」
ヒマワリとサツキのその言葉を受けて、ミヨキチが言う。
「パーティーといえども、施しはしないにゃあ。あちしがリヤカーに出すのは、二人と同じ額だけにゃ」
「まあ、それはそうだよね。となると、私とサツキちゃんとミヨキチさんの三人で一万円ずつ出して、三万円のやつかな」
「わふわふ」
「うん、その三万円の中には、ホタルが稼いだお金も含まれているよ」
三人と聞いたホタルが、仲間外れにされまいと自分の存在を主張した。
そして、ヒマワリに頭をなでられ、ご機嫌で尻尾を振る。
「じゃ、明日薬草代受け取ったら、そのままお父さんの車で町に出発ね」
「うん、了解」
「サツキちゃんの春のコーディネート、楽しみにしているよ!」
「えっ……」
ヒマワリにファッションの話題を振られ、サツキは冷や汗を流す。
サツキは服にお金をかけない人間だった。着る服は、母親が町で買ってくるバーゲン品ばかり。
ダンジョンシーカーになるというのに、お小遣いを春物の服につぎこんだヒマワリとは、住む世界が違うのだ。
「冗談冗談。でも、ダンジョンで儲けたら、夏服一緒に買いに行こうね」
「う、うん。そうだね」
「約束ー。よし、頑張ってダンジョンにもぐる理由が、また一つできた!」
普段は村おこしだ地域振興だと張り切っているヒマワリ。だが、彼女は実のところ、ただの女子高生でしかない。
おめかしするためのお金は欲しいし、ダンジョン以外で遊ぶ時間だって欲しいのだ。
幸い、ヒマワリにはダンジョン入場免許があるので、アルバイトなどをしなくとも夏服を買うための資金調達は可能だ。
リヤカーを手に入れて銅で儲けたら、パーッと服を買って遊んじゃおう。ヒマワリは、そう心に決めた。
そのヒマワリを厳しい目で見る者が一名。猫のミヨキチだ。
このお嬢さん、いつまで木刀で戦うつもりなのだろう。ミヨキチは、そんな疑問を頭に浮かべた。
ダンジョンは深くもぐるほど辛く厳しくなっていく。木刀でどこまで行けるのか。
しかし、厳しいダンジョン攻略で重要になるのは、モチベーションの高さだ。
そのモチベーションを人間は散財という形で維持できる。ミヨキチはかつての飼い主を見てそう理解していた。だから、無闇に口うるさくすることもないだろうと、ミヨキチは無言を貫くことに決めた。
空気を読める猫をともないながら、一同は帰り道をのんびりと歩いていった。
次回更新は8月17日(木)です。